「――……お前がこの世界の『魔法』に関してそこまで知り得ているのなら、分かっているはずだろう?――世界の修復力を」
九島からのその指摘に、元造と真夜がハッとなる。
しかしその指摘を直接投げられた【偽物】は、いつもの穏やかな笑みを崩さず小さく頷いて見せた。
「そうだね。この世界の『魔法』は、発動できても世界の修復力があるからその効果は一時的なものでしかなく、永続性を持たせることが出来ない。……それがこの世界の理だね」
「そうだ。……故に、『不老不死』や『死者蘇生』といったかなりの高難易度の願いが叶えられたとしても、その効果は一時的なものだ。いずれ修復力が働き、無かったことにされる」
そう言いながら、九島はこの世界における修復力について思考を巡らせる。
一口に『魔法』と言っても、その種類は無数に存在する。攻撃、防御、強化、補助など様々だ。
しかし、それら多くの種類を持つ魔法でも修復力による影響だけは避けることが出来ない。
攻撃魔法で破壊の爪痕を残す事は出来れど、その爪痕を与えた元凶である攻撃魔法そのものがその場に残り続けることは無くやがて消滅するように、肉体を強化する魔法もまた、その効果が一時的で永続的にそれを維持できないように、魔法によるその変化させた事象がこの世界に残り続けることは決してない。
それ故に、たとえ万が一、億が一にも『不老不死』や『死者蘇生』などの高度な願いが成就できたとしても、その効果もまた一時的なものに過ぎないのだ。いずれは『普通の生身の肉体』や『物言わぬ死体』に戻るのが自然である。
しかし、そんなことを考えている九島を前に、【偽物】は一つの問いを投げかける。
「『不老不死』や『死者蘇生』……それらが叶えられてもその効果は一時的なもの……そう言ったね?なら聞くけど――」
「――それならどうして、アスクレピオスの宝具はその効果を存続できているのかな?」
『!!』
その言葉にその場にいた全員が再びハッと目を見開く。
確かに、その通りであった。
アスクレピオスのマスターであるスミスの妻は、彼の宝具の死者蘇生効果によって生き返えっている。
そしてUSNA政府の力でスミス一家の行方は隠匿されてはいれど、その政府を通じてスミス氏一家に何かしらのトラブルが起きた様子が今のところ無いのを見るに、スミスの妻は今もなお健在なのだろう。
つまりは、世界の修復力の影響を受けていないという事になる。
一体、どういう事なのだろうかと顔を見合わせる真夜たち三人を前に、【偽物】は淡々と語り始める――。
「……人間社会に『法律』という決まり事が存在するように、世界そのものにも『自然の摂理』という名の『法』が存在している。この世界の『魔法』による事象の改変は言わばその『法』に違反している行為なんだろう。……故に、その違反を正そうと修復力が動き、その事象の改変が無かったことになる。でも――」
「――アスクレピオスの宝具は……その法に違反していない……?」
【偽物】の説明を引き継ぐように、真夜が半ば呆然としながらそう呟き、それに【偽物】がしっかりと頷き返す。
「その通り。……そしてその理由は彼の宝具発動に必要な『制限』が大きくかかわっている。知っての通り、彼の宝具は誰も彼もやたらめったらに対象を生き返らせられるわけじゃない。死者蘇生に使う魔力量はもちろんのこと、対象となる死体の死後の時間や状態。そして宝具に使用される貴重な素材など必要な条件が多い。……人を生き返らせるのだから、それぐらいの条件はあって当然だと思うのかもしれないけれど、その条件事態が世界が修復力を発動させないための『譲歩』にもなっているんだ」
「まさか……あえて多くの制限を自身に課すことで、修復力の発動を抑えているとでもいうのか?」
眼を見開いてそう問いかける九島に、【偽物】は再び頷いて見せる。
「そういう事だね。……言うなれば、アスクレピオスは世界そのものを相手に『司法取引』を行っているようなものさ。前もって自身に対して条件、あるいは制限を与えていることを提示することで世界と交渉し、自身が行う行為……死者蘇生を修復力が起こらない許容範囲の領域にまで引き下げ宝具を発動している」
「それが彼の宝具――死者蘇生能力のカラクリだよ」といったんそう締めくくる【偽物】を前に、三人は呆気にとられたような顔を浮かべる。しかしそんな三人を前に【偽物】は少し真剣な顔つきになって「でも……」と言葉を続ける。
「……アスクレピオスの宝具と比べ、聖杯が行う事象改変は……そんな平和的なモノじゃない」
「……?どういう、こと……?」
恐る恐るそう尋ねる真夜に【偽物】がその説明を始める。
