昼過ぎ。関口とタツを帰らせた後、俺は祐奈と外に出かけていた。
「……ねぇ。ここって——」
「水族館だな」
俺とつながっている祐奈の手が少し震える。
運命はもう越えた。だから、もうくっつく必要はないのだが……少しでも離れるとつい手が伸びてしまう。
もしかすると、昨日の弊害かもしれん。
そんな俺たちの目の前にあるのは、この街のみならず、日本中でも有名な水族館。なにやら、ショーが大人気らしい。
「ひろくん、なんで水族館に……?」
「そんなの決まってるだろ。祐奈に安心してもらうためだ」
「安心って、そんな……。だとしても、わざわざ水族館に行かなくても——」
「いや、水族館じゃないとダメだ」
俺は祐奈の言葉を遮る。
「1週目で俺は水族館へ行くときに死んだんだろ?」
「うん……。思い出したくもない記憶だよ……」
「だったら、それを塗り替えればいい」
祐奈は言った。怖さがあるから俺と付き合えない、と。
だったら、その怖さをもたらしている最大の障害——水族館デートの嫌な記憶を、楽しい思い出に変えてしまえばいい。
それが、俺が祐奈と付き合うために出した結論だった。
「だからって、安心なんてできないよ……! ひろくんにはわからないかもだけど……私は水族館デートの直前に! 目の前で! 大切な人の命を奪われたんだよ!?」
「じゃあ、俺は今日死んだか? 今、祐奈は死んだ人間と手をつないでいるのか?」
「そ、それは……生きてるけど……」
「それに、俺が死ぬのは水族館に行くときだろ? もう水族館にはついてるけど、俺はピンピンしてるぞ」
俺の心臓はバクバク鳴っている。確かに正常ではないかもしれないが……好きな子とデートに行ってるんだ。こうなるのも仕方ない。
少なくとも、これから死ぬ奴の心臓ではないと思う。
「…………」
「ほら、行こう。今日は俺が未来——いや、もう過去のことか。なんにせよ、怖さを全部忘れさせてやるよ」
手を恋人つなぎにつなぎなおして、祐奈を引っ張る。
祐奈は何も言わなかったが、しっかりとついてきてくれた。
♢
水族館に入ると、出迎えてくれたのは巨大な水槽だった。
……まぁ、水族館だから水槽があるのは当たり前なんだけど。
「わぁ……! お魚、いっぱいだ……!」
小学生並みの感想を漏らす祐奈。
ただ、言いたいことはわかる。語彙力がなくなってしまうほど、この巨大水槽は美しく、迫力があるのだから。
中に入っているのは、様々な色・形をした魚たち。それに、サイズもそれぞれ違う。
何種類いるかわからないほどごちゃまぜの水槽。なのに、どこか一体感も感じさせる。
その時、俺たちの目の前を大きな影が横切った。
「え、あれはサメ……?」
「……わからん。でも、見た目はサメっぽいよな」
「だよね。お魚さんたち、大丈夫かな……。食べられたりしない……?」
かっこいい、という感想よりも先に心配がでるか。そういう優しいところも好きだぞ。
……というか、確かにそうだな。この水槽にはサメにとって食べやすそうな小魚がたくさんいる。大丈夫なのか?
まさか、ショーが有名ってそういうことか!? サメのリアルな血祭ショーが見られるってことなのか……?
