寂しがり屋な砂狼   作:気弱

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シロコ*テラーと対策委員会

錆びついた風が、荒野の砂を容赦なく巻き上げていく。崩れかけた廃ビルの屋上、剥き出しになったコンクリートの上で、シロコ*テラー――クロコは、重い瞼をゆっくりと持ち上げた。

 

視界に飛び込んできたのは、ひび割れた天井と、その隙間から無慈悲に差し込む無機質な月光。頬に残っていたはずの柔らかな温もりは、夜気にさらされて瞬く間に霧散し、現実の冷たさが肌を刺す。

 

「……夢」

 

ぽつりと、掠れた声がこぼれ落ちた。

 

先ほどまで、あんなに鮮明に感じていた。アヤネの理知的で心配そうな声、セリカの不器用で優しい怒り声、ノノミが纏う穏やかな紅茶の香り。そして何よりも、自分を力強く、壊れ物を扱うように包み込んでくれた、ホシノの細い腕の安らぎ。

 

けれど、目覚めた瞬間に突きつけられるのは、「自分の知る彼女たちはもういない」という残酷な断絶だ。あの日、すべてが砂に消え、色彩を失った光景。絶望の底で最後の光さえ潰え、一人きりで砂漠を彷徨い、永劫とも思える孤独を歩んできた血の滲むような過去。

 

クロコは上体を起こし、膝を抱えた。いつもの寒さを消してくれる青いマフラーはもうない。今の彼女が纏っているのは、喪服のようにも見える漆黒のドレスだけだ。冷え切ったコンクリートの感触が、薄いドレス越しに「お前の居場所はここだ」と冷たく告げているようだった。

 

「……ん。……歩こう。立ち止まっていても、砂に埋まるだけ」

 

自分に言い聞かせるように呟く。凄惨な過去を越え、彼女は少しずつ前を向こうとしていた。けれど、心の最深部にこびりついた「極寒」は、一人きりになるたびに彼女の体温と気力を奪っていく。

 

その日の午後、クロコは物資調達の帰りに、偶然パトロール中のホシノと遭遇した。

 

今の対策委員会の面々は、クロコが歩んできた悲劇的な時間軸とは違い、苦難を乗り越え、健やかに、明るく前を向いて過ごしている。けれども、クロコが知っている彼女たちと同じように、あるいはそれ以上に優しかった。一度は世界を壊そうとした自分ですら、彼女たちは「対策委員会のもう1人の砂狼シロコ」として認め、受け入れてくれたのだ。

 

「おや……そこにいるのは、クロコちゃんじゃない?」

 

(シロコちゃん、観念してねー? 今日はおじさんたちから逃げられないよ。おじさん、今日は一日中こうしててもいいんだからね)

 

ホシノが歩み寄り、覗き込むように顔を近づける。その瞬間、クロコの脳裏に、目覚める直前に見た「夢」の残像が強烈にフラッシュバックした。自制心が働くよりも早く、指先が、凍えた魂が、切実な熱を求めて動いていた。

 

クロコは一歩踏み出すと、無言のまま、ホシノの小さな体に腕を回した。

 

「えっ……? わわっ、クロコちゃん!?」

 

驚きに目を見開くホシノ。けれど、クロコは構わずに力を込めた。夢の中の幻ではない、本物の、生きているホシノ先輩の熱。服越しに伝わる、トク、トクという確かな鼓動。

 

「……ん。ちょっとだけ」

 

クロコはホシノの肩に深く顔を埋めた。ホシノは最初こそ面食らっていたが、ドレス越しに伝わるクロコの腕が微かに震えていることに気づくと、すべてを察したように、切なげに眉を下げて笑った。

 

「……よしよし。大変だったね。おじさんの胸で良ければ、いくらでも貸してあげるよ」

 

数分後。満足するまでその温もりを吸い込んだクロコは、ふっと腕を解くと、猛烈な気恥ずかしさと胸の痛みから逃げるように、一言も発さずその場を去っていった。

 

「――ということがあってね。クロコちゃん、やっぱり一人で、寂しさと戦ってると思うんだ」

 

夕暮れ時の部室。ホシノがその出来事を静かに、しかし重みを持って話すと、部室の空気は一変した。

 

