「……長門! 古泉! 無事か!」
粉塵の舞う中、キョンの悲痛な叫びが響いた。
瓦礫の隙間で、長門有希は膝をつき、うずくまっていた。
彼女はいつも、部室の隅で静かに本を読んでいるだけの、無口で、少しだけ頭の回転が速いだけの普通の女子高生だ。
彼女の足元には、先程まで読んでいた分厚いハードカバーの洋書が落ちていた。コンクリートの破片の下敷きになり、ページは無惨に引き裂かれている。
長門は、震える手でその破れたページに触れようとしたが、指先がひどく痙攣してうまく動かせなかった。
ズズォォォォォン……ッ!
地響きと共に、彼女の鼓膜を物理的に叩き割るような轟音が響く。
長門は、ゆっくりと顔を上げた。
崩れ去った天井の向こう。夕闇の空を覆い尽くすように、赤と青の禍々しい巨人が立っていた。先ほどまで同じ部室にいたはずの涼宮ハルヒが、質量保存の法則も、生物学的な限界も、あらゆる物理法則を無視して50メートルの怪獣へと変貌している。
長門の極めて論理的な思考回路が、目の前の光景を必死に『解釈』しようとフル回転していた。
幻覚か。集団催眠か。あるいは未知の軍事兵器の投影実験か。
……違う。足元を揺らす圧倒的な質量、鼻を突く硝煙と血の匂い、そしてあの巨人の中心から放たれる、ハルヒ特有の「世界に対する強烈なエゴイズム」の波動。
どれだけ科学的、数学的なアプローチを試みても、導き出される答えは一つしかなかった。
『涼宮ハルヒが、怪獣になった。そして世界を壊している』
長門の頭の中で、張り詰めていた理性という名の糸が、プツリと音を立てて切れた。
理解できない。本の中に書かれていたどんな知識をもってしても、この理不尽を説明できない。
「……っ、あ……」
常に無表情だった長門の顔が、初めて恐怖に歪んだ。
細い両手で、自らの頭を強く押さえる。痛いわけではない。だが、彼女の『普通の人間の脳』が、許容量を遥かに超えた非現実的な恐怖を前にして、一種の防衛本能として思考をシャットダウンさせようとしていたのだ。
「長門! おい、どうしたんだよ長門ッ!」
キョンの声が聞こえる。
だが、長門はそれに答えることができなかった。
宇宙人でも魔法使いでもない、ただの賢いだけの少女。彼女が世界を構築してきた「論理」や「活字」という絶対的な盾は、ハルヒの理不尽な暴力の前に、紙切れのように燃え尽きてしまった。
「……わからない……」
消え入りそうな声で、長門はただ、それだけを呟いた。
優秀な頭脳が完全にフリーズし、彼女はひたすらに自分の肩を抱きしめながら、瓦礫の中でただの無力な子供のように震え続けることしかできなかった。