自称・未来人の幼馴染   作:千夏ケイ

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第53話 運命の日④

 昼過ぎ。俺の部屋には真っ白に燃え尽きた一人の男がいた。もちろん、俺のことだ。この部屋に男は俺しかいないのだから。

 ただ、燃え尽きた、と言っても死んだわけじゃない。いや、ある意味死んだのと同じか……?

 

「か、勝てねぇ……」

 

 2勝目を取りに行く。そう意気込んで始めたゲームなのに、開始から数時間経った今もまだ勝利できていない。

 

「強すぎだろ。なんで1勝もできないんだよ」

 

 俺が祐奈と遊んでいるのは、格闘ゲームだ。実力がそのまま差として表れるジャンルだが、このゲームは必殺技のようなものもある。祐奈はプロじゃないんだし、それを使えば2本先取のうち、1本は取れる。

 ただ、その後が続かない。必殺技を使った後はいつも速攻を受けて追い詰められ、いつの間にか見飽きた敗北画面にゲームが進行している、という流れが繰り返されている。

 

「あのね、ひろくん。私はひろくんのことが好きなんだよ? 1週目の世界から、ずっと」

「いきなり告白だなんて……。そ、それで? それがどうしたんだよ」

「そしてね、私はひろくんが好きなものも好き」

 

 ……なんだこれは。俺を動揺させて勝ちを盤石にする気なのだろうか。そんなことしなくても、ずっと勝っているのに。

 

「だから、ひろくんが死んだ後も、私はそれを好きでいつづけた。ひろくんを忘れないために、やり続けたんだよね」

「……つまり、やりこみが違うってことか?」

「そう! たった数ヵ月触ってないだけでなまるような、そんな中途半端なやり込みじゃないんだよ」

 

 なんじゃそりゃ。勝てるわけないじゃねぇか。こっちはこのゲームが発売されて数年間やっているだけなのに、祐奈派もう数十年はやっているってことだろ?

 ……あまりにも無理ゲーすぎやしないか?

 

「……ご飯、食べるか」

「あれ、もういいの? 私に勝ってないよ?」

 

 ……ほう、なかなか良い感じに煽りやがるな、この幼馴染は。

 でも、俺は冷静な男。ここで乗るのは、俺の人生に黒星を増やすだけの愚かな行為とわかっている。

 

「その手には乗らないぞ。そもそも、お腹も空いてきたし——」

「もし勝ったら、1つだけ何でも言うこと聞いてあげようと思ったんだけどなー……」

「よし、祐奈。早くコントローラーを持て。今すぐその余裕をぶっ壊してやるよ」

 

 ノーリスクハイリターンな提案をしてくるなんて……随分とナメられたものだ。お望み通りやってやろうじゃねぇか。そしてその暁には——

 

 

 

 

 時刻はお昼どころかおやつを食べる時間すら過ぎた頃。俺たちは俺の部屋でパンを食べていた。

 ……俺の膝の上に祐奈が乗ったまま。

 

「あのー、やっぱりこの体勢だとパンのカスがこぼれそうなんですけど……」

「あー、確かに。じゃあ、後で一緒に掃除しようね」

「いや、そういう問題じゃ……」

「そういう問題でしょ? ひろくんが負けなかったらいいだけの話なのに」

 

 祐奈に煽られてからというもの、俺は何度も挑戦したが、ついぞ1勝も出来なかった。

 くそっ、頭では乗っちゃいけないってわかってたのに……!

