.....何故壊れてしまったのか。
「どうしたレイヴン、飲みが足らないぞ」
「女性だけに飲ませるつもりですか!」
何なのだコイツらは.....何故俺がコイツらの酒飲みに付き合わなければならないの。そもそも俺は酒は飲まない。唐突に戦闘をしなければならなくなる環境下で、思考能力と判断力を低下させるものを進んで摂取などしたくない。
解っていながら酒を飲む輩もいる。ロザリィが確かそうだったな。泥酔していたわけではないが、微酔い状態であることは珍しくはない。そんな状態でよくACを運べたものだ。俺もよくそんな奴に運んで貰っていたな.....
あの世界は酒も非常に高価になっている。酒造法が確立していないのと、原材料が滅多に確保できないのが原因だ。AC並の高価さではないが、普通の人間が手を出すには高価過ぎる。ロザリーもフランシスに雇われている身だったから手を出せただけだ。
それだというのに、この世界では手軽に酒にありつけるのか.....酒だけではなく食料にも困らない。そんな世界に自分がいる。此方では当たり前のことが俺にとっては当たり前ではない。物の価値や有り難みを忘れてしまいそうだ。それだけ潤っているこの世界は嫌ではないが、あの時の自分がいなくなってしまいそうだ。
あの時の自分.....生きるためにACに乗り、生きていくためにありとあらゆる依頼を受け、戦場を駆け回り、必死になっていた。そして何時しか『黒い鳥』と呼ばれるようになった。俺はただ単に目の前の敵を倒していただけなのにな。
それをする必要もなく、する心配もない.....なんとも心地のよいものだが、俺にはやはりあの場所しかない。俺に平穏など似合わなければ享受することはない。『生』に執着し、命の炎を燃やす方が居心地がいい。
「これは命令だ、さぁ飲め」
愚痴など溢したくもないが、オリムラの絡みにはうんざりする。今も酒の入ったグラスを俺に押し付けてくる。嫌な顔をして拒絶しても効果はなく、逆に押し付けが強くなっている気がする。
『退避しろ!これは命令だ!』
.....またか。また『幻聴』が聴こえる。頭の中に直接言葉が響く。聞き覚えのないはずの声とセリフ。なのにこの歯痒さはなんだ? 何故こうまでも心に染みるのだ? 私情に翻弄される心など持ち合わせていないのに.....
幻聴が聴こえるようになったのは先週からだ。俺がオリムラとヤマダに付き合わされることとなったのと同時に振り返ってみるか。
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
意味不明な夢から覚めたその日の正午前。いつも通りに図書館にて本を読み漁っている。ただ今回読み漁っているのは物語の本ではなく、単語がずらりと並べられた分厚い本。頭の中に根強く残る『ドミナント』と『レイヴンズ・ネスト』という単語について調べていた。奇しくも、俺はレイヴンと名乗っている。何か繋がりがあるように感じる。
ドミナントに関しては、理由はわからないが気になって仕方がなかった。その上で、ドミナントとレイヴンズ・ネストについての明確な答えが欲しかった。一体何なのか。何を指していることなのか.....他人事なのだな自分のことのように思えてしまう。
ところが、どれだけ本を漁ってもドミナントとレイヴンズ・ネストいう単語の意味どころか、単語そのものすら出てこない。どれだけ探しても俺の求めるものがなにもない。
「ドミナントねぇ.....長く本に触れているけど、そんな単語は聞いたことも見たこともないわね。ドミナント戦略とは違うみたいだし。レイヴンズ・ネストも知らないわ」
そうか.....この女ですら知らないとなると、この学園で目ぼしい人物はいないな。オリムラは経験が豊富そうだが、知識が豊富には見えないからな。
一回ドミナントと付く言葉の意味を見てみたが、ACとは無縁の言葉だった。
「夢の中での話なんでしょ? そんな荒唐無稽なモノだと見付かりっこないわよ」
俺の妄想と妄言に過ぎないのか。だが、これだて調べてみても何一つ情報がないのはやはり空想の産物だからだろう。少々夢に拘りすぎていたのだな。所詮夢は夢。どれだけ現実味を帯びていようが、現実ではない空想の世界。元々俺には関係がない。
たかが夢に振り回され、時間を無駄にしたことを反省すると共にキッパリと昨日の夢のことから離れる。
「それより良いの? もうすぐ日本語の講習があるのでしょ?」
もうそんな時間か.....遅れるとあのヒステリックな女の喚きをまた聞くことになる。
職員連中は全員俺と同じ言語を喋れるため、コミュニケーションには困らないが『外』に出ると同じ言語を喋れる人間はどれだけいるのか。今日の講習である程度日本語を片言でも話せれるようになっていたら、外に出ることが許可される。
好奇心に誘惑され、勝手な想像を膨らませていた外の風景にようやく触れることができる。
その一方で、こんな生活が俺の求めていたことなのか。雇い主を探していたとは言え、これが傭兵の在り方なのかと甚だ疑問に思えてきている。
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「..........一先ずそれだけ喋れれば問題はなさそうね」
不機嫌ながらも、自分の教えに成果が生まれたことで損得勘定が揺れているのだろう。認めたくない。能力を認めてしまえば自分の嫌っている者を肯定し、否定すれば自分の教えの悪さを否定、つまり自分の能力の無さを肯定してしまう。
ここまで嫌われる謂れもないが、何か事情でもあるのだろう。深く詮索するつもりも同情するつもりもない。ただこの女がそう言った奴であるだけだということ。
『恐ろしい成長速度だ、感服したよ』
.....? 誰だ? 今の声はなんだ? 女ではない。女はオリムラに報告するために部屋から出ていったばかりだ。この場には残された俺だけしかいない。だとすれば、この声の正体はなんだ?