「そもそも、『原作』に登場する『魔法使い』という存在は『根源の渦』と呼ばれる‟究極の知識”に触れたものが成ると言われている。『根源』は世界の外側に存在しているとされ、その境界に孔を穿つために使われるのが英霊七騎分の魔力であり、それを行うために開催されたのが聖杯戦争の始まりであるとされているのはもう三人とも知っているね。……境界に孔を作ることで、外側にある根源に触れて究極の知識を得る。それが『原作』の魔術師たちの主な目的ではあるけれど、今回の場合問題はそこじゃない。……孔によって世界の内側の理に根源という名の外の理が繋がり、混ざり合う事で世界の『自然の摂理』たる『法』にも大きな影響をもたらすことになるんだ」
「――!ま、まさかそれは……!!」
「有り得ない」とばかりに九島は大きく目を開いて声を漏らすも、【偽物】はそれが正解だと言わんばかりに頷いて口を開く――。
「――そう……『根源』という名の、外の理による――強制的な『法』の書き換えだよ」
『――――――』
唖然とする一同を前に、【偽物】の言葉は続く。
「だからこそ、世界の修正力が働かない。当然さ。『法』そのものが変えられてたんじゃそれがどれだけとんでもない事象変化でも違反も何もあったモノじゃない。……ただ、アスクレピオスのはやり方が示談金を前払いして行使するという、まだ『法』を尊重するというものだったのに対し、聖杯のは『法』を無理矢理力でねじ伏せ、作り変えるという乱暴なものだという違いはあるけどね」
息をのむ真夜たち。そんな彼女たちを前に【偽物】の説明がさらに続く。
「おそらく『原作』で七騎の英霊を全て魔力に変えることが出来ていたら、世界の外へと穿つ孔は完全なものとなり、世界の内と外を繋ぐ魔術的な人工トンネルが出来ていただろうね。でも、実際は六騎のみの行使でトンネルが不完全なものとなり、一時的に繋がりこそすれどそれも修復力……この場合は『抑止力』でその孔もやがて塞がる事となった。……たぶん『原作』に登場する『魔法使い』たちは、『根源』という外の理に触れたことでその理と魔術的な繋がりを持ったんじゃないかな?故に『根源』に繋がる孔が塞がってもその繋がりを通じて外の理の力を『魔法』という形で行使することが出来た」
「…………じゃ、じゃあもし――」
唐突に真夜から声が上がり、【偽物】、九島、元造の三人は自然と真夜へと集中する。
そんな視線を一身に受け、真夜は恐る恐るそれを【偽物】に向けて問いかけていた――。
「――もし……七騎の英霊の魔力で孔が完全なものになっていたら……『原作』の世界はどうなっていたと思う……?」
「……それは、もちろん――」
「――ありとあらゆる事が出来ていたと思うよ。良くも悪くも、ね」
――いつもとは違う、顔に直接貼り付けたような笑みを浮かべる【偽物】を前に、真夜の背筋にゾクリと悪寒が走る。
「……やれやれ、これから聖杯を創るにしても間違っても六騎分以上の想子を用意しないよう注意しなければな」
「全くで……」
頭を抱えながらため息交じりに呟く九島に、元造は疲れた表情で同意の意を示していた――。
◇◇◇
【偽物】による聖杯考察講座が一段落つき、【偽物】が即席で作ったホワイトボードや指示棒、伊達眼鏡などが本人の手で消されていくのを眺めながら一息つくと、真夜たちは『これから』の事について話題を変えていった――。
「――さて、これから聖杯を作っていくにしても課題も準備も山積みです。先に【偽物】が言った『AI並みの聖杯用人工知能の作成』、『超高性能な魔法演算領域』、そして……『英霊六騎分は入る想子容器』……どれだけ優秀な研究者や資金をかき集めたとしても、一朝一夕でできる代物ではない」
「……今更ではありますが、先に私の提案した情報操作での時間稼ぎも、その期間内でできるのかどうかすら怪しくなってきました。……これだけの巨大プロジェクトをたった数年で完成にまで持ち込めるのかどうか……」
そう呟きながら頭を抱えて「ウムゥ」と喉をうならせながら悩む九島と元造。そんな二人に向けて【偽物】は彼らに提案を一つ提示する。
「その問題についてなら、解決は簡単だよ。……このプロジェクトの最高責任者に科学や魔法、魔術などのあらゆる分野に精通し、それぞれの分野においても遺憾なく規格外ともいえる才能を発揮する天才を据えるっていうのはどうだい?」
「………………は、はぁ?……そのようなとんでもない逸材、一体この世界のどこを探せばいると言うのだ?」
いきなり訳の分からないことを言い始めた【偽物】に対し、元造は怪訝な表情を浮かべながらそう言い返すも、【偽物】は静かに首を振りながら言葉を続けた――。
「――探す必要は無いよ。ただ、呼び出せばいいだけさ」
◇◇◇
――聖杯生産化計画が提案された日から一週間後。
四葉家の敷地内にある地下施設……その一室に真夜、元造、九島、そして【偽物】の姿があった。
部屋の中央には英霊を呼び出すための魔法陣が描かれ、その端には九島が身じろぎ一つせず静かにその陣を見据えている。
そんな九島に、そばで準備を進めていた【偽物】が声をかけた。
