ろっくんロール   作:全智一皆

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プロローグ 死んだ人間は生き返らない

 

■  ■

「……………………ぁ」

 

 ぽつりと漏れた声は、あまりにもか細く、そして弱々しいものだった。それが自分の声であるのだと、声を漏らした彼が気付いたのは、随分と後の事だった。

 まるで岩石でも垂らされているかの様な重たい瞼をどかし、ぼやける視界に景色をはめ込む。見知らぬ天井は白く、徐々に鮮明になっていく聴覚には、ぴ……ぴ……と、一定のリズムを刻む何かが入り込んでいく。

 脳が上手く機能していないのか、言葉が出ない。いや、この場合は脳だけでなく、喉にも何らかの原因があるのだろうか。水分が空っぽの喉の感覚は、吐き気を催す事すら出来ない気持ち悪さに溢れていた。

 だが、不思議だ。脳が上手く機能していないのだとすれば、何故こうも自分は思考が出来ているのだろうか。ついさっき意識を取り戻したばかりの人間にしては、随分と鮮明な意識を保っているという自覚が、自分にはあった。

 此処は何処だ? 何故自分はベッドに倒れている? いや、そもそも―――自分はなんだ? いったい誰なんだ?

 ろくに機能しない事を理解していながら、自分が何者であるのかを考えようとした瞬間―――ぱきっ、と何かが割れる音がした。

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――、ぇ?」

 

 しん、だ。

 し。シ。死。

 そうだ。死だ。死んだ。死んだのだ。

 学校の帰り道の事だった。いつもの様に、横断歩道を自転車で渡っていた最中に、トラックに突っ込まれた。

 そこから先の記憶は欠片も無い。だが、自分が―――いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分の名前は分からない、完全に抜け落ちてしまっている。だが、この青年の名前だけはしっかりと憶えている。

 若村(わかむら)麓郎(ろくろう)―――それが、彼の名前だった。

 

「ぅ、が、ぇ――――――」

 

 あぁ、なんて嫌なタイミングだろうか。新鮮な酸素を取り込んで活性化した脳が、その現実を精神へと叩き付け、()()()()()()()()()()()()()()()

 若村麓郎は死んで、そのまま消えた。元の名前も何者であったのかすらも分からない自分が、彼の全てを奪ってしまったのだと理解するのは、あまりにも呆気なかった。

 気色が悪い。今すぐにでも、再び闇の中へと潜って消えてしまいたくなる。

 人を殺して蘇ったというのか? 他人の人生を奪い取って帰ってきたというのか? 自分が何処の誰であるのかすらも憶えていない癖に?

 激しい頭痛はその証明か。加速する鼓動はその怨念か。

 嗚呼―――

 

「おはよう、麓郎。今日は良いてん……え、ろ、麓郎!? 麓郎、起きてる!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 改めて、この人間を確認する。

 名前は若村麓郎。性別は男性。年齢は16歳。職業は高校生。あと少しで2年生になるとの事だった。

 それが不運な事に事故に巻き込まれ、半年もの時間を昏睡状態で過ごし、生死の境を彷徨い歩いた末に、見ず知らずの誰かが彼に成り代わったというのが、現状である。

 意識は取り戻したが、体の調子は最低だ。痩せ細った体を動かすのは容易ではなく、暫くはリハビリ続きの毎日を強制させられるだろう。

 勿論、それは根気強く頑張り続けなければならない。だが―――問題はその後の事だった。

 

(此処は―――『ワールドトリガー』の世界だ)

 

 名前も、出身も、家族も、経歴も、何も憶えてはいない。だが、そうであるにも関わらず、唯一その記憶だけはしっかりと魂に刻み込まれていた。

 『若村麓郎』は、現実に存在した人間ではない。彼は『ワールドトリガー』という漫画作品、或いはアニメーションに登場した人物(キャラクター)であり、本来ならば死ぬ事のない人間だった。

 我々で言う所の現世は『玄界(ミデン)』と呼ばれ、それに対して明確な侵略を犯す存在は近界民(ネイバー)と呼ばれている。

 その近界民に対抗する為に、この三門市には市民の安全を確保、近界民打倒による平和の維持を目的とした防衛組織―――界境防衛機関『ボーダー』が設立されている。

 『若村麓郎』はそのボーダーに所属するボーダー隊員の一人であり、A級・B級・C級の三つ―――正式にはSを含んだ四つだが、Sは例外とする―――の内のB級―――正規隊員。訓練生であるC級が個人戦において4000ポイントに到達するとB級に上がる―――に当たる人間だ。

 B級隊員は約100人程度で、その大体はチームを組み、個人戦やランク戦を重ねて精鋭であるA級を目指している。『若村麓郎』もまたそのチームに属する一人であり、彼は香取隊というチームに所属する銃手(ガンナー)だった。

