マクロス Song Soul Dream   作:星乃 望夢

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ストリートソングバトル

 

俺は亡霊のように、あるいは気まぐれな風のように、アクショの各地、各階層へと神出鬼没に現れては路上ライブを敢行するスタイルを確立していた。

 

一箇所に留まり、馴染みの顔を作り、固定客を囲い込む――それは確かに生活を安定させるための定石だ。だが、今の俺に必要なのは安寧じゃない。爆発的な知名度だ。「アクショにヤバい歌い手がいる」という噂を、この淀んだ街の毛細血管の隅々まで行き渡らせるには、俺自身が動くしかなかった。

 

最下層の汚水処理区画から、怪しげなネオンが瞬く歓楽街の裏路地、そして違法なジャンクパーツが取引されるマーケットの広場まで。場所が変われば客層も変わる。荒くれ者、薬中の売人、行き場のない家出少女、疲弊しきった労働者。

 

だが、俺が組み立てた「プログラム」は、どんな場所でも、どんな奴相手でも、まるで魔法のように突き刺さった。

 

開幕の『GET Free』で鼓膜を殴りつけ、続く『SEVENTH MOON』と『Burning Fire』で暴力的なまでのビートを叩き込み、観客の脳内麻薬をドバドバと分泌させる。

 

会場のボルテージが最高潮に達し、熱気が物理的な圧力となって肌を焼くその瞬間――俺はあえて、全てを遮断する。

 

そして、静寂の中にドロップするのだ。『愛・おぼえていますか』を。

 

アドレナリンで沸騰した血液を、一瞬にして鎮め、そして温かい涙へと変換する。この急激な「感情の落差」こそが、俺の仕掛けた罠であり、最大の武器だった。

 

不思議なのは、このセットリストが百発百中でウケるという事実だ。

 

相手がインテリだろうがゴロツキだろうが関係ない。まるでプログラムされた機械のように、彼らは同じ場所で熱狂し、同じ場所で瞳を潤ませる。

 

この現象を目の当たりにするたび、俺はこの世界――マクロスという作品の根底に流れる設定の恐ろしさを実感せずにはいられない。

 

「文化」を持たない戦闘種族ゼントラーディすらも戦慄させた、歌という原始的な衝撃。

 

この世界の人間の遺伝子には、遥か太古のプロトカルチャーが刻み込んだ「歌への渇望」が、生存本能と同じレベルで焼き付いているのではないか。そうでなければ、これほどの食いつきは説明がつかない。

 

だからこそ、これは諸刃の剣でもある。

 

誰もが歌の力を無意識に知っているからこそ、中途半端な歌はノイズとして切り捨てられる。

 

成功が約束された楽曲を使っているからこそ、問われるのは純粋な「ボーカリストとしての実力」だ。

 

観客のハートの防壁を貫き、その奥にある遺伝子のスイッチを押せるかどうか。それは俺の喉一つにかかっている。

 

アクショには、他にも『愛・おぼえていますか』を歌うストリートミュージシャンはごまんといる。

 

その多くは女性だ。伝説の歌姫リン・ミンメイの模倣。可憐で、儚げな演出。それはそれで需要があるし、チップも弾むだろう。

 

だが、この宇宙の真理を知っている俺から見れば、あの曲の側面はもっと別の場所にある。

 

あのメロディーは、単なるアイドルのヒットソングじゃない。

 

かつてブリタイ艦隊が回収したメモリープレート――そこから復元された、数万年前のプロトカルチャーの流行歌。あるいは、離れ離れになった男と女の想いを綴った、とてつもなく古いラブソングだ。

 

その旋律は、戦いに明け暮れていたゼントラーディの遺伝子記憶を呼び覚ますための「鍵」そのものだった。

 

人類とゼントラーディが混血し、共存するこのマクロス7船団において、その「鍵」の効力は絶大だ。

 

俺はミンメイの真似事はしない。

 

俺が歌うのは、かつての銀河で引き裂かれた魂たちへの鎮魂歌であり、今を生きる俺たちの遺伝子を共鳴させるための共振周波数だ。

 

