しかしきつい最期だったな内海   作:蛇足なんですけど

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推しが死んだあっ

あくまで最初の妄想なので追記はしないっス


Overdubbing

「……冷えますね」

 

 燃えさしがパチパチと音を立てる。

 死滅回游1日目。

 羂索との契約に基づき目覚めて、わずか5分。

 

「あつっ」

 

 跳ねた火の粉が頬を掠める。

 熱よ冷めろとこすりながら、廃墟の二階、瓦礫の中で暖を取っていると。

 

「よっ、コタマちゃん……でいいのかな?」

 

 ひょこっと、瓦礫の向こうから赤い団子が2つ。

 

「……マキ、さん。いえ、マキ」

 

 妙な感覚であった。

 

(知己のはずであるのに、他人のような……)

 

 着物の丈が合わないような歯痒さ、浮遊感と呼ぶのが相応しいかとあたりをつけた。

 無重力という概念を、器の記憶から感覚に当てはめる。

 

「良いんですよ、『名前』で呼んでも」

「んー。まあ、いっかなって」

 

 赤い髪の綺麗な少女は、コタマの前に座り、「君と同じだよ」と破顔した。

 参った、降参だと釣られて笑う。

 器の在り方や関係を尊重しようというのだろう。2人は昔から、妙なところで馬が合った。

 

「いつの時代でも、あなたには敵わないですね」

「昔から優しいんだから。というか、んん……コタマ……先輩? てことは敬語……? つまり間違えた!?」

 

 そうかもしれないと、2人して笑った。

 傍目には、キャンプ……と言うのだろう、そういう娯楽に興じているように見えるだろう。

 

「現代語ムズカシ〜!」

「あなたの思うように呼べばいいんですよ」

 

 この朗らかな風景を見て、少女達がこれから殺し合いに身を投じるなど、一体誰が思うだろうか。

 笑顔の下に、軽い自己嫌悪を抑え込む。

 

「へへっ。しっかし凄い発展したねぇ……」

 

 そう言うとマキは額に手を当て、火の手の上がった遠方を見渡した。

 京の街並みは、彼女たちの生きた時代とはかけ離れていた。

 まず目についたのは、煌びやかな灯りと、音を立てて動く牛車のようなもの。

 

「アレとかさ! 光ってるのに、呪力感じられないよ!」

「クルマ、と言うらしいね」

 

 後ろから声がかかる。

 振り返ると、青みがかった髪の少女が立っていた。

 

「器の記憶によれば、どうやら随分と技術が飛躍してる」

 

 視力を矯正する道具をかけた、制服……現代の学び舎の出立ちだ。

 

「あっ……えっと? チヒロ? 先輩? でいいのかな?」

 

 マキが首を捻りながら奇妙な問い方をする。

 疑問符が語尾につくたびに左右に体が傾いていき、ついにはうねうねと全身の関節を波打たせて踊るような仕草になる。

 その様子を見て、チヒロが吹き出した。

 

「ぷっ……あははっ。何その動き。蛇?」

「なんだか、落ち着く動き……うにょにょにょ」

 

 2人のやりとりを見て、くすりと笑う。

 永い時の果ての邂逅の割には、随分と明るく軽い雰囲気だ。

 

(だいぶ性格が引っ張られていますね……)

 

 人のことは言えないか、と自嘲する。

 

(運が、良かったです)

 

 どこで、どのように目覚めるかは未確定だった。

 呪物化に際し強固な縛りを結んだから、約定自体は果たされると疑っていなかったが、相手はあの羂索だ。

 上手い具合に力を削がれ、蘇らせる時代もズラされ、仲間との合流も難しいのではと……そう思っていた。

 しかし危惧したようなことは起こらなかった。

 この時代で無くてはならない理由があるのだろう。

 

(想定外なのは……受肉体という形だったこと)

 

 この悩みを告げて良いのか……わからない。

 2人は現代に適応できているのだろうか。

 現状をどう思っているのだろうか。

 

(2人は気付いているのでしょうか)

 

 もしここで、嘘偽りのない言葉を述べられたら……。

 そう考えた時、音を聴くのが趣味だという、器の記憶がふと浮き上がる。

 ──あなたの、心の声を聴けたなら。

 

(今も昔も、人間関係での悩みは変わらないのですね)

 

 目を閉じ、健気に日々を生きていた、少女の記憶に浸る。

 特別秀でているというわけではない。

 きっとこの時代ではありふれた、当たり前に生きていた少女。

 しかし呪いの跋扈する時代に比べれば格段に良い世界のはずで。

 

(その「当たり前」を、私は……)

 

 器となった子への引け目を感じてしまう。

 己の子孫、血縁。

 血を残す意図というのは、このような形で利用するためでは無かったはずなのだ。

 未来への希望……1人の呪術師としての矜持。

 そういったものが確かにあったはずだ。

 

(そもそも、皆本当に「1回目の受肉」なのでしょうか?)

