昼食後。予想通りパンのカスが飛び散ってしまった部屋で、俺たちは掃除に勤しんでいる。
……今度は祐奈にバックハグをされた状態で。
「あの……動きづらいんだけど」
「でも、一番くっつけるのってこうじゃない?」
「そうだけどさ……」
腕の締め付けを増す祐奈。
普通に歩きづらくなるからやめてほしい。よちよち歩く姿はまるでペンギンさながら。ペンギン歩きで掃除だなんて、あまりにも効率が悪すぎる。
「じゃあ、せめて祐奈が前に行って掃除してくれないか? 俺、ちゃんと抱きついておくから」
「えー……ここ、ひろくんの部屋でしょ? 人の部屋を掃除させるのは良くないと思うな」
正論で殴るのはやめてくれ。普通に痛いから。
「でもさ、祐奈はほぼ毎日ここに来てるじゃん。実質祐奈の部屋みたいなもんだろ」
「……へー、そんなこと言っちゃうんだ」
祐奈が人をからかうときの声を出す。顔は見えないが、絶対に悪い顔をしているぞ、これは。
どうしよう、何かまずいことでも言ったか?
「じゃあさ……この部屋のお宝を探しても良いってことだよね?」
……まっずい。
「待て、落ち着け。そんなことをしていいわけないだろ」
「ひろくんが言ったんでしょ? この部屋は私の部屋みたいなものだって。私の部屋なら、何か物を探しててもおかしくないよね?」
「だからって、そんな——」
「問答無用!」
俺の手から、祐奈は掃除機を奪った。
「さぁ、ちゃちゃっと終わらせるよ!」
そして、俺とはレベルの違う手さばきで掃除機を使いこなしていく。見えてないはずなのに俺より掃除ができるのは、やはり経験が違うからか?
そんなことを考えているうちに、掃除機の電源が切れた。
「ふぅー……! お掃除終わり!」
「……ありがとうな」
「いいよいいよ、これからお楽しみが待ってるんだし!」
鈴を転がすような声が祐奈の機嫌の良さを表している。宝探しはもう、確定事項なのだろう。
「じゃあ、始めよっか!」
「わかったよ……」
「お宝さがしにしゅっぱーつ!」
やっぱりな。最悪の時間が始まってしまった。
特に、祐奈から離れられないという点が一番終わっている。何が悲しくて見つけられて恥ずかしいものを一緒に見なきゃいけないんだ。せめて見てないところでやってほしかった。
……くそっ! これも運命のイタズラか……?
「じゃあ……まずはあそこ! 本棚の方に行ってみて!」
「本棚か。まぁ、いいか」
祐奈にバックハグされたまま、俺は本棚へと向かう。
そして、本棚で位置を交代し、今度は俺がバックハグするような体勢になった。
「うーん……からかえそうなもの、ないなぁ……」
え、なんか……からかえそうなものとか言ってるぞ。もうお宝、って言って目的を隠すのも終わったのか? 開始してまだ数十秒なのに、それはさすがに早くない?
「どこにあるんだー……?」
本を出し入れして探し回る祐奈。
ただ……残念だったな。本棚には普通の本や健全な漫画・ラノベしか入ってないぞ。
部屋の本棚なんて、親とかも確認しようと思えば出来る場所。そんな場所に変なものを隠すわけがない。
そういった危なそうな物は電子書籍で買う。実物と電子、両方を使いこなしてこそ、一流の男子高校生ってもんだ。
「そっか、ひろくんは電子書籍派か……」
「…………っ!」
心が読まれている……?
「さすがにスマホを見せてもらうのは……ダメだよね」
「当たり前だろ。それはもうお宝探しじゃないじゃん」
……電子書籍のアプリって、パスワードでロックできたっけ? 後で確認しておこう。
「何かないかなー……って、あれ?」
「……? どうした?」
祐奈が本棚に手を突っ込む。
もしかして、何か見つけたのか? 何もないと思っていたが……
「これは……映画?」
「あー! それ、そんなところにあったのか!」
祐奈が見つけ出したのは、俺が一番好きな映画のブルーレイディスクが入っているケース。ずいぶん前に失くしたと思っていたやつだ。
「なぁ、祐奈。この映画見ないか?」
「えっ、宝探しは……」
「そんなの、いつでもできるだろ? ほら、行くぞ!」
祐奈を押して部屋を出る。
「ち、ちょっと! 私、見るなんて一言も——」
「俺は死ぬかもしれないんだ。好きな映画くらい、もう一度見たい」
「……そんなこと言われたら、ダメだって言えないじゃん」
祐奈が抵抗をやめてくれた。
俺の運命を使っていうことを聞かせるのはよくないことだが……今言った言葉に偽りはない。死ぬなら、後悔なく死にたいしな。
部屋を出ると、すぐに1階へと続く階段があるが……さすがに階段で押すのは危なすぎるので、階段では祐奈をお姫様抱っこしてあげる。
「お、お姫様抱っこ……」
「気分はどうだ?」
「嬉しい……けど、ひろくんが足を滑らせないかのほうが心配かな」
「……それもそうか」
幼馴染をお姫様抱っこしていたら死にました、なんて笑い話にもならん。それは、目の前にいる祐奈に深いトラウマを残すだけなのだから。
「大丈夫、1歩ずつ慎重に下りるから」
「……それだけじゃ、不安だから——」
祐奈は映画入りのケースを口に咥え、片手で俺を、もう片方の手で手すりを掴んだ。
「ん!」
口が塞がっているので言語としては成立していないが、これで大丈夫、ということだろう。
「ありがとうな、祐奈」
「……ん」
祐奈の力も借りて、俺は慎重に階段を下りていった。
無事に階段という難所が越えられたら、後はもうブルーレイディスクをテレビに読み込ませるだけ。お姫様抱っこを解除し、また祐奈を前にしたバックハグの体勢になって、テレビを操作する。
「祐奈のことだから、これがどんな映画なのかは知っているよな?」
「まぁ……ね。ひろくんが好きだった映画、って聞いて何回も見たもん」
俺が死んだ後に見たのか……。それはちょっと、辛いなぁ……
「……なぁ、祐奈。ここまで来ていうのもおかしいが……映画は見なくていいんだぞ?」
「ううん、いいよ。見よう。ひろくんは見たいんでしょ?」
「俺は見たい。けど、祐奈を傷つけてまで見るものでは——」
「じゃあ、私のこの記憶を楽しいものに塗り替えて……?」
祐奈が後ろを振り向き、ささやいてくる。
記憶の塗り替え、か……。確かに、俺が死んだ後に見たものを俺と一緒に見たら少しは良い思い出に変わるかもしれん。祐奈も良いと言ってくれていることだし、ここは映画が見たい、という欲に従うとしよう。
そう決意した俺はリモコンを操作し、再生ボタンを押した。