しかしきつい最期だったな内海 作:蛇足なんですけど
この日、禪院直哉は不運であった。
(ただでさえアイツの底は知れへんのに)
敵側の取った手段は、民間人への攻撃。
「覚醒タイプの犬」という異質な術師によってそれは防がれたが、禪院家に籍を置く人間としては見過ごせるものではない。
(性格も、やり方もアカンときた)
避難民の無事を確認し、無茶な軌道での救命行為への移行を中断する。
(ホンマ、やんなるで)
埃を払いながら立ち上がる、と。
(……嘘やん?)
眼鏡をかけた女とは別の、異質な呪力がもう一つ。
「チヒロ先輩遅いよ〜」
唐突に現れたその呪力の持ち主は、扇に致命傷を与えた白髪の術師であった。
(アイツっ、なんでここに)
「ごめんごめん」
チヒロと呼ばれた少女が笑いながら振り返る。
「思ったよりも、現代の術師の上澄みと戦うのが面白くてさ」
「もう〜悪い癖」
和やかな空気を見据えながら、2人の前に降り立った直哉は、ウォームアップの仕草をしつつ思案を巡らせる。
(まずいな……こっちの手札はもう割れとる)
余裕を崩さず、内心では冷静に現状を分析する。形勢は明らかに不利であった。
(向こうには飛び道具、触れてもあかん、どないしよか)
そんな直哉を遠巻きに見ながら、ひそひそと話し合う2人。
「ハレは見てる?」
「どうしようかな……」
この日、やはり禪院直哉は不運であった。
(バケモンが)
口汚く吐き捨てる。
見かけこそ10代の少女であったが、直哉はしっかりと、その瞳の奥から注がれる圧力を感じ取っていた。
人ではない、より巨きなモノ。
(
こうして幾度も打ち合っていれば嫌でもわかる、明らかにその身に収まりきらない"格"の何か。
ちらと背後の甚壱達の様子を伺う。
誘導はつつがなく進み、戦闘の余波からはあの奇怪な汽車が守っているようだった。
(藪を突いて出たら分が悪い……じゃあ、済まんな。間違いなく死ぬなぁ)
であれば、どうするのか?
薄ら笑いを浮かべ、軽口を叩く。
「おい、クソアマ共」
バカにしたようにへらへらとする。
数的不利を歯牙にも掛けない態度に、チヒロが怪訝そうにした。
「ん〜?」
「……気をつけて、チヒロ先輩」
一度会敵したハレが何かを察し、チヒロを押し退け前に出る。
「あいつの呪力、おかしいよ」
ハレの言うように、直哉の呪力量は突然に倍増していた。
強固な縛りによる、基礎能力の爆発的な向上。
それだけであれば、この2人にとっては、本来取るに足らない些事であった。
「今日の俺はこれで終いや。この後は戦えん」
(手の内の開示! 縛り、それも相当強力な……)
しかしここに、受肉したが故の綻びが生じる。
(まずい)
高速回転する思考。スローモーになる視界の中、焦ったのはチヒロであった。
どの程度の縛りを課したのか?
それを推察しようにも、眼前の男は速度を武器とする。とにかく時間が無かった。
「さっきまでの俺はまだまだ最高速やない」
やはりか、と焦りを深める。
この手の輩は何より起点、事の起こりを潰さねばならない。加速さえさせなければ大したことが無いからだ。
一人であれば、避けるにしても、防御に徹するにしても、如何様にも対処できたであろう、しかし。
(守り切れない)
己の前には大切な仲間がいて、判断を仰ぐべく振り返ろうとしている。
(
縛りの考察、攻撃か、防護か、どれを優先すべきか?
(――こんな、相手に?)
情と矜持、極限状態。戸惑いと焦燥が判断を狂わせ、遅らせ……。
「ほな、行くで」
「──……!」
気づいた時には衝撃波に揺さぶられていた。
そう、衝撃波に、だ。
(……見え、なかった)
いくら身体を強化したと言っても、その動体視力はあくまで依代、人間のもの。
「ちひろ、せん──」
「ハレっ」
蒼白として振り返ったチヒロの先、壁に叩き付けられ、血を吐いたハレが倒れ伏す。
(速……すぎる!)
──秒速、約340メートル。
音の波を引き連れて振り抜かれた拳は、いかな高等な呪術師といえど、肉の身に頼っていては認識できようはずもなく。
その一撃は、瞬時に意識を刈り取って余りある威力であった。
「ったく、嫌んなるで」
この日の禪院直哉は、まったくもって不運であった。
「今『うわ強ー!』とか思ったやろ」
普段であればおちゃらけて、見下したように嘲りたいところであったが、そうもいかないのだと、己の境遇を嘆いてみせた。
「残念」
ただひたすらに、術師として、眼前の敵を屠る。
持てる者としての振る舞い。
それは術師の生業であり、"炳"の役割であり、禪院家の責務でもあった。
「上を見たらゴロゴロおんねんで、このレベルの奴」
やんなるわ、と首を振りながら。
次期当主候補、禪院直哉が、じろりと
対するチヒロは見た。
(こいつ──私たちを)
獲物をしかと見定め、追い詰め、見
その歯がぎりりと鳴る、双方のボルテージが上がる。
「お? 怒ったか? ええよ、
挑発、呆れたような仕草、しかしそこに油断は一切なく。
男は煽りながらも、手をひらひらと振って歩み降りる。
その内にあるのは。
(『禪院直哉』は、ここから加速していくで……甚爾君)
驕りと軽薄さを捨てた、決意だ。
(ふざけた光景だ……)
そして今一度、チヒロは見た。
倒れ伏したハレの向こう、瓦礫の上、遠景の汽車を背に立つ、和服姿の男。
気付けば、立ち位置が逆転していた。
(あり得ないはずなのに)
強者の位置である上に……「そちら側」に立たれた。
その事実が、仲間に危害の及んだ現実が、少女のプライドをひどく傷付ける。
先刻までであればとんだ茶番だと、あり得ないと一笑に付していただろう。
だがそれは出来なかった。
(今のコイツは、"獲物"じゃない)
ぐぐっと指を握り込み、睨みつけた。
――軽い気持ちで手を出し、追い詰められたのは、自分達である。
事ここに至り、ようやくチヒロはそれを認めた。
(強敵、だ)
その、刺すような敵意の先には。
「とはいえ」
拳を握り、月明かりを背に、獰猛に牙を剥いて笑う……。
「まずは、一人や」
現代の、