俺の歌が、女たちのそれより深く刺さるのは、俺がこの歌の「重み」と「機能」を理解して歌っているからに他ならない。

 

……なんて偉そうな分析をしていても、結局のところ、俺は熱気バサラという怪物の足元にも及ばないことを思い知らされるのだが。

 

あいつは、過去の遺産なんて必要としない。

 

「プロトカルチャーの鍵」だとか「遺伝子の記憶」だとか、そんな理屈をすべて飛び越えて、己の魂からほとばしる「新しい歌」だけで、銀河のルールを書き換えてしまう。

 

既にある名曲を使って効率よく感動を生産している俺と、ゼロから感動を爆発させるバサラ。

 

その差は歴然だ。格が違う。

 

だが、今はそれでいい。

 

俺は俺のやり方で、このアクショを揺らしてやる。

 

空き缶に投げ込まれるクレジット硬貨や食料。

 

それは明日を生きるための糧だ。

 

だが、今の俺にとってそれは、歌うことへの「入場料」のようなものだった。

 

本音を言えば、金なんて二の次だ。

 

喉を震わせ、空気を震わせ、目の前の人間の感情を震わせる。

 

その瞬間に感じる万能感、魂が肉体を超えて拡張していくようなトリップ感。

 

俺はただ、歌いたいから歌っている。

 

自分の存在を世界に叩きつけるために、今日ものたれ死ぬかもしれない恐怖をねじ伏せて、声を張り上げる。

 

「さあ、次だ。次の街が俺を待ってる」

 

俺はおひねり入れのギターケースを肩に担ぎ直し、ネオンの海へと足を踏み出した。

 

 

◇◇◇

 

 

いつも通り、アクショの適当な路上でライブを終えた直後のことだった。

 

俺の計算通り、最高潮のボルテージからの急転直下、『愛・おぼえていますか』への落差攻撃は見事に決まった。

 

観客たちは情緒をぐちゃぐちゃにされ、涙を流しながらも熱い歓声を送り、陶酔しきっている。完璧だ。

 

これなら今日もぐっすり眠れるだけのおひねりが手に入る。

 

俺が散らばったクレジット硬貨や缶詰を回収し、立ち去ろうとした、その時だ。

 

「いい歌だ。……でもな、熱狂ライブはこれからが本番だぜ!」

 

背筋が凍るような、それでいて全身の血が沸騰するような、聴き馴染みがあり過ぎる声が響いた。

 

振り返る間もなかった。

 

アコースティックギターの荒々しいカッティングと共に、その男のシャウトが夜空を裂いた。

 

「24時間うごめく街を

 TONIGHT TONIGHT 駆け抜ける!!」

 

「なっ……!?」

 

嘘だろ、バサラ!?

 

丸いサングラス、逆立った髪。間違いなく本物の熱気バサラだ。

 

奴は俺が作った「感動の余韻」なんてお構いなしに、土足でズカズカと俺のステージへ踏み込んできた。

 

「非常階段 瞳の群れが

 SIGN OF THE TIMES 捜してる!」

 

観客たちの顔色が一変する。

 

さっきまで涙を流して感動に浸っていた連中が、バサラの第一声を聞いた瞬間、電気ショックを受けたかのように跳ね上がった。

 

瞳から涙が引っこみ、代わりに狂気じみた熱狂の炎が宿る。

 

くっ、やられた!

 

俺が苦労して築き上げた「感動のフィナーレ」が、奴の『HOLY LONELY LIGHT』一発で上書きされていく!

 

このままじゃ、今日のライブの記憶は全て「最後に来たバサラが凄かった」で終わっちまう。俺はただの前座扱いだ。

 

バサラが一番のサビを歌い上げ、間奏に入る。

 

奴はニヤリと笑って俺を見た。まるで「ついてこれるか?」と挑発するように。

 

上等だ。

 

ファイヤーボンバーの楽曲なら、隅から隅まで頭に入ってる。

 

この曲の二番。ミレーヌが歌うパートでもある歌だ。

 

俺の少し高めのレンジなら、原曲キーのまま割り込める!

