ハルヒが「力」を手に入れてから、数日が経過した。
その間、部室は文字通りの地獄だった。
最初は、些細なことだった。
ハルヒが不機嫌そうに舌打ちをした瞬間、彼女の触れていないティーカップにヒビが入ったのだ。
次の日には、俺(キョン)がハルヒの理不尽な命令に反論しようとした途端、目に見えない巨大な手に喉を掴まれたように、一言も発することができなくなった。
「……黙ってなさい、キョン。今の私には、あんたの呼吸すら不愉快なのよ」
ハルヒは冷たく言い放ち、指先を軽く振った。それだけで、部室の窓ガラスが『バンッ!』という破裂音とともに粉々に砕け散ったのだ。
長門有希は、割れたガラス片が顔を掠めても無表情のままだったが、その手は微かに震え、洋書を床に取り落としていた。どんな難解な本を読破する彼女の頭脳でも、この目の前で起きている『物理法則の完全な無視』は理解を超えているのだろう。
古泉一樹は、いつもの余裕ぶった笑顔を完全に引き剥がされ、壁に背を張り付けて青ざめていた。手品のタネを探すような段階は、とうに過ぎていた。
そして朝比奈さんは、部屋の隅でただ両手で頭を抱え、嗚咽を漏らすことしかできなかった。
俺たちは、超能力者でも宇宙人でもない。ただの、無力でちっぽけな高校生だ。
目の前で起きている現実を消化することもできず、ただ、日を追うごとに強大化していくハルヒの暴力的な力と、冷酷さを増していくその眼差しに怯えることしかできなかったのだ。
そして――運命の金曜日、放課後。
部室の空気は、これまでになく重く、粘り気を帯びていた。息をするだけで肺が焼けつくような錯覚に陥る。
「……もう、十分ね」
団長席に座っていたハルヒが、ぽつりと呟いた。
彼女の身体から、どす黒いオーラと、それに相反するような美しい虹色の粒子が立ち昇り始めていた。
「ハルヒ……お前、一体……」
俺は震える足に鞭打って、一歩だけ前に出た。止めなければならない。そんな根拠のない義務感だけが俺を突き動かしていた。
だが、ハルヒがゆっくりとこちらに視線を向けた瞬間、俺の身体は見えない万力で弾き飛ばされ、部室のドアに激しく叩きつけられた。
「がはっ……!」
「邪魔しないで、キョン。私は今から、この退屈な世界を終わらせるの。そして、私だけの新しい世界を創るのよ。だって、そうでしょう? 世界にはこんなに人がいるのに、誰も私を見てくれなかった。誰も、私を特別だと言ってくれなかった!」
ハルヒの声が、部室の空間そのものをビリビリと震わせる。
彼女の目から、人間の感情が完全に抜け落ちていくのがわかった。残っているのは、肥大化しすぎた自己顕示欲と、世界に対する純粋な破壊衝動だけ。
「見てなさい。私が、世界そのものになる瞬間を!」
ハルヒが高らかに両腕を広げた。
その瞬間、部室内の机や椅子、ロッカーが重力を失ったように宙に浮き上がり、目まぐるしく回転し始めた。
空間がぐにゃりと歪み、耳をつんざくような不快なノイズが響き渡る。
「いやぁぁぁっ!!」
「朝比奈さん、伏せて!」
俺は悲鳴を上げる朝比奈さんを庇うように床に這いつくばった。古泉と長門も、吹き荒れる暴風と瓦礫の中で身を屈めている。
光が、溢れた。
禍々しい漆黒と、狂気のように鮮やかな虹色の閃光。
ハルヒの身体が、物理的な限界を無視して膨張していく。人間の肉体が変異し、鋼鉄の皮膚と異形の装甲を持つ巨人へと姿を変えていく。
メキメキと、北高の旧館の天井が内側から持ち上がり、ひしゃげる音が響いた。
コンクリートの壁が弾け飛び、鉄骨が飴細工のようにへし折られる。
「あ、あぁ……」
崩れ落ちる部室の瓦礫の隙間から、俺は見てしまった。
夕暮れの西宮の空にそびえ立つ、巨大な絶望の姿を。
青と赤の体色を毒々しく濁らせ、頭部に禍々しい突起を生やした、コスモスの偽物。
――カオスウルトラマン。
それが、俺の知る『涼宮ハルヒ』の成れの果てだった。
カオスウルトラマンは、眼下の小さすぎる俺たちを一瞥することもなく、その足で校舎の半分を無造作に踏み潰した。
ズドォォォォンッ!!
という地鳴りとともに、俺たちの日常は完全に、そして永遠に崩壊した。