皇国の西方に鉄の雨が降り注ぐ。
兵力と魔法を駆使する帝国に初戦で大敗した皇国はその国土を蹂躙されていく。

残された兵力はただの情報参謀率いるわずかな部隊だけだった。

1 / 1
聖歴1890年 春

 自身の目論見が上手くいかないのは世の常である。

特にそれは知的生命体同士が殺し合う戦争であればより顕著なものとなる。

それは歴史の何処を見たとしても変わらない。故に人々は「こんなはずじゃなかった」というのである。

最もそれが言える環境にある者はある種の幸運な者でもある。

そして私は、あの時それを言える場所にはいなかった。

 

 

 

 

 

インタビュー録音

 

すまないな。……、大丈夫だ。1人で座れる。

そうだな、あまり良い気分の話ではないな。

ほら、開戦直後はバタバタしていただろう?なに、戦後生まれ?ああそうか、いや何…人間と違って我々は見た目ではあまり実年齢を推し量れないからな。

いやいやおまえさんが悪いと言っているわけじゃない。何せあの戦争からもうそれだけの歳月が経っているんだ。

 

そうだな、ちょうど開戦してから四ヶ月くらい経った頃だな。

 

私が所属する連隊はアイラバーグに陣地を展開していた。ああ、そうだ。あのアイラバーグだ。当時訓練部隊だった我々がだよ。期待はされていないはずだった。あの場所は敵の侵攻ルートからも外れていたからな。私は第二大隊第一中隊を指揮する立場にあった。もちろん中隊と言っても訓練部隊。新兵教育隊からやってきた新兵を軍隊で一応使えるようにするための訓練隊だ。だから中隊と言っても実態は素人に毛が生えた程度。本来なら後一ヶ月後には基礎錬成を終了してそれぞれが任じられた各部隊に送られるはずだったんだ。

ーーアンドリュー・グレイブ退役大尉へのインタビューより抜粋

 

 

 

 

 

 

 

「本日未明、我が皇国は帝国の攻撃を受けた。宣戦布告なき戦闘行為は拡大の一歩を辿り、ついに国家非常事態宣言が発令された。我々は直ちに戦線を構築し進撃する帝国軍を迎え撃つ」

ーーユリシーズ・ドライヴ(皇国陸軍司令官)

 

 

 

 

 

 いやなに、あのとこは本当にダメだと思いました。敵軍の猛攻が始まってすぐに私らから見て右翼側の陣地が突破されましてね。そのせいで山の斜面で側方から攻撃していた私らの中隊は完全に身動きが取れなくなってしまったんですわ。

元々孤立しやすい陣地だったのに、野戦電話は切れてしまうし敵の攻撃が激しくて無線機もお釈迦になってしまうし。援軍を呼ぶなんてとてもできませんでした。それで目の前には敵の軍勢が魔導士を伴って迫っているわけでしょ。

私はね、部下に泣いて詫びましたよ。すまない、私の不手際でこんな羽目になってしまって。

そしたらみんなそんなことないと言ってくれるんです。有り難かったです。あんな極限状態になって、ようやく信頼出来る部下だってわかったのですから。迷いはありませんでした。

みんな、帝国は捕虜を取らない。その場で虐殺か、慰み物にされるかの二択だと聞いていました。

だからあの時、私はいっその事最後に合戦して戦い抜こうじゃないかって言ったんです。

ーーブルー・アイド・ルーシ退役軍人の回顧録より抜粋

 

 

 

 

 

 配属辞令 聖歴1890年4月1日

発 皇国陸軍省大臣官房

  皇国陸軍局人事部

宛 皇国陸軍中尉 ウェストリンドベルク領ハリントン男爵家 

エイラ・ハリントン

転属辞令

皇国陸軍大臣は以下の如く命令する。

聖歴1889年3月末日を以て貴官の士官学校付きの任を解く。

新たに同4月1日で貴官を陸軍第二師団第一大隊第二中隊中隊本部付幕僚に任ずる。

 

 

 

 

 

 

戦略会議

 

