なんてことのない、ある普遍的な男

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第1話

 

 

 

 

ぼくは母さんに聞いた。

 

「なんだか…こんな景色を前にも見たことがある気がするんだ。」

 

すると母さんはそうかい、と疑問を呈するような声色で返した。続いて母さんはそれは変だねぇとぼくに愛情というより母性を感じさせるまなざしで言った。

だが次に紡がれる言葉はぼくが期待していたものではなかった。このような言葉は聞いた覚えがない。いや、あるいは忘れていた言葉だったのかもしれない。

 

「でもあなたは本当の母親なんて見たことないでしょう?」

 

 

私はひどく狼狽した。鈍いが痛みを感じさせないもので頭を強く殴られ、目を激しく回されたようだった。頭を抱えてもう一度よく母を見ようとした。

しかしそこは既にすっかり炎に包まれていて、私の視界は烈しくゆらめく黄色と闇のグラデーションで満たされていた。

母さん、母さんと呼んでも何も見えず、呼吸が苦しくなる一方だった。私はそこですっかり思い出したのだ。まるで死の間際に見るという走馬灯のように。私に母を姿を見たという記憶はない。

私は孤児だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭を強く殴られたような気がしたというのに、体を起こした私に痛みというものはどこにもなかった。どこか不調な部分はあるだろうかと身体を触って、確かめるが悔しいほど私の身体というものは快調であった。

 

 

多くの人が経験するように、夢というものはいつの間にか忘れてしまって思い出せないものだ。この話をするということは、今日の私もそうであるからだ。私は同じく大衆の中の一人、いや大衆であるといっていい。大衆の中に個人というものは存在しないのだ。であるから、私がこれまで生きてきた歴史も、数え切れない選択の連続を選び続けた結果もありふれたもので、形容したとしても意味を見出すことが難しいのである。

 

 

ただ少し、気まぐれでこれまでの大きな選択の中の初めの方を振り返ってみると、そこにあるのは言葉だった。どんな言葉だったかは覚えていないが、世間一般が聞いても我を忘れるほどの強烈な言葉だったというのは覚えている。記憶というのはそういう曖昧なものだ。詳しいことは覚えていないが、情景や印象というものは覚えている。

それは炎だった。あらゆる生物の母がするように、やさしく家屋を抱いていた。私は台所にある最も普遍的な道具を片手に持ち、抱かれるさまを見ていた。あらゆる普遍的な場面にあるように、その道具は容易に想像できる液体で同じようにやさしく抱かれていた。

すべてがやさしかった。私はそれを誰かに求めていた。それは間違いなく、母だ。多くの人が求めるように、言葉を交わせるなら他の多くの生物もきっとそうである、一般的なよりどころだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




5年ほど前、某所で殺人事件がありました。発見された被害者は女性で、容疑者は当時同棲していた男性です。生前の被害者の手紙によると、男性は孤児で、女性に絶えず母性を求め続けていたといいます。また、女性が男性に自分は母ではないとほのめかす発言をすると男性は激昂し、暴力的になるという親族への手紙が残っていました。
このことから、女性は男性への発言が原因で殺害されたとみて調査を進めています。
……遺体は放火により白骨化しており、死因は放火によるものと考えられています。容疑者は5年経った今も見つかっていません。
ですが現在も調査が進められています。

……そうですね。私も彼女の魂が救われて欲しいです。
私は……私はああいった卑劣な輩が許せないです。
……はい、そうですね。
では、失礼します。

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