各作品の再現度についてはそこまで自信はありませんので、承知の上でお読みください。
「壁に刺さってた矢を取ってきたぞ。これを調べればいいんだな?」
「ありがとうございます。これで、第2のステップも完了ですね」
石造りの街の路地裏で、1人の少女が古ぼけた矢を受け取って笑顔を見せた。
彼女の名前はリリア。髪を短くヘアバンドでまとめ、花の髪飾りをつけて桜色の瞳を輝かせた容姿には幼さを残しているが、その腰には瞳と同じ桜色の刀身を持つ大剣が下げられていて、彼女がただの少女でないことがわかる。
「リリアちゃん、だっけ。殺人事件の捜査なんていうから俺たちだけでやろうと思ってたけど、案外平気そうだな」
「はい、私これでも勇者ですから」
リリアは受け取った矢の禍々しいオーラに臆した風もなく、元気に答えた。そう、彼女の職業は『勇者』。ある世界で、元はただの村娘だったけれど、勇者の職業を授かって旅に出発し、艱難辛苦の旅路の果てに魔王を倒した過去を持つ波乱の人生の持ち主だ。
そんなリリアがここにいる理由。魔王討伐の旅の後、リリアは残った魔物から人々を守るための旅に出ていたが、『転生の女神』からある人物を助けてほしいという頼みを受けてそれを承諾した。そこで、露出度にはやや難があるものの強力な力を秘めた神衣を受け取り、天界で出会った仲間たちと共に、様々な『記憶の世界』を巡る旅を続けている。
今の記憶の世界は『狩人』のジョブが記録されたクエストで、とある町で騎士が殺される事件が発生し、その犯人を捜すために町を巡って手がかりを探していくという内容らしい。
今、その手がかりのひとつである高い壁に刺さった矢を飛行の魔法の力を使って取ってきてくれたのは、髪を長く伸ばして眼鏡をかけた「おじさん」と呼ばれる男性。ニホンバハマル?という世界から来て、本当はちゃんとした名前があるらしいけれど、「おじさん」でなぜか通っている。気のいい人で、あまりそうは見えないけれどすごい魔法使いらしい。
仲間はもう二人。女神さまから、ひとつの世界には必ず四人で行くことと言われて、ついてきてくれたのは、まずはピンク色の髪をお団子ツインテールにまとめたチャイナ服の少女。
「あんの女神ーっ!異世界ならイケメンもより取り見取りだって言ったのに、事件のせいで誰も外に出てないじゃないネ!騙されたアル!」
八つ当たりの拳で地面の石畳にクレーターを作ったのは、別の異世界から来た武術家の少女タオ。
もう一人は、そんなタオをなだめている褐色肌の小柄な少女。
「あわわ、タオさん落ち着いて。ここはたまたま誰もいないクエストだったかもしれないし」
彼女は水着か下着に近い露出度の衣装を着ているが、手足の装備には暗殺者のような物々しい雰囲気がついている。彼女の名前はレン、タオと同じ異世界から来た、元暗殺者ギルドのメンバーだったという経歴を持つ子だ。
リリアは、そんな彼女たちを見ながら「あはは」と苦笑いをした。クエストは、仲間たちの力を借りながら進めていく。実際、この少し前にもレンの罠解除のスキルで騎士の死体に残った矢から手がかりをつかんだばかりなのだけれど、異世界出身者は癖が強い人が多くてリリアは押されることが多かった。
そしてそれから、一行はタオの敵感知のスキルで怪しい一団を探し出してタオの八つ当たりで瞬殺した後に第三のヒントを得た。そのヒントから犯人は地下水道に潜んでいるらしいという解答を得て、さっそく急行した。
その道中、呪われた扉を見つけた。普通なら触れるのも危ないほどの邪気を放っていたが、そこでリリアが名乗り出た。
「私だって、役に立ってみせます!」
リリアは「浄化」の力を使って邪気を払い、扉の先の部屋で宝箱を見つけた。中身がしょっぱいエーテル片だったことには全員のため息が漏れたが、その先にゴールが待っていた。
「これで、どうアル!」
「ギャピィーッ!」
