自称・未来人の幼馴染   作:千夏ケイ

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side:祐奈 宿命

 新たなる年を迎えた。テレビでは着物を着た芸能人たちが新年を祝っている。何もめでたくないというのに。チャンネルを変えても同じようなものばかり。

 大きくため息をついて、テレビを消す。人が笑っている姿なんて、今は見たくない。星のキーホルダーを付けたスマホを手に取り、外出の準備を整える。

 

「祐奈、今日も行くの?」

「うん、行ってくる。あ、遅くなるようだったらちゃんと連絡するから」

「わかった。行ってらっしゃい」

「ありがとう、行ってきます」

 

 お母さんとの会話はそこそこに、家から出る。もちろん、あけましておめでとう、なんて挨拶はしない。ただ、お母さんからもしてこなかったのは、さすが親だなって思う。娘のことをちゃんとわかってくれている。

 

(……寒いな)

 

 息を吐くと、白い煙となって消えていった。この煙のように消えることができたらどれほど楽か。何も残らなくていい。残さなくていい。約束を破った私には残すべき価値もないのだから。

 

「でも、消えられないんだよね」

 

 ぼそっと独り言を呟く。消えたいと思っているくせに消えない。その理由は、ひろくんがいるから。まだ、生きているから。私が先に楽になるなんて許されない。

 それに、両親のこともある。私を理解してくれる優しいお母さんに、元旦も仕事へ行き家族のために頑張ってくれているお父さん。私が消えたら2人はきっと悲しむだろう。1週目の世界でも亡くなる間際まで私のことを考えてくれた。タイムリープしたとはいえ、その恩をあだで返すようなこと、あってはならない。

 

 あぁ……それとも、これも言い訳なのかな。そんな資格がないくせに、何かと理由をつけて無意味に生きようとするための言い訳。

 

(もう、何もわかんないよ……。ひろくん、どうしたらいい?)

 

 ひろくんは絶対生きていいって言ってくれる。それがわかっているのに彼に頼ろうとする私は……やはり言い訳だけの女なのかもしれない。

 

 私は歩き出す。ひろくんに会うために。しかし、その行先は合鍵が使える近くの家じゃない。病院だ。

 

 病院につくと、手早くお見舞いの手続きを済ませ、エレベーターに乗る。面会に時間制限がある病院も多いみたいだけど、ひろくんがいる病院は無制限。さすがに夕方には帰らないといけないけど、迷惑さえかけなければずっと居てもいいそうだ。

 

 5階の508番病室。そこにひろくんがいる。エレベーターから出て、足早に部屋の前まで行き、ゆっくりとドアを開ける。

 

「ひろくん、来たよ……」

「………………」

 

 だが、その部屋の持ち主は何の返事もしてくれない。音をたてないようにドアを閉め、ひろくんが横たわるベッドの横に行く。

 

「ひろくん……ごめんね、私がいたのに。こんな目に遭わせて、本当にごめんっ……!」

 

 目をつぶったままの彼は動かず、何も答えてくれなかった。こうも動かないと、撥ねられた日のことをどうしても思い出してしまう。

 

 

 クリスマスデートの日、私はもうウキウキだった。だって、好きな人とのデートができるのだ。喜ばない女の子なんてこの世にいない。

 ……そのせいではしゃぎすぎちゃったような気がしなくもないけど……まぁ、それもいい。デートってそんなものだろう。

 

 でも、そのデートももうすぐ終わり。あとは電車に乗って帰るだけとなってしまった。どうして楽しかった時間はこうも短く感じてしまうのか。辛いときは長く感じるのに。不公平じゃないか。

 そうやって世の不条理に頭の中で文句を言っていた時、隣を歩くひろくんが急に喋りだした。

 

「あ、ちょっと待って。展望台に忘れ物した」

「え? じゃあ、私も一緒に——」

「いいよ、そこで座ってて。すぐ戻ってくるから」

 

 ……行っちゃった。忘れ物をするようなものなんて持ってきていなかったと思うけど……ポケットに入れていたものでも落としちゃったのかな?

 それとも、私が見ていたキーホルダーをプレゼントするため……とか?

 

 ……うん、なんかそんな気がしてきた。私たちは幼馴染。お互いをよく知っている。だから、一緒に忘れ物を取りに戻ったとしても、私がモヤッとすらならないのも知っているはず。むしろ、一緒にいる時間が増えて嬉しいし。

 

 なので、追いかけるなんて無粋な真似はしない。ひろくんがサプライズをしたがっているのであれば、ノってあげるのが幼馴染ってものだからね。

 

 しばらく待っていると、ひろくんらしき人影が見えた。何かを持っているようには見えない……けど、きっと握りしめて走っているのだろう。もしかしたら、袋を買って詰める時間すら惜しかったのかもしれない。そこまで急がなくてもいいのに。全力疾走のひろくんに思わず笑ってしまった。

 

 丁度良く、歩行者用信号が青に変わった。ひろくんがさらにスピードを上げて横断歩道を渡ってくる——その時だった。

 

