しかしきつい最期だったな内海   作:蛇足なんですけど

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だけど、それでも

「鷲見さん、トリアージお願い!」

「は、はいっ」

 

 医学校の実習中、とあるひととき。

 タイマーを持った教師を前に、学生たちが右往左往する。

 鷲見セリナもそのうちの一人であった。

 

「大丈夫ですか! 声は聞こえますか!」

 

 マネキンを前に反応を見る。

 

(反応無し、脈、なし。無呼吸……、という、設定)

 

 こうしている間も同級生たちは周囲で選別をしながら器具を運び、緊急時の備えをしていた。

 

(設定、設定です)

 

 落ち着け、冷静にと言い聞かせながら、タグの色を考える。

 

(気道確保ができない時は、黒……黒)

 

 それが意味するところ。

 死の色。

 それだけはと、嫌だと、感情が口を動かす。

 

「こ、呼吸しています、赤ですっ」

 

 少女が叫び、教師がため息をつく。

 現場のざわつきの中、周辺にいた学友たちも「またか」という様子だった。

 

「セリナちゃん」

「はい……」

「この判断法の利点は緊急時、相対的に救う数を増やせる点にあるわ」

 

 優しいのは良いことだけれど……と続けた。

 

「何回も言うけれど。優しさで人を殺しては本末転倒よ」

「はい……すみません」

 

 授業後、人のいない実習室で、黒い札のついたマネキンを前に落ち込む。

 

(またやってしまいました……)

 

 トリアージとは、負傷者の順位選別である。

 大災害や大事故において、一度に数十人単位の負傷者が出ることは珍しくない。

 呼吸はしているか? しているならば気道の確保は可能か? 

 出血はしているか、それとも治まっているか、自力で歩けるか……。

 助ける命を選ぶための、残酷だが必要な判断。

 これにより優先度を決め、緑、黄、赤、黒の順でタグ付けをする。

 後ろに行くほど生存の見込みがないことを示すため、先ほどセリナが担当したマネキンの「設定」においては黒が適切なタグであった。

 

(やっぱり嫌です)

 

 それが例え、偽物だとしても……言いたくなかったのだ、少女は。

 

(『この人はもう助からない』だなんて……)

 

 少女は、救う過程に合理性を持ち込むこのシステムが苦手だった。

 確かに命を救うことを志した。

 義憤と使命感、そして確かな意志のもとにこの場に立つことを選んだ。

 だがその小さな手では、どうやっても取りこぼしが生まれてしまう。

 いかなる名医といえど、救える命は数時間にひとつが限度だ。

 いつも思い悩んでいた、より多くを救うためには、より速く助けるためには。

 だから、日常が変貌し、理解のできない殺し合いが始まった時に。

 

(……あっ)

 

 少女は気付いた。

 自分には、できる(・・・)と。

 できるのならば、やらねばならないと。

 元々才能のあった少女、そこに鬱積し続けた「救えたはずなのに」という負の感情。

 

(私が、助けます!)

 

 本人にとっては不名誉なことではあるが、戦場において最も強力な「命を救う」ための術式が花開いた瞬間であった。

 少女は駆ける。

 瓦礫の山を、炎の中を、煙に飛び込み、命を携え駆け巡る。

 

(助けられる、まだ、まだ……っ)

 

「助けに来ましたっ! 瓦礫の下ですか!? 声は出せますか!」

「痛ぇ……」

「見つけましたよ! 大丈夫!」

 

 血まみれの大男だった。

 その傷を付けた存在も、どうやら爆煙の向こうに居るようだ。

 

「クソッ、あんな奴が……」

「大丈夫、応急処置はしました! 今から遠くに行きますから、しっかり捕まってくださいね」

 

 言うが速いか、すぐさま自身の作り上げた結界内へと転移する。

 今後の戦闘における、鷲見セリナの一切の暴力行為を禁じる代わりに、セリナ自身の呪力を用いた反転術式で治療を施す、大規模な結界。

 転移さえ済ませれば、即座に致命傷の再生治癒すら開始されるという、医学界垂涎の代物であった。

 そうして既に多くの人を救ってきたが、術式は引っ切り無しに「転移先」を伝えてくる。

 

(また、一気に……何十人も)

 

 地響きと共に巨大な爆発が起きていた。

 おそらくそこだろうと当たりを付け、患者達の様子を見つつ転移の準備をしていると。

 

「おい、嬢ちゃん」

 

 先ほど救った、前髪を長く垂らした男だった。

 どのような一撃を受けたのかセリナには想像もできない、本来なら集中治療が必要な重傷だったが、結界の効能で既に立てるほどの傷にまで回復している。

 

「ありがとな」

 

 笑顔と共に告げられた、予想通りの言葉に、セリナが満面の笑みで返す。

 

「ええ、また後で!」

 

 その言葉をもらうたび、鷲見セリナは溢れんばかりの活力を得る。

 比喩ではなく、術式の効果で呪力が増すのだ。

 呪術とは縁もゆかりもない少女が、特殊な反転術式を行使し続けても倒れない仕組み。

 その答えがそこにあった。

 

(あなた達の笑顔で、私は何度だって立ち上がれるんです!)