聖暦1889年2月1日

 

「経済大臣、問題は我が国が必要とする地下資源が世界にどのように分布しているのかなのです」

外務省の中にある小さな会議室で、痩せた青白い肌の男は言った。彼の所属している組織、国家戦略調整局の男はみんなそんな感じだと駐皇国大使のトカレン・ジョニーは考えていた。

窓から灯りがさしていてもそうなのだから、薄暗い部屋ではまるで死人のような土気色に見えるのではないだろうか。

その男はジョニーの視線に気づかず話を続けた。

参加者の前に張り出された世界地図の一点を棒で指し示した。

「まず隣国の聖国。ご存知の通りあの国はこの大陸で随一の魔道鉱石の鉱脈を持っています。だからこそ聖国として世界宗教と永世中立を掲げられているわけです」

自国の北側には帝国の半分の規模の聖国がある。世界宗教のメッカであり国民の8割が正教魔法の使い手というまさしく宗教国家の中では最大規模のものだった。世界の7割がこの宗教を信仰していると言われているのだから当然だった。

 

続いて西側、反対側の大海に面したところには二つの国があった。

王国と、革命により共和国になった二つの国だった。そしてその二つの国は帝国が帝国として纏まるよりも古くから各地を征服して回った国でもあった。

本国よりも海外領土の方が多いのがその証拠でもある。

「続いて西の王国と共和国。この国はオーリシア海の南方の島々とそこにあるメズリア大陸の要衝のほとんどを植民地としています。これら二つの国でメズリア大陸の魔力鉱山は軒並み抑えられています。我々の植民地は僅かに鉄鉱石が産出するだけです」

そのほかにもアメリア大陸には小さな都市国家や小国が四つほど存在していたがそれらは規模からしても帝国にとって無視できる存在だった。

 

男はそのまま帝国の東側に広がるルベリア海に棒の先を合わせた。その海の先には亜大陸国家があるが、帝国はその国を仮想敵国と定めていた。

「オルシア列島を始めとする魔力鉱山も事態は同様です。かつて王国の植民地であったこれらの島々は皇国の裏工作と聖国の対帝国政策の奇妙な一致で独立国になっています」

 

「教授」

会議に参加していた老人がタイミングを測って口を挟んだ。この会議では唯一の民間企業からの老人だった。

「君の説明では我が帝国は世界から封じ込めを受けているように見えるのだが」

 

「まさしくその通り。将来の経済の発展状況と地下資源の消費量に対して帝国内で算出する量とをグラフで示しました。ご覧の通り十年後には逆転しています」

会議参加者の前に乱雑に置かれた資料にはいくつかの数字が刻まれたグラフが置かれていた。

国内の魔力鉱石の産出量は現在世界の四分の一を誇る。しかし年々増加する消費量に対して産出量は横ばいのままだ。

そしてその推移のままでいくと10年後には産出量と消費量は見事に逆転していた。

 

「となれば不足分は輸入しかないが……」

だが現状帝国は周辺国家との国際関係が微妙な立場に置かれていることを男達は思い出した。

 

帝国の成り立ちは現在の共和国が王国を名乗っていた頃、概ね100年ほど前に遡る。その頃は帝国の本国と呼ばれる土地は王国に属していた。元より肥沃な土地とは言い難い泥炭地や湿地帯が多い土地だったそこは王国の中で辺境と呼ばれていた。東側の沿岸側はなだらかに海岸が延々と続く土地であり、王国の前に世界の1/4を支配した古代の帝国はこの海岸からの侵略をしばしば受けるほどだった。それ故に王国は辺境の痩せた土地ながら辺境地としてその地を保有していた。しかし時の王国の横暴により辺境の土地は当時の領主が反旗を翻し、本来であれば沿岸部防衛のために保有していた(辺境地の財政を圧迫もしていた)軍事力を背景に独立したことに帝国の誕生は端を発する。

 