 

これはデュエットじゃない。ジョイントでもない。

 

そっちから仕掛けた、ストリート・ソング・バトルだ!

 

俺はマイク代わりの鉄パイプを強く握り直し、バサラのギターの音色に声を叩きつけた。

 

「宇宙を全部くれたって

 譲れない愛もある!!」

 

俺の乱入に、バサラの目がサングラスの奥でギラリと光った気がした。

 

驚き? いや、歓喜だ。

 

奴のギターがさらに激しく唸る。

 

「何が本当か 何が嘘か

 わからない時もある!!」

 

俺はバサラの圧倒的な音圧に負けじと声を張り上げる。

 

ミレーヌのパートを男が歌う違和感? そんなもの、気迫でねじ伏せてやる。

 

俺の歌声とバサラのギターが空中でぶつかり合い、火花を散らす。

 

「見つめ合うだけじゃ 朝は遠すぎる

 抱き締めたい今夜だけ

 ヒ・ヲ・ツ・ケ・ロ!!」

 

二人同時に叫ぶ。

 

観客たちのボルテージは、さっきの俺のソロライブのピークを軽々と超えていく。

 

これが、本物のアニマスピリチアとの共鳴か。

 

全身が焼けるように熱い。でも、死ぬほど楽しい!

 

「HOLY LONELY LIGHT

 燃やせ体の芯まで!」

 

俺とバサラの声が重なる。

 

奴の野太くパワフルな低音と、俺の突き刺すようなハイトーン。

 

計算されたハーモニーじゃない。互いが互いの魂を主張し合う、音の殴り合いだ。

 

「HEAVY LONELY NIGHT

 2度と心は後ろを振り向くな!!」

 

振り向くもんか。

 

後ろにはドブネズミの過去しかない。

 

前だけを見ろ。光だけを見ろ。

 

「HOLY LONELY LIGHT

 急げ 自分を信じて

 HEAVY LONELY NIGHT

 闇の中から答を見つけ出せ!!」

 

息継ぎをする暇さえ惜しい。

 

酸素が足りない脳味噌が、とてつもない快楽物質を垂れ流している。

 

バサラ、お前すげぇよ。

 

だけどな、俺だってこの世界で生きてるんだ!

 

「HOLY LONELY LIGHT

 燃やせ体の芯まで

 HEAVY LONELY NIGHT

 2度と心は後ろを振り向くな!!」

 

ラストのスパート。

 

バサラがギターを掻き鳴らし、俺の方へ一歩踏み込んでくる。

 

俺も負けじと前へ出る。

 

生声の激突。

 

「DON'T LOOK BACK AGAIN

 振り向くな!!」

 

「DON'T LOOK BACK AGAIN

 振り向くな!!」

 

互いに顔を見合わせ、叫ぶ。

 

バサラが笑っている。俺も、きっとひどい顔で笑っているはずだ。

 

「DON'T LOOK BACK AGAIN

 振り向くな!!

 BABY!!

 DON'T LOOK BACK AGAIN――!!!」

 

二人の絶叫が重なり合い、アクショの夜空へと昇っていく。

 

音が消えた瞬間、俺は酸欠で膝をつきそうになったが、意地で踏みとどまった。

 

目の前の怪物は、まだ涼しい顔でギターのネックを握っている。

 

俺は荒い息を吐きながら、熱気バサラという男を睨みつけ――そして、ニヤリと笑ってやった。

 

荒い呼吸を整える間もなく、俺は次の手を打つ。

 

バサラ、お前が仕掛けてきたんだ。だったら今度はこちらから仕掛け返させてもらうぜ。

 

俺の手には愛機と呼べるようなギターはない。あるのは錆びた鉄パイプだけだ。

 

だが、俺にはこの身一つで十分だ。前世から刻み込まれた「原曲音感」。脳内で鳴り響くファイヤーボンバーの重厚なバンドサウンドを、俺の喉と唇が正確無比にトレースする。

 