『クラインの言っていたことも、あながち杞憂ではないな』
.....体に異常はない。
出所も声の主もわからない俺は、これを幻聴と判断し自分に言い聞かせていた。俺の身に何が起きているのだ。この世界に来てからおかしくなりはじめている。軟弱な生活と牙を抜かれるような環境。それに馴染み出した俺に対する咎か?
やがて幻聴は聴こえなくなり、静寂が訪れるのと同時に室内に入ってきたオリムラが近寄ってきた。
「今日から外に出る許可を与えよう。ただし、外に慣れるまでは単独行動は禁止。当面は私と山田先生が外での面倒は見る」
外のことは話やガイドブックとやらでそれなりに目を通しているが、情報が本物とも限らない。実際に肌で触れてみなければわからないこと。現状の俺では一人だと手に余ってしまう。オリムラと緑髪の女.....ヤマダと言ったな。今後外で行動するときのことを考えれば、手助けは有難い。
ミグラントは一匹狼もいるが、チームを組んで行動するのが基本。俺はその基本に忠実であるだけ。まぁ、それも雇い主がいればの話。あのメンバーと別れた後や出会う前は俺も一匹狼だった。
「早速だが、週末に少し付き合え。案ずるな。私達が引っ張り回すだけではない。お前の生活品を揃える手伝いぐらいはしてやる」
「メインはそれで、その後にそのお礼として付き合ってもらいたいだけですよ」
ようは自分達の為の建前が欲しかっただけだろ。持ちつ持たれつつとは言い難いが、得れるものが圧倒的に多いことに乗っからない手はない。
「平日なら良いですけど、週末も仕事がないのにスーツでずっといるのはちょっとあれなので、私服から揃えましょう」
ここで使用している服は、オリムラ達が用意したと元から着ていた対Gスーツのみ。図書館で作業をする際にも、女から動きやすい格好の方が望ましいと、スーツでは場違いだけではなく、お堅いイメージになってしまい気楽に楽しんでもらいたいあの女の目標から逸脱してしまうとのこと。スーツに関しては一応教員ということもあって、そうしているだけとのことだ。
着れれば何でもいい俺にとって、服装など気にしたこともない。
「モノレールまでの地図を渡しておく。流石に地図ぐらいは読めるだろう。集合場所はソコで、日時は今週の土曜日。集合時間は8時だ」
「しかもその日は大放出バーゲンセールをやっているんですよ。バーゲンセールは戦場なので気合いをいれましょう!」
戦場か.....成る程な。了解した。
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
あっという間に予定のに土曜となった。それまでの間は幻聴が聴こえず夢は一切見なかった。あの日だけの一瞬の出来事だったのだろう。こうして何事もなく時間が過ぎていったのがその証拠。もう幻聴を聴くこともなく夢も見ることもないはず。
「遅かったな」
既にモノレール駅前には普段通りの服装のオリムラとヤマダが立って待っていた。
人に週末の服装がどうたらと難癖をつけていたのに、当の本人達の服装も全く変わってはいないではないか。
「私達は仕事がまだ残っていたので」
「わかったらさっさと乗れ」
人使いの荒い女だ。
モノレールとやらに乗り込み窓から外の風景を眺める。空は青く澄んだ空気に、水質汚染の心配のない海。 改めて見直してみると、この贅沢とも言える環境の中に自分が自然と溶け込んでしまっているのが不思議だ。この環境は誰にも平等であり、独占しようとする輩がいない。この実態を知ればどれだけの人間が渇望するだろうか。ただ一つ間違いなく言えるのは、元の世界では実現しないであろう現実だけ。
数分もしたところで学園から遠く離れたところまでモノレールは進んでいた。
まさか俺が感傷に浸ることになるとはな。環境次第で幾らでも人間は変わるのだろう。..........もしも仮に俺が此方で生まれ育っていたらどうなったのだろうか。今のように武器を握り戦場に立っていたのか。それとも人並みの生活を歩んでいたのか。
『この世界にあなたは不要なのよ』
『君は危険だ。消えてもらおう』
また幻聴か.....聴こえなくなったと思ったら、とんだタイミングで聴こえてきた。しかも二回も.....だが、幻聴に苛立ちも何も感じてはおらずその通りだと納得していた。
「.....元の世界には帰りたくないだろう」
