おやすみ、灰かぶりの眠り姫。   作:彩白 莱灯

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第34話(完)

 起きたよ!

 さあ、来客だ。飲み物はあるだろうか。ゆっくりする時間はないだろうからできる限りの準備をしよう。ああ、ココアの粉がある。勉強で疲れているだろうから甘いものはいいかな。お湯を沸かしておこう。カップも温めておこう。どれくらいでくるだろう。連絡はない。玄関で待っておこうかな。さすがに上着は着ておこう。

 

 

「わぁ、寒いなぁ」

 

 

 雪は降るかな。降らないだろうけど。降ったらいいな。ロマンチックだ。滅多に見られない、ふわふわと落ちていく真っ白な雪。

 あれを最後に見たのはいつだろう。最後に認識したのはいつだろう。景色を楽しむなんて、いつからできていなかったんだろう。

 息が白い。吸いこんだ空気は冷たい。風はないが冷気が私を包む。目が覚めるなあ。指先が冷える。息を当てて暖をとる。早く来ないかな。寒いだろうに。なんの話だろう。模試の結果が良かったのかな。向こうが急にくるなんて初めてだからそわそわしてる。自分で呼ぶのと、相手が来るのと、心構えは全く違うんだね。初めて知った。冷えた頬は動きにくい。

 ……ああ、来た。

 

 

「おつかれさまです」

 

 

 舌も硬くて喋りにくい。彼は慌てていた。私が外にいたことに驚いたと。

 

 

「きみが、いつもと違うような気がして」

 

 

 ―― 何かいいことでもあったのかなって。

 

 

「気が気じゃなくて、つい」

 

 

 ―― 早く聞きたかったんだよ。

 

 

 わくわくしているのが恥ずかしくて、言葉足らずを承知で伝えた。照れ笑いも顔が冷え固まっておぼつかない。大丈夫だよ。寒いけど、そこまでじゃないんだよ。体は暖かいんだ。暖房も入れてたからね。だから、そんな悲しそうな顔をしないで?

 彼に促され、自宅に入る。ココアの準備は万端だ。

 マグカップは温かい。お湯をシンクに捨てると湯気が顔を包み込む。

 

 

「あの、さ」

 

 

 入れるまで待てないらしい。

 彼がその気なら、先に聞こうか。私はどちらでも構わないから。

 マグカップを置いて、シンクに寄りかかる。ああ、暖かい部屋はやっぱり眠くなってしまうな。瞼が落ちそうだ。少し見上げる彼の顔は暗かった。

 

 

「模試なんだけど」

「うん」

「……あとちょっと、ってところなんだ」

『あとちょっと』で、目標に届くのかな? それとも危ういのかな?

「本番までももう少しで……できれば、なんだけど」

 

 

 あ、そっか。頑張りたいんだね。君も、頑張りたいことに近づいてるんだね。

 一歩前に踏み出そうとしているならば、私はもう決めている。

 

 

「集中してやったほうがいいと思う」

 

 

 ―― 寂しいな。

 

 

「明日からは来ちゃダメだよ。私のことを気にしちゃうでしょ。ありがたいけど、今はダメ」

 

 

 ―― でも、嬉しいな。

 

 

「大事なタイミングだよ。私に気を遣わず、自分のやりたいことのために頑張れ」

 

 

 ―― 少しでも君の力になれたって、思ってもいいかな?

 

 

「私は君に助けられた。恩人のようなもの。君の負担にはなりたくないよ」

 

 

 ―― 君のおかげで、諦めていた私にも頑張りたいことができたんだよ。

 

 

「全力で応援してる。ずっとずっと応援してる」

 

 

 ―― 私がどうなろうと、君のことを応援し続けるよ。

 

 

 ようやく笑った君は、でも、悲しそうだった。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 ―― 私こそ、ありがとう。

 

 

 もう、会えないかもしれない。

 そう考えたら悲しくて、涙が出そうになった。背を向けて、湧いてあるお湯をカップに入れる。透明なそれに波紋が広がる。ぎゅっと目を閉じて、目を開きながら振り向いた。

 

 

「……もしよかったら、試験が終わったら、来てほしいな」

「……わかった」

「ありがとう。頑張って」

「ありがとう」

「うん。元気で」

「うん」

 

 

 私も伝えたいことがあったんだ。受験、するんだよ。しないつもりだったけど、テストの点が上がったから、先生が提案してくれたんだ。まともに生きられない私だから、学校も仕事も、普通の生活も諦めてたんだけどね。

 本当はね、大家のおばあちゃんの介護がしたいと思ってたんだ。実のおばあちゃんの時からお世話になってるし。私の後見人になってくれたし。大変な身体に鞭打ってこのアパートも経営してくれたし。恩返ししたかったんだ。

 本当はね、このアパート、取り壊す予定だったらしいの。けど私のことが心配で、私しか住んでないのに、私のためだけに経営を続けてくれたんだ。嬉しくて、申し訳なくて、どうしようもなかった。両親が遺してくれたお金で援助できればと考えてたの。でも、資格が取れたら、私が直接恩返しできる。だから、ありがとう。

 選択肢を与えてくれてありがとう。私が一歩踏み出すための靴をくれて、ありがとう。

 見送って。扉を閉めて。鍵を閉めて。

 冷たい床で、縮こまりながら眠りについた。

 

 

 ・♢・♢・♢・

 

 

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