「……何処だ、ここは……」
狼はゆっくりと視線を巡らせた。
森だ。薄暗く、夜明け前のような青白い光が漂っている。
現実味がない。
朧げな記憶では、つい先ほどまで自分は葦名の国にいたはずだ。
最後にどうなったのかを思い出す。
——修羅となった。
戦国の世にて、殺戮の限りを尽くした。
思い出せるのは、人を斬っている光景ばかり。
そして最後には怨嗟の鬼となり、さらに多くの命を奪った。
鬼と成ってからは怨嗟の炎に身も心も炙られる快感と刺激に身を任せて全てを焼き付くしていた。
やがて長い年月が過ぎ、
空間に穴が穿たれたような異様な闇に呑み込まれ——
そして今に至る。
狼は自身の体を確かめる。
義腕からはあの炎は出ていなかった。
姿も禍々しい鬼の姿ではなかった。
「…」
つまりは人としての心が今 狼の中にあるということ。
現状でだせる結論はただそれだけだった。
捨てたはずの楔が、一握りの情が理由は分からないが心に戻っていた。
そして、森の静寂が辺りを包む
狼はここが何処なのか、気になりはしたが重要ではなかった。
次に狼が考えたこと…それは自身の業
自分の中に不死の力である竜胤を感じる、腰には拝涙と開門の二つの不死斬りがあった。
フラッシュバックする。
最悪の記憶
…違う…そなたは…
そなたは修羅ではない……っ!
主の悲痛な呼びかけ。
修羅と化してからは、人の顔など識別すらしなかった。
すべては動く肉塊に過ぎなかった。
「御子様……」
竜胤の力がまだあると言うことは、その力の源である御子…九郎様はまだ生きているのだろう。
...
思い出したくもない記憶が溢れてくる、絶望と後悔が狼を襲った。
そして、今ある自身の全てを呪う
斬るたびに上がった悲鳴。
刃を通じて伝わる骨と臓腑を断つ感触。
浴びた返り血の温度。
焼けた死体の臭い。
不死の力を維持するため、主である九郎様を裏切り手放さず。
葦名に留まり続けた厄災。
——それが自分だ。
自責の念が彼の心にのし掛かる。
何故今更になって自分は人に戻ったのか、あれだけの所業をしておきながら。
罰を受けることもなく、こうして人の姿に戻り生き延びてしまった。
それだけが、ひたすら狼の胸に重く残る。
狼は拝涙を抜き、紅き刃を腹へ向けた
突き立てる。
何度も。
何度も。
だが死ねない。
竜胤の力を持つ主を絶つか、常桜の香木で主と結んだ竜胤の契約を断たぬ限り、竜胤は狼を死なせない。
修羅に落ちた者が、人としての死を望むなど贅沢か。
ならばいっそ鬼のままでいればよかった。
グサッ
グサッグサッ
グサッグサッグサッグサッ……
死んでは蘇る。
死んでは蘇る。
罰するように何度も突き刺す。
何度刺しただろうか、手も足元の地面も自分の血で真っ赤に染まっていた。
死んでは蘇る。
これはもう回生で何度も味わった感覚
太陽はもう気付けば真上に来ていた。
再び刃に力を込めようとした、その時ーー
「そこのお前、こんなところで何をしている」
咄嗟に後ろに振り返り、反射的に声のした方向に意識を向けた。
忍びとしての感覚がまだ体に残っているらしい。
「…ッ!?」
相手はその動きとオーラーに驚き、警戒し始める。男の後ろにいる一人も身構え始めた。
狼は彼らを観察して思考する。
恐らくあの主の付き人か何かか、腰に剣を携えている。
狼に話しかけてきた男は剣などは所持しておらず、杖の様なものを手に持っていた。槍ではない、けれど棒術にしては棒の先端の形状がおかしい。
寡黙な狼は相手を見て直ぐに彼らに警戒心はあれど、敵意はないことに気付いた。
しかし、その沈黙の時間は益々彼らの疑心を大きくする。
強まる不安や心配と警戒が内在した視線が狼に刺さる。
そして辺りは血だらけで、相手は狼が自害する直前を見てしまったためか、かなり戸惑っている様子だ。
しかも不覚にも狼は、今の動きで無意識に強者の気迫を放ち、彼らの警戒心を更に高めてしまった。
あの頃の狼であればこのようなことはないだろうが、修羅となり鬼となり、更に人に返った今は精神的に疲弊している。
そんな此方の心情を知るよしもない向こうは黙りの狼を明らかに只者ではないと認識したようだ。
「…」
「…」
沈黙が漂うが、それを破ったのは向こうの方だった。
