おやすみ、灰かぶりの眠り姫。   作:彩白 莱灯

27 / 34
第27話

「連絡先聞いてない」

 

 

 朝日と共に、昨夜打ち負かした問題を見ながら勉強会を楽しみにして、ふと声に出た。早速今日から、と思っていたけれど、一石くんの予定はどうだろう。塾かもしれない。家に来てくれるだろうか。確認したいけど……私が学校で声をかけるのは、立場上あまりよろしくないだろう。悶々としながら、手元の教科書に目が吸い込まれる。

 

 

「ちょっとごめんね」

 

 

 教科書の表紙をちぎった。キーワードとなる様に『数』の文字をくり抜いて。目的はどう書いたら伝わるだろうか。ちぎった紙は小さい。書ける内容は限られている。あまりたくさん書くと、読んでいる時に誰かに覗き込まれたりしないか。

 名前は書いてはいけない。なぜなら私は『いじめられっ子』だから。短文で、私だとわかって、意図が伝わるように。

今までどんな会話をしたかを必死に思い出す。初めて会った時。二回目会った時。

『夜、時計台で』

 これで伝わるだろうか。伝わるといいな。

 一石くんの予定がわからないから時間は書かなかった。昨日の今日での『数』ということで私とわかってくれるだろうか。日付が変わるまでに来てくれたらいいな。

 そうだ。これを誰にも見られないように渡さなければ。直接はできない。紙は小さいから机の中というのも良くない。机の上はどこか行ってしまったり、誰かに見られたり指摘されてしまうかも。

 一石くんが必ず見て、一石くん以外が見ることがない場所。

 

 

「下駄箱っ」

 

 

 古典的だが、一番いい。いや、一番いいから現代まで候補に出てくるのかも。

 下駄箱となったら本当に早く行かないと、変な生徒に見られてしまう。

 現在時刻、朝の五時。学校まで徒歩十分。今から行こうそうしよう。

到着した学校は、まだ校門が開いていなかった。校門が空いていなければ玄関も開いていないだろう。現在時刻、五時十五分。何時になったら開くだろうか。まあ、待っていれば開くだろう。開くまでここにいればいい。

 

 正門前の日陰に座り込んで、雲の多い空を見上げる。少しだけ湿気を感じるが、風があるからまだマシ。かばんの中からノートと数学の問題集を引っ張り出した。過去に解けなかった問題を見つけては、ノートを辿って使えそうな公式を見つけ、書き込んでいく。ノートには倒しきれなかった問題の残骸がありありと残っている。

 これも、彼なら簡単に解けるだろうか。この学校は進学校なのだから、彼は優秀なのだろう。私のように落ちこぼれてはいないだろうな。そうであってほしいとさえ思う。

 ……と、思った時、頭部に何かが落ちてきた。

 

 

「……あめ?」

 

 

 頭を触っても何も触れない。見上げれば、木の葉の隙間から光がチカチカと揺れている。脇の空では雲の隙間から青が見える。何かを感じたのは一瞬の出来事だった。

 毎秒、毎分、毎時。何かしらが移り変わり、垣間見える。その一瞬を見つけられれば、何か変わるだろうか。

 

 

「おい、どうした」

 

 

 見知らぬおじさんが立っていた。驚いた顔をしている。

 

 

「うちの学校の生徒だな。自習に来たにしては早すぎだ。朝とはいえ人通りも少ない。危ないだろう」

「あ……すみません」

 

 

 先生か用務員さんのようだ。見覚えがないのは当然。学校にも、授業にもあまり来れていないのだから。

 

 

「俺が今日早めに来て良かったな。俺じゃなきゃあと三十分は待つことになってたぞ」

 

 

 手元の時計を見れば、今は五時三十七分。たしかに学校が始まるにしても先生が来るには早い。聞けば、自習室の開放と部活の朝練のためにこの時間らしい。

 

 

「お勤めご苦労様です」

「よせやい」

 

 

 見知らぬおじさんのおかげで学校に入れた。下駄箱前で待機していれば、内側から鍵が開けられる。勉強頑張れよと激励をもらい、一礼してから目的の場所を探した。

彼は同じクラスだった。ならば私の下駄箱と近い、はず。

 

 

「……え、と……」

 

 

 名前……なんだっけ……。うろ覚えの顔で、口だけが動く。なんて言っているのか、わからない。

 

 

「……名前を見るしかないか」

 

 

 クラスメイトの誰も名前は覚えていないんだ。一人ぐらい、これかもしれないと思う名前があるかもしれない。もしなかったら……今日は諦めよう。迷惑をかける方が嫌だ。

 声をかけられた場所はどこだったか。彼はここら辺を開いていたのでは。名前順に並んだ下駄箱を、一つ一つ声に出しながら耳馴染みを探す。

 

 

「『一石』くん」

 

 

 耳にはまだ馴染んでいない。でもそうな気がする。

 彼は『一石』くんか。

 

 

  ―― いちいし。いちいし。いちいし。

 

 

 残すか残さないか。考えて、残すことにした。

 私の名前は書き残してないし、心当たりがなければ来ないだろう。来ても私が声をかけなければいいだけだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。