狼は修羅になった手前、この世界に来てから生き物を斬ったのは、自分自身とあの犬の魔物だけだ。
少しだけ、刀を握ることに怯えが混じっているのかもしれない。
狼は深呼吸を整える。
「もしかして、緊張してるのか?」
マリスが隣から話しかけてきた。
しかし、会話はそれ以上は進まなかった。
狼はまた自分が修羅に戻らぬよう、今後からは何かを斬る度に意味や価値を見いだすようにしようと決めた。
狼は忍びとしての道しか知らない。
今までは主のためだったが、今やその主とは会えない。
自分でどうにかして見つけるしかないのだ。
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歩くこと数分…
キングスコーピオン。
水中、あるいは水辺に生息する巨大なサソリ型魔物だ。
中央大陸の各地――とりわけ水源地では、定期的にその卵が発見される。
発見次第、即座に破壊することが義務付けられているという。
孵化を許せば被害は拡大する。
だからこそ、各領地は監視を怠らない。
そのおかげで、大半は成虫になる前に処理される。
――本来なら。
だが、監視の目をすり抜ける個体もいる。
運よく孵化し、密かに成長しきったキングスコーピオン。
そうした個体は、人の目が届かぬ深い森の奥や、岩場の影に潜む。
岩と見紛う外観。分厚く、鈍く光を弾く甲殻。
遠目には、ただの巨岩にしか見えない。
しかも厄介なのは、群れを形成する性質だ。
統率されたように隊列を組み、前衛が盾となり、後衛が毒針を振るう。
単体でも脅威だが、集団となれば小規模な討伐隊では歯が立たない。
そして何より――尾の猛毒。
かすり傷であっても致命傷になりうる。
解毒には上級以上、場合によっては聖級の術者が必要とされるらしい。
それだけの人材を常に帯同できる冒険者は、決して多くはない。
ゆえに、成虫の討伐は稀だ。
そして稀であるがゆえに、
その甲殻は高値で取引される。
危険と価値は、常に隣り合わせなのだ。
そこは岩場に隠された水源
「あれか…」
後ろからマリスとステップトリーダーの団員の皆さんが狼を見ている。
団員の中には狼を心配する声もあったが、ゾルダートが「そう思ったら助けにいけばいいんだよ」っと言ったので、彼らは何時でも狼を助けられるように固唾を飲んで見守る。
ゾルダートは口角を上げて言う。
「見せてもらおうじゃねぇの」
狼が水辺を進むと、ぞろぞろとサソリが狼の周りを囲んだ。
総数、12~14体
獅子猿の中にいた百足よりもでかいそれに狼は不死斬りを構える。
相手はハサミで狼を狙う、それを狼は刀で弾き、御返しに刀を振るうも。
ガンッ
岩のように硬い甲殻は、さすがの狼の刃でも斬り裂けなかった。
間合いを詰めた瞬間――
背後から、尻尾の針が大きく回り込む。
背中を貫こうとする一撃。
狼は真横へ跳び、紙一重で回避した。
着地するより早く、空中で鉤縄を放つ。
別のキラースコーピオンの尾に絡ませ、その反動で一気に身体を引き寄せる。
振り子のように宙を飛び、群れの頭上を越える。
そのまま包囲網を突破し、狼は岩場へと駆け抜けていった。
その先は袋小路
中々に素早い…刀も通らないな。
狼は次なる一手を打つ、狼は引き続き弾き続ける、そのまま奥に追い詰められ岩場の凹凸が多くなっていきどんどんと動きにくくなる。
しかしそれは相手も同じこと、狼を殺すことに一心で一塊に纏まって押し寄せてくる。
狼は頃合いを見図っていた、岩場に全てのキラースコーピオンが収まるのを。
キラースコーピオンが狼の足元を狙って薙ぎ払う。
まるで剣術の下段のような鋭い一撃。
狼はそれを、軽く跳んで回避した。
着地はしない。
迫り来るキングスコーピオンの尾を踏み台に、さらに跳躍する。
宙へ舞い上がった狼は、上空から油をばら撒いた。
次の瞬間、仕込み斧を引き抜く。
そのまま重力を乗せて、キングスコーピオンの装甲へ叩きつけた。
金属を打つような衝撃音。
火花が散り、熱が走る。
飛び散った火花は、ばら撒かれた油に触れ――
一瞬の静寂ののち、爆ぜるように引火した。
炎は一気に広がり、周囲を飲み込み、瞬く間に火の海へと変えていく。
蟲憑きと戦ってきた狼の予測は大当たり。
虫は自身で体温調節が出来ない、急速かつ極端な温度変化には肉体が適応しきれない。
燃え盛る炎の中、キラースコーピオンたちは混乱に陥った。
灼熱から逃れようと、仲間を踏み台にして上へ、上へとよじ登ろうとする。
焼け爛れた甲殻がぶつかり合い、悲鳴のような甲高い音が響いた。
生き延びようとする本能だけが、彼らを突き動かしている。
だが——
多くは間に合わない。
油を吸った炎は容赦なく燃え広がり、逃げ場を塞ぐ。
甲殻の隙間から煙が噴き出し、やがて動きが鈍り、崩れ落ちる。
踏み台にされた個体も、よじ登ろうとした個体も、
その大半が炎の中で絶命していった。
それでもなお、わずかに生き残った数匹が、炎を裂いて外へと躍り出る――。
燃え盛りながらも狼を殺そうとする。
もう何度弾いたか、ハサミが狼に向かってくるが。
「のろい…」
火の熱で神経系を焼かれて上手く機能していないのか、動きに機動力が失われていた。
狼は居合の姿勢を取る。
キラースコーピオンの分厚い装甲。
そのわずかな隙間——甲殻と甲殻の継ぎ目に覗く柔らかな肉。
