しかしきつい最期だったな内海   作:蛇足なんですけど

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ですけど

「抱いてやるよ」

 

 ──鬼人が笑う。

 

(来る)

 

 完成された天与呪縛相手に動体視力は意味を成さない。

 

(だったら……)

 

 まぶたを閉じる。

 

(トレーナーさん)

 

 この馬鹿げた殺し合いの始まりと共に、己の内へ宿り、大きすぎる力を与えてくれた者を想う。

 その呼び方に、深い理由があったわけではない。

 ただ、弱虫で、力も伴わなかった自分を、導いて、鍛えてくれたから……。

 暗がりを映すその目尻に浮かぶのはとめどない悔恨か、無力さへの絶望か。

 鬼と幽……正気を宿していない視線同士がぶつかった。

 少女はただぼんやりと、涙が流れるままに佇んでいる。

 轟音に交じって、鹿紫雲の楽し気な笑い声が聞こえてきた。

 その頬が緩む。

 

(ダシにされちゃったんですけど)

 

 その様を観察しつつ、必殺の間合いを確保した真希は警戒を崩さない。

 

(何笑ってやがる)

 

 気配に頼らず応戦するためだろうか。

 

(諦めた? わけないか……仙台結界で大暴れしたって話だ)

 

 自然体で待ち受ける少女に、疑念を深める。

 

(出鼻を挫いて結局領域も見れてねえ。様子を見るか……?)

 

 獲物を構え、極限まで闘気を鎮めようとして……。

 

(……いや)

 

 構えた刀を一瞥し……何を思ったのか、足音を立てて歩み出る。

 

(『全部壊す』、そうだな)

 

 場の緊張感が加速度的に高まる。

 少女の肉体が呪力に包まれてゆく。

 実のところ、アオバの意識は眼前の怪物にはなかった。

 

『ありがとう、しかし内海は本当に……良い奴だな内海』

『それほどでもないんですけど!』

 

 リフレインするのは、何気ない会話。

 

『内海──』

「はい」

 

 幻聴に向けて口を開く。

 組織の歯車として、"禪院"として生きてきた少女にとって。

 一週間にも満たない、ごくわずかな期間ではあったが……その呼び方は、存在は、あの時間は。

 母と共に過ごした時のように、あまりにも心地よかったから。

 

(許さない)

 

 禪院家を滅さねばならない理由、それはアオバにも理解ができた。

 自分にも、命を懸けてさえ、叶うはずのない夢があった、抱えたまま、一生を終えるはずだった、ささやかな望みがあったから。

 体制への反逆、改革、そして。

 

(おかあさん)

 

 禪院の名を捨てた少女が、ぎりぃっと音を立て牙を剥く。

 肉体を覆う呪力がただ一点、頭上の光輪に収束する。

 理解もできる、納得もできる。だがあなただけはここで殺すと、吼え叫んだ。

 

「領域っ」

(またそれか)

 

 真希が呆れたように首を傾げる。

 

「展、かっ」

「意味ねえよ」

 

 実力差は残酷なほどに明らかで。

 しかと見据えたはずの仇敵は、瞬く間もなく視界から消えさった。

 掌印を結ぶ間もなく、背後を取られた少女。

 

「がっ、ぶ」

 

 釈魂刀で袈裟懸けに胴を斬り開かれ、呪力の繋がりを絶たれ、倒れ伏す。

 瞬く間に致死量の血液が噴出し、ぼたぼたと内臓がこぼれだした。

 

「……悪いな」

 

 背骨を失った胴体が捻じ切れるように回転し、返り血を浴び見下ろす、ばつの悪そうなその顔が、二度三度と視界に映る。

 そのまま、激痛にぐるんと回転し、暗転した視界には走馬灯のように好敵手の、友の、そして母の顔が浮かんで……。

 

(く、やし……)

 

 倒れ伏し、ほとんど真っ二つとなった少女と、立ち尽くす女。

 現実は非情であった。

 はじめから解っていた。解っていたのに、少女はこの道を選ぶしかなかった。

 

「あ……、ぐ、う」

 