「彼方での生活を忘れてここを新天地にしてはどうでしょうか?」
事情を知っている二人なりに気を遣ってくれているのであろう。残念だがここは俺の居るべき場所ではない。然るべき方法とタイミングで元の世界に帰らせてもらう。俺がこの世界で生きていくには、ここは『綺麗』過ぎる。
たらればの可能性を一瞬考えたが、幻聴の言っていた通りこの世界に俺はいてはならない。あるべき所に帰らなければならない。
この世界で生きていく処世術を学んではいるが、それは全て元の世界に帰るまでの繋ぎ合わせ。
「ここに来たのも何かの縁だ。今だけは元の世界を忘れて満喫したらどうだ」
もしかしたら、幻聴は俺に元の世界や俺自身を忘れさせないために囁いているのかもしれない。俺が全てを忘れ、平穏と人並みの幸せを得ることを許さない一種の呪縛みたいなものだろう。
「と、取り敢えず折角の週末をこんな空気にしてしまうのは勿体無いですよ」
休めるときに休む。基本中の基本だが、ここでは羽休めばかりしかしていない。それだけでも俺には十分だった。
「この話は終わりで、目的地に着いたぞ。よく覚えておけレイヴン。ここがショッピングモールの『レゾナンス』だ。大抵の物はここに揃っている。お前を変える色んな出会いもあるかもしれないぞ」
人だかり。四方を見回せど人だかりしかない。活気と生気に満ちた人間達が行き交い、絶望など微塵も抱かず希望に充ちている。家族連れに友人同士での談笑。
あっちの人間が希望を持っていないとは言わないが、果てしなく絶望に近いだろう。俺が.....俺達が潰した『シティ』は何の罪もない人間達が見つけた一筋の光でもあった。恐怖政治を敷いていたが、市民たちの拠り所であったのは事実。それを俺達は潰した。『企業による無差別攻撃』から救出ををしてはいたが、俺達がやってこなければ無差別攻撃が開始されることもなかったのかもしれない。救出出来なかった市民も多数いただろう。あんな風に子供を連れている家族から何から何まで。周りなど作戦上気にかけることなどなかった。全員を救出できるなど考えてもいなかった。罪悪感もなにもない。巻き込まれた連中が運がなかっただけ程度の認識。それが常識だった。
今頃になって、こんな風にあのときのことを振り替えるとはな。
『かつて.....あのときも.....お前のような者がいた。イレギュラーか.....プログラムの修正も私の役割だ』
イレギュラーか。確かにそうだな。俺はこの世界というプログラムから修正されるべき対象だな。それだけ俺は破壊し焼き付くしてきた。何人も何人も殺してきた.....何人も.....何人もだ。
『わからんのか? イレギュラーなんだよ。やり過ぎたんだよ、お前は!』
やり過ぎたのは否定もしないし、後悔するつもりも無い。
「では早速服から回りましょう」
腕を掴み目当ての店まで俺を引っ張る二人。俺の気なんか知ったことではないという態度。どうやら幻聴が聴こえているのは俺だけのようである。
「これ着てみてくださいよ!絶対に似合いますから!」
「需要は高くなるのは間違いないな」
.....悩むだけ無駄か。
それにしても、二人して俺をオモチャにしていないか? 取っ替え引っ替えで服を持ってきては俺に着させて.....俺が断れば良いだけの話だな。
「勝ち組羨ましい.....」
「果てろリア充」
他の客からの視線が鬱陶しいな。日本という国では俺のような人間は珍しいから注目を浴びるのかもしれない。職業柄注目されるのは苦手だから、早めに切り上げるか。
ヤマダから受け取った何着かの服をレジとやらまで持っていき勘定を済ませる。財布の中身は金が入っていないが、委員会から受け取ったカードを提示する。
金でもないカードで勘定が可能なのは奇妙だな。社会の仕組みの差か。
「ブ、ブラックカードですか!? 店長ー! ちょっと来てください! 凄いお客様がお越しになっているんですけど!」
「まさかの金持ち!」
「これは玉の輿!」
「ダメだ.....勝てる気がしない」
店員が騒ぎ立てるせいで余計に注目されることになってしまった。
「ブラックカードなんて持っていたのですか?!」
「.....やたらとそのカードは見せびらかせるな」
たかが黒いカードであるのに何をそんなに慌てているんだ店員もヤマダも他の客も。