タオの飛び蹴りが、この事件の犯人の邪悪な魔導士ネクロマンサーを吹き飛ばした。事件は、こいつがスケルトンを操って起こしていたのだった。
ネクロマンサーの消滅で、クエストは無事に完了した。
「タオちゃんの活躍は、どうだったアルか?」
すっかりストレス解消したタオが嬉しそうに自慢してくる。おじさんものんびりした様子で「ラーメンでも食べに行く?」と誘ってきた。リリアは、そういえばお腹が減ったなと気がついた。
後は、この結果を依頼主であるヴァイオラさんに報告して、クエストは終わって自分たちは天界に戻ることになる。そしてまた、別の記憶点へと旅立つことになるはずだ。
しかし……。
「ねえ、なんか少しおかしくない?」
レンが少し緊張した様子でつぶやいた。その眼には元暗殺者の冷徹な光が宿っている。
そういえば……と、リリアたちも違和感に気づいた。クエスト完了後の転移で戻される様子が無い。
その時だった。地下水道自体が大きく揺れ、獣の叫び声のような音が聞こえてきた。
「じ、地震?」
「違うネ、これは何か上で起こったようアル」
「上だ。地上に上がるぞ!」
一行は大急ぎで来た道を引き返し、地下水道の入り口から街中に出た。
空はすっかり星空に覆われている。しかし地面は不気味に脈動し、背筋がぞっとするような悪寒が漂っている。そして再び獣の鳴き声のような絶叫が響き、一行が空を見上げると、空がガラスのように割れて、その中から青白の体を持つ巨大な鳥のような怪物が現れたではないか。
「あれは、そんな!」
「災厄、メドラナク!」
レンが絞り出すようにつぶやいた。
災厄とは、この記憶の世界に発生する文字通り災厄のような怪物たちの事だ。記憶世界の負の感情から生まれたと言われ、これまでにも何度かリリアたちも戦ったことがある。しかし災厄は通常は記憶の世界のはざまに現れ、災厄の残滓と呼ばれる残りカスを除いては記憶世界に直接乗り込んでくることはないはずなのに。
町の上空に現れたメドラナクは白い翼を羽ばたかせて一鳴きすると、町に向かって円状に炎を放った。真っ赤な炎が波のように家々を襲い、たちまち町中に火の手があがる。
「あ、あいつっ!なんてことを」
「所構わずってわけか」
リリアが悲鳴のように叫び、おじさんも苦々しくつぶやく。
そのとき、彼らの元に天界の女神からの声が響いた。
「皆さん、聞こえますか。非常事態です」
「め、女神さまですか!?」
「そうです。女神です。って、そんなことを言っている場合ではありません。理由はわかりませんが、災厄が記憶世界の壁を超えて転生クエストの中にまで侵攻を始めました。このままでは、記憶の世界が破壊されてしまいます」
「そんな! どうすればいいんですか?」
「災厄を倒してください。一つでも記憶の世界が崩壊すれば、そのまま連鎖的に……」
「女神さま?女神さま!」
そのまま女神の声は途切れてしまった。どうやら記憶世界の破壊はかなりまずいところまで進んできているらしい。
どうすれば……リリアは仲間たちの顔を見返した。その顔はいずれも決意に満ちている。
「クリアの条件は簡単なんだろう。時間制限があるなら早い方がいい」
「ようやく帰れると思ってたのに、このうっぷんはあいつを倒して晴らしてやるネ」
「それより、このままじゃ僕たちも帰れなくなっちゃうかもしれない。こんなとき……ううん、僕たちだけでやらなくちゃ」
「みんな……ようし、やろう!あの災厄を倒すんだ」
リリアも決意して腰の大剣を抜いた。敵は災厄メドラナク、これまでにも何回か戦ったことがある相手だ。決して倒せない相手ではないはず。
だが、今回は町中という特殊なフィールドでの対決だ。しかも相手は町の上空に浮いている。上空のメドラナクはざっと50メートルは上を飛んでいて手が届かない。いつもだったら同じ高度で戦えるのに、今回は本当にいつもとは違うようだ。