付き人の前を通り越して出てきた女性は狼に喋りかける。
「私はアスラ王国第二王女…アリエル・アネモイ・アスラと申します。ここは私たちの私有地、貴方はどのような御用件でここにいらっしゃるのですか。」
「…」
狼はこの状況をどうするか考える、
選択肢としては二つ
一つ:このまま無視して何処かに場所を移す
二つ:情報を引き出す
「…」
このまま場所を変えて永遠に自身を罰することは出来てしまう、それにここが何処かは分からないが、もう一度御子様…いや九郎様に会いに行くことなど、余りにも申し訳が立たなかった。
ましてや、またいつ鬼になっても可笑しくないのだ。
ここで狼はとある男のことを思い出した、一度修羅に落ちかけて、後に怨嗟の炎から抗うように仏を作り続けた男を…
今なら仏師殿がどれ程あの炎に耐えていたのかが分かる。
死ぬ手だてが見つからない以上、自分がまた鬼になるのは時間の問題、ならこのまま誰の手も借りずに、人里はなれた場所で...仏師がしたように…
このまま何処か遠くへ行くしかないのかもしれない...
そう思うと二つ目の手段が更に難しい様に思えてくる。
どちらにせよ見知らぬ土地で生きるには情報がいる。
土地勘がなければ何処に身を置けばよいかすら分からない。
まず、情報を引き出すにはまずは、此方が信用されなければいけない、
しかし
自分の事を説明しようにも、どう説明すれば良いのか分からない、幻術の類いなら狼も何度かくらったことがある。
ここに飛ばされたことを、幻術の類いだとこじつけて、どうにか説明することで相手を納得させられるか。
狼の視界に再び相手の剣が移り込む。
「…ッ」
「…もしかして...何処から来たのか分からないのですか?」
狼はこの時二つ目の選択を可能にするにはこれまた二つの壁があることに今になって気が付く。
一つは今しがた付き人が携えている剣を見て、狼が自身の魂の奥深くに眠っている怨嗟の炎を感じ取ったこと。
それが少しずつ存在感を露にしているのだ。
そして二つ目は…
何度聞いても、分からんな。
いったい何処の言語なのだ…
狼は口を開く。
「すまん…葦名という国から来たのだが」
「?」
目の前の女性は首をかしげた。
女性は隣にいる従者に話し掛けているようだ。
「やはりな…」
「…」
狼は静かに深く息を吐いた。
…
……
ドジュュュッ!!
狼は血煙の術で赤い煙を出して、視界を塞いでここからの脱出を図る。
直ぐ様に鍵縄で移動する。
「おいッ待て!?」
「止まれ!!」
後ろから何か言っているようだが、言語が分からないので気にすることもない。
俺は…
もう…諦めた…
これからは…
この先の事を考えながら、狼は森の気を利用して、鍵縄で一気に距離を離す、
ここまで離せば…
ドンッ!!
!?ッ…
遠くから物凄い速さで何かが此方目掛けて飛んでくる、反射で不死斬りを出して弾いた。
それにより怨嗟の炎を思い出して、狼は苦虫を噛み潰したような顔をする。
キィンッ
弾いた瞬間にそれは砕ける。
「氷?」
この冷気…弾いても体が凍てつく…あと数発受ければ体の動きが徐々に鈍くなるだろう、これは厄介だ…
狼は氷を躱すことに専念する。
が、彼の背中を捉えものが現れる。
「速いな…もう追い付くか」
そこに居たのは先程の最初に話し掛けてきた男、男の名はデリック・レッドバッドというアリエル・アネモイ・アスラの守護術師だ。
お互いに名は名乗らない、相手からすれば狼は明らかな不審者、狼は彼らの言葉が分からないので意味がない。
今の感じで逃げ切るのは難しいと狼は判断した、ならこの場を切り抜ける方法は一つしかない。
「どうにか気絶させるしかないか…」
人に返った隻腕の狼は今一度、拝涙を握りしめ相手へと構えた。
増やして欲しい描写
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戦闘シーン
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日常会話
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今のところ問題ない