 ズシャリと音を立て、白目を剥いて血を吐く少女の上半身(・・・)

 地に叩き付けられた頭上で、急速に光輪の明滅が弱まっていく。

 

「天使、な」

 

 パリン。冒涜するように踏みつけられた光輪が、音を立てて砕けた。

 

「が、ぁ! ……ぅ」

 

 それに反応して、少女の肉体がビクンと跳ね……やがて沈黙した。

 鬼人は、もう用は済んだとばかりに、雷鳴の方角へ振り返る。

 

「拍子抜けだな。憂太はまだ──」

 

 しかしこれは失策であった。

 

(領域。も、だめで)

 

 一族を殺し切り、背後の分家当主も弑し、残る親族は従兄一人。

 悲願を達成し──己の行為に対し、少しの違和感は抱けど──禪院真希の心は、生まれて初めての全能感に満ちていた。

 絶対の強者という感覚に、少なからず酔っていた。

 故に。

 

(術、式も、だめ。なら)

 

 死体と呼んで差し支えない、損壊した体。

 その胴に繋がっていた、幽鬼のような(おもて)が、ほんの少しだけ持ち上がる。

 パリン。

 血が糸を引き、泥と混ざって赤黒い視界、だがその瞳から、未だ意思の光は消えていなかった。

 パリン、パリン。

 

「あ?」

 

 その人は、鬼と成ったがために失念していた。

 弱者は、弱さ故に。

 

(これ、しか。ないん、ですけど)

 

──パリンパリンパリンパリンパリン! 

 持てる手札を全て(・・)使って強者に喰らい付くのだ、ということを。

 

「……ま、え」

「──!?」

 

 鬼人が異変に気付いた時には、既に遅く。

 振り返って、見下ろす先、光輪が弾け飛び、閃光。

 血に溺れた濁声が耳をつんざく。

 

「お゛まえ゛っ、だけはあ゛ぁっ!」

「なっ──がッ!?」

 

 咄嗟の防御は意味を成さなかった。防いだ上で地面に抑え付けられたのだと、遅れて真希は理解した。

 

(術式か!? ク、ソッ)

 

 土煙が吹き荒び、汽笛が鳴り響く。

 その術式は元来の使い手に比べればあまりにも荒削りで、とても不格好で。

 列車が辿るべきレールは錆びて、手すりもところどころ折れていた。

 輪郭は定まらず、実体化すらしていない不安定さ、だが。

 これまで幾度となく少女を救ってきた、彼女にとって最も勝利に結びついた、呪力のカタチだった。

 

(油断したな……あれで立てるのか)

 

 真希が光の中で捉えたアオバの姿。

 連なっていた光輪はすべて砕け散り、頭上にはただ破片が浮き上がっていた。

 切り裂かれたはずの肉体は足元の臓器とは分断され、立ち上がった胴体の傷口はゆっくりと巻き戻ってゆく。

 

(モツごと再生かよ、見誤った)

 

 少女は再生の激痛から来る苦悶の表情を浮かべていた、それでも、術式を前に……下に(・・)進めることだけは決して止めない。

 アオバの戦術は至極単純であった。

 

「ぜんっぜん……」

 

 ──天からの莫大な呪力放出で、一切の身動きを封じ込める。

 

「スイートじゃ、ないんです……けど」

 

 結界内、石流龍との実戦を経たからこその発想。

 砕き切った魂の具現(ヘイロー)、それによって生まれた莫大な呪力を注ぎ込む。

 アオバ一人の実力では到底不可能であっても……代償に魂の全てを捧げたのであれば、一時的にその場に留めることはできた。

 

(トレーナーさんが、残してくれたもので)

 

 天与の暴君、完成されたフィジカルギフテッド、伏黒甚爾という悪夢の再来。

 せいぜいレンチを生み出せる程度の一介の少女が、敵うはずもない。ましてや"力添え"が無くなればなおさら。

 

(私が、勝つ!)