 これといって特筆する様な要素はなく、抜きん出た才能が隠れているといった訳でもない。個人であればB級中位程度の実力を持つものの、しかしチーム戦の知識を欠片も理解し切れていない弱さも持った、悪く言ってしまえば凡夫と呼んで差し支えのない存在だ。

 

(……だが、彼は生きていた。俺の憶えている限りの知識ではあるが、確かに。死にかけた話なんて、一度も無かった筈だ)

 

 彼は確かに凡夫だった。だが、それ故に、彼には何らこれといった特殊な過去なんて一つも存在しなかった。

 例えば近界民に親や親友を殺された、とか。

 例えば幼少期に事件に巻き込まれた、とか。

 そんな特殊な過去は、彼には無かった。特徴が無いからこそ、彼の人生には苛烈や残酷といったものが無かった筈なのだ。

 しかし、今はどうか? 高校2年生になる寸前の所でトラックの衝突事故に巻き込まれ生死の境を彷徨っていた、なんて大きな枕詞が付いているではないか。

 『自分』の記憶に無い過去、一度だって見聞きした事のない情報だ。

 

(ただ明かされていなかっただけなのか、或いはそういう世界(IF)なのか……俺には分からない事だが、しかしどう頭を回したとて、自分(おれ)若村麓郎(かれ)を殺してしまった事に変わりはない、か。大事なのはここだ。俺はいったい……これから、どう動くべきなんだ)

 

 人を殺して蘇った人間は、何をすべきだろうか。

 真っ先に浮かぶのは、贖罪だ。大抵の場合はこれに従う他ないだろう。それが罪悪感から来るものか、責任感によるものであるかはさておくとして、他人の人生を奪ったのならば、その分だけ自分がその人生を真っ当に生かしていくべきだ。

 選択肢は幾つもある。まずは身体を回復させてから、という前提ではあるが、普通に学生としての生活に戻るのが第一の選択肢としては順当だろう。

 まだ16歳の子供、人生の半分も未経験の人間だ。学生としての本分を満喫すべきなのは言わずもがなであり、『若村麓郎』が本来歩むべきそれを無下にするのは論外としか言えない。

 だが……この選択肢は、それこそが問題でもある。

 仮にこの選択肢を選んだのならば、それは―――

 

()()()()()()()()は消える事になる。それは、彼にとっても望ましいものではない筈)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これは本来あるべき世界を崩壊させる事と同義であり、そして、『若村麓郎』にとっても決して望ましいものではない選択肢だ。

 彼は隊長の香取葉子と揉める事が多かったが、決して彼女を毛嫌いしていた訳ではなかったし、その隊についても思い入れがあった。

 香取葉子もまた、今の香取隊を嫌ってはおらず、寧ろ気に入ってすらいた。気分屋である彼女が最も不機嫌になる理由の一つが、『香取隊が上手くいかない時』なのがその証拠だろう。

 故に、『一人の学生として生活を送る』という選択肢は好ましいものではない。しかしだからと言って、『本来の若村麓郎の在り方のままに生きる』という行為が最善であるかと問われると、それには悩まざるを得なかった。

 

(だが、ボーダー隊員となる事は『若村麓郎』で在る事と同時に、『若村麓郎』が死んでしまう確率を大きく上げる事でもある……彼を殺して蘇った俺が、再び彼を殺すなんて事はあってはならない。それは『若村麓郎』に対する最悪で最低な侮辱行為だ)

 

 人は死んだら蘇らない。どういう経緯かは不明だが、『自分』という個は『若村麓郎』を犠牲にして現世に降り立った。

 それで終わりだ。これ以上も以下も存在しない。一度でもその命を終えたのならば、二度は存在しないのだから、この命は『自分』を削ってでも護り通さなければならない。

 この矛盾を解決する為に取れる選択肢は……ただ一つ。

 

()()()()()()()()。そもそも、『若村麓郎』は決して弱くなんてない。彼には確かに武器があった。ただ、それを活かせなかったというだけの話だ。彼の人生を奪い取ってしまった以上、俺は彼の分まで生き続けるべきだ。その為に俺は死ねない、死んではならない。ならば俺にできる事は、強くなる事以外には無い。『若村麓郎』を死なせない為に、彼の人生をこれ以上壊してしまわない為に―――俺は、究極を目指す)

 

 最善を尽くして最良の現在(いま)を。

 最悪を見据えて最高の未来(あす)を。

 強さが無ければ覆すものも覆せず、守れるものも守れない。

 最たる強さを重ねて究極を目指す。ただ一つではなく全てを併せ持たなければ、完璧には程遠い。

 得られるものを全て得て、極められるものは全て究める。最長であれ最短であれ、重ねられるものは全てだ。

 

(必ず生き残る。生きて、生き延びて、生き長らえて、君の生きるべき道を奪ってしまった事を、償わせてほしい……)

 

 随分とありふれた謳い文句ながら、ここに記させてほしい。

 これは―――生者を奪った死者から、その生者へと贈られるロックンロール(バカ騒ぎ)である、と。

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