俺の口から漏れるのは、ただのリズムじゃない。ベースラインとドラムビートを重ね合わせた、重厚なヒューマンビートボックスによるイントロだ。

 

その独特なリフを耳にした瞬間、バサラの眉がピクリと動いたのが見えた。

 

サングラスの奥の瞳が、面白そうに細められる。

 

奴は俺の意図を察したらしい。だが、邪魔はしない。俺の喉から発せられる「音」を、じっと見定めている。

 

いいぜ、その余裕、すぐに覆してやる。

 

俺は鉄パイプをマイクスタンドに見立て、アクショの淀んだ空気を切り裂くように歌い出した。

 

「LET'S GO つきぬけようぜ 夢でみた夜明けへ

 まだまだ遠いけど

 MAYBE どーにかなるのさ 愛があればいつだって!」

 

一番は俺のアカペラ独奏。

 

楽器の助けがない分、俺の生の声、魂の振動がダイレクトに観客の鼓膜を叩く。

 

「夢でみた夜明け」。それはこの掃き溜めから這い上がろうとする俺自身の叫びだ。

 

バサラの曲だが、歌っているのは俺だ。俺の解釈、俺の熱量。それが乗った『突撃ラブハート』は、本家とは違う野性味を帯びて響く。

 

「俺の歌を聞けば――」

 

俺はバサラを指差して挑発する。

 

「簡単なことさ――」

 

バサラがニヤリと笑い返す。

 

「2つのハートをクロスさせるなんて!!」

 

サビへ突入する。俺の独唱が最高潮に達し、観客が拳を突き上げたその刹那――。

 

ジャアアアアアアンッ!!!

 

空気を震わせる轟音が、俺の声に重なった。

 

バサラだ。

 

一番を歌い終えた俺のブレスに合わせて、奴がギターを掻き鳴らしたのだ。

 

さっきとは攻守逆転。

 

なんて贅沢な、そしてなんてスリリングなステージだ!

 

「LET'S DANCE 星たちも歌う 一瞬だって長くできる

 翼を振ったら ROCK WITH ME!!」

 

二番に入った途端、バサラのギターが唸りを上げ、楽曲の厚みが一気に増す。

 

心地いい。最高に気持ちいい。

 

だが、ここで満足してちゃただのファンだ。俺はシンガーとして、この音の波に乗りこなす!

 

「BABY なんとかするから その手を離さないで!!」

 

観客のボルテージはもはや測定不能だ。

 

涙を流していた女も、野次を飛ばしていた男も、今は全員が「歌バカ」になって踊り狂っている。

 

アクショの狭い路地が、まるで銀河の中心になったかのような錯覚。

 

「俺の歌を聞いて[LISTEN TO MY SONG]

 パワーを出せよ[IT'S SO EASY]

 最後まであきらめちゃいけないぜ!!」

 

ブリッジパート。俺とバサラが顔を見合わせる。

 

言葉はいらない。

 

次に来る爆発を、互いに予感している。

 

「「明日を駆けるラブハート 真っ赤な軌跡を描き

  ときめきと微笑みを バラまいてゆけ!!」」

 

ここからはユニゾンだ。

 

遠慮も配慮もない。ただ互いのハートをぶつけ合う、魂の正面衝突。

 

バサラの圧倒的な声量に、俺のハイトーンが食らいつく。

 

混ざり合い、反発し合い、そして融合して巨大なエネルギーの塊となる。

 

「「すべての心にラブハート 火花が散りそうなテレパシー

  溢れる想いは流線型 突撃ラブハート!!」」

 

視界が揺れる。酸欠で頭がクラクラする。

 

だが、身体の奥底から湧き上がる熱が、俺を倒れさせない。

 

もっとだ。もっと高く。もっと遠くへ!