その成り立ちゆえに共和国とは仮想敵の関係であり、共和国と軍事同盟を結ぶ王国とも連鎖的に貿易は閉じていた。

その結果現在帝国の経済発展は袋小路に入り込み始めていた。列強と呼ばれる国家の中では聖国は経済的な結びつきはそれなりにある。しかし聖国の経済力では帝国の経済を刺激することは出来ない。

 

 

 

「戦略資源の輸入では経済を押さえつけられ20年後には帝国は各国の経済奴隷になるでしょう。そしてその頃の帝国の軍事力でこれを打破するのは非常に難しい。それは現在も変わらないでしょう。一点を除いては」

まずい兆候だとジョニーは思った。国家戦略調整局の男は、かねてからその部門が打ち上げている自説を話す気満々であった。

 

「ニューダイナ亜大陸で世界最大規模の魔道鉱石の地層が発見されました。しかしあの大陸を収めるならず者国家の消費量では殆ど使い道はなさそうですが」

案の定だった。彼はその国の駐在大使である。多少皇国贔屓になるのも仕方がないがあの国はこの世界でもかなりの特異的な国だ。下手に手を出すとやけどでは済まない。

だがそれはあの国に駐在大使としていった者くらいしかわからない。異を唱えようか一瞬迷ったジョニーだったが、すでに会議参加者のほとんどは聞く耳を持たなさそうな態度だった。

 

三等国家とでも思っているのだろう。事実あの国は魔法という尺度を持ち出すのならば三等どころではない。

 

「軍人達はどう考えている?」

 

「反対する意見もありますが、同時に彼らが長年組み上げてきた侵攻作戦は現行の戦力差で推移することを前提にしています。将来的な戦力差の縮小で困るのは彼ら軍人でもあるのです」

軍人達は国家戦略調整局が不仲である。噂好きの友人の話をジョニーは不意に思い出していた。思い返せばこの場に軍人はどこにもいない。国家の行末を決める可能性がある場に軍人のアドバイザーがいないのはその噂を裏付けている様な気がした。

 

「そして我々は経済の発展と増加する需要に魔道鉱石もその他の資源もいずれは支えきれなくなる。その間にもあの国は経済成長を遂げ放っておいたら軍事力でも経済力でも逆転されてしまう」

 

「忌々しい機械の国に負けることなどあってはならん」

と老人。

「おっしゃる通り。しかし現在の見立てでは10年後にはすでに限界を迎えるかと」

軍事力は世界でも最強と呼ばれる帝国ではあるが、それでも国の経済があってこその軍事力である。国力の限界はそのまま軍事力の優越にも直結する。

「やはり我々は財務大臣の案を取るしかないわけか」

黙って話を聞いていた経済大臣は諦めた表情となった。彼は軍事に関しては素人であったが、皇国は異質な国であるという認識は人一倍強い。特に個人的に皇国によく滞在していた彼としては尚更だった。その点はジョニーと同じであったが、すでに帝国の未来が他に選択肢を取れない状態であるというのも分かっていた。

現実問題としてこの国は戦争への舵を切り始めていた。

魔の国を討伐せよ。それが帝国のスローガンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

皇国

 

 皇国が本格的に世界の舞台に出たのは聖暦1500年代に遡る。

ルベリア海の赤道付近にある亜大陸を収める一民族国家であった皇国。封建体制だった彼の国は、世界的にも珍しい魔法が使えない種族による単一民族国であった。

そしてその姿形も人に近いが人とは明らかに違う。そう言った特徴を持った人が多かった。現在では亜人という分類にされる彼らは、魔法を使う国々が文明を持つ遥か昔に栄えた古代人の末裔であった。

最もそのことを当時の皇国が自認していたかと言われればそうではない。

亜大陸での覇権争いなどの戦いの中で、それら文献は記憶ごと消えていき神話で海の向こうから来た程度の事が残っているくらいであった。

世界的に見てもそのことが広く知られるのは大戦後になる。

その国に転機が訪れたのはやはり帝国だった。当時ルベリア海の征服と遠征を繰り返していた帝国は、その道中偶然にも帝国を発見することになる。

 

