White wish   作:黒犬51

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4話

「待ってくれたんだ」

 

 エレベーターから降りた彼は外に置かれてた佐々木の車に乗り込んだ。

 

「貴方を送ったと言えば多少サボれますからねぇ。それにすぐには戻らないでしょうから」

 

 その発言にヒロトは吹き出してシートに体を預けながら愉快そうに笑う。

 

「多分そんなすぐには戻れないな。まぁ、橘の相手はマジで疲れるだろうし今度タイミングあったら一緒に飲もう」

 

「奢りですか?」

 

「そっちの方が儲かってるでしょ」

 

「そんなことないですよ」

 

 雑談に花を咲かせている車窓からはすでに陽の沈んだ世界が映っている。空にあるはずの月も星も見えないが、夜は訪れる。街は街灯と家家の光で照らされている。仕事終わりであろう人々がやつれた顔で帰路についている。

 

「そうだ、忘れないうちに電話しないとなんだ」

 

「なら少し静かにしておきますねー」

 

「よろしく」

 

 スマホを取り出して電話帳を開き、棺桶という物騒な名前で登録された先に電話をかける。一回のコールが終わる前に電話が取られた。声自体はとても若い。ミアと大差ないだろう。しかし、その声色は非常に落ち着いている。

 

「おやすみなさい。こちら葬儀屋の棺桶(グレイブ)です。ご用件はなんでしょうか」

 

「あ、ヒナギクさんかな。ヒロトです。少し依頼をしたくて、海江いる?」

 

「ヒロトさんでしたか。代わりますね」

 

 どこかで聞き覚えがあるが名前の出てこないクラシックが保留音として流れ、2周目に入る前に電話が取られた。

 

「あれ、ヒロト?依頼?」

 

 電話の先から少し眠そうな女性の声がする。

 

「まさか寝てたの?まぁ良いや。そう。橘から救助依頼もらったんだけど、助けられなかったコンビの対応をお願いしたいんだよね」

 

「了解。場所は?」

 

「後で送るけど、洞窟なんだ。大抵のアレストは処理済みだし、2人なら問題ないと思うけど、ルール上俺も同伴する」

 

「わかった。人数は4人?」

 

「いや、2人。違法依頼で洞窟に行かされた被害者だった」

 

 違法依頼でという言葉に反応して電話先から舌打ちが聞こえる。それに対して舌打ちはダメですというヒナギクの声が聞こえ、平謝り。少しして再度会話が始まる。

 

「また違法依頼?上層部は何してんの?」

 

「尻尾が掴めないんだと。まぁ、そろそろ高ランクの奴らも出るだろうし時間の問題だろうね」

 

「そうだと良いけど。まぁ、良いわ。日程は明日でいいの?ミアちゃんも来る?」

 

 実のところ俺だけで良いかと考えていた。ミアは目の前で死んだ瞬間を見ている。もう一度それを見せるのは出来れば避けたい。

 

「迷ってる。ミアの目の前でホルダーを...な。だから行きたがらないかもしれない」

 

 処理という言葉を使いかけて辞める。俺としても彼女たちにこんな言葉を使いたくない。橘への連絡の際には双方で使う言葉を決めているため使う他ないが、年端の行かない少女を殺したという事実をそんな業務的な単語で表したくない。

 

「あー、なるほどね。言わなくて良いわよ。まぁ、どうせいつもどおりでしょうしどっちでも良いわ。現地にはどうやっていく?」

 

「あー、行き方か。どうするか」

 

 徒歩で行くには少し遠い。それに帰りは遺体を持ってくる必要がある。外の世界は人間の物ではない。出来るだけ歩く時間は減らしておきたい。

 迷っていると佐々木が声をこちらを見て合図を送っていた。すでに車は事務所についていたようで停車している。

 

「ごめん、ちょっと待って」

 

 電話のミュートを押して、佐々木に指でOKのマークを作る。

 

「足を貸しましょうか。4人ですよね」

 

「え、良いの?」

 

「橘さんも内容聞けば文句言いませんよ」

 

「マジか。ありがとう。ならお言葉に甘えようかな」

 

