舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

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エピローグ
その1羽


「............きろ」

 

 なんか耳元が煩いな。さっきからずっと雑音が聞こえるし。

 

「私の授業中に眠るとはいい度胸だな」

 

「っ~!」

 

 旋毛に走る鈍痛。人の手によってもたらされる鈍痛の域を軽く越えている痛みが体を襲い、堪らず飛び上がってしまった。

 

「どうだ目は覚めたか?」

 

 痛みによる軽い涙を流しながら、うっすらと目を開けるとそこには腕を組んで俺の前で仁王立ちする千冬姉の姿があった。

 俺の旋毛を殴った形跡か少し湯気を出していた。......人を殴って湯気っておかしくないか? 俺の旋毛焦げてない? 大丈夫? 自分じゃ確認できないし、頂点だけ禿げるなんてことないよな?

 頭蓋骨が陥没するような拳骨を繰り出す千冬姉はやはり色々と規格外だ。千冬姉の愛の鉄拳だけは何度受けても慣れない。というか慣れたくないな。あれには。

 

「授業中に居眠りするとは相当余裕なようだな......織斑、何を泣いている?」

 

「えっ?」

 

 無意識のうちに俺は大量の涙を溢していた。何だろう......何でこんなに悲しいんだろう。

 『変わらぬ授業風景』に『変わらぬクラスメート』。何か大事なことを忘れている気がする。何だろう......思い出せない。起こされる前に見ていた『夢』の中に答えがあるのだろうか。

 

「......まぁいい。座れ」

 

 千冬姉のその目は何かを言いたげにしていたが、結局何も言わずに黒板まで戻っていった。

 どうやら山田先生の代わりに授業を受け持っているようだ。黒板に字を書いては補足を加えながら説明をしている。だけど内容が一つも頭に入ってこない。黒板に書いてあることをノートに一つも綴れない。涙もまだ止まらない。

 授業が終わるまで俺の涙は止まらなかった。授業の内容も最後まで頭に入らなかった。俺の席の周りのクラスメートが涙を流し続ける俺の姿に少し引きぎみだったのは少しショックだった。

 

    ◆ ◆ ◆

 

「今日はなぜ授業中に泣いていたのだ?」

 

「どこか具合が悪かったのですか?」

 

 『変わらない屋上での昼食』。雲ひとつない晴天の下での昼食は気分も晴れやかになる。この時にはもう涙も止まっていたが、いざ涙が止まるとそれまでに流した涙の量と時間で目が真っ赤に腫れ上がっていた。

 さっきの授業もそうだけど、やっぱり何かが足りない気がする。劇的な変化ではなく本当に些細なことだけど。

 あっ、そうだ。『あの人』がいないんだ。何で気づかなかったんだろう。まだ時間的に余裕があるから呼んでこないと。

 

「わりぃ、俺『レイヴン』さんを呼んでくるよ」

 

 あの人以外と大食いだからもしかしたらもう何か食べているかもな。

 

「一夏......」

 

「ん?」

 

「レイヴンって誰?」

 

「へっ?」

 

 呼びにいくためにその場に立ち上がった俺は皆の以外な反応に驚いていた。全員目をキョトンとしてレイヴンさんのことを『知らない』ような顔をしている。

 

「いや、誰ってレイヴンさんはレイヴンさんだろ。ほら............あれ?」

 

 『忘れている』レイヴンさんのことを思い出させるために説明しようとするけど、何を説明したらいいのか俺もわからなかった。

 名前は覚えている。だけど顔が思い出せない。確かにいた記憶はある。だけど肝心な本人のことだけが何も思い出せない。変だな。

 

「いつまで寝惚けているのよ」

 

「居眠りしていた時の『夢』の話なんじゃない?」

 

 クスクスと笑い声が上がるが俺には『あれ』が夢だとは到底思えない。だけどそれを証明する方法もない。

 気が付けばまた俺の目からは無意識のうちに涙が流れていた。

 