 

 はじめから解っていた。解っていたからこそ。

 

「はあぁあぁあっ!」

 

 一度は命を使い捨ててでも、この道を選ぶしかなかった。

 列車の形をした呪力が延々と真希に降り注ぎ、周囲の土砂を削り飛ばしながら地下深くへと押し潰す。

 

「こ……こんな手しか、なくて……悔しいんですけど」

 

 相手の余裕を少しでも削ろうと、アオバは語りかける。

 

「あなた、強すぎるので。ふぅ……はぁ、光輪(コレ)は、私の、可視化された魂です」

(開示! 圧力が……動けねえ)

「いま、それをすべて、砕きました」

 

 腕を垂らして膝を突き、光に打たれるままの真希、その顔に険しさが浮かぶ。

 手元から離れた刀が、壁の方へと弾かれ突き刺さった。

 

「この術式を、一人で扱うのは初めてで。近くに、来るのを……待っていました」

「領域、では、捉え、られないと」

「知っていました」

「はっ、まんまと、誘われた、わけだ」

「はい。『縛り』で出力を上げたぶん、私にあなたを害することはできないので、安心していいですよ。ただ……」 

 

 アオバの瞳が冷たさを宿す。

 

「溶岩は、別ですけど」

「チッ……」

 

 この地に何があるのか、何を目的としているのか、理解した真希が視線を巡らせた。

 岩石、土砂……背後に、土壁に埋まった木の根。

 

(これか)

「く、うぅうぅ」

 

 試しに、あらんかぎりの力を振り絞って1mほど這いずってみる、と。

 

「無駄なんですけど」

(駄目だな、常に中心とするように……削れちまったか)

 

 根を引っ張って、土砂崩れでも起こせれば……そう考えていた真希であったが、失敗に終わった。

 アオバの術式は真希自身を害することはないが、その他の存在は出力をもって触れた傍から削り飛ばしているようであった。

 

「いちいち、狙い定めるの、大変だろ」

「さあ? 私が死んでも追いかけるようにしてるので、わかりませんけど」

(本当なら厄介だが、さて……対象を『駅』と定めているのか?)

 

 列車が連綿と降り注ぎ、地面を削る速度が次第に増していく。

 

(魂をすべて砕いたと言っていた、その事実の開示で出力が上がった……なら、真実か)

 

 ダメージがない以上警戒の必要は無いと判断した真希には、思案する余裕が出てきていた。

 

(なら、そう長くは続かない。アオバの勝ち筋は何だ)

 

 その時。

 

「あん?」

 

 光の明滅がほんの一瞬止み、真希が自由の身となる。

 

「うっ、ぶっ」

 

 短時間に無茶な呪力を行使したせいだろうか? 地上では、アオバが血の塊を吐いて(くずお)れていた。

 

「何だか知らんが」

 

 これを見逃す鬼人ではない。

 即座に跳び、縦穴を斜めに駆け上がりながら、壁に突き刺さっていた獲物を手にする。

 

(溶岩はハッタリ、これは時間稼ぎだ……本命は)

 

 ──お前! 悪くねぇなぁ! オイ! 

 その叫び声が天啓を与えた。

 眼光鋭く、地表の獲物を見据える。

 

(あの術師との合流!)

 

 大穴の向こう岸、辿り着くと同時に縁を蹴る。

 おおよそ30mの距離を一気に詰めようとしたその時……口を押えてうずくまっていたアオバが顔を上げた。

 

「くうっ……!」

 

 焦る少女に、汽笛の音が応えた。すかさず列車の突撃が再開する。

 あと一手というところで、真希は光に呑まれて落下した。

 しかしその顔に焦りの色は無い。

 

「ハッ、死にかけかよ!?」

 

 先ほどまでは逆光で伺えなかったが……見下ろす少女の顔をよくよく見れば、今にも貧血で倒れそうな様相ではないか。

 真っ青な顔は死相も露わで、脂汗にまみれている。

 

「てめぇ、呪力残ってねえだろ!」

「でた、らめをっ」

 

 真希の言葉は真実の一端を言い当てていた、事実、磔にされていた先ほどまでと打って変わって、立ちながら踏み出せる程度には術式の出力が落ちていた。

 

「血が、足りてねぇんじゃ、ねえのかあっ!?」

 