 

 使命感を胸に転移する。

 呪力の波に揉まれながら、マークした怪我人に向けて呼びかけた。

 

「今、あなたの元に向かっています! 見つけたらすぐに運びますから、大丈──」

 

 ──不意に。

 少女は違和感を覚える。

 

(列車?)

 

 ガタン、ガタタン。

 都会で暮らせば嫌と言うほど聞く、レールの切り替えに伴い車輪が立てる音。

 とうに機能不全になった仙台の地において、聞こえるはずのないそれが、なぜか聴こえてくるのだ。

 転移先、己の周囲から。

 そして転移が終わり、視界が開けると……。

 

「……?」

 

 白い髪の、学生服の少女が立っていた。

 夕暮れの列車の中に、ただ1人で。

 

「術師っぽいんですけど」

『ああ、転移してきたな、内海』

 

 その頬に奇怪な口が現れ、セリナが唯の人間ではないことを肯定する。

 

「お医者さんっぽいんですけど」

「転移し切る前にこちらに声をかけていた。そういう術式かもしれないな、気をつけろ内海」

 

 分析する2人を前に、セリナは周囲を見渡し、困惑する。

 

(怪我人は)

 

 いない。

 後ろに続くのも、無人の車両だ。

 夕焼けの空を蛇のようにうねりながら走る列車、その先頭車両に降り立ったのだと、遅れて理解する。

 

(……この子?)

 

 それは勘だった。

 血痕の乾いた服、虚ろに落ち窪んだ目、明らかに正気ではない。

 本人が聞けば「血はともかく目は普段通りなんですけど! 名誉毀損なんですけど!」と訴えそうな評価だが……。

 

「……」

 

 そのアオバ当人は残念ながら、警戒も顕に銃を取り出し、こちらを見据えている。

 

(外傷は無い……怪我、どこの……こころ?)

 

 ともかく安心させねばと、医学生としての行動を取る。

 しかし、セリナにとっては不運なことに、この判断は間違いであった。

 

「わ、私は鷲見セリナと言いますっ。医学部の学生で」

 

 鷲見セリナは、ごく普通の、力を持ってしまった一般人でしかない。

 しかし対する2人は、この半日間、ひたすら殺し合い続けている呪術師だったのだ。

 

「この力は、怪我をした人の元に」

 

 術師の自己紹介とは、術式の開示を含む場合が多い。

 

『喋らせるな内海!』

 

 呪術の飛び交う実戦を潜り抜けたといっても、それはあくまで救命のため。

 そのような血生臭い常識など、一般人であるセリナが知る由もなかった。

 

「!」

「な……」

 

 音も無く、銃口が突き付けられた。

 

「や、やめてください! 私はただ、助けにっ」

 

 問答無用とばかりに引き金が引かれた。

 平穏な人生とは無縁の轟音が響く。

 

「あぅうっ!」

 

 屈んで避けたが、肩に当たり、肉が弾け飛ぶ。

 予期せぬ激痛に意識が消えかけた。

 

(い、たい……なんで、なんでっ)

 

 混乱と困惑の中、迫る足音から遠ざかるように、這いずって。

 

(にげ、ないと…………? 転移……できない!?)

 

 それが意味する状況、示された事実は二つ。

 一つ、セリナの術式にデフォルトで備わった、結界への帰還効果の喪失。

 

(どう、して……)

 

 本来であれば外側からは不可侵の結界を作り上げる能力である、機能不全に陥るはずがないとセリナは考えていた。

 あり得ない仮定は、次いで伝わる感触によって肯定された。

 

(結界が、壊された……?)

 

 帰るべき場所が無くなったから使えない。当然の帰結であった。

 そして、その事実を理解し、遅れて発覚する二つ目の事実。

 

(……ああ)

 

 少女の術式は、トリアージへの忌避感から、重症であるほどに転移先としての優先度が高くなる仕組みであった。

 一度につき一人という縛りを課す代わりに、負傷した人間が術式の範囲内にいればすぐそばに転移を開始できるはずだった。

 ──ありがとな。

 別れ際の笑顔を思い出す。

 ……結界内には、まだ治癒を続けている人々がいたはずだった。

 

(どうして、こんな)

 

 転移ができないということは、負傷者(・・・)が既にいない状況だということ。

 絶望と自責で打ちひしがれる少女の思考が、一つの疑問を突きつける。

 ──なぜ、自分はここへ転移できたのか?

 肩で息をしながら、傷口を押さえ、見上げる。

 

(今、この地で)

 

 夕陽を背に、顔の見えない少女が、銃口をこちらに向けていた。

 

(いちばん大きな傷を、負っているのは)

 

 視線が交わる。

 

「100点目なんですけど」

「大台だな、内海」

 

 無感情なやり取りを前に。

 

(あなたが、癒えるのなら)

 

 少女はただ、悲しげに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのツラ下げて真希と笑っとんねんと思うかもだけど別の話と思ってほしいのん

 あと廃線石流は普通に蛆虫寄りのダイスだったのでそういうこと伝タフ

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