そこには日本の第一産業のすべてのノウハウと最新の技術が集結している。
これはよくある異世界転移の物語。
「おい!なんで神奈川キャンパスの農民がうちの校舎にあるんだよ?」
「ああん!お前らこそなんでいるんだよ!研究室から出たことも無いガリ勉共は、うちの神聖な畑に入らないでもらおうか!」
ある日突然、キャンパスの隅で神奈川キャンパスと東京キャンパスの学生が小競り合いを始めたという連絡を受けたのが異変に気付いた最初だった。
それぞれ東京と神奈川にあるはずのキャンパスがくっついていたのだ。
あわてて事務方総出で調べていると、同じくあわてている北海道のキャンパスの学生達とも鉢合わせする。
どうやら、理由も何もわからないが、東京農大の学生、職員達が敷地や建物、施設諸々全て丸ごと異世界に転移してしまった様だ。
転移したのは当時学内にいた3つのキャンパスの学生1万2000人と教授・教師を含む職員900名、さらに警備を委託されている警備会社の者が30名の総勢約1万3000人。
転移先はどこか深い森の中だった。
周囲を探索した所、どこかの森にぐるりと囲まれており、
空には飛ぶ大きなトカゲや昼間にも見える大きな二つの月、何よりも農大の教授でも初めて見るという動植物達からここが異世界だと判断する。
学生や職員も一瞬混乱するが、売店や食堂の備蓄をはじめ、学内には広大な田畑、多数の畜産動物、豊富な海産物のある生簀まであった事で当面は食料の心配もない事を知り、冷静になる。
とりあえず食べ物がある。なら自分達で増やせば生きていける!それが我らが農大生のメンタリティーであった。
食料の心配が無いなら、次は住む所だ。
初めて見る生き物ばかりだったので、それらと我々との境界をしっかり分ける必要がある。
既にそれぞれのキャンパスは2メートルを超える立派な壁に囲まれていたが、念の為と、警備員と武道系の運動部が交代で周りの見張りを務めた。
ちなみに壁がしっかりしているのは学内で飼っている畜産動物が檻を脱走した時に周りの民家に逃げ込まない様にする為だ!
各キャンパスを繋ぐ壁を作り、全体の壁も強化する。壁の上には害獣避けの電気ネットも張っておいた。
こういった作業は皆んな手慣れたものだ。
さらに周りの状況を探索する為に運動を中心に探索部隊を編成する。
周りは奇妙な植物、奇妙な動物で溢れていた。
奇妙な動物の中には獰猛で人を襲う生き物もあったが、普段から農作物を荒らす害獣を相手にしていたので躊躇う事なく駆逐する。駆逐したその獣の肉を食う輩まで現れる。結果、森には豊富な食料があることがわかる。皆んな喜んだが、教授達は初めて見る動植物という研究対象に目を輝かせた。
学生達は家畜や田畑の世話に勤しみ、教授達は異世界の動植物の研究に夢中になっている。
事務所の女性達のみは毎日不満を漏らしていたが、それも暫くしてエルフの集落を発見した事で解決した。エルフは男性も女性も皆、美しかったからだ。
エルフ達ははじめかなり警戒していたが、東京農大が誇る醸造科学科謹製の酒や醤油によって見事に懐柔する事ができた。
農具や日用品の摩耗や破損についても、ドワーフ国の食糧問題を解決した事で同盟を結ぶ事で解決する。ドワーフの国は農作物がうまく育たない荒地にあった為、食料品は全て隣国の帝国に依存していたのだが、そのせいでドワーフ国は植民地のような扱いを受けていた。そこにアマランサスを紹介し、食呂自給率を大幅に上げた。アマランサスというかつてアステカ国家の税としても徴収されていた穀物だで、種は粉にすれば小麦粉のような主食にもなり、葉は野菜にもなる。痩せ地でも育つ完全栄養食だ。
病気や怪我については学内にあった獣医学部が活躍した。当初、動物以外は専門外だと消極的だった彼らも、事務員さんの出産を機に積極的になってくれた。「人間も所詮動物」と割り切ってくれたらしい。
そんなこんなで、スマホが使えない以外はあまり以前とは変わらないキャンパスライフが送れていた。
しかし、ある日エルフの集落から救援を求める使者がやってくる。
この世界には数々の都市国家が乱立しており、そのうちの一国が攻めてきたと言うのだ。
その時には既にエルフ達の美しい容姿に魅せられていた一同は救援を快諾する。仕事にはやる気のない女性事務員達も既に戦闘モードだ。
農薬散布用のドローンを使い、敵軍勢の把握をする。
ついでに胡椒を散布して足止めにも成功する。
敵の戦闘スタイルを知り、皆、圧勝を確信する。
決戦当日、
戦場には地球でも古代の都市国家スパルタが得意としていた重装歩兵による密集陣形「ファランクス」で集落を蹂躙しようとする敵軍がいた。突撃してくる敵軍。しかし、対する東京農大勢側には横幅10メートル以上はあるコンバインが数台、横並びに並んでいる。車体前面部を分厚い鉄板で覆った上、ドワーフにより多少魔改造された除雪ブレードを取り付けた横幅10メートル以上はある大型コンバインが数台いた。除雪ブレードとは雪道を掻き分けて進む時に使う器具だ。改造する時間をドローンが足止めで稼いでくれた為、準備万端だ。
突撃してくる敵兵。
敵の突撃の号令を合図に猛スピードで一斉に突進するコンバイン。
敵兵を次々と轢き殺す。燃料はバイオエタノールで使い放題、運転する学生達と戦闘前に士気の上がる謎の草を使っておいたので躊躇が無い。
「ヒャァーハッハッー!収穫の時間だぜぇ!!」
「ヒッヒッヒ、害獣どもを一斉駆逐だ!!」
…ちょっと草の量が多かったかもしれない。
しかし、戦場はもはや、一方的な虐殺であった。
立っている敵兵は1人もいなかった。
翌日も敵兵は攻めた方が、結果は同じだった。
3日目の朝、ついに帝国側から休戦の申し入れがある。
エルフ東京農大連合の圧勝だった。
戦後の賠償交渉などはエルフに任せて農大生達は祝勝パーティーの準備を行う。
祝勝パーティー当日。
帝国側からも大臣が客として呼ばれる。
農大生が本気になって作った料理の数々、その奥深さに大臣は戦慄する。
彼は祖国に戻り、彼の国には絶対に攻め込んではいけないと皇帝に進言。
ここに農大達の安寧が約束される。
そして、彼らは今日も学校で畑で生け簀で、農業について向き合っている。
畑では昼間にぼんやりと浮かぶ二つの月と赤いアマランサスの穂。
それは風に揺れながら、まるで血の旗のように揺れていた。