私、東川祐奈は未来人である。
急にどうしたんだと思われるかもしれないけれど、事実なんだからしょうがない。
……中二病? 違う、そんなのはとっくの昔に卒業した。
私はタイムマシンを使ってこの時代に戻ってきた、正真正銘の未来人なのだ。
ちなみに、タイムマシンの開発は世界初。それをたった私は1人でやり遂げてみせた。
この時ばかりは私は天才だと自画自賛したものだ。
ただ、“戻ってきた”と言っても、そこにタイムマシンを組み上げた私の身体はない。
送れたのは、私の魂だけ。身体を過去に送るのはできなかった。
実体のあるものを過去に送るためには、さらなる研究が必要だ。
もちろん、人間は魂だけで存在することはできない。
だから、この時代に戻ってきた私は早急に魂を入れる器——身体を探す必要があった。
幸運だったのは、過去の私が未来の私の魂をすぐに受け入れてくれたこと。
消滅の危機はこれで乗り越えた。
幸運、といっても、過去の私が受け入れて一緒になってくれるはずって予想はしてたんだけどね。
だって、私が過去に戻ってきた理由が理由だから。
私がタイムマシンを開発してまで過去に戻ってきた理由。
それは、幼馴染のひろくんを死から救うため。
誰も知る由はないけれど、ひろくんの命は残り1年もない。
来年の3月、ホワイトデーの日に、飲酒運転の車に轢かれ、命を落としてしまう。
それも、私が行きたいと言っていた水族館へ連れて行ってくれる直前に。私の目の前で。
私はひどく後悔した。私が水族館に行きたいと言い出さなければ、こんなことにはならなかったと。
私はひどく泣いた。私はひろくんと遊びに行く資格なんかなかったのだと。
私が殺したも同然だとふさぎ込んだ。なにもかもをすべて捨て去って。
そして、私は決意した。贖罪のためにも、過去に戻って、ひろくんを守りたいと。
だから、私は今、ここにいる。
ひろくんを長生きさせるため、ここにいる。
タイムマシンを開発してまで戻ってきたんだ。
次こそは、間違えない。
ひろくんに二度目の死はいらない。
とはいえ、ずっとひろくんと一緒にいるわけではないんだけどね。
現に、私は学校で花瓶を洗っているけれど、そこにひろくんはいないし。
ひろくんと離れて不安じゃないかって?
そりゃ、一緒にいた方が安心できるけれど……だからといって、不安になることはない。
今日はひろくんの命日になる日でもないしね。
ひろくんはホワイトデーの日に死ぬ。
裏を返せば、ホワイトデーまでは安全、ということだ。
なにより、今はこの花瓶と正面から向き合える時間でもあるし。
この花瓶、見た目は何の変哲もない普通の黒い花瓶だ。
花を飾るために先生が適当に買ってきた、特別でもなんでもない花瓶。
しかし、これは彼の死後、机の上に供えられることとなる。
ホワイトデーの翌日から終業式までの短い間だけだったが……私にとって、忘れられない花瓶だ。
だからだろうか、この花瓶を見ると、ひろくんを守るんだという想いが心の奥底からどんどんと溢れてくる。
そう思わせてくれる花瓶を独り占めできるのだ。
自分と向き合い、使命を再確認するためにも、この時間は大事にしたい。
* * *
「よし、終わりかな」
ふぅ、と息を吐いた私の目の前には、新品同様と間違えるほど美しい花瓶があった。
窓から差し込む太陽の光を受けて、煌びやかに輝いている。
……少し、洗いすぎたかも。
ひろくんとこれからも勉強会を続けられることが確定した嬉しさもあり、少し気合が入りすぎてしまった。
それに——
『幼馴染に恋はしない!』
——あの本のこともある。
あれを読んでいるということは、もしかすると幼馴染も恋愛対象なのかもしれない。
なにそれ、嬉しすぎるんだけど。
何を隠そう、私はひろくんのことが好きなのである。
ありのままの私を受け入れてくれる所が好き。
私に何度負けても立ち上がり、また挑む諦めない心が好き。
それこそ、タイムマシンを発明するほどには彼のすべてが大好きだ。
だけど……
「ダメ、だよね」
思い出すのは、未来で起こった事故の風景。
車とぶつかった鈍い音。
大きく飛ばされ、目の前から消えた彼の姿。
弾かれ、転がってきた彼のスニーカー。
救急車のけたたましいサイレンと光。
覚えておかなきゃいけない彼の最期の姿なのに、なるべく思い出したくないあの光景。
もし、ひろくんと付き合えたとしよう。
付き合うからには、当然デートにも行く。
その時、“あの日”みたいな事故が起こってしまったら——
彼の命日はホワイトデーだからあり得ない、なんてことはない。
だって、歴史が変わっているのだから。
私たちは元の世界でも付き合っていなかった。
なのにそれを変えてしまうと……とんでもないことになってしまうかもしれない。
そんなの、許されるはずがない。
私は何のために戻ってきたのか?
ひろくんを守るためじゃなかったのか?
自責の念から今度こそ、もう立ち直れないだろう。
私はひろくんと幸せになりたい。
でも、ひろくんには幸せに長生きしてほしい。
だから、私はひろくんと付き合ってはいけないのだ。
「何がダメなんだ?」
「えっ!?」
そんなことを考えていたら、声に出ていたみたいで、急に話しかけられた。
驚いて振り向くと、そこにいたのは今しがた想っていた彼——ひろくん。
なぜか息を切らしているけど……そこには突っ込まないでおこう。どうせ、走りたい気分だったとかそんな感じだろう。
ひろくんはそういうやつだし、問題はそこじゃない。
「あれ、今、ダメとか言ってなかったか?」
さて、なんと言ってごまかそうか……
勉強会の時のひろくんもこんな感じだったのかな?
あの時はごめんね。
なんて、現実逃避をしながら言い訳を考える。