おやすみ、灰かぶりの眠り姫。   作:彩白 莱灯

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彼らの『悪』は私の『生』に収束する。
第20話


・♢・♢・♢・

 

 

 別に何ともない日だった。何ともない日のはずだった。

 ただ家族全員がお休みで。天気が特別いいわけでもなくて。家の中に過ごしているのもいいけれど、ごろごろしているだけじゃあ時間が過ぎるのが遅くて。思いついたのか思い出したのかもともとの予定だったのか、お母さんが「買い物に行こう」と言い出して。どちらが声をかけられたのかは明確にならないまま支度して。車に乗って。移動して。

 

 事故にあった。

 詳しい状況はわからない。聞いても、誰も、教えてくれなかった。

 私がかすかに覚えているのは、隣に座っていたお母さんが覆いかぶさっていたこと。目の前で運転していたはずのお父さんの頭が無くなっていたこと。燃えるように暑い空間で眠気を感じていたこと。本当に寝てしまったのかもしれない。

 目を覚ました時には体は熱くも冷たくもなかった。いや、暑くて寒かったのかもしれない。痛みであつくて。気持ち悪くてさむい。そのあたりもあんまり覚えてない。

 数か月入院してた。それは心身のリハビリのためでもあったけど、一番は退院先がなかったからだった。お父さんとお母さんの親族は初期の認知症を患っていたおばあちゃんしかいなくて。当時小学生の私が帰っていい先かどうか検討されてた。

 

 結果、施設に行った。

 行ったけど、外傷性ストレス障害(PTSD)でうまく眠れなかった。起きてても思い出しちゃう。寝てても夢で見ちゃう。

 事故のことが頭から離れなかった。目が覚めては叫んで、暴れて。疲れて眠ってもまた起きる。周りに迷惑がかかるからと、施設は中学校に入るときに出た。やっぱりおばあちゃんと暮らそうということになって。

おばあちゃんは知人が大家さんをやっているアパートで独り暮らしをしていた。久しぶりに会ったおばあちゃんとの、二人暮らし。施設より落ち着くかと思ったが、そんなことはなかった。

 

 寝てても覚める。起きてても忙しい。どちらかと言えば忙しい方が良い、そう感じていた。

 学区が変わった。中学校では小学校から持ち上がりのグループができていて、馴染めなかった。

家に帰ればおばあちゃんが、孫の私のためと色々やってくれる。それはもう、有り難いことも有り難くないことも。

 だから寝る暇はなくて。だから考える暇もなくて。とても、とても。とても心地のいい環境だった。

 

 最初は物忘れ程度だったおばあちゃん。だんだんと認知症が進み、私のことはおろか、自分のこともままならなくなっていった。鏡に映る自分をお客さんと思ったり。トイレのつもりでクローゼットに入ったり。真夜中に「お裾分けしてくる」と出て行こうとしたり。動ける分、目が離せなかった。目を離すとおばあちゃんがいなくなってしまう。だから眠ることも、学校に行くことも、ほとんどしなかった。

 おばあちゃんが亡くなったのは、中学三年生の夏の終わり。私が学校に行っている間に転んで、頭を打ってしまったのだろうということだった。

高齢者の転倒はよくある。苦しんだのか、そうでないのか。苦しんでいなければいいけれどと火葬の最中に思った。

 

 衣食住には困らなかった。服は制服があれば十分で。食はおばあちゃんのためにと作っていたし。住は大家のおばあちゃんが後見人になってくれた。

 けれど。それからが苦痛だった。

 

 やることがなくなったから。暇な時間はどうしても考えてしまう。眠ってしまうと夢に見てしまう。起きて何かやっているのがちょうどよかったのに。

 学校が居心地よかった。浮いていた私はいじめられていた。それがよかった。いじめられれば刺激が入る。刺激が入れば寝ることはなくなる。寝ることがなければ悪夢は見ない。悪夢を見なければ苦しくない。……残念ながら、生きていける。

 私の生きる方法は、それしかなかった。

 

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