攻撃を届かせるためにはまず接近しなければならない。リリアは、建物の屋上を目指そうと考えた。ところが、町から絹を引き裂くような悲鳴が響き渡ったのだ。
「きゃああぁーっ!」
「ま、魔物だぁーっ!」
見ると、町中にいつの間にか大量のスケルトンやスケルトンオーガが溢れて町の人々を襲っている。さらに、その大量のアンデットを操っているのは。
「あ、あいつ、さっき倒したはずのネクロマンサーアル!」
「ボスキャラのパワーで復活させられたんだな。まあ、ゲームではよくあることだ」
「感心してる場合じゃないよ。こっちにも来るよ、戦わなきゃ」
洪水のように迫ってくるアンデッドの大群を相手に、リリアたちは否応なく迎撃をせざるを得なくなった。リリアの剣がスケルトンを砕き、タオの蹴りがスケルトンを数体まとめて砕き、レンが死角からスケルトンオーガの背骨をへし折る。
その隙におじさんは一気に片付けようと魔法の準備を始めた。だがそこへ上空から火炎が飛んできて、おじさんの体勢が崩されてしまった。
「おじさん!」
「大丈夫だ。災厄め、空から邪魔してくる気か。やっかいだな、ただでさえこっちの世界じゃ本来の力が使いにくいっていうのに」
心配して駆け寄ったリリアに、おじさんは焦げた服をはたきながら答えた。
上空からメドラナクが火炎を撃ってきて、地上にはアンデッドの大群。リリアは剣を構えながらも声には焦りが混じる。
「どうすればいいの?」
「焦るな、焦りは禁物だぞ。こっちにはヒーラーがいないから傷を受けたらどうにもならん。ともかく頭の上のメドラナクを何とかしないとな……」
おじさんも冷静さを保ちながらも、打開策がすぐには浮かばないようだ。タオとレンも奮戦しているが、無尽蔵にわいてくるスケルトンの大群が壁になってネクロマンサーにたどり着けないでいる。
「こうなったら、私がやらなきゃ」
リリアは大剣を握りしめて覚悟を決めた。神衣をまとっているおかげで高い身の守りを持っている自分が突撃して活路を開く。無謀かもしれないけれど、それしかないと思った。
ところが、リリアが突撃しようとした瞬間、子供の泣き声が耳に響いた。はっとして見ると、路地の影に小さな子供がうずくまっていて、今にもスケルトンの群れに飲まれようとしているではないか。
「あっ、危ない!」
「おい、やめろ、よせ!」
リリアはおじさんに止められるのも構わずに飛び込むように子供を助け出した。
「君、大丈夫?」
「あ、ぅ、お姉……ちゃん」
リリアは抱きかかえた子供からの返事がくぐもっているのを聞いてハッとした。その子の脇腹にスケルトンアーチャーが放ったと思える矢が突き刺さっていたのだ。
慌てて矢を引き抜き、浄化の力で矢の呪いを解くリリア。しかし子供の傷は深く、咳き込みながら口から血をにじませている。
「ああ、どうしよう。誰か薬を!誰か回復魔法をこの子に!」
「リリアやめろ!そんなことをしても意味がない!」
動揺するリリアにおじさんの怒声が飛ぶ。だがおじさんも非情で言っているわけではない。この世界は記憶の世界、かつて起こった出来事を元に再構築されたいわば箱庭のようなもので、そこに住む人間も記憶の出来事を再現するだけの人形のようなものでしかない。ここで死んだとしても再びこの記憶点を訪れれば何事もなく同じことを繰り返している。ある程度の意思を許されているのは記憶点の主人公であるリリアを含む11人の少女たちだけなのだ。
リリアが抱いている子供も、本物の人間のように見えるが、そう見えるように作られた舞台装置の一部でしかない。もし本物の人間ならおじさんも助けに入った。リリアも、腕の中で血を流している子供は用意されたゲームの駒でしかないとわかってはいるのだが。
「できない、私には見捨てるなんてできないよ!」
「くぅっ!」
どうしてもリリアには割り切ることができなかった。おじさんはリリアをかばってスケルトンの攻撃を一身に受けている。しかし、眼鏡の下の目は決して怒ってはいない。