 ミュートを解除する。

 

「足はこっちで確保できそう。明日、いつもの花畑で」

 

「そう?わかった。じゃ、私は寝るから」

 

 電話先でまた寝るんですか?!とヒナギクの声が聞こえた気がするが俺は何も言わない事にして電話を切る。

 

「ありがとう。助かるよ。いつものところに置いてくれれば使うから、終わったら事務所まで運転していくよ。遺体を乗せて自動運転は少しね」

 

「わかりました。ついたら電話してください」

 

「了解。じゃ、また明日」

 

 車の扉を開けて外へ出る。一回の飲み屋が空いていたが、明日も用事があるので今日は飲めない。本当は今日飲む予定だっただけに少し辛いが仕方ない。横の階段を登り、扉を開く。そこには再度白いワンピースに着替えたミアが立っている。どうやらアイスを食べていたようで口元にチョコが付いている。

 

「おかえりなさい。思ったより早かったですね」

 

「まぁ、報告するだけだしね。後アイス口についてる」

 

 ミアの頬を指でなぞってそのアイスを拭き取り、キッチンへ向かう。ミアが少し不満そうな顔をしていた気がするが、別に気にしない。

 

「違法依頼はどうなりそうですか?」

 

「多分、解決に向かうと思う」

 

 チョコのついた手を洗い、冷凍庫を開く。冷凍のうどんと蕎麦、少し迷って蕎麦をとる。

 

「蕎麦にするけど夜ご飯食べれる?」

 

「お願いします」

 

「わかった」

 

 もう一つ、冷凍庫から蕎麦を取り、コンロの上に放置された鍋をとって水を入れる。

 

「そうだ。一応聞いておくけど明日遺体の回収に海江さんと行くけど来る?」

 

 聞き辛くはあったが、早めに聞いておいた方がいい。水を火になけながら片目でミアを見る。少し迷っているらしく、持ってきたカップアイスのゴミを手に持って目も合わさずに止まっている。

 

「別に無理しなくていい。回収だけだし、俺と棺桶(グレイブ)だけで事足りるよ」

 

 俺としてはミアを連れて行きたくない。実際、戦闘が発生するたびにミアの終わりが近づいてしまう。永遠はないことは理解している。ただ俺はミアが傷つくことも、命が短くなることもしてほしくない。必要ではないリスクは取ってほしくない。

 

「行きます」

 

「...わかった。なら明日一緒に行こう」

 

 ただ、これが俺の我儘だということは重々承知している。もしミアが行きたいというのであれば止めるつもりはなかった。

 俺としてもミアがいた方が安全なのは事実。こちらをじっと見ているミアに笑いかけて頭を撫でる。

 

「テレビでも見てていいよ。まだ時間かかるからね」

 

 アイスのゴミを捨てて、ミアはテレビに向かい、椅子に座ってテレビをつけ、番組表を確認する。

 明日の洞窟、アレストはそれほど問題ではない。それよりも気をつけるべきは、依頼者。救助が行ったことがわかっている以上、証拠隠滅のために遺体を回収しに来る可能性が高い。基本的にこの世界では救助と遺体の回収は同時に行われない。というのも過去、救助に失敗し遺体を持って帰った結果、ドーム内でアレスト化、大惨事になった事がある。以降、遺体の回収には最低1日の待機が必要になった。

 そのため、合法的に最速で遺体の回収を行う場合、明日の朝になる。相手も同じことを考えていた場合、遭遇する可能性もあるが、その場合はその場その場で判断しよう。棺桶(グレイブ)は死体漁りの対応で慣れているので問題ないだろうが。

 片目に見ていたお湯が沸騰したのでいまだに冷たく硬い蕎麦を放り込み、めんつゆの準備をする。と言っても適当に麺つゆを水で割るだけ、すぐに作業が終わった。ミアは見るテレビを決めたようで画面に向かっていた。映っていたのは戦隊モノ、正直名前を忘れてしまったが、少女が変身して悪を討つようなお話だとミアから聞いた記憶がある。ピンク色のドレスを纏った少女がイガグリのような敵に蹴りを打ち込んでいる。もっとミラクルな光線とかで戦うものかと思っていたので少し驚いた。ぼーっと眺めていると決着が着いたらしく、ミラクルな光線を持っていたステッキから繰り出して、イガグリのような敵が断末魔を上げながら爆散した。思ったよりもショッキングな内容に少し驚きつつも茹で上がったそばの調理に戻る。

