おやすみ、灰かぶりの眠り姫。   作:彩白 莱灯

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第33話

「大丈夫だよ」

 

 

 即答だった。良かった。

 少しでも悩んでいる素振りがあれば、訂正するつもりだった。彼の受験、人生の選択の邪魔にはなりたくない。ただそれだけのこと。

 それからは大まかな予定を聞いて、スケジュール帳のアプリを入れて、そこでお互いに管理するようになった。

 なんかちょっと、距離が縮まった気がする。友達ってこういうこともするものなのだろうか。友達というよりかは部活? どちらにしても初体験だ。

 途中、高校入試のことも聞かれた。覚えているが、忘れたふりをした。思い出したくないから。

「またね」と別れるのと同時にもう一度忘れることにした。

 

 

 ・♢・

 

 

 不定期に開催される勉強会。私の知識は本当に少なくて、どれだけやっても教えてもらうことは尽きなかった。十月ごろから始めて、彼は正直忙しそうな素振りは見せなかった。どちらかと言うと楽しんでいてくれたようにも思う。でもそれは、当事者の私がそう断定してしまっては良くないとも思う。

 だから静かに探っていた。無理してないかな。受験大丈夫かな。嫌になってないかな。不安が増すごとに眠気が襲ってくる。そう感じた時は、予定があるふりをして二週間ほど間隔をもらった。

 私が寝続けるのは長くて一週間。余裕を持っての二週間。一応、私が目覚めなかった時のために、大家さんに彼のことを伝えておいた。もし家に来たら、体調が悪くて入院していることにしておいてほしいと。そうすれば連絡できないことも納得してくれると思ったから。

 

 嘘をつくことと、嘘をつかせることに心が痛まないわけがない。嘘による痛みより、心配させて目の前の大事なことに手がつかなくなってしまうことの方が嫌だった。

 大家さんは不思議そうな顔をしたのあと、むしろ嬉しそうに了承してくれた。「お友達ができたのね」と笑った。『友達』という言葉に多少の違和感を覚えつつ、そうだといいな、と声には出さずに呟いた。

 

 世間ではハロウィンやクリスマスがあったらしい。一部の受験生にはそれどころではないイベントだ。それはもちろん、彼も同様。模試があったり塾があったり、でも彼は笑っていた。こっそり確認していたケーキは買うことはなかった。一人では食べる気にならないし、しょうがない。ケーキがなくても彼との勉強会は楽しかった。それだけでも十分だった。

 

 年が明ける、前までは。

 

 三ヶ日最終日。もちろんお節なんてものは我が家にはなく、コンビニパンを軽食がわりに食べようか迷っていた。いや、食べたくても食べれなかった。

 ベッドに寄りかかり、放り投げられた両手足。身体が言うことを聞かない。うごかない。思考がまとまらない。

 

 

 ―― ……眠い。

 

 

 スケジュール管理を間違えてしまった。クリスマスとお正月とあって、少し欲張ってしまったのが災いした。多少は寝れても、やはり悪夢は見続け、結果睡眠不足。『夜』は頼りたくない。何度か連絡が来たけれど、無視していたら身を引いたようだ。そうでなくとも、彼との繋がりがある間だけは、会いたくない。

 けれどこの眠気は……どうしようもない。せめて、せめて彼に連絡しなければ。スマホが振動する。

 垂れ下がった腕が、太腿に爪を立てる。痛みで眠気を押し退けて、肩から下げていたスマホに手を伸ばした。通知なんてほとんど来ないのに。通知があるとすれば、『夜』か、『大家さん』か、もしくは――。

 

 

「い、ち……ぃし、くん」

 

 

 今から会いたいと。言いたいことがあると。片方の太腿をつねった。両方の太腿をつねった。足を交互に曲げた。膝を倒し、上半身を捻る。片肘ついて、もう片手も床についた。四つ這いになった。テーブルとベッドに手をついて、片足を立てた。三点に力を込めて、もう片足も立てようとした。

 

 

「っ!?」

 

 

 転んだ。腕が身体を支えきれなかった。床に顎をぶつけた。おかげで目が覚めた。もう一度。今度は両肘を曲げて、上半身を浮かせた。片足をお腹の下に滑り込ませる。そのまま体重を乗せて、反対の足も折りたたむ。それは、まさに平伏している姿。何に? 眠気に。空気に。現実に。実態を持たないそれらに、私は首を垂れるしかなかった。

 けど。今は。今だけは。

 

 

「……ぐ、ぅ」

 

 

 肘を伸ばせ。腰を伸ばせ。頭を上げろ。瞼を開け。

 

 

「んんんんんんんっ!!!」

 

 

 口を閉じたまま、大声を出す。体の中の空気が、内臓が、筋肉が、神経が、血管が振動する。

 

 

 ――()きろ、()きろ、()きろ! 私はまだ生きているだろう!

 

 

 両足が起きた。両腕も起きた。体幹も起きた。あとは頭だけ。

 

 

「…っ、おはよう、私!」

 

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