「祐奈! 俺は祐奈のことが好きだ! 俺と付き合っ————————」

「ひろくんっ——!」

 

 告白された、なんてことを認識する暇もなく、ひろくんは車に撥ね飛ばされた。

 二度と見たくなかった空を舞うひろくんの身体。二度と聞きたくなかった鈍い衝撃音。そのどれもがあの忌々しいホワイトデーの再現だった。必死に手を伸ばしたが、届くわけもなく、ひろくんは視界から消えていった。

 

(あぁ……そんな……そんな、ことが……あっていいわけ、ない……)

 

 膝から崩れ落ちた私は、なんとかひろくんのほうを向く。生きていてほしい、という守れなかった人間がするべきじゃない願いを込めて。スッと起き上がって、走り去った車に文句を言う余裕があるほどピンピンしていることを祈って。

 

 だけど、私の目線の先にあるのはフロントガラスの破片と動かないひろくんの身体だけ。願いも、祈りも、運命の前では無意味ということか。

 

 ……いや、まだだ。私は最後の気力を振り絞って立ち上がる。まだ、死んだと決まったわけじゃない。痛みで動けていないだけかもしれないのだから。

 

「ひろくん……大丈、夫……?」

 

 ゆっくりとひろくんに近づく。そして、わかった。痛みに喘いでいるわけじゃない、と。ピクリとも動かない体からは意識の存在を感じ取れない。

 

「ひろくん……!」

 

 さらに近づき、ひろくんの隣まで来て——気付いた。ひろくんは何かを握っている。撥ね飛ばされてもなお、守り抜いたものがある。ひろくんの隣に座って、彼の指を取り、広げていく。すると、やっぱりそこには私が見ていたキーホルダーがあった。

 

「ひろ、くん……! 私、が……私が、デートを……っ!」

 

 溢れ出す涙で上手く言葉が紡げない。こういうときに謝れもしないのか、私は……! 守るって言ったのに、そのためにタイムリープをしたのに。私は何も役に立てなかった……!

 

 だれかが通報してくれたのだろうか。救急車のサイレンが聞こえる。でも、私の泣き声を掻き消すにはまだ遠く感じられた。

 

 

 病室で眠るひろくんの頭を撫でる。頭から耳を通り、頬に手をやる。触れたところからはかすかな熱が感じられた。これこそ、ひろくんが生きている、という何よりの証拠だ。

 

「……くすぐった——……って、祐奈か。ごめんな、寝ちゃってて」

「ううん、気にしないで。私は来たいから来ているだけだから」

 

 少し撫ですぎてしまったのか、ひろくんを起こしてしまった。たくさん寝て回復するのが病人の仕事なのに、私はそれすらも妨害してしまうのか。ひろくんが起きた喜びと自分の愚かさで気分はプラスマイナスゼロの若干マイナスよりだ。

 

「あっ、そのキーホルダー……」

「ん? あぁ、これか。いやな、つける場所がないから出してなかったんだが、それじゃあ良くないからな。枕元に置いてみた」

 

 私と同じ、星のキーホルダー。あの日、ひろくんが最後まで離さなかったキーホルダーだ。

 

「しかし、不幸中の幸いだよな。俺は傷だらけなのに、キーホルダーに傷一つないんだもん。いや、俺の怪我が大したことないんだからそれもそうか」

「大したことあるよ! 打撲たくさん、裂傷もたくさん、おまけに頭部外傷で意識不明にもなってたんだよ!? 骨折は奇跡的にしていないみたいだけど……それでも重傷だよ!」

 

 ひろくんは一命をとりとめた。いたるところから血が流れていたけど、救急隊員の応急処置と搬送先の病院での緊急手術のおかげで出血多量という最悪の事態は避けられた。血の流出を最低限に抑えたおかげか、ひろくんの意識もすぐに戻ってくれた。

 確かに骨折はしていない。それでも、全身を包帯でぐるぐる巻きにされたひろくんを見て軽傷だなんて言える人はどこにもいないだろう。

 

「でも、命はある。そうだろ?」

「そうだけどさ……どうしてひろくんはそんなに楽観的でいられるの……?」

「そりゃそうだろ、俺はもうずっと前に死ぬ運命って伝えられているんだよ。それがわかっているからこそ、逆に落ち着いていられる」

 

 わけのわからない理論だ。だけど、なんとなくひろくんらしい感じもした。思い返すは夏休みに入る前の喫茶店。ひろくんに運命を告げた時のこと。普通だったら死の運命を聞かされて取り乱してもおかしくないのに、そんな様子はなかった。……まぁ、ファーストキスの衝撃で隠れちゃったのかもしれないけど。

 それ以降も、ひろくんは迫る運命に怯える様子など一切見せてこなかった。本当に強い人とはひろくんみたいな人のことを言うのだと思う。私にはできない。白旗をあげるほどの完敗だ。いくら勉強や運動とかで勝ったとしても意味がない。

 

 そう、私は産まれた時からずっと、ひろくんに負け続けているのだ。

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