当初新たなる大陸を見つけるためにやってきた調査船は、亜大陸とも言える巨大な島に驚愕した。同時に魔法を使えない国を帝国は植民地にする価値もないと蹂躙した。

当時の文献では戦闘の経過や被害に双方の認識で差が出ている。

 しかしきっかけが何であれ、亜大陸は一方的な戦火にさらされたのは紛れもない事実である。同時に調査船はその後の旅で多くの仲間を失い、最終的に帝国に戻り着いたのは一隻の船と10名の乗組員だけであった。そこから亜大陸の情報は世界中に広がっていく。

 

流石に亜大陸を占領するだけの戦力は当時王国との合間で30年にわたるバラ戦争をしていた帝国には、なかったため占領とはならなかった。

皇国の被害も当時は寒村が多かった沿岸部だけであったが、それでも当時の皇国には政治が大きく変わるほどの事態であった。

その後に帝国や大陸から棄民として獣人など人とは違う存在、人工的に作られながらも失敗作とされた存在が送られてくることになった時、皇国はその牙を磨くことに多くを捧げた。

封建制度は大きく変わり立憲君主制に変わり、国内の派閥が持っていた軍事力は一つの国家軍隊へ変貌していった。

魔法が使えない代わりに皇国は比類なき工業力を養い、戦力を整えていった。

現在の皇国はそうして出来上がった武装中立国家だった。だがそれは魔法が使える他国からすればあまりにも異質で、つけられた別名は魔の国だった。

魔力を使えない国にとってそれはタチの悪い皮肉でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 皇国陸軍。それが私、エイラ・ハリントンの本家に変わる居場所だった。

私の家系は代々軍人を輩出する家系だった。最近になって女性の入隊も大幅に緩和されてからは女の身であろうと偏見もなく軍に送った。そういうわけで、ただの乙女だったはずの私は護身で武術を学んでいる以外何の軍への偏見も知識もなく、軍隊に入った。

 

定のいい高校にでも行こうかと思っていた私は、あれよあれよという間に士官学校で軍というものを知識と体に叩き込まれ18歳にして軍人に仕立て上げられた。最終的に成績を次席で卒業してそのまま首都での軍勤務と思われていた私の考えは一週間を待たずして軍の人の扱いの荒さに揉まれることになった。

たった一枚の辞令書で私は中隊本部付きになってしまったのだ。

 

 ちょうど私が着任するその少し前に、ある部隊の少尉が1人退任することになったのだ。理由は不明。その穴埋めをするために、任地に希望があったわけではない全くの新米である私は、新人の少尉として未経験のままにラーセラバードに行くことになった。

 

 首都から汽車を乗り継いで一週間。途中の駅で乗り継ぎに3日かかったことを考えればこの亜大陸は広いことこの上ない。それでも世界から見れば亜大陸なのだから大陸というのはもっと広いのだろう。

 

ラーセラバードは皇国の西海岸にある地方都市だった。

砂浜が有名なこと以外はちょっとした工場と東側へ向かう鉄道と西部縦貫鉄道の連絡駅がある交通の要衝程度だ。

だが軍事的な意味合いからすればこの場所は相当重要な場所だった。

 

まず亜大陸の西海岸はラーセラバードを起点として北部は10mから30mほどの入り組んだ地形と崖が延々と続き、そのまま北側は北極海と接続する。基本的に流氷が流れ着く場所で大規模な着上陸作戦は不可能だ。

逆に南部には陸地こそ続いているものの、最大幅20km、南方へ60kmに及ぶ浦がある。

その周辺は泥濘地が広がっているためここもまた軍事作戦には不向きだ。それ故に西海岸では南北と東西を結ぶ交通の要衝となりえた場所である。

 

ラーセラバードから南の方には海軍の西方方面総監部及びに海軍基地がある。そこへの物資輸送の中継点になっているのもまたこの街だ。ここが陥落すればたちまちのうちに海軍基地も物資不足となり艦隊を維持することはできなくなる。

 