 その心を折ろうと、万力の如き力で真希が歩み出す。

 

「これ、じゃあっ、止まんねえ」

 

 一歩、二歩、三歩。

 

「ぞっ」

 

 続いて跳躍。ドゴウ、と地響き。

 

「──!」

 

 アオバが声にならない悲鳴を上げる。

 冗談ではなかった。

 魂を全て捧げて放出した呪力、その掘削力はすさまじく、穴は既に岩盤にまで達し、直径30m、深さは70m近い円筒状の縦穴となっていたのだ。

 弱まっていたとはいえ、それを可能にする圧力に抗って跳んだということは……それだけのエネルギーを相殺して余りある破壊力を、脚を通して叩き付けたということだ。

 桜島に、軽い地震が計測されるほどの揺れが起きた。

 

(ボロボロの体、照準は安定を取ったオート! 一度綻べば──)

 

 真希が想定した通り、列車は自動で追尾してきた。

 高速移動する対象を中心とした半径15m、つまり。

 

(詰みだ!)

 

 アオバの足元を削りながら。

 

「あっ……」

 

 術式の維持のため、左手を突き出していた少女が宙に放り出された。

 少女はその手に──生得術式によるものだろう──レンチを握っていた。

 だが真希を相手に武器となり得るものではない。

 

「くぅっ」

 

 苦し紛れの投擲。

 妨げになるとは端から思っていないのだろう、少女の顔を絶望が彩る。

 

「じゃあ──」

 

 ガキィン! 金属音、斬り伏せられた。

 

「なっ!」

 

 弾いた勢いで一回転、逆光の中、鬼人が迫って──。

 

ドッ──バンッ。

 

「……あ?」

 

 響いたのは、たった今止んだ地響きに比べると、ずいぶんと軽い、2回の破裂音。

 刀を振り、視界の途切れたその一瞬、少女の右腕、そこに携えられた獲物。

 

「っ、あ?」

「一度だけ、でしたから」

 

 ウィンチェスターM1897。

 装填され、放たれたのは、ただ1発の殺意。

 

「い、うっ、があぁぁっ」

「……防がなかったら、あなたの勝ちでしたけど」

 

 墜ち行く鬼人の頭に風穴を開け、次いで弾けた呪力で脊髄を抉ったその弾丸は、内海アオバ、生涯最後の呪い。

 

「……へへ。運、だけは」

 

 遥か下方、悶え苦しみながら落ちる鬼人を追いかけるように。

 光に照らされていた少女の体が、大穴へと落ちてゆく。

 弱った肉体も、戦術の弱点も、すべてをブラフとして、正面から迎え撃つための……。

 正真正銘、命懸けの一撃であった。

 

(やったよ……おかあさん、トレーナーさん)

 

 死を巻き戻す反転術式、共生者の生得術式、そして、未熟な自身のそれとは比べものにならない精度の、構築術式。

 それぞれその身で扱った経験があれど、呪術全盛を生きた術者の技術の精髄など、一朝一夕で再現できるものではなかった。

 魂を砕き切っても、得られるのは恐らく、形だけの真似事だけ。決定打とはなり得ない。

 故に少女は死の淵で、重すぎる縛りを己へと課した。

 

(でも、やだな)

 

 以後、内海アオバが禪院真希を害することができる機会は、ただ1度のみとする。

 反転術式の呪力消費を抑えるため、表皮のみを治癒する。

 射撃する際は、内臓を失った見掛け倒しの肉体で、人知を超えた速度を持つ対象に、自力で命中させる。

 達成困難なこの目的設定を縛りとし、着弾時にはその時点で行使している呪力すべてを対象に転移させ、炸裂させる弾丸として構築する。

 そして、強固な対象の肉体に致命打を与えられる、これらの莫大な呪力を得る条件として、射撃の成否に関わらず。

 

(私だけで、勝てたのに)

 

 内海アオバは代償として、発砲の後命を失う。

 

(くや、しいなあ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -廃線エンド-

 

(タイトルコール系は私がやるのは違うと感じたため勝手ながら削除しました)

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