西宮の街は、もはや物理法則の通じないキャンバスへと変貌していた。巨神――カオスウルトラマンカラミティの一歩ごとに、大地は虹色の結晶へと置換され、その結晶は二人の奏でる「絶望の不協和音」に呼応して粉々に砕け散る。
「……あはは! 見てよキョン、空が……空がこんなに黒くて、綺麗……!」
「……ああ、ハルヒ。……全部、俺たちが……俺たちの手で、……塗り潰してやろう……」
巨人の内部。キョンの脳内を、ハルヒの激情が駆け巡る。そしてハルヒの精神を、キョンの40年間に及ぶ「腐敗した日常」の記憶が蹂躙する。
本来なら死に至るはずのその負荷を、二人は互いの存在を「安全弁」にすることで無理やり中和し、さらなる破壊のエネルギーへと変換していた。これは『人類という名の資本』を全て焼き払い、『二人だけの世界』という名の唯一の固定資産に全リソースを投入する、究極の破滅だ。そこには、もはや「未来」という項目は存在しない。導き出される答えは、ただ一つ。「全消去」。
そんな、空を焦がすような絶望の足元で。豆粒のような、あまりにも無力な影が二つ、必死に声を張り上げていた。「……ハルヒ! キョン君! やめなさい!!」古泉一樹が、喉を潰さんばかりの声を上げて叫んでいた。かつての「機関」のエージェントとしての超能力など、今の彼にはない。あるのは、安物のスクールバッグを握りしめ、あまりの恐怖にガタガタと震える膝を必死に抑える、ただの16歳の少年のプライドだけだ。
「……そんなことをしても、何も解決しない! 戻ってこい! 一緒に、また下らない放課後を過ごすんだ!!」
その隣では、長門有希が、ただ一点を……カラミティの胸元を見つめて立ち尽くしていた。彼女の情報統合思念体とのリンクは、この世界線では存在しない。だが、彼女の頬を、無機質なはずの彼女の頬を、熱い涙が伝っていた。彼女の「ただの少女」としての回路が、キョンの40年間の孤独に、無意識のうちに共鳴してしまったのだ。
「……キョン……、……苦しい……。……やめて……」
長門は、地面に落ちていたコンクリートの破片を拾い上げ、50メートルの巨人に向かって投げつけた。それは、あまりにも無力で、滑稽な抵抗だった。破片は巨人の足元に届く前に、虹色の霧に触れて塵となった。
「……ハルヒ……、……下に、……誰か、いる……」
「……長門? 古泉? ……ふふ、……あいつらも、……一緒に……、……私たちの……『非日常』に……混ぜてあげましょうか……?」
巨人の黄金の瞳が、地上を這う二人の高校生を捉えた。カラミティの巨大な足が、ゆっくりと持ち上がる。キョンの記憶の中にある「二人の死」のフラッシュバック。それが、今のハルヒの情念と混ざり合い、『いっそ、今ここで私が殺してあげれば、彼らは二度と苦しまない』という最悪の慈悲へと歪んでいく。
「「――さようなら。……仲良しだった、みんな……」」
二人の声がハモり、漆黒の足が、長門と古泉の頭上へ向けて振り下ろされた。力なき二人は、互いの手を握りしめ、逃げることもせず、ただ、かつての友だった巨神を見上げていた。その瞬間。
『――いい加減にしろ、君たち!!!』
西宮の空を、眩いばかりの、それでいて凪のような静かな青い光が切り裂いた。