「キョン! あんた、いつまで寝ぼけてるのよ! 早く部室に行くわよ!」
セミの鳴き声。生ぬるい風。
俺(キョン)は、机から顔を上げた。
……これでもう四度目だ。
前のループで、ハルヒと一緒に「世界を喰らった」あのドロドロとした万能感と、その直後に訪れた虚無。その感触が、今も掌にこびりついている。あの後俺とハルヒは全世界を完膚なきまでに破壊しつくして滅ぼした。このままではまた同じことの繰り返しになるだけだ。
「……ハルヒ」
「何よ。またサボるつもり? 承知しないわよ!」
「……いや。……宇宙人を探すんだろ。本物の」
俺は、努めて冷静に言葉を紡いだ。
これまでのループで学んだ。俺が怪物になっても、彼女を独りにして遠ざけても、結局はカオスヘッダーという「最悪の因果」に飲み込まれる。
俺という個人のリソースでは、涼宮ハルヒという巨大な不確実性を管理しきれない。
ならば、『管理可能性の原則』を外部に委託する。この宇宙で唯一、カオスヘッダーを浄化し、彼女を救える専門家――ウルトラマンコスモスを、この世界線に呼び寄せる。彼と何としてもコンタクトを取るんだ。
「……ハルヒ。お前が求めているのは、もっと『慈愛』に満ちた、青い光の巨人じゃないのか?」
「……え? 青い……光の巨人?」
ハルヒが、動きを止めて俺を見た。
記憶はないはずだ。だが、俺が発した「コスモス」という概念に、彼女の潜在意識が微かに反応した。
「そうよ……! なんで今まで気づかなかったのかしら! 宇宙から来て、怪獣を殺すんじゃなくて『救う』ような、そんな特別な宇宙人! ……あんた、たまには良いこと言うじゃない、キョン!」
「……ああ。名前は確か、ウルトラマンコスモス。……そして、その依代となっているのは『春野ムサシ』という男だ」
俺は、前回のサイクルで食らい尽くした「ムサシの記憶」を、一つずつ繋ぎ合わせていた。
どこにいるのか。どうすれば会えるのか。
この日から、SOS団の活動内容は一変した。
「不思議なこと探し」という漠然とした活動は、「春野ムサシという男、および未確認生命体コスモスの捜索」という、極めて具体的なミッションへと集約された。
「長門! あんたはネットワークで『ムサシ』とか『コスモス』って単語を徹底的にフィルタリングして! 古泉! あんたはコネでもなんでも使って、空から降ってくる青い光の噂を集めなさい! みくるちゃんは……ええい、マスコットとして幸運を呼びなさい!」
「……わ、わかりましたぁ!」
「……了解」
何の力もない、ただの高校生としての長門と古泉が、ハルヒの号令に従って動き出す。
俺は、部室の隅でそれを見つめていた。
胸の奥が、チリリと痛む。
俺が今やっていることは、彼女を再び「非日常」へ引き摺り込む行為だ。
だが、放置すればカオスヘッダーが来る。それなら、あいつが来る前に、こちらから「最強の味方」を召喚するしかない。
管理会計的な視点で言えば、これは**『先行投資』**だ。
カオスヘッダーという「損失」が発生する前に、コスモスという「保険資産」を確保しておく。
「待ってなさいよ、ウルトラマンコスモス! この涼宮ハルヒが、あんたを最初に見つけ出してあげるんだから!」
ハルヒが窓の外、まだ見ぬ青い空に向かって宣言する。
彼女の瞳には、かつての「絶望の共犯者」としての面影はなく、ただ純粋な、未知への憧れだけが宿っていた。
だが、俺は知っている。
俺たちがコスモスを探しているのと同じように、あの虹色のウイルスもまた、俺たちを見つけている。
そして、今の俺の中には、二度の終末を経験した『世界で最も濃密なカオスヘッダーの餌』が眠っているということを。
「……来いよ、ムサシ。……今度は、俺たちが食い尽くす前にな」
俺は、握りしめた拳の中にある、幻影の『団長の腕章』に誓った。