リリアはおじさんを助けようと大剣を持ち上げた。だが両手持ちの大剣を子供を抱えながらの片手では扱えるわけもなく、リリアに大斧を持ったスケルトンウォーリアーがじわじわと近づいていく。タオとレンは助けに入ろうとしていたが、スケルトンの群れに阻まれて近寄ることさえできない。
「こいつら、次から次へとうっとおしいアル!」
「リリアさん、逃げて!」
タオとレンも無限に湧いてくるスケルトンの群れに今にも飲み込まれてしまいそうだ。
もうこれまでなのか? 目の前に迫るスケルトンウォーリアーの虚ろな眼窟を前に、リリアの心を絶望が染めていく。しかし、それでも、それでもリリアは腕の中の小さな命を抱きしめて叫んだ。
「あきらめない。私は一人でも多くの人を救うって決めたんだ。だって、私は、私は勇者なんだから!」
片手では重すぎる剣を振り上げるリリアにスケルトンウォーリアーの斧が無慈悲に迫る。
だがその瞬間、リリアの眼前を何かが通り過ぎたと思うと、スケルトンウォーリアーの上半身のほうが粉々に砕け散ったのである。
「え……?」
リリアは目を見張った。唖然とするリリアの目の前で砕け散った骨片が舞い散り、持ち主を失った斧がごとりと石畳に落ちる。
一体、何が起こったの? 理解が追いつかないリリアの前で、さらにスケルトンの群れが次々と吹き飛ばされていく。あれは……もしかして! さらに、リリアの耳に優しく言の葉を連ねる祝詞が響いた。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神。広く浩々たる大地を司る五柱の大神!」
明るい光と美しい唱が響き渡り、リリアの体に力が満ちてくる。それだけではない。おじさんやタオやレンの傷も癒え、リリアが抱いていた瀕死の子供も傷が消えて安らかな息をつきはじめた。
なんてすごい癒しの力……そしてこの唱。リリアの知る限り、こんなことができるのは一人しかいない。唱の謡い手を探したリリアは、近くの家の屋根の上に立つ青い神官服を着た小柄な少女を見た。
「マインさん!」
「女神さまから、非常事態だということで特別に助っ人を認められました。いけませんよ、あなたとは司書の記憶点に連れて行ってくれる約束をしたでしょう?」
本への執着を匂わせつつも優しく微笑んだ、司書の少女マインの癒しの唱がまた満ち始める。
マインの隣には、鋭い視線で弓を引く長身の神官の青年も立っている。
「フェルディナンドさんも!」
「これにへそを曲げられると面倒なのでな。早めに片付けてくれるのを希望している」
そっけなく言いつつも、正確に弓を引いて闇の呪文を込めた矢でスケルトンの群れに風穴を空けていく。
これで体力が回復できたし、動ける隙間もできた。リリアは抱えていた子供をそっと物陰に下ろすと、スケルトン軍団へと大剣を向ける。
「ありがとう、お二人とも。でも、まだピンチなのは変わらないですね」
「いいや、ピンチはチャンスだぞ」
巨大な火の鳥がリリアの後ろからスケルトン軍団を薙ぎ払いながら突進していく。リリアが振り返ると、眼鏡を光らせたおじさんが燦然と立っていた。
「おじさん」
「思わぬ援軍の出現で、上空の災厄も戸惑ってる。今がチャンスだ。行ってこい、勇者なんだろ」
「おじさん、でも」
「後は任せる。俺はこれから。あっ、お待たせしてすみませーん。どうも、今日も景気よく火をありがとうございました。どうも、いつもいつもお世話になって」
さっと背を向けて精霊へのお礼を始めたおじさんに、リリアは思わずがくっときた。おじさんは数いる異世界人の中でも最強クラスの魔法使いだけど、その分力を借りる精霊へのお礼が欠かせないのが難点だった。
だが、おじさんの言う通り、災厄が動揺している今がチャンスだ。しかし上空にいる災厄をどうやって倒せばいい?