 

「もうできるよ。それなんてアニメだっけ」

 

「ありがとうございます。魔法少女プリティスターです」

 

 そんな名前だったなぁと思い出しつつ、水を切り、器に移したそばを持って行く。ミアは使わないが、自分用に七味も持って行く。

 

「可愛い名前だけど、結構しっかり敵が爆散してたね」

 

 机に器を並べながら苦笑する。それを見たミアも笑っていた。

 

「でも、特殊な子達はあれくらいできますから、ファンタジー感はあまり無いですね」

 

「そういえばそうか」

 

 ホルダーとひとまとめに言っても、彼女たちは多種多様。基本的に動物の遺伝子を持っている彼女たちだが、稀に複数個の遺伝子を持った結果、凄まじい力を持つ子達がいる。ただこれは人類にとってただプラスというわけではない。強力なホルダーであればあるほどアレスト化した際の影響は大きい。そのため彼女達は極力戦闘を避けており、緊急時だけしか出てこない。

 

「まぁ、早く食べてお風呂入って今日は寝よう。明日も早いからね」

 

 そうして箸を手に取ってミアを見るとすでに皿が空になっていた。

 

「え、もう食べたの」

 

「はい。ご馳走様でした。お風呂に入ってきますね」

 

 そう言い残してミアは皿を持って行き、洗い始める。相変わらず意味のわからないスピードだ。これはホルダーがどうとかではなく。シンプルにミアが早い。施設にいた際に、食事はなるべく早くと教えられたらしく癖が抜けないらしい。

 皿を洗い終わり、風呂場に向かうミアを見送ってテレビをニュースに変える。明日の天気予報だった。と言ってもドーム内の天気は全て管理されているので天気予報というよりかは予告に近い。そして、外の天気はわからない。だから別に聞いておく必要はない。食べる片手間に聞いていると天気予報が終わるとほぼ同時に食べ終えた。

 

「ご馳走様でした」

 

 手を合わせて、皿を下げて洗い始める。ニュースは次のステップに入ったらしい。違法依頼について専門家を自称する人間が偉そうに語っている。最近はニュースでも扱われ、社会問題になっている。これ以上面倒ごとになる前に解決した方がいいと橘に話したことがあるが、かなり巧妙に行われているらしく捜査が上手くいかないらしい。正確には、上手くいかないのではなく。上手くできないのであろうが、そこは深掘りしないことにしている。それを知ったところで、俺にできることは特にない。

 

「ヒロ、でましたよ」

 

 まだ髪の濡れた状態でミアがこちらに顔だけ覗かせる。そんな状態で出てこられても俺はまだ入れないのだが、ありがとうとだけいって水気を拭いた皿を元あった場所に戻す。蕎麦を茹でた鍋は洗った上でコンロの上に置いておく。どうせ明日も使う。

 ドライヤーの音が聞こえ始めた。どうやら今日は自分でやるらしい。机の上のタバコを持ってベランダに向かう。外は夜だ。皆が寝静まる夜。ただ、これは基本的に、である。遠くに見えるビルにはまだ灯りが灯っていた。人間が生活をしている以上、夜に全て休止するわけにはいかない。人間も、ホルダーも。目を凝らせば、ところどころの屋根の上に少女がいる。座っていたり立っていたりは様々だが、皆一様に空を警戒している。その彼女たちを眺めながら煙を吹かしていると上から声がする。見上げると黒い服に身を包んだ少女が屋根から覗き込んでいた。フードで髪を多い、黒いマスクまでつけているので見えるのは目元だけだ。

 

「臭いのでやめて下さいよー」

 

「吸わないとやってられないんだよ」

 

 無視して吸っていると黒い少女がベランダに降りてきた。

 