 

 そして、大敗を喫した俺は祐奈に命じられ、この状態のままご飯を食べている。

 祐奈曰く、ノーリスクハイリターンな勝負なんてないとのこと。

 ……俺は目先の欲望につられた愚かな男だ。

 

「ねぇ、今何のパン食べてるの?」

「ん? あぁ、メロンパンだよ。チョコチップ入りの」

「へー! 美味しそう! 一口欲しいなー?」

 

 祐奈が俺を背もたれ代わりにして寄りかかってくる。

 欲しいな、とか願望っぽく言っているが、ここまで寄りかかられたら物理的に食べられない。ほぼ強制だ。

 ……まぁ、昨日、このパンを買ってきてくれたのは祐奈だから、奪われたとて文句は言えないんだけどな。

 

「わかった。あげるって」

「ほんと? ありがとう! それじゃあ……あーん」

「……は?」

「ほら、ひろくん。あーん!」

 

 食わせろというのか? 祐奈の口どころか俺の手元すら見えないこの状況で!?

 

「食べさせるのはいいけどさ、とりあえず身体を起こしてくれ。何も見えないんだけど」

「それでもいいじゃん! ほら、二人羽織の練習と思って」

「練習したって使う日は来ねぇよ……」

 

 まだ高校生だからそういう酒の席のことはわからない。しかし……今の時代、二人羽織を披露するような宴会ほとんどないんじゃないか? 動画投稿者が企画としてやるくらいしか見たことないぞ。

 

「そんなの、わかんないよ? ひろくんが生き残ったおかげで、二人羽織がスポーツになって世界大会の種目に選ばれる日が来るかも……」

「そんな世界になってたまるか!」

 

 なんだよ、二人羽織のスポーツ化って。宴会芸なんて世界大会から一番遠い存在だろ。ひりついた空気が一気にお茶の間みたいになるぞ。

 

「まぁ、そんなことはいいんだよ。早く食べさせて」

「はぁ……わかったよ」

 

 このまま言い合っても俺の食べる時間が遅くなるだけだろうし。

 祐奈の顔……と思われる場所にメロンパンを近づける。

 

「ほら、これで食べられるだろ? 後はガブッと言ってくれ」

「ひろくん、私はあーんって言ったんだよ? 口まで持ってこないと」

「……これ、チョコチップメロンパンだぞ?」

 

 だから、失敗したらチョコで汚れる——

 そう言おうとした矢先だった。

 

「もし汚したら……責任取ってね」

「責任って、祐奈……?」

 

 男女間の責任、なんて1つしかない。確かに俺は祐奈が好きで、将来的にはそういう関係になれたらいいな、って思っているが……チョコの汚れはそこまで重いものなのか?

 いや、汚した・汚されたという事実の方が大切なのかもしれない。実態はチョコだが、仮にそうなった場合、確かに俺が祐奈を汚してはいるのだ。字面だけ見れば、完全に責任問題だ。

 

「…………よし、俺はちゃんと責任を——」

「ぷっ、あはっ……!」

 

 急に祐奈が笑い出した。人の覚悟を笑うなんてひどくないか?

 

「いいんだよ、責任なんて。チョコの汚れくらい、洗えば落ちるから」

 

 あー、おもしろ、なんて言いつつ、祐奈は笑っている。彼女の笑いは、密着している身体を通して、振動として俺にも伝わってくる。その振動が、俺の敗北感を増幅させた。

 俺が祐奈のこと好きだってこと知っているくせにからかいやがって……!

 

「……………………」

「あっ、ちょっと! ひろ、くんっ! 左手で、顔触らない、で!」

 

 チョコまみれにしてやることも考えたが……それをするとなんか負けた気がする。ただでさえもう今日は負け続きなのに。

 だから、右手にチョコチップメロンパンを持ち、左手で祐奈の口を探すという攻略法で挑むことにした。

 チョコの汚れなんか一切つけてやらないからな! 覚悟しておけよ!

 

 そうしていくうちに、俺の左手は祐奈の口を探し当てた。このチャンスを逃すわけにはいかない。しっかりと口を左手で固定し、ゆっくりとチョコチップメロンパンを近づけていき……ついに口の中に入れられた。

 

「どうだ? 美味しいか?」

「お、美味しいけどさ……こんな二人羽織ってないよ……」

 

 まだ二人羽織のこと言ってるのか。もういいだろ。練習もしなくていい。今後する機会はないんだから。絶対に。

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