黒の贖罪    作:黒犬51

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3話

 

 既に人類捨てた荒野に残された、道路の名残を流線型の白いバイクが砂埃を上げながら駆け抜ける。その上には白いヘルメットを被った男女。ハンドルを握るヒロトの背を一回りは小さい少女であるミアが抱いている。

 

「間に合いますかね」

 

「正直に言うなら、厳しいだろうね。コンビの関係が劣悪なら、ホルダーだけで逃げてワンチャンスあるかもだけど。資料を見た限りそれはない」

 

 俺が見た資料には、直近1年でコンビを変更したと言う記載がある、そして前任のコンビの名前には見覚えがあった。約1年前にあったホルダーによる殺人事件。その被害者。世間はホルダーへの規制を強めるべきだなどと宣っていたが、蓋を開ければホルダーへの性的虐待が確認されて口を閉じた。ホルダーへの嫌悪と、中学生そこらの少女の体を弄んだ異常者。それを天秤にかけた時、後者の方が嫌悪感で上回ったのだろう。

 

「なら、急がないとですね」

 

「まぁ、もう着くよ。戦闘の準備は大丈夫?いつも通り、薬剤の使用は基本禁止。お互いに血機をメインで戦おう」

 

 わかりました。と短く返答するミア。正面、砂嵐の奥にある壁にぽっかりと開いた洞窟が見える。

 この世界に生まれたアレスト、それに対抗するために生まれたホルダー、そしてその血を武器に流すことで人類のアレストとの戦闘を可能にした武器。それこそが血機。発明者はあの橘。服のセンスは本当に絶望的だが、発明者としてのセンスは特級品だ。彼女のおかげで、ホルダーの血液に価値が生まれ、彼女たちを消耗品の様に犠牲にする戦闘が避けられ、彼女たちへの迫害も少しはマシになった。

 バイクを止めミアを先に下ろしたのちに地面に降り立つ。目の前の洞窟からは強烈な血の匂い。俺よりも鼻のきくミアにとっては苦痛だろうが、この洞窟から被害者を探すにはミアの嗅覚を頼る必要がある。

 

「かなり匂いがあるけど、鼻は効きそう?」

 

 横でヘルメットを外したミアに聞くと静かに頷く。表情が少し曇っているのでやはり匂いはきつそうだが、耐えてもらう他ない。

 

「じゃ、行こうか」

 

 ミアを先頭に洞窟に入っていく。少し歩いたところで未だにつけたままのヘルメットの暗視モードが起動する。

 何も見えなかった視界が広がり、洞窟の惨状が目に入った。やけに血の匂いが濃いと思ったが、どうやらアレスト同士での共食いが発生しているらしい。所々に、干し肉になったかの様な肉片と血液がばら撒かれている。だが、この中に被害者はいないらしく。ミアは周囲の匂いを嗅ぎならは前に進んでいく。

 

「一体どこまで入ったんでしょうか」

 

「さぁね。でも、救難信号の位置から読むならそれほど

 

「その前に歓迎みたいです」

 

 ミアの言葉に応じて銃を抜く、暗視の範囲には見えないが音からして確かに何かがこちらに向かってきている。まるで水底で溺れた人間の様な声を上げながらその姿が顕になる。それは二足歩行ではありシルエットだけでいえば人間だ。けれど、頭のあるべき場所に頭はなく、腕の代わりに数十本の触手が蠢いている。

 

「ミア、俺がやる」

 

 ミアの横に躍り出て、右手の銃を4連射。正確に2発づつで両方の足を射抜いたことによってバランスを崩す。間髪入れずに大地を蹴って急接近、両腕の触手が主人を守るために向かってくるが、左手で抜いた短剣で踊る様に切り落とす、純白の短剣に血液が掛かり、鈍く光ったのを目視しながら足払い。すでにバランスを崩していたアレストは簡単に転倒。そのまま背の上にまたがり、腕の代わりに生えた触手を根本から切り落とす。もがくそれの心臓がある位置に銃口を合わせて引き金を弾く。動かなくなったのを確認して、再度短剣を突き刺し、血を吸わせる。微かだった光が強くなったのを確認し、鞘に収める。

 

「出る幕なしですか」

 

「まぁ、触手型は危ないからね。それに、既に弱ってた」

 

 正面から見ればあまり傷はなかったが、背にはつけた覚えのない大量の傷がついている。致命傷になったのはこっちだろう。

 

