西宮の街が、一瞬で「音」を失った。
空を覆う虹色の雲から、目に見えない情報の雨が降り注ぐ。
夕暮れの街を歩く人々、下校途中の生徒たち。彼らの脳内に、この世界線では起きるはずのない、しかし「かつて確かに起きた」凄惨な光景が、暴力的な色彩で焼き付けられていく。
「……あ、が、……っ……、何だ……、今の……」
海岸で砂を噛み締めていた古泉一樹が、激しい嘔吐感と共に膝をついた。
彼の脳裏を、自分が「世界の敵」となった親友を抹殺しようとする冷徹な自分の姿が掠める。
隣の長門有希は、真っ青な顔で自分の胸を掻きむしっていた。彼女の中にある「ただの少女」としての平穏な回路が、キョンが40年間孤独に過ごした地下室の、あの気が狂いそうな静寂に侵食されている。
「……キョン君……、……あなた、……こんな……」
長門の声が震える。
記憶はない。だが、魂がその「重み」を理解してしまった。
キョンがどれほどの絶望を飲み込み、自分たちの日常を守ろうとしてきたのか。
『……クク、……見ろ。……これこそが、……貴様らが守ろうとした「平和」の……正体だ……』
カオスウルトラマン(ハルヒ)の喉から、カオスヘッダーの嘲笑が漏れる。
浄化しようと歩み寄るコスモス(ムサシ)さえも、この膨大な「絶望の記憶」の奔流に、足踏みを強いられていた。
「……ムサシさん!!」
キョンの叫びが、砂浜に響いた。
「……こいつらは、力はないけど……仲間なんだ! ……あいつらに、武器を! ……ハルヒを救うための、時間を稼がせてくれ!!」
ムサシは、キョンの悲痛な願いと、汚染に耐えながら立ち上がろうとする高校生たちの姿を見た。
彼は、TEAM EYESの隊員として、そしてコスモスとして、決断を下した。
「……わかった。……君たちの『想い』を、光に繋ぐんだ!!」
コスモスがその巨大な掌を長門と古泉に向けた。
光が弾け、彼らの手の中に、TEAM EYESが開発した対怪獣用捕獲ガジェットと、コスモスの慈愛を一時的に増幅する「光の発生器」が実体化する。
「……長門さん。……これを。……僕たちに、……できることをやりましょう」
古泉は、震える手でガジェットを握り締めた。
特殊能力なんてない。記憶だって、ただのノイズだ。
でも、目の前で化け物にされて苦しんでいるのは、自分たちの身勝手な「団長」で。
それを一人で守ろうとしてボロボロになっているのは、唯一の「友人」なのだ。
「……了解。……解析不能な事象ですが、……友人を、……助けるという目的のみ、……肯定します」
長門が、無機質だった瞳に、初めて「意志」という名の光を宿して走り出した。
「「――ハルヒ!! 戻ってこいッ!!!」」
何の力もない二人の高校生が、50メートルの巨神に向かって、光の発生器を突き出す。
それは、コスモスがハルヒの深層心理にダイブするための、刹那の「隙」を作るための、命懸けの陽動だった。
自衛隊のヘリが、上空でこの異常な光景を捉えていた。
絶望の記憶に街が沈む中、二人の少年少女が、巨人の足元で光を掲げて叫んでいる。