祐奈が未来人で、俺は来年死ぬ。
衝撃の告白から数週間経った。
あれから祐奈には会っていない。
会っても何を言えばいいかわからなかったからだ。
それに、彼女も彼女で関口の勉強に集中していることだろう。
関口から毎日のように今日も祐奈先輩に絞られたという連絡が来ているし。
(しかし……どうするかな……)
俺は今、悩んでいる。
恋愛作戦についてだ。
この恋愛作戦は数年かけての長期間勝負を見込んでいた。
しかし、俺は死ぬ。
ホワイトデーの日……つまり、俺は2年生にすらなれず死を迎えるらしい。
もちろん、俺の死だ。信じたくはない、絶対に。
だけど、祐奈の気迫は俺を信じさせるに十分なものだった。
恋愛作戦は達成できない。
早すぎる死に幸せなんてものはないからだ。
(……やめるか)
祐奈は変えると言っていたが、成功するかはわからない。
運命なんて誰もわからないのだから。
幸い、俺はまだ祐奈のことを好きになっていない。
前より気になっているが、それは幼馴染として。
恋愛感情なんて——
ズキリ、とした痛みが心臓に走る。
(……え?)
恋愛感情なんてない。
祐奈に恋愛感情は抱いていない。
本当のことのはずなのに、それなのに。
心が痛む。
(もしかして……俺は……)
俺は、祐奈のことが好き……?
今度は心臓が激しく鼓動を打った。
そうだ、と言わんばかりにその音は大きくなっていく。
風邪でもないのに、この部屋はクーラーが効いているのに、熱が身体の奥底から湧き上がっていく。
そうか、そうだったんだ。
意識外の身体の反応を感じて、俺は確信する。
俺は、昔から——
(祐奈のことが好き、だったんだな)
自覚した瞬間、顔が赤くなるのを感じる。
張り裂けそうな心臓の痛みはまだ続いているが、不快感はなく、どこか心地よいものであった。
(じゃあ、俺は生きないとな)
好きな女の子が俺を救うって言っているんだ。
だったら、ちゃんと救わせてあげるのが男ってものだろう。
死ぬわけにはいかない。
こうしてニヤニヤしていたからだろうか。
俺は階段を上がってくる足音に気付かなかった。
——バァン!
「な、なんだ!?」
「海! 行くわよ!」
勢いよく扉を開けてきたのは、さっきまで想っていた俺の幼馴染だった。
シュノーケルと浮き輪を持って海に行く気満々な彼女は、いつもよりかわいく見えた。
(……これが好きってことなのか……?)
でも、悪くない。
好きな人がそばにいるっていいな。
そう思いながら、俺は佑奈の誘いに乗った。
♢
浜辺を白く染め上げる波。
天地を分かつ水平線。
海面をこれでもかと輝かせる太陽光。
潮の匂いに、海鳥の鳴き声。
美しい自然が目の前にある。
俺の部屋を出て電車に乗り込み数時間、俺たちは2人で海に来ていた。
「いやー、暑いね!」
「暑すぎる……クーラーほしい」
「馬鹿な事言わないの! 海で泳げば涼しくなるって」
「でも、人多いしなぁ……」
「そりゃ、こんな綺麗な海に誰もいないなんてありえないでしょ。それほど良い海ってことじゃない?」
暑さにやられた俺と違って、祐奈は元気そうだ。
砂浜の一部をビニールシートで陣取り、持ってきた浮き輪を膨らませている。
「そういえば、浮き輪って必要だったか? 俺たち泳げるだろ」
「あのねぇ、ここはプールじゃないんだよ? 泳ぐのもいいけど、海上でゆったりするのも海の楽しみ方だって」
「まぁ……それもそうか」
これだけ用意周到なのを見ると、どれだけ楽しみにしていたかが伝わる。
好きな人が2人きりの海を楽しんでくれるなんて……めっちゃ嬉しい。
「あれ、なんかちょっと顔が赤いね?」
「え!? あぁ、暑さでちょっとな」
「大丈夫? 熱があるんじゃない?」
祐奈がおでこを近づけてくる。
顔が近づくにつれ心臓が高鳴るが……これは仕方ない。
ここは海。体温計なんかない以上、こうやって測るしかないのだから。
目をつぶって身を任せていた時だった。
唇に柔らかいものが触れた。
しかし、今の俺ならそれが何なのかわかる。
「ゆ、祐奈……?」
「大丈夫、誰も見ていないから」
「だからって、海でキスは……」
「いやよ。だって、ひろくんが最後にキスしたのって翼ちゃんでしょ?」
俺から離れた祐奈が口角を上げて笑う。
「キスは上書きしないと、ね?」
そうやっていたずらっぽく笑う彼女は、自然の美しさにも負けていなかった。
「あ、でもね」
祐奈が俺の頭をつかむ。
「いくら上書きできるからって、ほかの女の子とキスするは嫌だよ?」
「しない……というか、できないって。俺の友達の少なさは知ってるだろ?」
「それはそうだけど……」
「俺がそう簡単にキスするような男に見えるか?」
「見えないけど、されるかもしれないじゃん?」
祐奈は俺のことを何だと思っているのだろうか。
俺はそこまでモテる人間じゃないぞ。
「されないから。安心してくれ」
「わかった……」
やっとわかってくれたみたいだ。
よかったよかった。
「じゃあ、翼ちゃんとキスしたときは教えてね? また上書きしなきゃだから」
いや、やっぱりわかってなかった。
「教えてねって……関口はほかの女の子扱いじゃないのか?」
「違うよ。翼ちゃんは特別。だから翼ちゃんとなら許してあげる」
「何が違うんだ……?」
「想いの違い……かな? 知らないと思うけど、翼ちゃんはひろくんのことだったら命すら投げ出せるんだよ」
慕われているとは思っていたが……そこまでだったとは。
しかし祐奈のこの言い方、恐らく1周目の世界とやらで何かがあったのだろう。
命とかいう怖すぎる単語が出ているから聞かないでおくが。
「よし! じゃあ、気を取り直して海を楽しもう!」
浮き輪を膨らませ終わった祐奈が立ち上がる。
太陽のように輝く笑顔はちょっと眩しい。
遊ぶ準備を終えた俺たちはビニールシートを出て、水着を着に更衣室へと向かった。
せっかく来たんだし……俺も目いっぱい楽しむか。
海は楽しまなきゃ損なんだから。