そして浜辺は沿岸上陸に適した場所である。都市部から海岸までは30km

弱。さらに都市部の背後には亜大陸の西側を南北に縦断する山脈が走っている。

ラーセラバードで攻撃を阻止できなければ山脈を利用できる位置まで内部へ侵攻を許す事になる。そういう地形なのだ。

 

 

配属されるラーセラバード基地は鉄道駅と直結している。まとめた荷物を抱え込み軍人専用の改札を通るとそこはすでに基地の中だった。

石造りの建造物が建ち並ぶ基地の中は、士官学校と同じくよく整理され、整然とした印象を与えていた。

案内看板に従って基地の一角にある幹部用隊舎の一室に荷物を置いて私は配属先の部隊に向かった。着任報告である。

 

だけれど形式ばった大隊長への着任報告の後に私を待っていたのは中隊を指揮しろとか小隊を指揮しろとかそういうのではなく、一人の中尉の元に行け。ただそれだけだった。

よくよく考えれば本部付という所属なのだから当たり前の話だ。それに未経験の新兵にいきなり兵を率いろというのもあり得ない話だった。

 

しかし顔も知らない中尉の元に行けとは随分と荒っぽいものだった。中隊本部の広くない室内で目的の人物を探したが、そもそも探し出す当てがなかった。

胸につけている小さなプレートだけ人を見つけ出す技術は私にはまだなかった。しかし、見知らぬ相手が不審な挙動をしている状態というのは向こうからすれば最も明確な判断材料になるのだ。

「あら?新入りの少尉かしら」

目的の人物の方は私をすぐに見つけてきた。

 

 

 

 

彼女は狐耳を生やしたその姿は紛れもない獣人だった。

視線をしたに落とせば、尻尾が生えているのも見てとれた。顔は同じ女性としても見惚れてしまうほどの美形。そして目元には特徴的な赤いアイラインが目立たぬ様に描かれていた。

軍服を着込んでいながら、どこか少しシワのよった服装は、サイズが合っていない証拠。最近軍服を変えたか、私と同じ新人なのか。だが溢れ出る感覚、軍人としての目線の鋭さは歴戦の雰囲気を醸し出していた。

しかし人を探るような視線と慎重に相手との距離感を見定めている身のこなしは、士官学校にいたベテラン士官や教官を感じさせた。

「君が新しく着任する少尉?」

 

「はい、エイラ・ハリントン少尉であります」

幹部学校で叩き込まれた敬礼を綺麗に披露。でも彼女はそう言ったものに囚われるのは好きではないらしい。素早く答礼を終えて彼女は話し出した。

「私はイリアス。イリアス・クーリィ。階級は中尉。そんな畏まらなくてもいいよ」

 

「イリアス殿、私の配属はどうなっているのですか?」

新入り少尉の行き先は大体の場合小隊長と言ったところだ。そこにいる専任の軍曹とかの指導のもと指揮のイロハを学んでいくというわけだ。だがここは中央司令部などから離れた基地なのにそう言ったことはしていないようだった。

 

「司令部は説明してくれなかったようだね。君の役目は連隊本部での情報処理士官だよ。私はその上司ってこと」

情報処理士官。彼女は確かにそう言った。情報を取り扱う部署は軍本部などの大きなところとか、中央司令部とかのある軍の中枢がやると思ってたけれど規模の小さい連隊にも専属で存在するとは思わなかった。

 

「情報処理……要は敵の情報を収集して敵を倒す戦術とかを組み立てる手助けをする部隊ってことですか?」

 

「ええ、まあ軍歴は貴女と一年しか違わないけれどそういうこと。それと部隊は私達二人だけよ」

 

「……え?」

 

「そしてこの連隊唯一の女性軍人部隊でもあるの。よろしくね」

そう言って彼女は尻尾を振りながら、部隊の案内を始めた。

 

 

獣人。そう呼称される一族は皇国の外から来た者たちをルーツにしている。

元来皇国には私のようなヴァンパイアや鬼、そういった亜人しかいなかった。そもそも、この世界の生物学の系譜に獣人は存在しない。彼ら彼女らは、海の向こう側の国で人為的に生み出された存在なのだ。

