Fate/Grand Order Relief 作:コードs³
「シッ」
先手を取ったのはアサシンだ。彼は真っ先にアリスへと投げナイフを投擲し、動きを制限させる。なんてこと無い、ジャブに近い攻撃だ。防ぐのは容易だろう。
「防ぎます!」
前衛のマシュがそれを盾で難なくいなし、中衛にいたアリスがアサシンへと突撃する。
「それではこちらの番ですね、ハサンさん」
「ナニヲ!」
力とは質量と速さによって成り立つことを証明すべく振りかぶったメイスは魔性の右手に敢え無く防がれる。
だが、それにしては威力が低い。まるで防がせるように――。
アサシンの意識が一瞬逸れる。そんな思考を介在させる余地など、ある筈も無いのに。
明確な隙を晒したアサシンの後頭部へと鋭い衝撃が走る。アリスがメイスと右の脚を軸として放ったハイキックだ。
「グッ」
破れかぶれに右腕をブンブンと振るもそこには誰も居ない。当然だ。そのまま硬直している余裕など彼女らには無いのだから。
アサシンは再度その集団を直視することにした。
純白の服に身を包んだ女、大盾を構えた少女、そして……黒いスーツを着込んだオレンジ髪の男。どれもが一級品のサーヴァントだ。
圧倒的であるアチラと比べて、自分は人数、戦力共に不利でしかない。
であるならば、どうするのが正しいのか?
答えは――逃亡。
一騎で駄目ならば、束になって掛かれば良い。
これは、聖杯戦争なのだから。
アサシンはあらん限りの力を込めて、後方へと跳躍する。それだけで無く、クラススキルである気配遮断を使用して全力で撤退を決め込む。
「知っていたさ、お前がそうすることなんてな」
ま、無理なんですけど。
そもそものこと、諸葛孔明もといロード・エルメロイ二世の陣地作成はAである。大抵のキャスターよりも秀でているそれを、態々腐らせる訳が無いのだ。
それに、マーキングは既に済んでいるのだから。
「マシュ!」「アリス!」
「「アサシンを追って!」」
「はい! 先輩!」
「了解しました!」
主(マスター)の命を受けた二騎は跳び去っていった方向へと疾走した。
アサシンは森の中をひた走る。
元々正面戦闘において秀でている訳でもないのに、釣られて挑んだのが全ての敗因である。
暗殺者とは『暗殺される』という事が頭の中に入って無いからこそ強力なのであって、狙われていること、かつ奥の手さえも知られている時点でもう終わりなのだ。
とはいえ、乱戦時にそれを使われれば厄介極まりないことに変わりない。だからこそ協力者を求め、交戦させている間にマスターを狙う算段なのだ。
それに、彼には気がかりなことがあった。
聖杯戦争中、何も関与すること無くただ傍観していた来訪者。その時と何ら変わりない姿を確認できたのだ。
これだけでも伝えなければ、全てが頓挫する。
そのためにも逃げ切らなければ――
だが、そうは問屋が卸さない。
疾走を続けていたアサシンの身体が唐突にその活動を止める。感覚は確かにある、だのにその命令信号を受け取っていない。
キャスター、諸葛孔明の宝具。石兵八陣(かえらずのじん)。対軍宝具であるそれを対人仕様にダウングレードさせ、代わりとして効果を向上させた。
礼装のカスタマイズ
アリスが三人へと成したそれを受けて、ロードなりに自身の宝具を編纂したのだ。
そんなことを露知らない彼は戸惑うばかりである。
キャスターの宝具はそんなモノではなかった。
キャスターはそんな衣装を身に纏ってなかった。
であるなら、キャスターはアレでは無い?
そこまで思考を巡らせていたサーヴァントは、ふと周囲を確認する。草木しか存在していなかった周囲には人影が確かにあった。
それはあの場にいた修道女のだ、と。
そう理解するのに時間は掛からなかった。
(漸く追いつきました。全く、逃げ足が速いこと速いこと。少し位、手加減してもいいでしょうに)
アリスは六つの石柱に囲まれ、身動きを封じられた状態のアサシンへと接近する。
そしてメイスを振り、アサシンを討伐する――
「……ハッ」
――かに思われた。
ガコンという石を砕く音と共に、ロードの宝具が解除される。
訳が分からない。そのまま殺せばよいのに、どうして?