 

「夜空を駆けるラブハート 燃える想いをのせて

 悲しみと憎しみを 撃ち落としてゆけ!!」

 

バサラのギターソロが唸る中、俺は叫ぶ。

 

悲しみも憎しみも、このアクショの不条理も、すべて撃ち落としてやる。

 

「お前の胸にもラブハート まっすぐ受け止めてデスティニー

 何億光年の彼方へも 突撃ラブハート!!」

 

観客たちの絶叫が、コーラスのように重なる。

 

どいつもこいつも、なんて顔をしてやがる。

 

最高じゃねぇか。

 

「明日を駆けるラブハート 真っ赤な軌跡を描き

 ときめきと微笑みを バラまいてゆけ

 すべての心にラブハート 火花が散りそうなテレパシー

 溢れる想いは流線型 突撃ラブハート!!」

 

ラストスパート。

 

俺とバサラは、まるで示し合わせたかのように同時に天を仰ぎ、最後の一節を叩きつけた。

 

「「突撃ぃぃぃッ! ラブハァァァァァァトッ!!!!」」

 

ギターの残響と、俺たちの荒い息遣い。

 

そして一瞬の空白の後、アクショの街が揺れるほどの大歓声が爆発した。

 

「うおおおおおっ!!」「最高だ!!」「死ぬかと思った!!」

 

ハハッ、どいつもこいつも、救いようのない歌バカしか居ねぇ。

 

俺は汗だくの顔で笑い、隣で肩で息をしている伝説の男を見た。

 

バサラもまた、サングラス越しに俺を見て、ニカっと白い歯を見せて笑っている。

 

ああ、俺も燃えてきた!

 

身体中の細胞が、まだ歌い足りないと叫んでる。

 

「へへっ……いい音出してんじゃねぇか、バサラ!」

 

俺は鉄パイプを掲げ、不敵に言い放つ。

 

「次もまだまだ受けて立つぜ!!」

 

俺の「まだまだ」という言葉に、バサラはニヤリと口角を上げ、「上等だ!」と言わんばかりに愛機を掻き鳴らした。

 

軽快なカッティング。説明不要のイントロ。

 

『PLANET DANCE』だ。

 

これから銀河を熱狂させることになる、ファイヤーボンバーの代名詞的ナンバー。

 

ギター一本じゃ、バンドサウンドの厚みが出ない?

 

そんな常識、俺たちが覆してやる。

 

俺はバサラのギターのリズムに食らいつくように、唇と喉を鳴らした。

 

バスドラムの重低音とスネアの鋭い破裂音。

 

ボイスパーカッションだ。

 

俺の口から放たれるビートが、バサラのギターと絡み合い、即席のロックバンドが爆誕する。

 

「さあ始まるぜ SATURDAY NIGHT 調子はどうだい?

 LET'S STAND UP ビートを感じるかい!」

 

一番はバサラの独壇場だ。

 

奴のハスキーでパワフルな歌声が、アクショの淀んだ空気を極彩色のパーティ会場に変えていく。

 

俺はビートを刻み続ける。リズム隊はお任せあれだ、バサラ!

 

「ここは空飛ぶパラダイス 忘れかけてるエナジー

 NOW HARRY UP 取り戻そうぜ!」

 

サビの爆発力。観客が跳ねる。地面が揺れる。

 

そして一番が終わり、間奏へ。

 

バサラが目配せしてくる。「次はテメェだ」と。

 

俺は大きく息を吸い込む。

 

だが待て、俺が歌えば、ビートが消える――そう思った瞬間だった。

 

ドム、ドム、パンッ! ドム、ドム、パンッ!

 

音が消えるどころか、より大きく、より太くなった。

 

観客だ。

 

アクショのドブネズミたちが、俺が刻んでいたリズムを真似て、足を踏み鳴らし、手を叩き始めたんだ。

 

手拍子と足踏み。それが巨大なリズム隊となって俺の背中を押す。

 

最高じゃねぇか、お前ら!

 

その熱意、無駄にはしねぇ!