このあと報せを聞いた店長が飛んできて、オーバーな対応を取られたが、目障りだったから銃を突き付けようとしたらヤマダとオリムラに速攻で止められた。なんでも町中で銃を取り出せば捕まるらしい。
服を買った後に向かったのは、家電製品とかいう店で様々な家電を見せられた。パソコン・冷蔵庫・炊飯器・電子レンジ・掃除機・扇風機・クーラー等々挙げたらキリがないものを教え込まれた。無論全部を理解したわけじゃない。始めてみる物が大半で、一度で吸収など無理だ。
その次は家具その次はと、延々に日が傾くまで続いた。流石に足が疲れ出してきていた。
「よし、一通り紹介と買い物が済んだことだ.....最後に締めの一杯に行くぞ」
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
そして今に至るわけだ。
「聞いていますか! クラスの子達が皆して私を先生として見てくれないんです!」
「餓鬼共にはストレスばかりが溜めさせられる.....」
結局コイツらは、自分達の愚痴を他人に聞いてもらいいだけだったようだ。どうして俺に白羽の矢が立ったのかは知らないが、女の愚痴ほど小うるさいものはない。
「これからも何かあれば付き合ってもらうぞ」
さも当然のようにそんなことを告げるな。嫌に決まっているだろ。誰が望んでこんな役目を買うものか。
「私達では不満があるのですか!」
めんどくさい女だヤマダも。だからコイツらは独り身なのだろう。.....ロザリィもフランシスも永遠に独り身でいそうだな。
「早く飲んで下さいよ」
膨れっ面で迫るヤマダが本当に鬱陶しいため押しのけ、用意されていた酒を一気に飲みほす。これで文句満足だろう。文句など言わさせない。
「すいません、ビールジョッキ追加で」
ふざけんな。
「夜は長いんだ焦らずにゆっくり飲むぞ」
お前達が焦らせたんだろ。
こんなやり取りが深夜まで続いた。オリムラは平気そうだったが、ヤマダは酔い潰れ何故か俺が買った物と併せて運ぶことになった。
迷惑極まりない奴等だ。望んで来たとはいえ、ここまで無理矢理引っ張られては色々と買わせられて、最後には後始末までさせられている。愚痴も散々聞かされた。飲んでも飲んでも酒を押し付ける。しかもこれからも飲みに回すときた。だが.....
悪くはない.....のか?
『お前の運命は決まっている』
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
その晩、3日ぶりにあの系統の夢を見た。現実感が溢れる夢の中で見たものは一機の『黒い機体』が巨大な街の中を駆け巡り、街に展開する部隊を一掃する光景。破壊された兵器の山の中心にその黒い機体は立っている。
このACは俺のACではない。俺のACよりも数メートルもサイズが大きく、ほっそりとした華奢でスマートなデザイン。目立つのが『恐ろしく素早く驚異的な移動法』と『バリア』のようなものと特徴的な『複眼の頭部』。
そしてお約束通りシーンは変わり、今度は黒い機体が空に漂う巨大な人工物を落としていっている光景だった。シーンが変わる前と機体の見かけは変わらないが、やっていることが違った。
不思議なことに、漂う人工物の中に人間が多数いるのがわかる。黒い機体のパイロットもわかっていながらやっていることがわかる。
『一億』
黒い機体と共に人工物を落としていった機体のパイロットが数字を提示する。それが何を意味するのかも何故か理解できた。
前見たときと系統が同じ夢ならば、ここで途切れるのだが今回は途切れずに続けてシーンが移る。
『..........来ます』
全く違う場所で一機のACが小型の無人兵器のようなものの突撃を受け続けていた。何処から飛来しているのかわからないが、無人兵器の雨に曝されては幾らACとはいえもたない。
『ここまでが.....私の役割.....レイヴン.....あとは.....あなたの役割』
レイヴン.....これが全てを繋げているのか? それとももっと別のナニかがあるのか俺には.....?
結局今回もこの夢の正体は解らずじまい、幻聴も追加され俺の身に何が起きているのか、謎ばかりが増えていくこととなった。
セリフ引用多数。
当初こんなの無しで純粋に進めていくはずが、いつの間にかネタを導入することに.....
それに伴い変更することが増えてしまった.....どうしてこうなった。