狼の刃は、そこを正確に捉えた。
迷いなく振り抜かれた一閃が、装甲の隙間を裂き、内部の肉を断ち切る。
手応えとともに、刃はそのまま抵抗なく通り過ぎていった。
片腕を落とされたがまたもう片方のハサミを使うも、同様に斬り落とされる。
あともう残るは数匹となり、このまま狼の勝利かに思われた。
「…ッ」
見れば狼の片手から怨嗟の炎が溢れている。
しかし、キングスコーピオンはチャンスと見て狼を襲うも、狼はそれに無意識に反応する。
狼の背後からキングスコーピオンが巨大な尾を振るい、薙ぎ払う。
空気を裂く轟音。
だが狼は慌てない。
姿勢を低く落とし、その場に刃を“置く”ように構えた。
次の瞬間――
尾が頭上を通過する。
避けたのではない。
すれ違わせたのだ。
ただ添えただけに見えた刀身が、振り抜かれる勢いを利用し、
そのまま――
キングスコーピオンの尾を、根元から両断した。
「…大丈夫だ…まだッ…俺は」
気付けば狼はキングスコーピオンを1人で討伐していた。
遠くから足音が聞こえてくる、ステップトリーダーとマリスだ。
狼は彼らを視界にいれないようにした。
代わりにキングスコーピオンの死骸が目にはいる。
「…」
斬る…
ザシュッ…
斬る…
ザシュッ…ザシュッ…
斬る…斬る…斬る斬る斬る
甲殻と甲殻の隙間を正確に狙って、ひたすらに斬る。
「狼?」
「ハッ…!?」
気付けば周りに皆がいた、少しだけステップトリーダーの団員達は怖がっているようにも、
警戒しているようにも見える。
刀を鞘に納めて、片腕を隠す。
皆は狼が腕を隠した動作に追求しなかった。
否、出来なかった。
明らかに異常だが。
触らぬ神になんとやらだ。
「…」
結果的に炎に関しては誰にもバレずにすんだ。
だが…
重たい空気が、場を支配していた。
戦いの熱はすでに冷めている。
だが別の意味で、誰もが落ち着かない。
あのマリスでさえ、言葉を選ぶようにしていた。
やがて、耐えきれなくなったのか、ゾールダートが頭を掻きながら口を開く。
「あー……もしかして、虫が嫌いだったか?」
努めて軽い声音。
「好きではないな……」
短く、乾いた返答。
その声音に含まれる拒絶の色を察して、ゾールダートは苦笑する。
「そうか。だがな、こいつらの甲殻は市場じゃ高値で売れる。装飾品としてなかなか人気でな」
環境を荒らす害虫同然の存在。
だが皮肉なことに、成虫の甲殻は希少で、王都の市場では競りにかけられるほどだという。
「もっとも、成虫は洒落にならん強さだ。相当な強者が組まねぇと、滅多に討伐できねぇ」
その言葉には実感があった。
マリスは無言で瓶を取り出し、淡々と液体を採取し始める。
いくつか持ち帰るつもりなのだろう。
帰り際、運べる分だけ甲殻を剥ぎ取り、荷としてまとめる。
焼け焦げた匂い。
黒ずんだ大地。
沈黙。
作業のあいだも空気は晴れない。
それでも、マリスとゾールダートは意図的に話しかけてきた。
「にしても、お前があそこまで虫嫌いとはな」
笑い混じりの声。
「正直、あの動きは大したもんだ。いい才能してる」
その言葉に、狼はわずかに目を伏せる。
――才能。
そんなものではない。
そう思いながら、内心で自嘲する。
ゾールダートが時折、その戦いぶりを他の団員へと話して回る。
だが団員たちは、困ったような顔で曖昧に頷くだけだった。
最初は、ただ純粋に驚かされただけだった。
狼の手腕。
無駄のない動き。
圧倒的な戦闘技術。
――あんな剣を振れるようになりたい。
団員達は、素直にそう思った。
教えを請いたいとさえ考えた。
だが。
戦いが終わり、駆け寄ったその瞬間。
彼らは“それ”を感じた。
異様な雰囲気。
熱でも殺気でもない。
もっと底冷えのする、何か。
そして――
すでに絶命しているはずの魔物へ、
なおも振るわれる刃。
死体蹴りならぬ、死体斬り。
称賛すべきか、恐れるべきか。
判断がつかないのだ。
やがて、ギルドへ帰還する。
報告を受けた受付嬢は、書類に目を落としたまま問い返す。
「……キングスコーピオン、討伐確認ですね」
その瞬間、ほんの一瞬だけ。
疑いの色が、その目に宿った。
だがすぐに、事務的な微笑みに戻る。
マリスとゾールダートは、その刹那を見逃さない。
無言で懐から、巨大な甲殻の一部を取り出す。
重々しい音を立てて、受付カウンターに置いた。
そして二人は、同時に狼を指差す。
「こいつがやった」
静寂。
次の瞬間、ざわめきが爆ぜた。
椅子が軋み、誰かが立ち上がる。
受付嬢の目が、今度ははっきりと見開かれた。
新人登録をしたばかりの男が、
A級相当の魔物を単独で討伐した。
その事実は、瞬く間にギルド内を駆け巡る。
そして数日も経たぬうちに――
その報告は、アスラ王領へと届けられることになる。
名もなき狼の名と共に。
どんだけ強くなったと思っても。
群れの前には無力なのがフロムゲー
増やして欲しい描写
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戦闘シーン
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日常会話
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今のところ問題ない