「ドウシテ、ワタシヲタスケタ?」
アサシンが内心の困惑を、それを成した当人へとぶつけるのも無理ないことだ。
「どうもこうもないでしょう。ただ、あなたを嬲るのは気が引けるだけです」
その返答は甘い感情によるものだ。弱い物いじめなんてのはしたく無い、そう言外に言っているかのようだ。
実際に彼我の戦力差が乖離しているが為に、否定など出来ないのだが。
「……ソウカ」
とにかく、拾った命だ。ここは撤退を――
「逃がしはしませんよ?」
だが、アリスはその思考を読み取っていた。というか予想がつくだろう、そうなると。
瞬間、周囲の風景が様変わりする。闇に包まれし森から、星に囲まれた幻想的な空間へと変遷する。
固有結界。
魔術の最高峰にも位置し得るそれを、たかが格下へ使用してまでこれを望んだのだ。その本気度合いは推して知るべしである。
「ッッ!」
切り替わった風景にアサシンは見覚えが無い。だが、事象についてはアーチャーのと同一であることが察せられた。どれだけ墜ちようが、サーヴァントなのだから知性はある。それくらいの状況判断くらいできるのだよ。
「さあ、始めましょう。呪腕のハサン」
前方には死神にも見える程の圧力を放つアリスが、後方には果てしないほどの星雲が広がっている。
撤退は不可能。脱出するには前方のサーヴァントを打倒するしかない。
実質的に、呪腕のハサンは詰んでいるのだ。
カードゲームで手札が無い状態で何ができる? どうにも出来やしないだろう(一枚初動とかは例外)。
だとしても、それが諦める理由になどはならない。
「アァ、ソウダナ」
アサシンは右腕で身体を庇うような体勢になり、左手を見せないようにしている。
対するアリスはメイスを地面へと下ろし、ただその細められた目でアサシンを見つめている。
双方、気迫だけは拮抗している。実力はお察しなのだが。
そうして、星空を沈黙のみが支配していたその刹那、
「「!!」」
二人は弾かれたようにして戦闘を始める。
アサシンはアリスの有効射程外からの投げナイフによる行動制限をしようとした。
だが、アサシンの顔面へとメイスが高速で飛来する。
身体を庇っていた右腕を咄嗟に動かすことが不可能なほどの速度で飛んできたそのメイスを、彼はすんでの所で回避することに成功した。
だが、そうさせたのであればあいつはどうするのか。
正解は……
「シスター☆キーック」
疾走していた勢い其の儘に蹴りを見舞う、だ。
なんだかんだ足癖悪いんだよね、あの人。
修道女ロールプレイするんだったら、もう少しマシなのを元にしてくれないか。
まあ、とにかくだ。
可愛いらしいというか巫山戯ているような掛け声と共に放たれたそれは、曲がりなりにもサーヴァントの挙力でされたものだ。
それに、アサシンは彼女の庇護下にある存在に手を出そうとした。そのことが、どれ程までに愚かで、過ぎたことだったのか。
今しがた放った蹴りの威力を見れば一目瞭然だろう。
ハサンの黒い靄の殆どを霧散させ、胴体には軽い穴が空いている。一般人であれば、重症どころか肉片の一欠片すら残って無いことは想像に難くない。
「……まだ、生きてたのですね」
意外だった。想像の範囲外だった。
必ずこの一撃で仕留める。
そう込めて放ったのに、ほぼ常識の範囲内だとはいえバフを盛っての一撃だったというのに。
まだその五体は大地を踏み締め、立っている。
その事実が、彼女には受け入れ難いものだった。
「イガイト、カルイジャナイカ」
嘘だ。正直、立っているのすらやっとの状態だ。
だが、不思議と高揚としている。
今ならば、倒し得るかもしれない。
そんな確信がアサシンにはあった。
「なら、次で終わらせます」
「コチラモダ」
どちらにも次で決せる手札はある。
アサシンには宝具である〝
ならば、どちらが先に相手に触れるかで決まるのだ。
アサシンの敏捷はA+、アリスは不明……だが、殆ど彼と同速だろう。
であるなら、拮抗しているのだ。
二騎のサーヴァントは、互いに届き得るナイフをその手に握っているようなものなのだから。
二人の距離は離れている。おおよそ、百メートル程だろうか。だが、彼等にとってその程度の距離は瞬時に縮むほどの距離だ。
であるなら、1秒も掛からないで決着がつくであろう。
かくして、アリスは走り出す。
「ハァァァァ!」
メイスを右下から振り上げ、彼の霊核を狙う。
彼我の間は直ぐに埋まり、それは胸部を砕かんと欲する。だが、彼は避けようともしない。
勝負を放棄したのか?
