おやすみ、灰かぶりの眠り姫。   作:彩白 莱灯

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第14話

 彼女の家に来て早速の今だ。いつものようにテーブルを前にして、いつもと違って彼女の問題用紙を手に取る。ミミズのような歪んだ文字を解読し、時々解読してもらって、赤で印をつける。ペンと紙の擦れる不規則な音が、部屋を支配する。

 彼女はテーブルに肘をつけて手で顔を覆い、現実から逃げたそうにしていた。そんなに不安そうにされると俺も不安で、申し訳なくなる。

 彼女には見えていない丸の数を数え、算数計算。彼女の点数を出しても、俺の顔は晴れない。

 

 

「全部の点数出たよ」

「…………どうですか」

 

 

 手が離れ、唇が露になる。そこから漏れるのは小さく低い声。

 

 

「数学が一番低くて、39点」

「ぐっ……」

「赤点……どうだろうね。平均点の6割を取れてれば回避だから平均点が65点以下なら大丈夫」

「……見立てとしてはどうですか?」

「正直、今回の問題は受験を想定した問題形式だったから……難易度的に、平均六十点はいくんじゃ……」

 

 

 テーブルに突っ伏した。微かだが唸り声が聞こえる。

 まさかは泣いてはないと思うが、それほどまでにショックだったのか。

 

 

「ま、まだわからないよ。俺の感覚でしかない話だし。だから元気出して……」

「……きみは、何点でした?」

「……九十一点……」

「申し訳ないです……」

「大丈夫だから! まだわからないから! 土下座はやめて!」

「うぅ……」

 

 

 床にうずくまろうとする辛城の上半身を起き上がらせ、元気付ける言葉をかけ続ける。彼女は終始俯いていたが、泣くことはなかった。

 そのほかの教科は五十点近く取れていたし、おおよそ大丈夫だろう。数学だけが不安材料なのは変わらないが。疲れもあるだろうと、早々に彼女の家を後にした。

 テスト返却の週。数学の平均点は六十三点だった。赤点を回避した彼女は、学校に来ていなかった。

 

 

 ・♢・

 

 

 テストが終わると束の間の連休。一週間程度のそれも、学生にとっては尊いもので。特に受験生である俺たち三年生は日々机に向かっている(はず)。

 テスト最終日を超えてから、辛城とは会えていない。連絡をしても返事がなく、家に行っても人がいる気配がない。連絡がないのに家に行った上、さらにはインターホンを押すことはできなかった。だから、もしかしたら在宅していたのかもしれない。もう用済みなのかとも思ったけど、この数日で知った辛城はそういう人間ではない。もしそうだとしたら、作られた表面上しか知らなかったということ。

 辛い、とは思わない。楽しかった分、少し残念ではある。けれど、知り合った日数的にはそんなもんだろう。たかが数日、数週間。たとえクラスメイトであったとしても……そんなもんだ。

 苦手な教科も、得意な教科も、ノートに描かれる赤い色は曲線を描く。

 

 

 ―― 順調、だなぁ。

 

 

 そのはずなんだけど、なぜか気分は上がらず、集中もできていない。

 

 

「母さん、願書出してくる」

「行ってらっしゃい」

 

 

 今日は秋晴れ。いつもより蒸し暑さは少なく、どちらかと言ったらカラッとしている。髪を揺らす程度の風が心地よい。

 昼間の郵便局って意外と混んでるんだな。順番待ちの間、なんの気無しに辛城とのやりとりを見返す。

 

 

『今日、塾の後行く』

『了解。何か用意しますか?』

『勉強道具だけ。飲み物あったっけ?』

『昨日の粉ココアは残ってる』

『他の飲み物と軽食買っていく』

『ありがとう』

 

 

 これといって、という内容。面白くもなんともない。そう思ったのは何度目だろうか。

 手持ち無沙汰だから、と言い訳して、スクロール。そのうち呼ばれて、お金を払って、自分を現実に引き戻す。

 

 

「お預かりします」

 

 

 もう、引き返せない。

 局員のおじさんが、封筒を丁寧に扱ってくれた。それを目の端ギリギリに追いやって、相変わらず混んでいるこの場から出る。酸欠のような息苦しさも、外に出れば解消されるはず。

 

 

「…………はぁ……」

 

 

 息を吐いた。そして、吸う。郵便局の外壁に寄りかかって空を見上げる。忘れていたコトを思い出して、何度も何度も繰り返す。人間は肺呼吸が主だから、大事な大事な作業だ。それを自覚して、意識して、繰り返す。

 

 

「水の中にいたみたいだ」

 

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