「が、あ、あああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
北高の屋上を突き破り、夕闇の空に響き渡ったのは、もはや人間の声ではなかった。
50メートルの巨躯となったカオスウルトラマン・カラミティ――キョンは、自らの頭を砕かんばかりに両手で押さえつけ、のたうち回っていた。
その姿は、かつてのハルヒ(カオスウルトラマン)よりも遥かに禍々しい。全身を走る虹色のラインはどす黒く変色し、その身体からは、触れるもの全てを腐食させるような、濃密な「絶望」の霧が溢れ出している。
(やめろ……。俺の、俺の頭に入ってくるな……っ!)
キョンの精神世界では、カオスヘッダーの冷徹な意志が、彼の記憶の深淵を抉り続けていた。
『……無駄だ。貴様の記憶は、我らにとって最高の苗床だ。……見ろ、あの地下室の暗闇を。……救えなかった少女の亡骸を。……貴様は、世界を愛してなどいない。……世界を壊し、彼女を自分だけの檻に閉じ込めたいと、そう願っているはずだ……』
(違う……。俺は、ハルヒを……!)
『……否。貴様が選んだのは「管理」という名の支配だ。……さあ、その力を解放しろ。……再び、あの美しい焦土を創り出せ』
「ふざける……な……っ!」
カラミティ(キョン)の右腕から、漆黒の光剣が伸び、自らの左肩を深く貫いた。
凄まじい火花と黒い体液が噴き出す。
彼は、己の肉体を自傷することで、カオスヘッダーが主導権を握ろうとする「破壊の演算」を無理やり中断させていたのだ。
ドォォォォォンッ!!
巨体が崩れ落ち、校庭の地面が激しく陥没する。
その凄まじい地響きと、目の前の異常事態に、屋上に残されたハルヒは、腰を抜かすどころか、怒りに肩を震わせて立ち上がっていた。
「……何よ。……何なのよ、あれ!!」
ハルヒの目から、涙が溢れ出す。
彼女に前回の記憶はない。だが、あの巨人が頭を抱えて苦しむ姿を見るたびに、胸の奥が、焼け付くアイロンを押し当てられたように熱く、痛むのだ。
まるで見知らぬ誰かが、自分のために何十年も泣き続けていたような――そんな、理不尽で、圧倒的な「愛」の残響。
「勝手に怪物になって、勝手に苦しんで……! キョンのくせに、団長の私を差し置いて、何をしてるのよ!!」
ハルヒは、崩れかけた屋上の縁まで走り、眼下の巨人に向かって叫んだ。
「立ちなさいよ、バカキョン! 掃除当番も、SOS団の活動も、まだ終わってないんだから! そんなところで、誰だか知らないヤツに負けてんじゃないわよ!!」
ハルヒの声が響いた瞬間、カラミティの身体がビクリと跳ねた。
同じ頃、校門付近では、長門有希と古泉一樹が立ち尽くしていた。
二人に記憶はない。だが、長門は、常に無機質だったその指先が、見たこともないほど激しく震えているのを自覚していた。彼女の脳内にあるはずのない「エラーコード」が、古い傷跡のように疼いている。
古泉は、いつもの笑顔を完全に失い、自分の胸元を強く押さえていた。
「……長門さん。僕たちは、なぜ、あの巨人の姿を見て……『二度目だ』と思ってしまうのでしょうか。」
「……不明。……ですが、私の内部……未定義の領域が、警告を発しています。……あの巨人を、一秒でも早く停止させなければならないと。」
カラミティ(キョン)は、再び立ち上がろうとしていた。
カオスヘッダーの侵食は止まらない。彼の理性が、絶望の濁流に飲み込まれようとしたその時――。
彼の掌の中に、かつてシェルターでハルヒを看取った時に握りしめていた、あの『団長の腕章』の感触が、幻影として蘇った。
「……まだだ。……まだ、壊させて……たまるか……っ!」
キョンの叫びに応えるように、カラミティの胸のタイマーが、どす黒い赤ではなく、微かな、しかし純粋な「黄金色」に輝き始めた。