そしてその閃きの結果は?
某日、遠征支援委員会室にて。
ドリームジャーニーは新しく仕立て上がった白い勝負服を試着して、レースに支障がないか確かめていた。
『雪白の夢路』と名付けられたその白の衣装は、いつもの黒い衣装とは異なる彼女の魅力を引き出している。
「ふむ、裾捌きは問題ないですね。肩の可動域は、どうでしょう?」
そう言いながら、両腕をあげたり下げたりしているドリームジャーニー。
トレーナーはそれを見ながら満足そうに声をかけた。
「ジャーニー、とても似合ってるよ。」
「ありがとうございます、トレーナーさん。」
いつものとおり、トレーナーの褒め言葉をさらりと受け取る。
きっちりまとめられた後ろ髪、細い首、白いうなじ。
動くたびにそよぐドレスの裾、きらりと光る右前方に縫い取られた繊細な金糸の刺繍。
そして彼女の父親からクリスマスプレゼントとして贈られたという、スターグレーサファイアをあしらった首元のチェーンと指輪をつけている。
まさに非の打ち所がない勝負服であった。
その時トレーナーはふと閃いた!
このアイディアはドリームジャーニーのドレスアップに活かせるかもしれない!
「ジャーニー、この後予定ある?」
「この後は寮に帰るだけですから、特にありません。どうなさいました?」
「すぐ戻ってくるからちょっと待ってて!」
そう言い残し、トレーナーは部屋を出て行った。
しばらくして息急き切って戻ってきたトレーナー。
その手には大きめの紙袋が下げられている。
「これ借りてきたんだけど、ちょっとこれをつけてみてくれないかな?」
「これは・・・!」
眼鏡の奥の水色の瞳が僅かに細められる。
中に入っていたのは、レースで飾られた純白のヴェール、白いグローブ、そして薔薇のブーケだった。
トレーナーは、白いドレスのドリームジャーニーにヴェールとグローブをつけ、ブーケを持たせることで花嫁姿になるのでは、と考えたようだ。
トレセン学園の倉庫にはこういった衣装や小物も多数保管されているので、その一つを借りてきたのだろう。
ヴェールはウマ耳用の穴が開けられており、グローブはシルク風の生地で仕立てられ、ブーケは造花ながら白とピンクの色合いが華やかさを醸し出している。
「花嫁シーザリオさんのようなマリアヴェールですね。トレーナーさん、つけていただけますか?」
「あ、ああ!」
マリアヴェールとは頭からかぶるタイプのヴェールで、ウマ耳にさえ通してしまえば激しく動かない限り外れることはない。
不規則に動くウマ耳を触らないように通すのは難しく、何度か触ってしまって、その度にドリームジャーニーはわずかに身じろぎしでいた。
ドリームジャーニーの腰のあたりまで垂れ下がったヴェールが皺にならないよう、後ろの束ね髪に数カ所ピンで止めるトレーナーは、『マーブルチョコ蒸しパンが食べたくなるな』などと益体もないことを考えていた。
「できたよ。ほら、これを持って。ジャーニー、すごく綺麗だよ!」
熱に浮かされたように話すトレーナー。
グローブをつけた後にブーケを渡されて、鏡の前に立つドリームジャーニー。
ほんの思いつきとはいえ、息を呑むほど素晴らしい花嫁ぶりだった。
彼女の頬にわずかに朱が差し、生来の美しさに拍車をかけている。
「あ、あの、ジャーニー。」
「どうなさいました?」
生唾を飲み込むトレーナーがドリームジャーニーに一歩近づいた時、前触れもなく遠征支援委員会室の扉がガラリと開かれた
「こいつは驚いた。ジャーニー、三国一の花嫁ぶりだなあ」
真っ先に声をかけたのはステゴ一族の長ステイゴールド。
「ゴッドママー、メリーウエディング!こうなったら特急で、ゴルシちゃん特製巨大バームクーヘン(根性タイヤサイズ)の制作に取り掛かるぜ!」
引き出物の制作宣言をするゴールドシップ。
「このダイスを貸す。式当日は晴れる方にベットするぜ。」
サムシングフォーの借り物を渡すナカヤマフェスタ。
「式場の保安管理と動線管理は本官が行うでありますよ。」
式当日の治安維持を申し出るフェノーメノ。
不機嫌な様子で黙っていたオルフェーヴルは最後に口を開いた。
「・・・足りぬ!」
「え?」
「花嫁を一人で立たせるなど慮外者が!疾く礼装に着替えよ!」
