「あ……あぁ……。は、ハルヒさん……?」
瓦礫の山となった文芸部室の片隅で、古泉一樹の声が、見たこともないほど惨めに震えていた。
いつもなら、どんな無茶な状況でも「ふふ、面白いですね」と不敵な笑みを絶やさなかった彼だ。だが今、その顔には余裕の欠片も残っていなかった。頬は土汚れと冷や汗で汚れ、端正だった顔立ちは恐怖に引きつり、見るも無残に崩れている。
彼は超能力者でも何でもない。ただの、少しばかり弁が立ち、世の中を俯瞰して見ている気になっていた、増長しただけの男子高校生だった。
「嘘だろ……。こんなことが、あっていいはずがない……。これは何かの間違いだ……!」
古泉はガチガチと歯の根が合わないほど震えながら、後ずさった。
彼の視線の先には、かつて「団長」と呼んでいた少女の成れの果て――カオスウルトラマンの巨大な踵があった。
一歩。巨人が動くたびに、古泉が信じていた「論理的で秩序ある世界」が物理的に粉砕されていく。彼の誇っていた知識も、人脈も、将来の展望も、あの巨大な足の一踏みで、道端のゴミ同然に無価値なものへと変えられたのだ。
「ひぅっ……、あ、うわああああああ!!」
ついに古泉は耐えきれず、頭を抱えて叫び声を上げた。それはプライドも知性もかなぐり捨てた、死に物狂いの悲鳴だった。
その横で、朝比奈みくるさんは、もはや泣くことすらできずにいた。
彼女は床に膝をつき、胎児のように丸まってガタガタと震え続けている。
「ハルヒちゃん……、嘘……嘘よ……。どうして……こんなこと……」
彼女にとって、ハルヒは怖くて、強引で、でもどこか眩しい存在だった。
だが、今目の前にいるのは、愛すべき団長ではない。
自分たちを見下ろし、嘲笑い、西宮の街を死体の山に変えていく、虹色の狂気を纏った「災厄」そのものだ。
みくるさんの脳裏には、昨日まで部室で飲んでいたお茶の香りが、ハルヒの笑い声が、幻のように浮かんでは消えていく。その日常が、あの巨大な爪先が振り下ろされるたびに、真っ黒な絶望に塗りつぶされていく。
「いやぁぁぁ! 誰か、誰か助けてください! キョン君……長門さん……おうちに帰りたい……っ、怖い、怖いよぉぉ!!」
彼女の叫びは、巨人の足音にかき消された。
未来から来たわけでもない、ただの心優しい女子高生にとって、この「終わりの光景」はあまりにも過酷すぎた。彼女の精神は、ハルヒが放つ殺意と絶望のプレッシャーに耐えられず、真っ白な霧の中に逃げ込むように、意識を混濁させていく。
古泉は、そんなみくるさんの肩を掴むことすらできなかった。
彼は自分の保身だけで精一杯だった。指先一つ動かすことができず、ただ目の前の巨大な絶望を見上げ、失禁せんばかりの恐怖に支配され、魂が抜け落ちたような虚ろな目で宙を見つめていた。
SOS団。
かつて世界を賑わせるはずだったその集団は、今や崩壊した校舎の影で、ただの「無力な犠牲者」として、自分たちの終わりの時を待つだけの存在に成り下がった。
巨人は、そんな彼らの絶望を養分にするかのように、再び西宮の街へと向かって咆哮を上げた。