彼女たちが知っているのは、単なる「悲しい記録」ではない。クロコがかつて、冷たい砂の上でどれほど「みんな」に会いたいと願い、その願いが叶わぬまま死の淵を歩んだかという、魂の叫びそのものだ。

 

「クロコ先輩……そんなに震えてたんですか……」

 

アヤネが胸を締め付けられるように呟き、眼鏡の奥の瞳を潤ませる。

 

「……なによそれ。あいつ、ホシノ先輩だけから『補給』して満足して帰るなんて、そんなの許さないわよ」

 

セリカが怒ったような顔をしながらも、その声は隠しきれない情愛で震えていた。

 

「ふふ、シロコちゃんもそうでしたけど、クロコちゃんはもっと、私たちの『熱』が必要みたいですね」

 

ノノミがゆっくりと立ち上がり、優しく、けれど決然と言った。

 

「ホシノ先輩。行きましょう。クロコちゃんを――私たちの、大切な、もう一人の対策委員会のメンバーを、一人で寂しそうになんてさせません」

 

ホシノは目を細め、力強く頷いた。

 

「ん、そうだね。おじさんも同じ気持ちだよ。……シロコちゃん、準備はいい?」

 

「ん。……あっちの私(クロコ)を、捕まえに行く。……逃がさない。全力でホールドする」

 

その夜、廃墟の屋上で独り月を見ていたクロコの背後に、騒がしく、それでいて記憶の奥底を揺さぶるような懐かしい足音が響いた。

 

「見つけた……! 逃がしませんよ……っ!」

 

鉄扉が勢いよく開き、月光の下に現れたのは、対策委員会のメンバー全員だった。

 

「……っ!? みんな、どうしてここに……?」

 

驚き、本能的に後退りしようとするクロコ。漆黒のドレスの裾が夜風になびき、孤独なシルエットを際立たせる。しかし、彼女たちは一切の躊躇なく、その影を包囲するように距離を詰めた。

 

「ホシノ先輩だけでは補給が全然足りてないみたいですね、クロコ先輩! みんな、突撃です!」

 

アヤネが真っ先に正面から飛び込み、クロコの腰に力一杯しがみついた。

 

「ホシノ先輩だけを抱きしめて満足しないでよ! 私たちだって、あんたを抱きしめたいんだから!」

 

セリカが反対側から腕を回し、クロコの腕を逃がさないようにしがみつく。

 

「あらあら〜、クロコちゃん。今日は朝まで解放してあげませんよ♪ ノノミお姉さんが優しく、たっぷりと甘やかしてあげますからね〜」

 

ノノミが背後から、深い慈愛に満ちた温かな包容力で、クロコをドレスごと丸ごと包み込んだ。

 

「ん、私なら素直に甘えるべき。……遠慮は、禁止」

 

シロコがセリカとは反対側から腕を回し、自分自身でもある彼女を力強く引き寄せた。

 

「うへへ……クロコちゃんモテモテだね〜。よし、総仕上げだ〜」

 

そして最後に、ホシノがその全員を包み込むように、慈しむような小さな腕を回した。

 

それは、クロコが夢にまで見た光景。いや、夢の続きに自分という存在が、確かに混ざり合っている感覚だった。

 

「……っ、みんな……。ん、苦しい……」

 

「苦しくてもダメだよ。クロコちゃんが寂しいなら、私たちが『平気だ』って笑えるようになるまで、何度だって助けてあげるんだから」

 

クロコは、大きく目を見開いた。

 

自分の知っている仲間たちは、あの日、砂に消えた。けれど、目の前にいる彼女たちは、自分の凄惨な過去を知り、その絶望を共有した上で、それでも「大切な家族」として愛し、今こうして触れてくれている。

 

「……ん。……ずるい。……もう、夢じゃないんだね」

 

クロコは静かに目を閉じ、溢れそうになる涙を堪えるように、自分を包む幾重もの温かな腕に、そっと自分の手を重ねた。黒いドレスの闇が、四人の制服の色と混ざり合い、ひとつの大きな、消えることのない温もりへと溶けていく。

 

冷え切っていた心臓の最深部が、一人では決して辿り着けなかった「他者の熱」によって、ゆっくりと、けれど確かに溶かされていった。

 

アビドスの夜風はどこまでも冷たい。けれど、五人の境界線が消えるほどに密着したその場所だけは、どんな太陽よりも温かな、永遠のような陽だまりに包まれていた。

 

 

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