 

 久方ぶりの再会だというのに、喜びよりも、疑念を抱いてしまう。

「鍵」を用いて呪霊へと変じたことに後悔はない。魂が腐り落ちていくことも変化の一端であると受容した。

 

(けれど、その動機は、根底は)

 

 皆、未来への期待を胸に抱いていたはずなのだ。

 きっともっと良い世になっているはずだから。

 ずっと、今よりも幸せな世界になるはずだから。

 少なくとも、コタマに宿った彼女にとって、殺し合いへの参加というのは建前だった。

 見てみたかったのだ、希望に溢れた未知というものを。

 

(……存外、大したことのない)

 

 少女は額を抑え、軽い失望を覚える。

 この時代の人間に、ではない。

 器……「音瀬コタマ」の、ささやかな期待にも応えられない、時の流れの無力さに。

 そして、何よりも。

 

「……はぁ」

 

 特別な力を持ちながら、遥かな過去から訪れ。

 子孫を"殺して"尚、形だけの望み一つ叶えてあげられない、己自身に。

 

(この、役立たず……)

 

 深く……深く失望した。

 

(私たちは)

 

 そして同時に、一つの不安も過ぎる。

 比較的冷静な立場の自分でさえ、これだけの心境の変化が起きているのだ。

 幾年ぶりと数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに時を経た友人達は、本当に。

 

(かつてのままの関係で、いられるのでしょうか?)

 

 思い出話に花を咲かせる2人が、なんだか急に遠くに行ったように思えてしまった。

 鋼……にしては軽い手すりに寄りかかる。

 

「コガネ。この遊戯(ゲーム)の規模は?」

 

 受肉直後に現れた式神へ向けて問いかける。

 姿を消しているが、問い掛ければ現れることは、先ほど検証してわかっていた。

 問いの理由は特になかった。強いて言うならば、好奇心。

 

「よぉ! 死滅回游の開催規模だな! マップを出すぜ!」

「まっぷ? ……ああ、地図ですね」

「ここは京都結界だ!」

 

 そう言ったコガネの腹から、奇妙な光る巻物が飛び出した。

 現在位置らしい場所と、周辺の見取り図らしい平面図が青白く光っている。

 

「それは最初に聞きました」

「こいつは手厳しい!」

 

 日の本……今は日本と呼ばれる国土。

 今度表示されたのは、それを上から見た地図だ。器の記憶との整合性も取れている。

 

「北は青森、岩手、仙台、東京に2つ! 愛知、大阪、広島、鹿児島! 全部で10箇所だぜ!」

 

 北から順繰りに光が灯る、京都から最も近い結界が目に留まる。

 

「難波……ではなく、大阪なのですね。小坂からの音写でしょうか……興味深いです」

「ナニワは大阪人を指す言葉になってるぜ!」

「あなた意外と親切ですよね」

 

 こうなると、知的好奇心というものはなかなか厄介だ。

 器の記憶と自身の記憶、その二つを照らし合わせての変化を知るのが、どうにも愉しくて仕方がない。

 このままではあまり良くないなと、名残惜しそうに切り上げる。

 

「ありがとうございました。また後で、お願いします」

「おう!」

 

 コガネの消失と共に、額を抑えて少しばかり自戒した。

 

(なるほど、これは……強烈です)

 

 2人が染まるのも分かるようだと実感する。

 器の子はきっと、知識を愛する性分なのだろうとコタマは思う。

 釣られて蘇る器同士の微笑ましい記憶を、愛おしく感じる。

 この気持ちが果たして日常へ向けた「自己愛」なのか、それとも「子孫への慈しみ」なのか? コタマには判別がつけられなかった。

 そこに、冷たい自意識が水を差す。

 

(どちらだとしても……既に、私のものではないでしょう)

 

 青春の記憶に浸ることを止め、軽く唇を噛む。

 

「何様なんでしょうね、私は……」

 

 人の記憶を巡って悦に浸るなど。

 あげく知識の比較を楽しんだ。これくらいは良いだろうと言い訳して、少しばかり調子に乗った。

 その事実がまた、少女の内に巣食ったモノの自尊心を傷付ける。

 