 

「あきらめの SAD SONG 嘘つきは歌う

 NO THANKS! お呼びじゃないぜ!!」

 

俺は全身全霊で二番を歌い上げる。

 

諦めの歌なんて、この街にはもう必要ない。

 

俺たちが欲しいのは、明日を生きるための勇気だ。

 

「変わり続ける星座と 見えない汗と涙が

 INTO MY HEART 勇気をくれる!!」

 

観客の手拍子が、バサラのギターが、俺の声を高いところへ押し上げていく。

 

これが一体感。これがライブだ。

 

「NO MORE WASTIN' LOVE 愛を無駄にするな

 お前だけを誰かが見つめてるはず!!」

 

そしてラスト。

 

バサラがマイクに戻ってくる。

 

ここからは正面衝突だ。

 

「「HEY! EVERYBODY 心のままに

  叫ぼうぜ JUMPIN' ON THE PLANET DANCE!!」」

 

俺の高音と、バサラの咆哮が混ざり合う。

 

テクニックなんてどうでもいい。

 

ただ、互いのハートをぶつけ合い、火花を散らす。

 

「NO MORE WASTIN' LOVE おまえを愛したい

 明日へと投げつけるこのビートを!」

 

明日へ!

 

そうだ、このビートがあれば、俺たちはどこへだって行ける。

 

「「HEY! EVERYBODY 光をめざせ

  踊ろうぜ DANCIN' ON THE PLANET DANCE

  HEY! EVERYBODY 心のままに

  叫ぼうぜ JUMPIN' ON THE PLANET DANCE!!」」

 

熱い。

 

喉が焼けるように熱い。

 

心臓が早鐘を打ち、身体中から汗が吹き出す。

 

だが、こんなに生きている実感を味わえる瞬間が他にあるか?

 

「「HEY! EVERYBODY

  HEY! EVERYBODY……YEAH YEAH YEAH!!!」」

 

最後のコードがかき鳴らされ、俺とバサラ、そして観客たちの叫びが一つになった。

 

残響の中で、俺は天を仰ぐ。

 

体中を駆け巡る電流のような痺れ。

 

バサラ、あんたやっぱりすげぇよ。

 

 

◇◇◇

 

 

何時間歌ったのか、その感覚すらもはや溶けてなくなっていた。

 

「Planet Dance」の躍動が観衆を跳ね上げさせ、「HOLY LONELY LIGHT」の疾走感が夜を切り裂く。「突撃ラブハート」の直球が胸を突き、「SEVENTH MOON」の神秘が熱狂を加速させる。俺の十八番である「GET Free」の咆哮が響き渡り、「Burning Fire」の激情がすべてを焼き尽くす。

 

同じ曲を何度リピートしただろうか。セットリストなんて概念はとっくに崩壊していた。

 

だが、誰も萎えやしない。それどころか、俺とバサラが声を重ねるたびに、その熱狂は幾何級数的に膨れ上がり、アクショの分厚い天井すら突き抜けて銀河の果てまで届きそうな勢いだった。

 

永遠に続くかと思われた狂乱の宴。

 

だが、そんなライブを超えたフェスにも、残酷な終わりはやってくる。

 

先に音を上げたのは、俺の身体だった。

 

「……ぐっ、けほっ……!」

 

喉の奥から、鉄錆のような味がせり上がってくる。

 

歌いすぎた声帯は悲鳴を上げ、酷使された肺は酸素を求めて喘いでいる。毛細血管が切れ、血の匂いが口腔内に充満する。

 

それでも、魂はまだ叫んでいた。

 

もっと歌いたい。もっとだ。もっと、もっと!

