自称・未来人の幼馴染   作:千夏ケイ

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第37話 幼馴染に怒られる

 体育祭が終わった。勉強しないことが許される唯一の日が終わってしまった。余韻に浸りたいところだが、そうもいかない。俺たちは現実を見なきゃいけないのだ。

 その理由は、2学期のラスボス——期末試験が待ち受けているから。中間試験は何とかなった俺だが、文化祭にキャンプ、体育祭と立て続けのイベントで対策があまりできていない。

 にしても、ひどくないか? 運動に集中させたくせして、体育祭後に期末試験を入れているんだから。だまし討ちみたいなものだ。

 

「——って、思うんだけど。学校側に抗議しないか?」

「するわけない。いいから、手を動かす! 期末はもうすぐそこなんだからね!」

「わかってるよ……」

 

 祐奈に期末試験日程の理不尽さを訴えてみたが、怒られてしまった。祐奈はそのまま、お茶を汲んでくる、と言って部屋から出て行く。俺の家なのにまるで自分の家かのように色々使うのはやめてほしい……いや、合鍵を持っているから自分の家のように扱っていいのか……?

 しかし、手を動かせ、か。そんなこと言ったって仕方ないじゃんか。わからないものはわからないんだし。しょうがない、祐奈が帰ってくるまで教科書でも確認しておくか……

 

「先輩、怒られちゃいましたね」

「関口……わかってくれるか!」

 

 彼女の優しい口調に俺は思わず顔を上げ、彼女のほうを見る。眉を下げ、しわなどどこにもない彼女の顔は慈愛で満ち溢れていた。思わず関口の胸に飛び込みそうになる……が、いけない。そんなことをしたら先輩としての威厳がなくなってしまう。ただでさえ基本スペックが祐奈に劣っているせいで威厳が下限ギリギリだというのに。

 それに、そんなことをしてしまえば関係性が変わってしまう気がする。その胸の中で優しく撫でられた日には、第二の母親となってしまいかねない。年下のママ、なんて関係はさすがにごめんだ。

 

「でも、勉強しないでいいって言われていたのは体育祭の日だけなんですよね? その日以外は勉強できたんじゃないですか?」

 

 優しさに油断しきっていたら、とんでもなく鋭い槍が飛んできた。それは見事俺にクリーンヒット。一撃で致命傷である。

 

「……なるほど、ここで余弦定理を使うのか」

「先輩、無視はよくないですよー! しかもそれ、英語の教科書です!」

「ふっふっふ……甘いな。ケビンが余弦定理を使う話かもしれんぞ?」

 

 致命傷のショックを隠すため、教科書を再び読むフリをしてみた。しかし、まさかの教科ミスに俺はあまりにも苦しすぎる言い訳をする。

 最悪だ。こんなバカげたミス、集中していないのはバレバレじゃないか。これで、勉強に集中しているから話しかけないで、という必殺技が使えなくなってしまった。

 

「え? 本当にそんな内容が書いてあるんですか?」

 

 おっと……? なんかいけそうじゃないか?

 

「そうなんだよ。高校の英語は難しくてな、余弦定理とか日本語でも日常的に使わない単語がたくさん出てくる」

「えっ……私、ついていけるのかな……」

 

 嘘に嘘を重ねた結果、関口の顔が歪んでしまった。せっかくの顔が台無しだ。

 

「大丈夫、俺が何とかなっているんだから——」

「隙アリ、です!」

 

 英語の教科書が空を舞い、関口の手に収まる。関口はゆっくりとページをめくっていく。取り返そうにももうすでに手遅れだ。これは……さすがにバレたか。謝る準備をしておこう。

 

「せ、先輩……単語がよくわからなくて読めません……」

「よっしゃ……!」

 

 関口が中学生で、そして俺と頭のレベルが同じくらいで本当に助かった。読めなきゃ真実はわからない。つまり、関口は俺を責めることができない。

 

 命拾いした——と、安心したのもつかの間。祐奈が帰ってきてしまった。この状況で関口がとる行動は1つしかない。

 もちろん俺は阻止しようと手を伸ばしたが、関口のほうが早かった。

 

「祐奈先輩、ケビンって余弦定理を使うんですか?」

「……はぁ? 何言っているの?」

 

 帰ってきて早々、変な話に巻き込んでごめん。本当に。

 

 普通なら関口の突拍子もないおふざけだと断じて気にしないだろう。ただ、相手は祐奈。もう何カ月も後輩の受験勉強を見てあげている面倒見のいい幼馴染だ。

 だから、祐奈は何があったのか親身になって聞いてあげている。面倒見の良さは祐奈の良いところだとは思うが、今はやめてほしい。だって——

 

「あのねぇ、2人とも時間内のわかってる?」

 

 ——こうなるから。俺は今、祐奈の前で正座させられている。

 また祐奈に怒られてしまった。二度目の怒られとなる俺はもう黙って話を聞くしか許されていない。隣で正座する関口は、なんで私まで、とつぶやいている。

 

「翼ちゃん。ひろくんがなにしたかは知らないけど、受験生なんだから気を引き締めないと」

「はい、ごめんなさい……」

 

 頭を下げる一方で、関口は隠れて指で俺に攻撃を仕掛けてくる。まぁ、今回は俺が悪いし受け入れてやろう。これも先輩の度量の大きさ……ってことにはならないか。

 

「ひろくんもだよ。翼ちゃんが落ちたら責任取れないでしょ? それに、ひろくんだって期末試験対策しなきゃいけないはずなのに」

「返す言葉もございません」

 

 深々と頭を下げる。土下座——完全降伏のポーズとなるが、そこは気にしない。完全に祐奈が正しいし。そこで変なプライドを発揮したって意味なんてないのだ。

 

「わかったら勉強に戻って。私も翼ちゃんに教えなきゃいけないから」

「わかりました……」

 

 祐奈の目には力が、言葉には圧がある。威圧感たっぷりの鬼軍曹モードに、思わず圭吾が飛び出てしまった。幸運だったのは、この状況下でそのことを指摘できるような人はいないこと。当事者である祐奈は怒っている手前そんなおふざけはしないだろうし、関口はたった今起こられたばかり。それにも関わらずまた怒られに行くほどバカではない。

 

 その後の俺たちは集中して勉強ができた。ただ、完全に集中していたかといわれるとそうではない。英語だけでなく数学の勉強もしたのだが、余弦定理、という単語を見るだけで先ほどまでの出来事を思い出して笑いそうになってしまったからだ。3回も祐奈を怒らせるわけにはいかなかったので必死に耐えたが……あれは危なかった。

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