 屋上で行われる何気無い雑談を屋上の出入口の影から腕を組み、目を閉じ壁にもたれ掛かりながら織斑一夏達の雑談に聞き耳を立てている一人の女性。織斑一千冬である。

 織斑千冬は無言で織斑一夏達の前に現れることなくそのまま階段を降りていく。カツン......カツンと階段を降りるハイヒールの音だけが響いているだけであった。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

「すいませんねアンジェリカ先生。わざわざ手伝ってもらって」

 

「平気ですよ私も日本語を教える生徒がいないから暇だったので」

 

 図書館作業に追われる二人の女性。山積みになった段ボールには、処分用の図書と入れ替わりでの新規図書がある。段ボールは民間の回収業者まで、新しく入ってきた図書は所定の本棚まで移す作業。

 

「もう一人人手がいればねぇ......」

 

「......もう一人誰か居ませんでしたっけ?」

 

「居ないですよこんなところで地味に働く物好きなんて」

 

 苦笑いと自虐を含めながら作業を進める図書館の女性。冷房が効いているが女性には些か手に余る力仕事に自然と汗をかいている。その汗が本や床に垂れないようにタオルで小まめに拭いていく。

 

「少し休憩しましょう」

 

 疲労が溜まってきている中で作業をしたところで効率が悪くなるだけ。こまめな休憩を取りながら作業に臨んだほうが良いのだ。

 

「そう言えば、もう一人といえばアンジェリカ先生のところで日本語を学んでいた人はどうでした?」

 

「ここ最近は生徒を受け持ってませんよ?」

 

 二人の認識に食い違いが生じている。二人とも一人の元にもう一人誰か別の人間がいたことを朧気に覚えているのだ。だが、肝心の誰だったかは覚えていない。

 誰かはわからないけどもう一人誰かがいた。二人の共通の認識はその点のみである。

 

「変ですね。お互いに誰かがいたような気はするのに」

 

「不思議なこともあるのですね」

 

 二十分間の休憩を終えた二人の女性はまた元の作業へと戻るべく、図書館の奥へと消えていった。

 女性達が通り過ぎた後、一つの本棚からある一冊の本がページが開かれた状態で床に落ちた。そのページには黒い何かの鳥のようなものが描かれていた。しかし、女性達がその本に気付くことはなかった。

 

     ◆ ◆ ◆

 

「ねぇ? くーちゃん。もしいっくん以外に男性操縦者がいたらどうする?」

 

「少し抽象的ですね。何かあったのですか?」

 

 「特に何かあったわけではないよ」とウサミミの女性。篠ノ之束は答えた。強いて言うのならば気掛かりなことが一つあったのである。

 

「なーんかよく解らない資料を見つけたんだよ。それには空想の産物のようなものと、もう一人の男性操縦者の生体情報のようなデータが記録されていた。私にそんな資料の記憶はないんだけどね」

 

 世界を振り回す困ったちゃんの天災篠ノ之束は助手のクロエ・クロワールと共に研究室内でまた何か人騒がせなことを企もうとしていた。

 がさごそと研究室を漁っていた篠ノ之束が奥から何かを見つけた。篠ノ之束は見つけた資料をの手で掴むと、広い机の上に資料を広げクロエ・クロワール机まで呼び出す。広げられた何枚かの資料の文字は薄く掠れているため全ての内容は読むことは出来ない状態である。

 もう一人男性操縦者の生体情報の資料の名前の欄も消えており、その他の個人の身体歴も消えかかっており、本当に生体情報なのか疑いたくなる資料となっている。

 何故この資料がもう一人の男性操縦者のバイタリティーなのかというと、濃くて太い文字で男性操縦者の「名前は消えているため不明」の生体情報と記入されているからだ。

 記入されている文字は篠ノ之束の直筆なのだが、当の本人はそんなものを記入した記憶はなかった。

 

「いっくん以外に『イレギュラー』なんて想像がつかないけど、これを読んでいるとなんか居てもおかしくはないような気がするんだよね。内容は全然わからないけど」

 

