おやすみ、灰かぶりの眠り姫。   作:彩白 莱灯

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第29話

 どれほどの時間が経ったか。

 二回ほど声をかけられた時に時計を見て、そのときは二十時だった。現在時刻、二十一時二十七分。教科書とノートを持ってきてよかった。

 ……来て、くれるだろうか。

 スーツや綺麗目な服装の人が多くなった、賑やかな駅。この時間まで来ないということは今日は塾だろうか。やはり連絡先を交換しておくべきだった。勉強会はしてくれるだろうが、不安になる。

 今日は帰ろうか。もう少し待とうか。私が彼と出会ったのは何時ごろだったろうか。……もう、覚えていない。

 膝の上で開きっぱなしの、ノートが視界に入る。そこに影が射した。

 

 

「っ、よ」

「こんばんは」

 

 

 見上げれば、彼だった。きてくれた。それだけで心の何かが満たされていく。

 視界に彩がさす。実は冷めてしまっていた心が、温もりを得て、鼓動を力強くする。

 時間を大事に。早く帰って勉強しよう。早々にノートを片付けて、「行こうか」と声をかけた。黙ってついてくる彼が少し可愛らしい。

 

 

「今日は塾?」

「うん。いつから待ってたの?」

「……あんまり時間見てなかった」

「ええぇ……」

「大丈夫よ。時間なんてあっという間に過ぎるんだから」

 

 

 時間を見てなかったのも、あっという間だったのは本当よ。そんな怪訝な顔をしないで。記憶を失くしたのではないかと思うほど、すぐに時間は過ぎていった。

 彼の提案でコンビニに寄ることになった。少し喉が渇いたし、お腹もすいたな。家には何もないし。彼も塾終わりでお腹が空いているのだろう。

 

 

「あと……連絡先、教えて」

「そう、だね」

 

 

 彼も考えていたんだなと、少し面白く、嬉しく思う。

 買い物をして、喉を潤して、勉強スケジュールについて話す。帰るまでは普通の学生のようで、また嬉しかった。何年目にしての経験。生涯忘れることのない事柄になるだろう。貴重な、貴重な、私の学生生活。

 自宅に来て、エアコンを入れた。快適な環境で過ごしてもらいたい。

 

 

「それじゃあ、さっそくお願いします」

「ヨロシクオネガイシマス」

 

 

 ・♢・

 

 

 数日間続いた勉強会も、あっという間に終わってしまった。彼の名前を憶えているかという抜き打ちテストも含め、一緒に勉強している間はとても有意義なものだった。貰った公式帳のおかげで、見ながらにはなるが解くペースが早くなった。

 さて、そろそろ本番。彼は『普段と違う』と感じればそれでいいと。つまりはその『違い』が『成長』ということなのだろう。

 最終日、お互いに頑張ろうと言いあって、玄関で別れた。扉に背中を預け、足の力が抜ける。

 

 

「ねむ……」

 

 

 勉強会の間、『夜』の相手はすべて断っていた。それは彼の前では誠実でいたかったから。今更なのはわかっているけれど、せめてもの足掻き。

 でもそれはつまり、私は睡魔の悪夢との戦いになってしまう。

 

 

「もう少し……もう少しだけ、がんばろうよ」

 

 

 天井を見上げ、この気持ちはかき消してたまるかとの思い出の言葉だった。今日まで付き合ってくれた彼……一石くんのためにも。

 

 

「っ」

 

 

 手近な太腿を抓った。痛みで眠気が少しだけ覚める。そしてようやく立ちあがることができた。

 全く眠ることができないわけじゃない。寝ても普通に起きれることもある。普通に起きるか、悪夢を見るか、起きたら数日経っているかのくじ引き。最近は幸いにも起きれていた。悪夢を見ることもあった。

 ただ、だからこそ、そろそろその時は来るだろうという予想。目覚ましをいくつしても起きれないかもしれない。

 でも、やらないよりかはまし。色々な音、振動、動き、光の目覚まし。全てに電源を入れて、片付けもせずベッドに身を委ねた。

 

 

 ・♢・

 

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