「急ごう」

 

 再度ミアに先頭を譲る。

 

「はい。いきましょう」

 

 心なしか、早くなったミアの足を後ろから追う。きっと助かってほしいと、そんな淡い願いを抱きながら。

 その後、数回同じようなアレストと会敵、全てヒロトが処理して前へと進む。体感20分ほど経ったところでミアが止まった。

 

「いました」

 

 ミアの視線の先には、見た目だけで言えばまだ中学生くらいだろう。そんな少女が呆然と立ち尽くしている。ただ、その様子がおかしい。周囲には、山の様に先ほど見たアレストが積まれており、その屍の山の中で一切動かずに、壁に向かって立っている。そして、こちらの存在に気づいてかゆっくりとこちらを振り返る。

 全身が真紅に染まっている。服はもう原型を留めていない。ただ、身体中の傷を晒している。周囲には使用したのであろう大量の薬剤が捨てられていた。そして、その瞳は、闇の中で赤く光っている。アレスト化の前兆。だが、こちらを見ても襲ってくる様子がない。ゆっくりとその口が開かれる。

 それを目視した瞬間に後ろから抱く形でミアの耳を塞いだ。

 

「救助に来てくれたんですね。ありがとうございます。私は…もうダメですよね。でも、なんとか彼だけでも助けてくれませんか?」

 

 思った以上に淡々と語る少女に呆気に取られる。明らかにアレスト化が進行している。けれど、まだその瞳には理性があった。少女が少し体を逸らすとそこには人1人がやっと入れる穴があり、その中で1人の少年が寝かせられていた。だが、見た瞬間に手遅れであることがわかった。出血が多すぎる。このような場合に備えて救急救命の道具などを持ってきてはいるので止血までであれば出来るだろう。ただ、少年に必要なのは止血だけではない。輸血も必要になる。だが、輸血は都市に戻らなければできない。となると洞窟から運び出す必要があるが、どれだけ急いで運び出したとしても運び出すまでに30分、その後都市に戻るまでどれだけ順調に行っても1時間はかかる。それだけの時間、この男の身体が保つとは思えない。どれだけ最善策を打てたとしても、もう助ける事は厳しいだろう。

 それを伝えるべきか、伝えないか逡巡していると腕の中のミアが脱出した。ミアに言わせるわけにはいかない。

 

「本当に申し訳ない。どれだけ急いでも、きっと間に合わない」

 

 闇の中、瞳を赤く光らせた少女は、これだけの状況でも、激昂も、涙もしない。その表情はきっと俺たちを気遣ってのものなのかそもそも本人も気づいていたのか、泣きそうになりながらも無理に笑っていた。まだ中学生ぐらいの少女だ、そんな優しさを持たずに罵倒してくれた方が俺としては楽だった。その優しさが逆に苦しい。しばらくの静寂の後、少女は目元を拭う。だが、その血まみれの手では、溢れるものは拭えない。その様子を見て、ミアが持っていたハンカチを投げ渡す。少女はそれを使うか少し迷っていたようだが、ミアの表情をみて、結局使うことにしたらしい。

 

「だったら、お願いを聞いてくれませんか」

 

 少女からの問いに静かに首を縦に振る。正直なところ、叶えられないことの方が多い。だが、ここでそんなことをいうほど俺の人間性は腐ってはいない。何も救えなかった以上、最後くらいは希望を持たせてあげたい。

 

「復讐してください。私たちは彼の妹の医療費のために依頼を受けていました。そんな彼の妹を人質に私たちにこの依頼をしてきた奴等がいます。これ以上、同じ様な被害者が出ない様に、お願いします」

 

「もちろん」

 

 俺としても、このような状況を作り出す輩を看過できない。

 少女は満足そうに笑うと、倒れた男の横に置かれたバックの中から、一つの封筒を投げ渡す。それを受け取ると、ポーチに入れる。

 

「では、お願いします。1発で決めてくださいね」

 

 言葉にはされなくても、意味はわかる。しまっていた拳銃を取り出して、ゆっくりと彼女に向ける。まだ、中学生くらいの見た目の少女、そんな少女をこの手で殺す。幾度も経験した。なんなら他人よりは遥かに多いだろう。でも、いつまで経っても慣れることはない。彼女たちのあったはずの未来をこの手で摘み取る。この罪は必ずいつか贖う。