「私と貴方の仲じゃないですかー」

 

 そう言って体を寄せてくる。それとなく押し返し、そっぽを向いて煙を吐く。

 

「そんな仲になった覚えはないね。早くお仕事戻りなさいな。また竜胆にどやされるぞ、夜薫さんよ」

 

「だいじょぶだいじょぶ、私は夜目がきくからねー」

 

 相変わらずののんびりした口調にペースが乱される。この少女は夜薫。夜行隊と呼ばれる部隊の1人。夜行性かつ夜目の聞く動物のホルダーかつ、優秀な者で構成されている精鋭部隊。過去に一度夜にアレストによる侵攻があって発足した部隊だ。

 

「竜胆もフクロウのホルダーなんだから同じレベルで見えてるでしょ。ほら」

 

 そういった途端に何かが風を切って飛んできて、夜薫の額に直撃する。小さい悲鳴をあげてうずくまる彼女を見てミアが飛んできた。

 

「なにがあった...ていつものですか」

 

 ミアは額を抑えて涙目になっている夜薫をみて部屋に戻っていく。そして、何かが落ちる音が屋根からしたかと思うと全く同じ格好をした少女が降りてきた。背には大きなスナイパーライフルが掛けられている。瞳しか見えないが、夜薫よりは鋭いものの、呆れたように細められている。彼女がこの夜薫の所属する夜行隊の隊長。

 

「良い加減懲りなさいよ」

 

 いまだにうずくまる夜薫の頭を手で軽く小突き、立ち上がらせる。

 

「本当にね。でもまぁ、暇なのは良いことだけど」

 

 相変わらずタバコを吸いながら空を見る。雲もない。ただ、黒が広がっている。おそらくその先に空はあるのだろうが、ぼんやりと曇って見えた。

 

「それはそうですね。では、私達ここで。ほら行きますよ」

 

 その言葉を最後に、2人は軽く飛んで屋根に飛び乗る。しばらく竜胆による小言が聞こえていたが、気づけば静かになっていた。煙を吐き出して、煙草を見れば、既にほぼ炭になっていた。吸い殻を灰皿に捨てて、部屋に戻ろうとするとミアが立ち塞がる。もう寝る準備は万端で、白いネグリジェを着ている。

 

「どうしたの」

 

 ミアは俯いており、回答がない。少し待っていると意を決したようでこちらに目を合わせてきた、

 

「少し、話をしませんか」

 

「いいよ」

 

 二、三歩後ろに下がって、体をベランダの柵に預ける。

 

「どうしたの」

 

 ミアは何も語らない。2人の間に夜の静寂が走る。

 

「もし私が、今日のあの子みたいに、アレストになりかけてしまったら......ヒロが殺してください」

 

 想像も覚悟もしている。そもそも、ルールとして、アレスト化の進行してしまったホルダーの処理はそのコンビに一任される。ただ、多くの場合。それができない。一緒に仕事をし、共に生活をし、共に生きる。そんな中で多くの人間は情が芽生える。それが邪魔をする。手遅れだとは分かっていても、ありもしない可能性に賭けたくなってしまう。

 気持ちはわかる。だが、それでも。俺は。

 

「ルールだからね。そうなったら俺が殺すよ。ただ、そんなことは起きないけどね」

 

 言い切る。これはずっと前から決めていたこと。ゆっくりと頭を上げて、夜天を見上げる。星も月もない。いつも通りの薄曇り。ミアが近づいて、コツンと頭を胸に預けてくる。

 

「そうですよね」

 

 だが、コンビの関係に永遠はない。彼女たちは若くして死ぬ。多くは戦地で命を落とす、ただもし戦地に全く出ずとも彼女たちのアレスト化は進行する。スピードは人によるが、基本的に20歳までは生きられない。

 

「約束ですよ」

 

 胸の中で震える少女の頭を撫でる。人智を凌駕した能力を持っているとしても、心はただの少女。怪我をすれば痛いし、死ぬのは怖い。ただ、それでも世界は彼女たちに覚悟を強制する。

 

「勿論」

 

 この世界は狂っている。

 だからこそ俺は。

 

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