もしそうだとしたら、あまりにも頭がイカレているぞ。
そんなことはないことを信じつつ、スマホを出して調べてみる。
すると、すぐに答えが出た。
「……なるほど。餌をちゃんとあげて空腹にならないようにしているから大丈夫、らしいぞ」
「へー! まぁ、そうだよね。大丈夫じゃなかったら、一緒の水槽になんか入れないよね」
「でも、空腹になったら本能的に襲うこともあるみたいだな」
「ダメじゃん!」
そう言って、つないだ手を振りほどいて祐奈は水槽に張り付く。
逃げて、なんて言っているが、魚にとっては勢いよく水槽に突進してくる祐奈のほうが怖いだろ。
「でもまぁ、大丈夫じゃないか? 水族館の飼育員さんがしっかり管理してるはずだし」
「……そうかなぁ」
「それに、サメが水槽内で暴れまわってた、なんてことが起きたらさ、今の時代SNSにすぐ動画とかがアップされるだろ」
「あー、それは確かに。そんな話、私は見たことないし……本当に大丈夫なのかも」
水槽から離れ、俺の横に祐奈が並ぶ。そして、スッと腕を絡ませてきた。
「お、おい……腕……」
「こっちの方が安心できるかもだから……ね?」
祐奈が上目遣いでこちらを見てくる。俺は思わず、息をのんだ。
薄暗い水族館の中だが……彼女の瞳はわずかな光を反射し、宝石のように輝いていた。
「……じゃあ、そのままで」
「ふふっ、ありがと」
「…………」
祐奈は狙ってこれをやっているのか? だとしたら……マズいな。今日は祐奈の怖さを俺との楽しい思い出で取り払う、という目的がある。つまり、俺が主導権を握っておかなきゃいけない日なのだ。
ついついこの幼馴染に流されそうになるが、腕組みくらいでドギマギしている場合じゃない。祐奈は俺が楽しませなきゃ。
『イルカショー開催まであと5分となりました』
その時、館内に放送が流れた。どうやら、この水族館の目玉イベントが始まるらしい。
「なぁ、祐奈」
「うん。行こっ!」
俺たちは長年一緒に過ごしてきた幼馴染。ショー、なんて言葉を使わなくても伝わる。
心が通じている、という胸の温かみとともに、俺たちはショーステージへと向かった。
♢
何頭ものイルカが連続で跳ね、次々に輪をくぐって水しぶきを上げる。
なるほど。有名な理由がよくわかる。これは確かに迫力満点な素晴らしいショーだ。
「……すごいね」
祐奈もまた、俺と同じ感想を抱いているようだった。
俺はほっと胸をなでおろす。目玉イベントでつまらない、なんて思われたらこの先どうやって楽しませようか悩むところだった。
そんな悩みとは無縁のショーはどんどん進んでいく。
今度は飼育員さんも一緒にやるらしい。イルカたちと何かを準備している。
「なにやるんだろ……って、飛んだ!? 見て! ひろくん、人が飛んでる!」
あまりのパフォーマンスに興奮したのか、祐奈が俺の身体を揺らしてきた。視界がガクガクする。
「み、見えない……」
「えー! もったいないなぁ」
「祐奈が揺らすからだけどな」
「あっ、ごめん……」
どうしよう。祐奈が俯いてしまった。それに、楽しいとは正反対の表情をしている。
「あうっ……!」
だから俺は、強制的に祐奈の顔を上げさせた。急に上げたからか、祐奈の口から情けない声が出てしまっている。
「ほ、ほら! また飛んでるぞ! 俺もちゃんと見られた!」
「そ、そうだけどさ……。変な声出ちゃったじゃん……!」
「さっき俺のこと揺さぶっただろ? それの仕返し」
「うわー。仕返しなんてしたらいけないって、小学校の先生に習わなかった?」
言葉の刃が飛んでくる……が、その威力は無いに等しい。
だって、祐奈の顔は真っ赤だから。恥ずかしさを隠しているのがバレバレで、何を言われてもかわいいが勝つ。
「ちょっと、何笑ってるの! 私、怒ってるんだけど!?」
その気持ちが顔に表れていたのか、怒られてしまった。尖らせた唇もまた、かわいさを増長させている。
「ごめん。祐奈がかわいくてつい、な」
「なっ……! なにを……っ!」
祐奈が俺の腕を持って揺らす。
さっきの反省があるのか、身体までは揺らさないようにしているらしい。
『みなさん、ショーはいかがでしたかー? 濡れている場所のあるので、気をつけて帰ってくださいね!』
そんなこんなしているうちにショーは終わってしまったらしい。先ほど空を飛んでいた飼育員のお姉さんが挨拶をしている。
「あ、終わっちゃったな」
「え!? 嘘……!」
まぁ、終わったものは仕方ない。
俺たちは足を滑らせないようにお互いを支えあいながら、ショーステージを後にした。
