放課後の廊下。
俺(キョン)は、背後から聞こえるハルヒの鋭い足音を無視し、ひたすら校門へと足を早めていた。
前回の、あの自分の手で世界を握りつぶした感触が、今も掌に残っている。ハルヒが、仲間たちが、俺の腕の中で塵となったあの光景。
(近づくな。……俺に関わるな。……そうすれば、お前はただの『痛い女子高生』でいられるんだ)
だが、ハルヒの執着は俺の予想を遥かに超えていた。
「逃がさないわよ! 待ちなさいって言ってるでしょ、キョン!!」
ガシッ、と。
強い力で肩を掴まれた。
俺は思わず、獣のような鋭い視線で彼女を睨み返した。
40年間のシェルター生活、そして二度の地獄を生き抜いた男の眼光。それは、普通の女子高生が耐えられるようなものではない。
「……っ、あ……」
ハルヒの身体が、恐怖で一瞬硬直する。
だが、彼女は手を離さなかった。それどころか、震える指先で俺の胸ぐらを掴み、その瞳を俺の至近距離まで近づけてきた。
「……あんた、誰。……私の知ってるキョンは、そんなに悲しくて、死にそうな目をしてないわ。……誰に、何にそんなに怯えてるのよ! 言いなさいよ! 団長命令よ!!」
「……離せと言っている。……お前に話すことなんて、何一つ……」
その時だった。
キィィィィィィィィィィン――。
脳を直接金属片で削られるような、不快な高周波が鳴り響いた。
空を見上げる必要すらなかった。
俺の脳内の「記憶(データベース)」が、即座にその正体を弾き出す。
(早い……。早すぎる。……まだ夏休みにもなっていないのに、なぜ……!)
俺たちの頭上。
西宮の茜色の空が、まるでガラスが割れるようにひび割れ、そこからあの忌まわしい虹色の粒子が、滝のように降り注いできた。
「……何、あれ。……きれい……」
ハルヒが空を仰ぐ。
だが、前回のサイクルとは決定的に違う点があった。
虹色の粒子――カオスヘッダーは、ハルヒという「観測者」ではなく、強烈な絶望と拒絶の波動を放ち続けている「俺(キョン)」へと、猛烈な勢いで収束を始めたのだ。
『……見つけた。……二度の終末を経験した、……完成された絶望の依代(器)よ……』
「……っ、ぐ、あああああああぁぁぁぁっ!!!」
俺は頭を抱え、その場に膝をついた。
前回のようにハルヒを庇う暇もなかった。
カオスヘッダーは、俺の中に眠る「40年間の地獄」を、最高の栄養源として認識し、強制的に融合を開始した。
「キョン!? ちょっと、何なのよこれ! 触っちゃダメ……っ、きゃぁぁぁっ!!」
ハルヒが俺を助けようと伸ばした手が、俺の身体から溢れ出した漆黒のオーラに弾き飛ばされる。
俺の右腕が、瞬時に異形の鉤爪へと変貌し、制服が引き裂かれ、背中から黒いエネルギーが突き破る。
「……逃げろ……ハルヒ……! ……今すぐ、……ここから……っ!」
「嫌よ! あんたを置いていくわけないでしょ! 私が……私が団長なのよ! キョン!!」
ハルヒの叫びも虚しく、俺の意識は急速に暗黒へと沈んでいく。
カオスヘッダーは、俺の「ハルヒを独りにしてでも守りたい」という歪んだ決意を、「世界そのものを物理的に隔離・凍結する」という最悪の演算へと変換した。
「ガァァァァァァァァァッ!!!!!」
校庭の中央で、再び漆黒の巨人が産声を上げた。
カオスウルトラマン・カラミティ。
だが今度のそれは、前回の比ではない。
キョンが持つ「明確な憎悪」と「終わらない絶望」が、ウイルスと完全にシンクロし、現れた瞬間から、校舎の一部をその衝撃波だけで粉砕した。