「わ、わかった!」
オルフェーヴルに叱咤されて、慌ててウィナーズサークル用の礼装に着替えに行くトレーナー。
「姉上の花嫁衣装(マリエ)は最低でもオートクチュール、シルクのフェイスアップヴェール、生花のブーケでなくてはならぬ!このような既製品で済ませるなど…!」
理想の花嫁衣装をドリームジャーニーに着せられず、怒髪天をつく様子のオルフェーヴル。
「オル。トレーナーさんは私に似合うと思ってやってくださったんだよ。」
「それはわかるが、時と場所があろう!」
ドリームジャーニーに宥められても、怒りが収まらない様子だった。
そこでトレーナーが礼装に着替えて戻ってきた。
とても慌てていたのだろう、右の襟が折れ曲がっている。
「失礼します、トレーナーさん」
声をかけて乱れを直すドリームジャーニー。
「ありがとう、ジャーニー。」
意図せず二人の仲睦まじいところを見せつけられてしまう一族の面々。
「ちょうど花婿花嫁が揃ったんだ、式でもするか。」
そう言って、ステイゴールドは机の上にレース名鑑を取り出して置いた
「ちょっ、学園内ではマズいって!」
真っ赤になって抗議するトレーナーの意向など、お構いなしにステゴ一族は囃し立てる。
「オメーはゴッドママーを100年後まで幸せにする気がねーのか!」とゴールドシップ。
「ここまで来てフォールドたあ男が廃る。」とナカヤマフェスタ。
「往生際が悪いであります、責任取るでありますよ。」とフェノーメノ。
「姉上をもて遊ぶとはいい度胸だ。どうなるかわかっておろうな?」とオルフェーヴル。
「わ、わかったよ…。」
観念したトレーナーはドリームジャーニーの手を取り、机の前に並んで立つ。
ステイゴールドは左手をレース名鑑に置き、右手をあげた。
「汝トレーナー、あなたは絶好調な時も絶不調な時も、レースに勝った時も負けた時も、引退後も死が二人を別つまでドリームジャーニーを愛すると誓いますか?」
「…誓います」
「汝ドリームジャーニー、あなたは絶好調な時も絶不調な時も、レースに勝った時も負けた時も、引退後も死が二人を別つまでトレーナーを愛すると誓いますか?」
「誓います」
ドリームジャーニーは表情こそいつも通りながら、ふさふさしたウマ耳はいつもより小刻みに動き、ウマ尻尾も落ちつきがない様子。
そこで、ステイゴールドの黄金の瞳が、まるで悪ガキ大将のようにきらめいた。
「それでは、誓いの口付けを…。」
「ダメだダメだ!絶対にダメだから!」
必死で言い募るトレーナーに興が削がれたステゴ一族。
「しゃーねーなー。本番は宇宙船ゴルシちゃん号で出席してやるぜ!」とゴールドシップ。
「幸運の女神は、ここぞという時に捕まえないと逃げちまうぞ。」とナカヤマフェスタ。
「きっちり線引きできる理性はお見事であります。」フェノーメノ。
「ジャーニーは本当にいい子だからさ、必ず幸せにしてくれよ。」とステイゴールド。
妹オルフェーヴルはまだ仏頂面だったが、最後に口を開いた。
「姉上、本番のブライズメイドは余がつとめる。」
ブライズメイドとは花嫁介添人とも言われ、式の準備や進行を手伝う。
古来は花嫁に悪魔がつかないようにと欺く魔除けの役割もあったという。
その言葉を聞いて微笑むドリームジャーニー。
「皆さんどうもありがとうございます。オル、私も楽しみにしているよ。」
ステゴ一族の面々は満足したらしく、ざわめきながら出て行った
二人きりになった時、しょんぼりとなったトレーナーはドリームジャーニーに全力で謝った。
「なんか、ごめん。僕の思いつきで、変なことに巻き込んじゃって。」
「いえ、嬉しかったですよ。その、トレーナーさんは私を″そういう対象″として見てくださったのでしょう?」
「もちろん。その、卒業したら一緒にご両親のところにご挨拶に行きたいんだけど、いいかな?」
「ふふ、楽しみにしていますよ。でも、少し残念でした。」
「な、なにが?」
「…キスしていただけなかったので。」
頬をほんのり桜色に染めた彼女から、上目遣いでそう囁かれて、トレーナーの理性は失われた。
「その、今から挽回することは可能?」
「…ええ。」
トレーナーは前屈みになって、ドリームジャーニーの眼鏡をそっと外して口付けたのだった。