 

彼らは海の向こうの帝国、聖国といった国で人造の奴隷を生み出すために作られた人造人間なのだ。それらが獣の特徴を体に宿すのも、奴隷としての区別をつけるため。そして獣ゆえの身体能力の高さを人に付与しようとした結果らしい。

そしてそれは概ねうまくいった。上手くいってしまった。

人と変わらない知性と、通常の人間とも交配することができる生殖能力。それでいて人を凌駕する高い身体能力。まさしく人間と獣のハイブリッドだった。

だがその身体能力の高さが災いをもたらした。

彼らは人の数倍の力があるが故に、奴隷の立場に甘んじることをよしとしなかった。

内戦寸前まで国を追い詰めた彼らは、最終的に虐殺と排斥を得て国による棄民としてこの亜大陸に送られてきたのだった。

 

そんな彼らの末裔が今の獣人である。多くは亜人と混ざり合い、アイデンティティとしては皇国人であることには変わりはない。それでも彼らは余所者だという意見も時々見かけるのだった。

 

私に偏見があるのかと言われれば、亜人がそもそも身体的特徴が千差万別で区別をつけるというのが馬鹿らしく感じる。

私だって吸血鬼の亜人である。背中にはしっかりと蝙蝠型の翼があるし耳もやや尖っている。髪の毛も青みがかった黒と特徴がある。それらは大事なアイデンティティだ。

獣人のそれも同じようなもの。そう思っていた。

兎も角、上官であり部隊で唯一の女性となれば彼女の人なりを知り、良好な関係を築かなければならない。私の初仕事はそれだった。

 

 

 

 

 

 

 イリアスという獣人は、控えめに言って癖が強い方だった。

大隊の指揮本部の要員からは彼女は好意的な目線を向けられることは少なかった。しかし彼女が無能というわけではない。むしろ指揮官としては優秀だ。

曲がりなりにもこの部隊を任されているわけではない。

私の配属された部隊である情報処理小隊は連隊に配備された唯一の対外情報収集部隊に当たる。

その実態は平時では皇国で使用される海洋船舶無線、港での些細な情報収集を中心としている。これが戦時となれば襲来する敵のありとあらゆる情報を収集し連隊を戦術面で補助する部隊となる。

ある意味では連隊における独立した器官の様なものだ。

その中でも彼女はかなりのやり手だった。

いや、定員2名しかいないこの部署において、私という新兵を指揮しながらよくもまあ様々な情報を得られるものだと思う。

傍受した情報だけでは私は何もわからなかったりする。ソレを彼女はどういうわけか頭の中で様々な情報と組み合わせて連隊が必要とする情報に組み上げてしまう。

私から見れば一を見て十を知るのと同じだ。

 

ある時は私を二時間近く無線室に閉じ込め沿岸無線を残らず傍受させた結果から帝国の偵察船を探し出していた。

不自然な不調があったからと言うが私には何が何だかさっぱりだった。ただの魚が釣れた釣れないと言ったやりとりと船同士のすれ違いの報告だけだ。

ただ、彼女の行為は与えられた任務に対してやや過剰な結果を引き出す。

 

本来なら連隊以上の部隊が判断すべき事柄であっても彼女は自身の判断に基づいて報告してしまう。それ故に厄介がられていた。

その上人当たりも悪い。軍にいる数少ない女性。それも元々居なかった獣人ともなるとそれはそうだ。プロパガンダで今の地位を得た存在。彼女を快く思わない人はそう言うし、そもそも女性は軍人になるべきではないという頭の硬い連中もいる。

そう言った人たちと対立する態度をとっていれば、そりゃそうなるとしか言いようがない。

そして彼女はそんな人からの視線にどこ吹く風といった様子だった。

 

性悪説というわけではないが彼女自身は何も信用していないのだろう。国に対する忠誠心というものもおそらくない。

忠誠心があるのなら少なくとも部下の、それも新兵の前で皇家に対する愚痴など言わない。

だがそれを嫌悪するかと言われたら私は別に気にしてはいなかった。

私自身も家の都合、高貴なる義務やなんやらでこうして望まない道を歩いているわけだ。文句も言いたい気持ちはある。

 

