友達との昼食を早々に切り上げた私は、早歩きでひろくんの元に向かうことにした。
焦っているのに走らない理由はただ一つ。
先生に見つかって怒られる時間がもったいないからだ。
早歩きなら注意されることはないし、急いでいる時の校舎内の移動はこれに限る。
「あの子、なんかめっちゃ早歩きじゃね?」
「ほんとだ。トイレにでも行きたいのかな」
「馬鹿、お前ら声がでけぇよ。聞かれてたらどうするんだ」
なんか、恐らく上級生と思われる人たちからあらぬ誤解をされた気がするけど、そんなの気にしない。
ひろくんじゃないのなら、どうだっていい。
「……っ!」
……とはいえ、トイレ我慢系女子と思われるのは流石に嫌かも。
小学生でもあるまいし、トイレに行ったからどうのこうの、なんて言われることはない。
だとしても、乙女のプライド的に問題アリだ。恥ずかしい。
いや、気にしないったら、気にしない!
今大切なことは、私のプライドよりもひろくんの命だ。
ひろくんさえ生きていれば、後はどうでもいいじゃないか!
そんなことを考えているうちに、校舎の出口にたどり着いた。
流石早歩き、考え事をしているうちに着いた。
校舎を出た私は、ダッシュで部室棟へ向かった。
もう先生に怒られる心配はいらない。先ほどの恥ずかしさを振り払うように全力で足を動かす。
制服だから走りにくいけれど、それでも急がなくてはならない。
早く、ひろくんの顔が見たい。
ひろくんは昼休みになると姿を消す。
教室でも、食堂でもご飯を食べている姿を見たことがない。
よく話している朝隈君もいることだし、一緒に食べればいいのに、とは思うが、別に一人で食べるのが悪い訳じゃないからそれは言わない。
そもそも、ひろくんは友達を積極的に欲するタイプじゃないしね。
数人友達がいればそれでいい、って1周目のひろくんも言ってたし。
そんなひろくんが昼休みに行く場所は、部室棟の階段だ。
これも1周目のひろくんが教えてくれた。
「来てもいいけど、誰にも教えないで」と言われたのを覚えている。
結局、私が行くことはなかったけど。
だから、これは1周目にはなかった行動をする、ということになる。
今まで私は、なるべく1周目と同じ結果になるように生活してきた。
まぁ、不安があったら介入し、1周目と同じ歴史をたどれるよう仕向けてきた。
高校受験の時に、手作りの予想入試問題と称した本番の数字を変えただけの問題を渡したのもそういった理由からだ。
1周目は合格最低点で合格だったひろくんを、万が一にも不合格にさせるわけにはいかなかった。
もしそうなれば、何もかもが変わってしまうから。
後は……未来人だよって言いつつ、ゲームが強くて負け続けていた1周目の憂さ晴らしでボコボコにしているぐらいなものか。
こんなのは介入のうちに入らない。たかが遊びの勝敗なんて運命の大枠には何ら影響しないし、何も問題ない。
そして、その大枠さえ変わらなければ、あの忌々しいホワイトデーの日に出かけないようにするだけでひろくんは助かるはず——
私は今まで本気でそう思ってきた。
だが、それはもはや通用しない。
彼の行動は明らかに1周目とは全然違う。なぜか?
恐らく、というか確実に、その原因は私だ。
バタフライ・エフェクト、という言葉がある。
ブラジルの蝶の羽ばたきが、竜巻になってテキサスを襲うなんていう話が語源の言葉だ。
小さな変化が、いずれ大きな変化になるということを表している。
どんな天才でも、幼稚園で友達とした話を一言一句覚えることは不可能だ。
それだけじゃない。何かするときだってそうだ。コンマ1秒のズレもなく、同じ時間に同じ行動はできない。
入試の予想問題なんて1周目では作っていないのだから、これでズレが生じている。
未来人、なんてふざけていたとしても、それは1周目では絶対発していない言葉ではないのだから、これもまたズレだ。
大枠が変わるほどの大きなズレはなくとも、そういった小さなズレが、結果として大きな変化を生み出してしまったのだ。
これまではこれから何が起きるかわかっていたが……そうはいかなくなった。
言葉としては知っていたものの、私の認識が甘すぎた。
タイムマシンの発明者として大失格だ。
でも、変化が起こってしまった以上は仕方ない。
竜巻のように荒れ狂う変化に身を委ねたくはない。
だから私は動くのだ。
できる限り、変化をコントロールするために。
それに、変化自体は別に悪いことだけではない。
確かに、ひろくんが1周目より早く死ぬ可能性はある。
一方で、ひろくんが100歳ぐらいまで長生きする未来に変える可能性だってあるのだ。
変わったって希望はある。
絶対、救ってみせる。
そうこうしているうちに、部室棟に到着した。
目の前には、恐らくひろくんのいる階段がある。
考えている時間も惜しい。早く昇ろう。
きっとひろくんはお弁当を食べているはずだ——
——と思っていたが、予想は外れた。
ひろくんは私の前でぐったりと横たわっている。
「ひ、ひろくん……?」
返事はない。どうしよう、全身の震えが止まらない。
まさか、もう遅かった? 運命の日は今日だったの?
私の小さな羽ばたきが、ひろくんを早死にさせる嵐にもうなっちゃった……?
自責の念に駆られつつも、生存確認のために急いで彼の元へ向かう。
生きていてくれ、と願いつつ、呼吸を確認する。
「スゥー……」
「ひろくん……!」
ちゃんと息をしていたことに安堵する。
どうやら、ひろくんは寝ているだけのようだ。
肝が冷えたけれど、本当に良かった。ひろくん、まだ生きてた。
顔を見ても、ひろくんはぐっすりと寝ているようだ。
苦しそうな様子はどこにもない。
このやろう、心配させやがって。
でも、生きていてくれてありがとう。