おやすみ、灰かぶりの眠り姫。   作:彩白 莱灯

15 / 34
第15話

「ん……?」

「ん?」

 

 

 無意識に声に出ていた呟きが、誰かに拾われた。横風と正面からの日光が、視界の外側にいた声の主の存在を浮き上がらせる。

 

 

「しん、じょう?」

「びっくり。こんにちは」

「こんちは……」

 

 

 彼女だった。長袖パーカーのフードをかぶって、スエット生地のズボンを履いて、ボロい靴を履いている。ラフすぎる格好が彼女らしい。

 

 

「もう帰るの?」

「え、うん」

「……ちょっと、話せないかな」

「大丈夫」

「ありがとう。ちょっと待ってて」

 

 

 駆け足で郵便局に入って行った。辛城が郵便局に、というのはなんとなく意外に感じる。

 彼女の姿が見えなくなって、自分の鼓動の速さに気がついた。

 心臓を握る。

 

 

「……単純バカ」

 

 

 俺という生き物は、意識して呼吸しないといけない存在のようだ。

 

 

 ・♢・

 

 

「お待たせ」

 

 

 五分経ったか、三十分経ったか。ようやく整ってきた拍動(びょうしん)が、その瞬間にまた狂わされた。

 フードではっきり見えなかった顔だが、俺を見上げることで光を取り入れる。日本人にしては少し深い彫り。陰影がお互いに主張し、それはまるで彫刻のようにも思わせる。

 普段よりも力強さのある表情だ。

 

 

「歩きながらでもいいですか?」

「うん」

 

 

 辛城は来た道をなぞり始めた。

 足と手が交互に揺れる。秋の風が吹いて、唇を乾かす。子どもたちが楽しそうに遊び、開かれた車窓が運転手の髪を揺らす。そうして意識しないようにしている自分を風が揶揄う。

 

 

「暫く連絡出来なくてすみませんでした」

 最初は謝罪。それは俺の最近の悩み。

「心配したよ。どうしたの?」

「……調子悪くて、寝込んでました」

「え……、って、顔色いつも悪いもんね。無理させちゃったかな。もう大丈夫なの?」

「うん。しっかり休みました。知恵熱みたいなものです。ご心配おかけしてすみません」

「大丈夫ならよかったよ」

 

 

 本当に。数日の重さが軽くなった瞬間だった。

 それを察してかわからないが、横目が合った。口角は上がって、眉と目尻が下がる。一方の俺は瞼と心拍が上がる。

 

 

「て、テストはどうだったの?」

 

 

 次に大事なこと。体調を崩してまでやり切った試練(イベント)

 聞いた瞬間、視界の端で彼女の体が一瞬固まった。

 

 

「郵便局に来る前、学校に行ってきました」

 

 

 そう言って、彼女はカバンの中から二つに折られたレシートみたいな紙を出す。俺もよく知る、テスト結果が全て書いてあるヤツ。

 横列で教科。その下に自己点と平均点、学年順位。赤点のところは自己点が赤くなっているものだ。

「どうぞ」と一声付きで渡される。覚えのある、背中を伝う汗。貴重な湿気が心地悪い。

 

 

「……失礼します」

 

 

 異様に硬い手と指が、紙の表面を晒す。

 俺の視界に映る赤はどんなものだったか。思い出すための時間を稼ぐ間はなかった。

 

 

「……………………ふむ」

「これでもいつもより頑張れたんですよ」

「う、うん」

「笑わないでくださいよ」

「ごめん」

 

 

 自分じゃ見た事のない数字の羅列に、別の緊張が身を駆けた。けれど、辛城の拗ねたような言葉に笑ってしまった。たった一枚の、大きくはなく薄っぺらい、モノクロの(セカイ)

 

 

「ありがとうございます。赤点は回避出来ました」

 

 

 差す(いろ)がないからこそ。それがむしろ、輝いているようにも見えた。

 

 

「よかった……」

 

 

 努力が実るって、嬉しい。自分のことのように誰かの努力を喜べたのは、いつぶりだろうか。ここしばらくの体の緊張がほぐれた感覚がした。

 

 

「それで、相談なんですけど」

「うん?」

 

 

 テストが無事で安心して、お礼と言うことで飲み物をもらった。自販機で買った缶コーヒー。公園のベンチに座って、微糖と無糖で乾杯した矢先の言葉。飲み始めていた甘いそれを胃に収める。

 

 

「たぶん、受験で忙しくなると思うんですけど、合間にまた、勉強を教えてくれませんか?」

 

 

 フード越しの目が、控えめに見上げてくる。

 それはもう、返答は決まっている。

 

 

「大丈夫だよ」

「本当に? 無理じゃない?」

「うん。俺も、辛城に勉強を教えてから調子いいんだ。辛城の言う通り受験で忙しくはなっちゃうんだけど、時間が合う時でよければ」

「嬉しい。ありがとう」

 

 

 黒いそれを、顔を日に当てながら注いだ。

 伏していた瞼は弧を描き、頬はふっくらとしている。

 満たされているのはどちらのナニか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。