「もうすぐ触媒が届くみたいだよ。心の準備は大丈夫かい?」
「ああ。……しかし、本当に良かったのか?私が今から呼び出す英霊のマスターになっても」
そう言いながら、九島は自身の右手へと視線を落とす。そこにはつい先刻、【偽物】によって刻まれた令呪が赤い光を仄かに放ち輝いていた。
九島のその問いかけに、【偽物】ではなく元造が答える。
「もちろんです。九島先生にはこの件で献身的に協力してもらっていますので、四葉家と九島家を繋ぐ同盟の証として受け取ってくださればこちらとしても嬉しい限りです」
元造が九島にそう言っている最中、【偽物】のもとに歩み寄った真夜が静かに口を開く。
「ねぇ、【偽物】。今から呼び出す英霊ってアスクレピオスと同じで【魔術師】の枠なのよね?……連続で同じクラスになるけど、大丈夫なの?」
「うん、そこは心配いらないよ。四葉の研究員たちに頼んで前マスターの大聖杯の設定を少しいじってもらっているんだ」
「……?どういう事?」
「前回、アスクレピオスを呼ぶ際は僕が聖杯となって魔術師のクラスで呼び出したけれど、そのためにもう僕の中の魔術師クラスが埋まっちゃったからね。だから今度は大聖杯を主軸にして英霊を呼び出す事にしたんだよ」
「……そうすれば、今から呼び出す英霊を魔術師として顕現させられるの?」
「大聖杯が四葉家に運び込まれてから今まで、四葉の研究者たちの手によって大聖杯の解析と改良が進められてきたからね。……大聖杯のクラス設定を【偽物】から基本の七騎に設定を変更することくらい問題無くできるようになっているよ」
【偽物】からのその返答に、真夜は「そうなんだ」と小さく相槌を打つと、そこでふと新たな疑問が彼女の中で沸き起こりそれを続けて【偽物】に向けて投げかけていた。
「……そう言えば、前にアスクレピオスを召喚した時、言ってたわよね?アナタと大聖杯が繋がれば、『神霊』クラスも意図的に呼び出せるようになるって」
「うん、言ったね」
「という事はもしかして、その方法を『神霊』クラス以下の英霊を対象に使うなら、触媒無しで特定の英霊を意図的に呼びだせるってことも可能なんじゃ……?」
「そうだね。可能だよ」
「なら、今回わざわざ触媒を用意する必要は無かったんじゃ……?」
「いや、そうでもないよ」
「どうして?」
首をかしげながら重ねてそう問いかけてくる真夜に、【偽物】は困ったように小さく「ウーン」と唸りながらポツリと声を漏らす。
「これは自分ごとになるから、あまり話したくは無かったんだけど……正直に言って、触媒を用意するのは僕自身のためでもあるんだ」
「アナタ自身のため?」
「そう。……一言で『英霊を意図的に呼び出す』と言っても、その内容は生半可なモノじゃない。キミたち風に例えるのなら、『広大な砂漠から小さな針を一本探し出す』のと同様に難しい事なんだ。それを一瞬ともいえる刹那の時の間に目当ての英霊を捜索、発見して交渉したのち、呼び出しに応じてもらう。……それだけの情報処理を行うのだからその負荷も相当なものになる。それが僕の身に一気に押し寄せて来るんだ」
「………………。そうなると……どうなるの……?」
「まず僕でも無事じゃあ済まないかな。良くて僕の機能が破壊、悪くて霊核(英霊の心臓部)が自壊して消滅ってことになるかも――」
「――ごめんなさい。やっぱりさっきの質問、無しでお願い」
「うん、分かってくれて嬉しいよ真夜。……まぁ、そういう理由だから、わざわざ触媒を用意するのもその効果で前もって目的の英霊の捜索範囲を狭めて見つけやすくすることで僕にかかる負荷を軽減させるっていうのが主な理由なんだ」
【偽物】がそう締めくくった直後、唐突に部屋の扉が開き、そこから四葉の研究者たちが数人、『今回の触媒』を台車に乗せて入室してくる。
大きな布がかけられたその触媒は、台車ごと魔法陣を挟み込む形で九島の対面へと静かに設置された。
設置を終えた研究員の一人が触媒に欠けられた布を丁寧に取り外し、中の触媒が九島たちの前にさらされる。
その触媒を視界の中に収めながら、九島は感慨深げに口を開いた――。
「やれやれ……まさか学生時代に旅行先で立ち寄った際に見たルーヴル美術館に飾られたこの絵を、今またここで拝見する事になろうとはな……」
「何なら、儀式はもう少し待って絵を鑑賞していてもいいよ?」
何気ない【偽物】からのその提案に、九島は静かに首を振る。
「いや、その必要は無い。――早速始めるとしよう」
それを皮切りに、九島は令呪が刻まれた右手を前にかざしながら早々に詠唱を唱え始める。
やがて魔法陣が光り輝き始め、だんだんと部屋中を明るく照らし出す。そして、その光の中で――。
――触媒となった『モナ・リザ』が、その絵画の中で自身の創造主が召喚されるのを今か今かと待ちわびるかのように、微笑んでいる姿が浮かび上がっていた。