 

脳髄が焼けるような興奮に支配されているのに、手足は鉛のように重く、指先一つ動かすのも億劫だ。

 

俺はマイク代わりの鉄パイプに全体重を預け、肩で荒い息をつく。

 

汗は滝のように流れ落ち、視界を白く滲ませている。

 

咳き込むたびに、胸の奥が軋むような痛みに襲われる。限界だ。これ以上は、物理的に声が出ない。

 

ふと横を見れば、熱気バサラが立っていた。

 

奴も汗だくだ。息も上がっている。

 

だが、その立ち姿にはまだ余裕があった。サングラスの奥の瞳は、爛々と輝きを失っていない。

 

ギターを構える腕にも、力強さが漲っている。

 

「……化け物かよ」

 

これが、マクロスシリーズの中でも突出した「歌バカ」の力か。

 

アニマスピリチアとしての覚醒前だというのに、この底知れないスタミナとエネルギー。

 

その壁は現実として、今、目の前に冷酷なまでに聳え立っていた。

 

これが本物か。

 

これが、銀河を揺るがす男の器か。

 

膝から力が抜け落ちる。

 

俺は自分の身体を支えることすらできず、鉄パイプにしがみつくようにして、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。

 

コンクリートの冷たさが、火照った膝に心地いい。

 

「……ははっ、チクショウ…負けた……」

 

掠れた声で呟くのが精一杯だった。

 

だがその瞬間、世界が割れるような大歓声が爆発した。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

「クジョウ! バサラ! 最高だ!!」

 

「一生ついていくぞお前ら!!」

 

倒れ伏した俺に向けられるのは、憐憫ではなく、英雄を称えるような熱狂の嵐だった。

 

俺だけじゃない。バサラに向けられた歓声と同じ熱量が、俺にも降り注いでいる。

 

つーか、あんたらもタフだなぁ。

 

俺とバサラの、常軌を逸したストリートソングバトルに何時間も付き合っておいて、まだそんな騒げる元気が残っているのか。

 

どいつもこいつも、アクショのドブネズミなんかじゃない。立派な「歌バカ」予備軍だ。

 

俺は仰向けのまま、薄汚れた天井を見上げた。

 

身体は動かない。指一本動かせない。

 

だが、胸の奥底には、すべてを出し切った者だけが味わえる、極上の快感が満ちていた。

 

身体の芯まで震えるような、痺れるような充実感。

 

俺とバサラのストリートソングバトルは、俺のダウンという形で決着した。

 

完敗だ。

 

けれど、こんなに清々しい敗北は、人生で初めてだった。

 

バサラが近づいてくる気配がする。

 

俺は視線をずらし、ニヤリと笑ってやった。

 

「……次は、勝つからな」

 

声にならない声でそう伝えると、バサラもまた、ニカっと白い歯を見せて笑ったように見えた。

 

俺が地面に這いつくばり、肺を上下させて酸素を貪っているその横で。

 

熱気バサラは、立っていた。

 

肩で荒い息はしている。全身からは湯気が立ち上るほどの汗が吹き出し、トレードマークの丸いサングラスも水滴で濡れている。逆立った髪も汗で重くなり、幾分か下に垂れ下がっていた。

 

だが、その足は大地に根を張った大木のように微動だにせず、ギターのネックを握る右手の握力は少しも衰えていない。

 

これが、”本物”か。

 

俺が喉から血の味を感じているのに対し、こいつはまだ、喉の奥にマグマを隠し持っている気配がある。

 

歌えば歌うほど、エネルギーを消費するどころか、逆に自家発電してその存在感を増幅させていくような、理屈を超えた生命力。

 

「アニマスピリチア」という単語が、俺の脳裏をかすめる。

 

バサラは、ジャラァ……とギターの余韻を残したまま、ゆっくりと俺を見下ろした。

 

サングラスの奥の瞳が、俺を射抜く。

 

「ハァ……ハァ……」

 

奴は乱暴に額の汗を拭うと、ニカっと口角を吊り上げた。

 

勝ち誇った笑みじゃない。

 

美味い飯を食った時のような、あるいは面白い玩具を見つけた子供のような、純粋無垢で凶暴な笑みだ。

 

「へっ……面白ぇもん、持ってんじゃねぇか」

 

バサラはそう短く吐き捨てると、俺のすぐ横にあったギターケース――観客が投げ入れたスポーツドリンクを拾い上げ、プルタブを開けた。

 

一気に半分ほど煽ると、残りを放るように俺に突き出してくる。

 

「喉、冷やしとけ。……次はもっとデカイ声、出せるようにな」

 