 生態情報とは別の篠ノ之束曰く、空想上の産物のような資料。これもはっきりと全て読み解くことは不可能であり、辛うじて読み解ける部分も現代科学では篠ノ之束の頭脳であっても再現不可能な代物ばかりであった。

 既存するどの技術系統にも似つかない造りと、膨大なエネルギーを元にした巨大兵器。「これが実在したらISなんて目じゃないね」ぼそっとそう呟いた篠ノ之束は資料を再び折り込むと、そのままシュレッダーで資料を裁断していく。

 

「こんなものあってもしょうがないし」

 

 くるくると回りながらまた研究室内を物色し始める。整理整頓、片付けが出来ない篠ノ之束な自分のアイディアをまとめた紙や発明品を飽きるとその辺に放置していた。

 そして気が向いたら思いだし捜索にあたるのだ。天災な篠ノ之束はあらゆる物事を脳内に全て記憶することが可能であった。生身でもあのブリュンヒルデの織斑千冬と渡り合えるオーバースペックな女性。

 そんな女性でも、忘れてしまうことがあった。顔には出てないが、内心苛ついている篠ノ之束であった。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 もうお前のことを覚えている人間は誰もいないだろう。この私ももうお前の顔と声が思い出せない。一夏は『辛うじて名前だけ』は覚えていたが、直に忘れてしまう。一夏だけではない。私もその内お前の名前をも忘れてしまう。早ければ今日中にな。

 

 全てお前の思い通りなのかはお前に聞かなければ分からないが、お前はもういない。お前が選んだ選択だ私はどうこう言うつもりもなければ感情的に批判することもない。安心しろ。

 

 こんなことぐらいしか出来ないが、まぁ悪く思わないでくれ。

 

 海が見通せる海岸沿いに無造作に設置された加工も何もされていない大きな石の前に花束が献花された。

 石に注がれる水。ボトルから注がれる水は石全体に行き渡る。

 

 世界がお前のことを忘れてもお前はこの世界に実在した。夢幻ではない。

 

 すっと優しくなぞられる石。なぞり終えるとそののまま踵を返し、元来た道を戻り始める。

 

    ◆ ◆ ◆

 

 レイヴンの墓石に献花を終えた私は鐘の音を合図に教室へ戻ろうとしていた。

 

「カァー」

 

 その私の背中を追ってくる黒いカラス。産毛から羽毛に生え変わったばかりなのか、カラスの体毛は所々モフモフと毛玉のようになっていた。

 レイヴンが連れていたカラス。雛鳥から成鳥したての長い長い道のりが始まったばかり。ここで生涯を終えるべきではない。

 

「お前ももう行け。お前の主人はもういない。ここにいる必要もなくなったのだ。これから先お前はこの広い世界で生きていかなければならない。その黒い翼で空を飛び、その黒いつぶらな瞳で世界を見渡せ。そして生きろ、いいな?」

 

 カラスの前にしゃがみ込みそう告げた。私が喋っている間カラスは鳴きもせず、つぶらなその瞳でじっと私を見つめていた。

 全て聞き終えるとカラスは翼を一杯大きくに広げ、今にも空高く羽ばたこうとしている。巣離れぐらい見届けてやっても良いだろう。

 その直後に木々と髪を靡く突風が吹いた。片目を閉じて髪を抑えていると、カラスがいた場所にカラスの姿はなかった。突風と共に空高く舞い上がっていったのだろうな。

 空を見上げると青い空から黒い羽が一本だけふわふわと揺れながら落ちてきた。私は落ちてきた黒い羽を両手で受けとり再度空を見上げる。そこにカラスの姿はない。安心と寂しさの二つが私の心の中に渦巻いていた。

 

「また会おう『レイヴン』」

 

  空高く舞い上がった一羽の黒い鳥は風に乗り、悠然と何処までも広がる青空の彼方へと飛び去っていった。




エピローグはあと一羽あります。

それが本当の最後です。もう少しだけお付き合いして下さい。
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