涼宮ハルヒの混沌(カオス)   作:D-ken

37 / 43
第二十八-二十九章:残骸の対話、あるいは価値の再評価

そこは、灰色の空と、砕け散った部室の机が宙に浮く、音のない世界だった。

俺(キョン)は、かつての「心中」の記憶がヘドロのように足元に絡みつくのを感じながら、瓦礫の山の中央に座り込む少女の背中を見つけた。

 

「……ハルヒ」

 

彼女は、前回のループで俺と一緒に世界を壊した時の「異形の腕章」を握りしめ、震えていた。

その瞳には、40年分の孤独と、二度の滅亡を経験したキョンの記憶が、カオスヘッダーの手によって「自分たちの罪」として強制的に同期されている。

 

「……来ないで、キョン。……わかっちゃったわ。……私、あんたをこんなに苦しめてたのね。……私が『何か』を願うたびに、あんたは地獄を歩いて……。最後には、私と一緒に化け物になって……」

 

ハルヒが顔を上げる。その顔は、絶望という名の毒に侵され、透明な虹色の涙を流していた。

 

「……もう、終わりにしましょう。……私たちが存在すること自体が、この世界の『損失』なのよ。……ここで二人で、ずっと、この闇の中に沈んでいれば……」

 

俺は、一歩ずつ彼女へ歩み寄った。

胸の奥が痛む。だが、今の俺には40年間の沈黙の中で考え抜いた、冷徹で、かつ確固たる「管理会計的論理」がある。

 

「……ハルヒ、計算が間違っているぞ」

 

「……え?」

 

「お前は、これまでのループで失われた命や時間を『取り返しのつかない損失』だと考えている。だが、それは会計学で言うところの『埋没原価(サンクコスト)』だ」

 

俺は、彼女の目の前に膝をつき、その冷たい手を握った。

 

「俺たちが二度世界を壊したことも、俺が40年地下にいたことも、それはもう変えられない『支出済み』のコストだ。それに引きずられて今の意思決定を誤るのは、経営者失格だぞ、団長」

 

「……でも、……だって、……私は……!」

 

「お前が今ここで消えることを選べば、その瞬間、これまでのコストは全て『無駄な損失』として確定する。だが、もしお前が俺の手を取って、この地獄を『糧』にして新しい日常を作るなら、これまでのループは『未来の平和のための費用』に資産計上されるんだ」

 

俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「ハルヒ。俺は40年待ったんだ。お前と、またあの下らない、何の事件も起きない部室でお茶を飲むための機会を。俺は一生分支払ってきた。……その投資を、ここで紙屑にするつもりか?」

 

「……キョン……」

 

「『連帯保証人』なんだろ、お前は。……俺の絶望の半分を背負うって決めたんなら、俺が望む『退屈な未来』の利益も、半分受け取ってもらうぞ」

 

ハルヒの目から、どろどろとした虹色の光が消え、元の、勝気で眩しい光が戻り始めた。

カオスヘッダーの論理回路が、キョンの放つ「未来への投資」という名の執念に焼き切られていく。

 

「……ふん。……あんた、……相変わらず、……理屈っぽいのよ」

 

ハルヒが、俺の手をギュッと握り返した。

その瞬間、灰色の世界に、校庭のセミの鳴き声が、遠くから紛れ込んできた。

 

「……わかったわよ。……サンクコストだか何だか知らないけど、……あんたの40年、……私が責任持って『黒字』に変えてあげるわ!!」

 

精神世界の出口は、目前で虹色の檻へと変貌した。

キョンとハルヒが手を取り合い、光の中へ戻ろうとしたその刹那、カオスヘッダーの残骸が『共犯の記憶』を核として急速に再構築(リストラクチャリング)を行った。

 

「……っ、ハルヒ、伏せろ!!」

 

キョンの叫びも虚しく、二人の意識は再び、灰色の廃墟――心中した世界の残骸へと叩きつけられた。

外の世界では、二人を分離しようと全エネルギーを注ぎ込んでいたウルトラマンコスモス(エクリプスモード)の胸元で、カラータイマーが悲鳴を上げていた。

 

「……ムサシさん、逃げて……っ! 早く、逃げてくれ!!」

 

キョンの声が、カオスウルトラマンカラミティの巨躯を通じて外へと漏れる。

だが、ハルヒの「キョンを独りにしたくない」という剥き出しの執着と、キョンの「全てを終わらせたい」という深層心理がカオスヘッダーにハッキングされ、『コスモスを捕食することで、この閉鎖的な幸せを永続させる』という凶暴な意志へと変換された。

 

『……光よ、……糧となれ……。……この絶望に、……終わりはない……』

 

カラミティの右腕が、コスモスの首を強引に掴み上げた。

エクリプスモードの輝きが、漆黒の霧に浸食され、泥のように濁っていく。

ムサシの絶叫は、西宮の焦土に響くこともなく、虹色の粒子の中に消えた。

慈愛の勇者は、二人の放つ「40年分の質量」に押し潰され、カラータイマーの光と共に、その存在をこの時空から抹消(デリミット)された。

 

西暦2026年、2月15日。

世界は、一際大きな虹色の輝きを放ち、そして――音もなく、霧散した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。