俺が震える手でそれを受け取ると、バサラは踵を返した。

 

背中にギターを担ぎ直し、まだ興奮冷めやらぬ観客たちの歓声や握手を求める手を、まるで風のようにすり抜けていく。

 

「おい、バサラ! もう行っちまうのかよ!」

 

「アンコール! まだやれんだろ!?」

 

観客の呼び止めに、奴は背中を向けたまま、ヒラヒラと手を振っただけだった。

 

「満足しちまったら、そこで終わりだ! 俺は行くぜ!」

 

勝負の勝ち負けなんて、最初から眼中にない。

 

ただ、俺の「歌」とぶつかり合って、何かが燃え上がった。その事実にだけ満足して、奴は次の風を求めて去っていく。

 

遠ざかる背中は、どこまでも自由で、そして残酷なほどに遠かった。

 

だが、最後に俺に向けた「面白ぇもん持ってる」という言葉。

 

あの歌バカが、俺の(スピリチア)を認めた証拠だ。

 

俺はバサラから受け取ったぬるいドリンクを喉に流し込みながら、その苦い味と共に、強烈な敗北感と、それ以上の高揚感を噛み締めていた。

 

 

 

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聖戦士アムロ(作者:くまぷーⅢ世)(原作:聖戦士ダンバイン)

 バイストン・ウェルの物語を覚えている者は幸せである。▼ 心、豊かであろうから……▼ 私達はその記憶を記されてこの地上に生まれてきたにも関わらず、思い出すことのできない性を持たされたから……▼ それ故に、ミ・フェラリオの語る、次の異なる物語を伝えよう。▼ シャアとの最後の戦いの中、地球へ落下するアクシズをνガンダムで止めようとしていたアムロ・レイは眩い閃光に…


総合評価:3017/評価:8.69/連載:9話/更新日時:2026年02月12日(木) 23:46 小説情報

愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!(作者:イングラマン)(原作:機動警察パトレイバー)

某巡査の娘が特車二課第二小隊に配属される、原作再構成二次小説です。▼自分が読みたいがために投稿しました。▼・TVアニメ版を軸にOVA、漫画版や小説版をミックスしています。▼・転生オリ主最強です。▼・一部キャラクターの生年と経歴を変更しています。▼・作者は警察組織やコンピュータについてはネットで調べた程度の知識しかありません。▼以上の点を踏まえて、本文をお読み…


総合評価:1838/評価:9.04/連載:8話/更新日時:2026年05月15日(金) 21:00 小説情報

人の心(の光)とかないんか?(作者:頑張っても駄無)(原作:ガンダム)

▼ あるけどない。それがガンダム世界である。▼ コレは2連続でガンダム世界に転生したチート転生者のダイジェストである。▼


総合評価:3791/評価:7.99/短編:7話/更新日時:2026年02月27日(金) 19:30 小説情報

コードギアス・フロントライナー(作者:なべを)(原作:コードギアス)

コードギアスの世界に転生した、カイ・アサト。▼日本がイレブンになったときに、前世を思い出した。▼が、親が居ないイレブンの子供に人権なんてなかった。▼存在しない兵士として、KMFに載せられ戦争の最前線に送られる。▼これは、KMFに愛されながらも、戦争からは逃げられなかった転生者の話。


総合評価:2514/評価:6.43/完結:45話/更新日時:2026年05月05日(火) 22:00 小説情報

逆襲のギュネイ(作者:黄金鉄塊騎士)(原作:ガンダム)

転生したらあっけなく天パにやられたギュネイ・ガス君だった件。▼原作とは違い、イキるのはやめて、▼スペックは結構高いこの体を使って宇宙世紀を謙虚に、命大事にの精神で生き延びます。▼逃げ回れば、死にはしないってシーブックニキも言ってたしね。▼ただ、宇宙世紀に転生したからには救える人は救っていきます。▼


総合評価:4764/評価:8.15/連載:9話/更新日時:2026年02月07日(土) 01:06 小説情報


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