 

「復讐は必ず」

 

 引き金を引く決意を決めた瞬間。ミアが叫ぶ。

 

「待ってください!」

 

 流石に驚き。銃口を下す。目の前の少女も赤い目を見開いている。

 少女を見れば、体から湯気が上がり、傷が急速に治り始めている。もう、時間がない。

 

「まだ、数字を測っていません」

 

 俺の服を掴み、ミアがこちらを見上げてくる。そんなことをせずとも、見ればわかる。赤い瞳に急速回復。どちらもアレスト化末期の症状。これ以上進行が進むと1発の銃弾では殺せなくなる。そうなればお互いに何一つメリットがない。双方のためにも、ここで命を終わらせるのが最善策。

 だが、考えてしまう。本当に一縷の望みもないのか、どこにも希望はないのか。恐らく、それは完全な零ではない。もしかすると正面の少女は特別で、アレスト化に対抗できるのかもしれない。けれど、それは夜天に輝く星々からたった一つを見つけるような凶行。それに、その行為は彼女に残酷な希望を持たせることに他ならない。

 であるならば、俺の判断はすでに決まっている。

 

「ミア、目を瞑ってくれ」

 

「ありがとうございます。優しいんですね」

 

 洞窟の中に一発の銃声が響く。白銀の銃弾は彼女の眉間を正確に貫いた。しばらくの間、少女は痙攣を起こし、眉間から煙をあげていたが、しばらくすると動かなくなった。そこまで見送ったのちに、現場をスマートフォンで撮影し、男の荷物を回収する。

 

「なんで…」

 

 泣きそうな声のミアを背に、動かなくなった少女を男の横に寝かせ、見開かれた瞳をゆっくりと閉ざす。まだ、なんとか息のある男は、すでに力の入らない両手を必死に動かし、その少女を抱き寄せる。その瞳を涙がつたい、何かを少女に向かって必死に呟いている。ほぼ聞き取ることのできないような声だったが、それが謝罪であることが理解できた。

 

「本当に、すまない。必ず報いを受けさせる」

 

 それだけを言い残し、その2人を残して、振り返ることもなく、2人で洞窟の出口に向かって走る。事前に道中のアレストは処理していたこともあり暗視ゴーグルの効果とミアの嗅覚によって洞窟からは問題なく脱出できた。ただ、空気は重い。2人同時に洞窟から脱出、まだ陽は高く、ジリジリと荒野に立った2人を嘲笑うように見下ろしている。ヘルメットの暗視効果をオフにしてミアの表情を伺う。ミアは下を向いており、こちらに目を合わせようとしない。

 正直に言えば、俺たちはこのような状況によく会う。というのも橘からくる依頼の多くがこのような救助依頼だからだ。そして、それはたらい回しにされたものが多い。救助を要請しているような状態でたらい回しにされるとどうなるか、多くの場合が手遅れになる。そして、今回のような状況に陥る。そして、その度にミアは深く傷ついている。俺はそんな姿を見たくない。だから過去に何度か、ミアに他の依頼を斡旋してもらうように橘に伝えようかと相談をしたがその答えはいつも決まってNOだった。目の前に助けられる人がいるなら助けたい。少しでも助けられる可能性があるなら救いたいといって聞かない。実際のところ、その意見には俺も同意できるのでミアが辞めたいというまでは続けようと思っている。

 

「さっきはごめんなさい。冷静になるべきでした。それで…するんですか。復讐」

 

 相変わらずミアの表情は暗い。その頭をポンポンと叩き、周囲に目を走らせる。見える範囲では特にアレストはいない。

 

「やってやりたいのは山々なんだけど、俺の手では無理かな。橘も問題視してたし上が動くんじゃない?」

 

 地面に無造作に置かれたヘルメットを持って、少しばかり土を払ってからミアの頭に被せる。

 

「帰ろう。そんでもって美味しいものを食べてゆっくり寝よう」

 

 白いバイクに跨り、後ろにミアを乗せる。しっかりと腰に手を回したのを確認して、レバーを握ってペダルを踏み込む。人間のいなくなった荒野を純白のバイクが駆け抜ける。彼らの目指す先には、白いドームで覆われた巨大な都市があった。東部最終最終楽園都市、それが彼らの帰る場所であり、残された人類にとって、いつか来る終末を受け入れるための巨大な棺でもあった。

 

 

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