いいや、そんな訳が無い。
ただ、彼はある事に賭けたのだ。
それは――
「……え」
振り上げたそこに、アサシンの姿は無い。
後方を確認すれば、そこにアサシンが立っていた。
そして、彼は勝ち誇った様にして叫ぶ。
「〝
赤褐色に光り輝く腕がアリスへと迫る。
今か今かと待ち望んだその瞬間を得るべく、その腕が胸部へと殺到する。
(でも、避ければいいだけのことでしょう)
後ろを振り返る。予想通り、ハサンから伸びた腕がコチラへと伸びてきている。
だが、どうにもそれに違和感を感じるのだ。
そう、腕がブレている。
紫色の筋に沿って接近している。
それはまるで――
「多重次元屈折現象!?」
――佐々木小次郎の太刀筋によく似ていた。
彼の対人魔剣、及び通常攻撃である燕返し。
愛刀である物干し竿から放たれるそれは不可避の斬撃だ。だが、それは通常攻撃であればこそのこと。
それが、決まれば勝ちであるアサシンの宝具に起こってしまえば、一体どうなるのか。
終わりなのだ。詰みだとかそんなのではなく、一撃で決着が着く。正しく以て全てを破壊できる程だ。
――彼の賭けとは、これのことだ。
油断の隙を突き、相討ちになってでも打倒する。
危うい賭けだ。だが、それでも彼は勝った。
であるなら、勝利の女神は彼に微笑むのが自然。
このまま彼女の心臓を潰して脱出。情報を使い、他のサーヴァントと協力をして彼女らを倒す。
そういう算段だった。
だからといって、それが通用すると考える。
その傲慢さを彼は突かれることとなった。
「!?」
腕が切り裂かれる。そして両断され、宝具の発動は果たされる事無く終わりを迎えた。
アリスの両手には、それぞれ一本の短剣が握られている。
どこから取り出した?
アサシンのその思考が、命取りだった。
その一瞬の思考の間にもアリスは首筋まで接近し、彼へと囁くのだ。
「〝
と。
それは〝山の翁〟が扱う宝具だ。
どうしてそれを――
首を飛ばされ、返す手首で霊核も破壊された、堕ちた暗殺者の最期の思考だった。
アサシンは光に包まれ、結界内へと霧散した。
聖杯を求めた末路とでも言うように、残酷な最期だった。一瞬にして命を絶たれたのは、彼女からの慈悲だったのだろうか。
アサシンがいなくなった結界で、アリスは呟く。
「外側だけの紛い物かと思ったら、なんと。ちゃんと中身だってあるじゃないですか」
(……おっといけない)
任務を完了した結界を解き、周囲の風景が特異点の物へと戻る。
「……アリスさん!」
草木の向こうから、アリスのよく聞いた声がする。
聞き間違える訳が無い、マシュの声だろう。
「なんでしょうか」
声がした草木の方へと声をかける。
がさりがさりと音がした後に、彼女の顔が見えるようになった。
「サーヴァントはどこに行きました!?」
当然の疑問。それにアリスは、
「ああ、彼ですか。もう既に倒させて頂きました」
と、サラっと言った。
帰りましょう、マシュさん。そういいながら、アリスは踵を返して元来た方向へと帰る。紛い物には興味が無いといったように、あっけらかんとして空虚な返答だった。
サーヴァント・アサシンが脱落。
残りは七騎だ。