(彼女の人生を奪ったのは私)

 

 この罪悪感は決して沈めてはならないのだと、強く戒める。

 ふと、視界の端にちらつく光。

 近場の建造物、ネオン、と言うらしい。

 それに巨大な呪霊が齧り付いたことで起きた火花だった。

 

「非術師を狩るための呪霊みたいだよー」

 

 白い髪を揺らしながら、眼下を歩いてくる少女が呟く。

 

「あ、ハレって呼んでね〜、せーんぱい」

 

 飲料を入れた容器を手に、ふらふらと手を振りながらこちらへ歩いてくる。

 その隣には、虚な眼で歩いてゆく一般人らしき男。

 1階にたどり着いたハレに対しては単純に怯えて近寄らない呪霊だったが、十分襲えるであろう男に気付く様子はない。

 

「結界側の抜け穴を利用して、羂索が一人一人誘導してるみたい」

「羂索が……」

 

 過去に何度皆が受肉したか、そういったことを聞きたかったコタマだったが、男の様子を眺めてそれは無理だろうなと考え直した。

 

「そういうこと」

 

 ひとり得心する。

 このような規模のゲームを仕掛けるからには、それなりに公平な、泳者になるための手続きが必要なはずだ。

 儀式といっても呪術の一種、そこはどれだけ手間であっても羂索が安全を確保し、能動性を重視したという形を整える必要があるのだろう。

 意図せず受肉した器達に関しては「受肉して肉体には生き残る力がある」という担保が事前にされている。

 故にコタマ達はこのような確認の手順からは除外されているのだろう。覚醒型も同様だ。

 対して術式を持たない一般人は完全に被害者だ。

 

(つまり、儀式に必要な手順として)

 

 眼下の街をよく眺めてみれば、同じように夢遊病のような様子で歩いている人間が無数に存在した。

 その誰もが呪霊からの危害を受けていない。

 今、結界の表面を観測できる呪具でもあれば、きっと人の形に盛り上がった地面(・・)が蠢いているように見えることだろう。

 しかし地面は地面だ、呪霊の興味の対象ではない。

 

(あれらを同時に誘導しているわけだ……)

 

 であれば、接触はできないなとコタマは判断した。

 結界経由で泳者ではない存在に絞って干渉しているのだろう。

 おそらく、羂索の意識はここにはあってないようなものだと考える。

 

(総則は用意した、起きたら勝手に殺し合え、と。この規模の術式です、準備もなかなか大変ですね)

「やっと集まったかな?」

 

 旧交を温め終えたのか、背後からマキが柵に乗り出した。

 ハレの呪力を感じ取っていたのだろう、チヒロも顔をのぞかせる。

 そのハレはといえば、酔っているわけでもあるまいに、おぼつかない足取りでゆっくりと階段を登ってきていた。

 

「皆、他にも合流した術師がいるからついてきて」

 

 全員が揃ったことを確認し、チヒロが奥の部屋へと姿を消す。

 

「誰だろ〜、また『顔見知り』なのかな?」

「うー」

 

 マキやハレも、年相応の仕草ではしゃぎ、あるいは気だるそうにしながらついてゆく。

 冬風を前に、消えかけの焚き火を見ながら、残されたコタマは1人考え込む。

 

(この、半端な良識と善性が無ければ……)

 

 詮無い事かと、一段と落ち込む。

 物思いに耽りながら、マキとチヒロの会話を聞いていて実感したことがあった。

 ──でさ! さっきそこの通りで人が吹っ飛んでさあ。

 ──呪霊ね、次は先を越される前にやらないと。

 平静を保てたのは、我ながらよくやったと、コタマは思った。

 

(この時代の価値観に合わせて……呪いとして、弱くなってしまった)

 

 明らかに己こそが異物であった。人殺しを忌避する呪霊などいないからだ。

 そのような自分を恥じることはない。これは立派なことだと、「コタマ」の常識が肯定してくれている。

 しかし……その誇らしさと同じくらいに、悲しみとも違う、奇妙な感覚を覚えもする。

 幾百年と時を超えても、答えの出ない問いが浮かぶ。

 

(皆は……私たちは、本当に。同じ方に向かっているの……?)

 

 変化するということは……こんなにも孤独なことだっただろうか?

 

(私は、まだ正気なのでしょうか?)

 

 問いかけ、見上げた月は、まだまだ高かった。

 夜は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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