涼宮ハルヒの混沌(カオス)   作:D-ken

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終章-番外編-3:静寂への帰還

西暦20XX年。

西宮の地下300メートル、かつての「管理センター」は、重苦しい死の気配に包まれていた。

 

かつて最新鋭だった計器類は、絶え間ない虹色の電磁波に晒され続け、今や煤けて異臭を放っている。モニターの波形は弱々しく、部屋を維持するための電力は、予備のバッテリーさえも底を突きかけていた。

 

「……ハルヒ。……聞こえるか」

 

車椅子に深く沈み込んだキョンは、震える手で、ベッドに横たわる「異形」の指先に触れた。

ハルヒだったはずの身体は、今や虹色に透き通る結晶と、漆黒の装甲が混ざり合った、人間とは程遠い彫像のようになっていた。カオスヘッダーというウイルスは、依代である彼女の生命力を食いつぶし、ついにその芯まで到達しようとしていた。

 

「……キョン……? ……ああ、あんた……、本当に……老けたわね……」

 

結晶の奥から、掠れた声が響く。

それは、40年前と変わらない、生意気で、それでいてひどく孤独な、涼宮ハルヒの声だった。

 

キョンは自嘲気味に笑った。

「お互い様だ。……俺の『管理責任』も、どうやらここまでらしい。……さっき、長門が……いや、長門によく似た新しい『監視者』が、最後のアラートを出した。……システム全停止まで、あと5分だ」

 

「……そう。……やっと、……終わるのね」

 

ハルヒの目に、僅かな、しかし確かな「安らぎ」が宿った。

この数十年間、彼女を繋ぎ止めていたのは、キョンという「日常」への未練だけだった。キョンが自分を監視し、自分のために人生を浪費してくれる……その歪んだ愛こそが、彼女がカオスヘッダーの暴走を食い止めるための、唯一のエネルギー源だったのだ。

 

一人の少女を生かし、一つの災厄を封じ込めるために、SOS団という組織の全ての資源(リソース)――青春、将来、そして命そのもの――が投入され、使い果たされた。

因果関係に基づく配分ロジックで考えれば、このコストはあまりにも不条理で、非経済的だ。

 

だが。

 

「……ハルヒ。……お前を独りにはさせないと言っただろ」

 

キョンは、自身の心臓に繋がれた最後の延命装置のスイッチを切った。

ピー……という電子音が、静まり返った部屋に響く。

管理者の死は、そのままシステムの停止を意味する。それは、ハルヒという「災害」を世界に解き放つトリガーに他ならない。

 

だが、キョンには確信があった。

ハルヒはもう、世界を壊しはしない。

 

「……ねえ、キョン。……最後くらい、……団長命令を……聞いて、くれるかしら?」

 

「ああ。……何なりと」

 

「……私を、……抱きしめて。……あの、野球場で見上げた、……空へ……連れてって」

 

キョンは最後の力を振り絞り、車椅子から身を乗り出して、異形と化した少女をその腕に抱いた。

虹色の粒子がキョンの皮膚を焼き、細胞を破壊していく。だが、痛みは感じなかった。ただ、数十年ぶりに触れる彼女の魂の温度だけが、酷く懐かしかった。

 

ハルヒの身体から、漆黒の霧が溢れ出す。カオスヘッダーが、管理者の死を好機と見て、一気に外界へ飛び出そうとしたのだ。

しかし、キョンとハルヒの精神が重なり合った瞬間、かつて月面でキョンが纏った「コスモスの光」の残滓が、二人の魂を黄金の繭(まゆ)となって包み込んだ。

 

「……一緒に行こうぜ、ハルヒ」

 

「……ええ。……SOS団、……最後の、……遠足よ……!」

 

ドォォォォォン……。

 

地下シェルターが、内側から優しく崩壊していった。

それは爆発ではなく、全ての情報と質量が、一点に収束し、消滅していくような――完璧な「清算」だった。

 

虹色の光が、西宮の街の地下から地上へと、一筋の細い糸となって天へ昇っていった。

夜の街を歩く人々は、誰もその光に気づかなかった。

それが、かつてこの街を壊滅させた「悪魔」と、それを一生守り続けた「凡人」の、最後の挨拶だとは、誰も知る由もなかった。

 

翌朝、地下シェルターの跡地は、ただの空っぽの空洞となっていた。

そこには、虹色の粒子も、鉄の扉も、老人の骸(むくろ)も、何一つ残されていなかった。

 

ただ、古びた、泥だらけの**『団長』の腕章**だけが、塵となった二人の代わりに、静かにそこに置かれていた。

 

涼宮ハルヒの混沌。

それは、誰にも知られることなく、静寂の中に完結した。

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