♢
太陽が空を紅く染め上げる夕暮れ時。
水族館を堪能した後、俺たちは近くの公園に来ていた。
ベンチしかない簡素な公園だからか、人気水族館の近くとは思えないほど静かだ。というか、俺たち2人しかいない。
「……ショー、もっと見たかったな」
俺の隣に腰掛けた祐奈がポツリと漏らす。
「ひろくんと変なことしてなきゃ良かった……」
「……楽しくなかったか?」
「ううん、楽しかった。ショーのときも正直イチャつけて楽しかったよ。でも……」
祐奈が文句を言うのも無理はない。
どうやら、さっきのショーは今日最後のものだったらしく、見直そうと思っても無理だったのだ。
ただでさえこの水族館の目玉となっているショー。その大半をいつでもできる俺とのやり取りで消費したとなれば、不満が出るのも無理ない。
「だったらさ、また来よう」
「……え?」
「また一緒に来ればいいだろ? 俺は生きてるんだし」
祐奈の手を取り、やさしく握る。
これから言うことを考えると、手汗が滲みそうになる。こうなったら仕方ない。気持ち悪がられる前に言おう。
「祐奈、俺と付き合ってほしい」
二度目の告白を。
「ひろくん……?」
「俺は祐奈のおかげでこれからも生きられる。だから、残りの人生は俺に生きる時間をくれた祐奈のために使いたい」
「……………………」
二度目の告白だというのに、お互い好きってわかっているはずなのに。祐奈は顔を赤くして固まってしまった。
まぁ、手汗が滲み、心臓を今日一番といっていいほど鼓動させている俺が言えたことでもないが。
「……っていうのは建前でさ。本当はただ、好きな人とこれからも一緒にいたいだけなんだけどな。幼馴染じゃなく、もっと近い存在としてそばにいたい。ただ、それだけだ」
俺の言葉に、固まっていた祐奈の口が解けていき、ついに開かれた。
「……私、ずっと思っていたことがあるんだ。1週目の世界から、ずっと」
俺の手を握ったまま、祐奈は自分の胸に手をやる。
その時、祐奈の手がかすかに震えていることに気づいた。
「ひろくんと幸せになりたい、って。今もずっと思ってる」
「だったら……」
「でもね、付き合っちゃダメだって自分に言い聞かせてたんだ。それで歴史が変わって、悪い方向に運命が動くかも、って考えが捨てきれなかったから。またひろくんがいなくなるのが怖かったから」
祐奈がこちらをまっすぐ見てくる。顔は赤いが、目は真剣そのものだ。
「正直……怖さはまだ消えない。これが私の夢だったら、って震えは止まらないし……朝起きたらひろくんがいなくなってるかも、って思いはいつまで経っても消えてくれないと思う」
「俺は生きてるよ。祐奈が助けてくれたから」
「ふふっ、そうやって私が欲しい言葉をくれるから夢かもって思っちゃうんだよ」
わずかにだが、祐奈の口角が上がった。
「……私も幸せになっていいのかな」
「ってことは……!」
「うん。ひろくん、私と付き合ってくれますか?」
俺の手を両手で握りしめた祐奈は、今にも泣きだしそうだ。
夕方の紅い太陽のせいだろうか。それとも、祐奈の顔が尋常じゃなく赤いせいだろうか。
どちらにせよ、その目に溜まっている雫すらもほんのり赤みを帯びているように見えた。
「もちろん、俺でよければずっとそばにいさせてくれ」
「先に死ぬのは嫌だからね? 約束してね?」
ずいぶんと無茶な約束だ。人はいつ死ぬかわからないというのに。
でも、大丈夫だろう。
「約束するよ。だって、もし先に死んだら祐奈がまた助けてくれるんだろ? 何週してでも。だから、破りようがない」
「……もう、そんなこと言われたらいつ死んじゃってもいいようにタイムマシンの研究しなきゃいけなくなるじゃん!」
「大丈夫。今度の研究は祐奈1人じゃないから。俺も手伝……えるかはわからんが、必ず支えにはなる」
「もう、そこは手伝うって言ってよね」
太陽のようなとびきりの笑顔を見せる俺の幼馴染——いや、彼女は未来人。
運命すら跳ねのけた祐奈となら、どこまでも幸せな未来に飛んでいける。
今話を以て、本作『自称・未来人の幼馴染』は完結となります。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
初めての長編で未熟な部分も多かったと思いますが、完結まで連載できたのは紛れもなく皆様の応援のおかげです。改めて、感謝申し上げます。ありがとうございました。
長編小説を完結させた、というこの経験を活かし、これからもより良い物語を作っていきますので、次回作もぜひ読みに来てくださると幸いです。