上官としてなら上手くやていけるかもしれない。そう思っていた。

しかし、戦争というのはこちらの都合など何も考えてはくれず、いつも唐突に始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

予兆

 

 

 

 

最初の通信が流れたのは午前4時を少し回った頃だった。

平時は夜間シフトを組んでいるわけではないため基地通信隊の無線員が傍受を代わっているが、その彼が最初に受信したのだった。

 

それが最終的にイリアスの元に届いたのは午前九時を少し回ったくらいだった。

 

報告書を一通り読んだイリアスは目の前で直立不動で待機するエイラを一瞥した。

「ふうん、二隻の漁船が衝突して沈没ね……」

 

「ええ、乗組員は海に投げ出されて死亡。生存者はありません」

痛ましい事故。何も知らない人が聞けばそれだけで終わることだ。だがイリアスは何かが引っ掛かっていた。

「船の引き上げは終わっているのよね。見に行ったかしら?」

 

「はい、普通の漁船ですね。半分くらいしか残ってなかったですけど」

もう半分は残骸となって海底に今も散らばっているのだろう。

「何かありましたか?」

 

「この二隻はね、帝国へ情報を送っていたスパイ船なのよ」

 

「スパイ船ですか……」

皇国のスパイ網を一網打尽とするために軍本部の情報科から手出しをするなと釘を刺されていた。最もそれが最善の手法であるとは思えなかった。

だが情報戦はイタチごっこだ。例えここで船を捕らえたとしてもまた別のところでひっそりと諜報活動は始まる。

 

「正確には帝国の国内での諜報活動に協力する現地協力者の船」

 

彼女も気づいたのだろう。というよりこれはあからさますぎる。

まるで、もうこの国での諜報活動は必要ないと向こうが言ってきているようだった。

「……事故にしては出来過ぎではないですか?」

 

「国家警察もそう思っているでしょうね。でも証拠はないわ」

 

「ですが、わざわざ国内の内通者を帝国が自ら処分するのですか?国家警察が情報網遮断でやったといった方がまだ現実的では」

 

「帝国をわかっていないわね」

 

「帝国は私たちを皆殺しにするのよ。内通者は褒美がなんだといって懐柔したのでしょうけれどそんなもの最初から与えるつもりなんかないのでしょうね」

それに国家警察が関与しているのであれば、軍本部の情報科が沈没事故の件を問い合わせる電信を送るはずがない。

 

「では貴女の教育も兼ねて質問、ここで彼らが処分したと考えた場合その理由は?」

 

「おそらく……侵攻でしょうか?」

 

「正解」

この少女は頭がいい。すぐに私の言いた事を理解してくれる。

「その様な予兆があれば大使館の方も情報を掴んでいるのでは?」

 

交易がないとしても、帝国と皇国にはそれぞれの大使館が設置されている。大使館の目的の一つに、その国の情報を集めることも含まれている。軍事行動に移るのなら多少なりとも物資の流れや人の流れで予兆は掴めそうなのなのだ。その国が戦時中でなければ。

 

「無理ね、今の帝国は南部での国境紛争対処で準戦時状態よ。平時なら開戦の兆候は掴めるでしょうけど」

軍事物資の動きや貨幣の動き、それで兆候が掴めるのは平時だけ。すでに戦時体制になっている国家ではそのような兆候を掴むのが困難だ。例えば帝国の海岸に軍が集結していてもそれが皇国に襲来するのか、あるいは南部に行くのかはわからない。

 

「最大限の警戒体制を取る必要があると伝えるべきでは?」

 

「そんなものはもう本部の情報科がやっているでしょうね。国も馬鹿ではないわ。すでに水面下では動き始めているんじゃないかしらな」

でもすでにこちらは後手に回っているかもしれない。

 

最もその代償は最前線にいる私たちの血で支払われるのだけれど。

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。