「剣が届きさえすれば何とかなるのにっ」
「なら、届かせられる仲間を頼ればいいんだよ」
陽気な声が響き、リリアの体が風に吹かれてふわりと浮き上がった。そのまま宙に浮かんだリリアを赤い竜が背中に乗せて飛び上がっていく。
「お待たせ、助けに来たよ」
「アズサさん!あなたも来てくれたんですね」
竜の背で、つば広の帽子をかぶった女の子がウィンクしながらリリアに笑いかけた。300年生きた魔法使いのアズサ・アイザワさん、また別の異世界の心強い一人だ。それにリリアを乗せた竜もリリアに頼もしく話しかける。
「空を飛びたいならいつでも言ってください。レッドドラゴンの力をお貸しします」
「ライカさん!」
アズサの弟子で、レッドドラゴンの女の子のライカだ。
二人を乗せたライカは上空のメドラナクへ向かって上昇していく。緊張するリリアに、アズサは穏やかな笑みを向けながら言った。
「勇者だからって、一人で背負い込んじゃダメだよ。ここには大勢の仲間がいるんだから、苦しい時には助けを呼んでね。私も、ここにいる限り、あなたのことを家族同様に思ってるんだから」
「アズサさん……ありがとうございます」
「アズサ様、このまま災厄に直進します!」
「ようしっ、リリア、勇者の力を見せてあげな!」
「はいっ、行ってきます!」
ライカの背からリリアはメドラナクへ向かってジャンプした。そして、その背に向かってアズサとライカは力を与える。
「赤き炎よ……」
「全力でいきます!」
アズサの放った炎の魔法と、ライカの放った炎のドラゴンブレスがリリアを包み込む。
しかしリリアが焼かれることはない。リリアは炎の魔法を習得した勇者、炎を自らの力に変え、流星のようにメドラナクに突っ込んでいく。
「いっけぇーっ!」
剣を振りかざしてメドラナクに向かうリリア。だがなんということか、メドラナクはさらに上昇を始めてしまったではないか。
「くうっ!これじゃ勢いが足りない、届かないっ」
ここまで来てダメなの、とリリアの心に悔しさがにじむ。けれど、そのときリリアの体がふわりと浮かび上がったように思えた。
「浮いた? これならいける! やああーっ!」
勢いのままメドラナクにリリアは体当たり同然にぶつかった。炎の流星のようなリリアの激突にメドラナクの翼の片方がもぎ取れて、メドラナクは悲鳴を上げながら墜落していく。
「や、やった!」
落ちていくメドラナク。だがまだ力尽きたわけではなく、町ごと道連れにしようと腹の下に巨大なエネルギー球を溜め始めた。あれを使って自爆されたらそれこそ一帯が吹き飛んでしまう。
だが、墜落していくメドラナクに黒い蝶がまとわりついて動きを封じていく。
「黒霧、蝶の舞」
舞い上がる蝶の群れの中心にはレンがいた。レンの特殊能力は魔力を使って毒素を操れること。毒を無数の蝶の形に変えて飛ばし、毒蝶にまとわりつかれたメドラナクは麻痺して自爆を封じられた。
そして落下点にはタオと、美しい光の輪の中で歌うシスターがいる。
「歌で皆さんを支えます」
タオやレンの友達の心優しいシスターのイーシャ。その歌に秘められた神聖魔術の力が、それを聞く者の疲れを癒して力を与えていく。慈愛に満ちた美しい歌声を聞いて、タオは真上から落ちてくるメドラナクに不敵な笑いを向けた。
「おかげで元気いっぱいネ。さんざんやってくれたお礼、百倍にして返してやるアル!」
呼吸を整え、全身に気を巡らせていく。東洋の気術を受け継ぐタオは、呼吸を操り、人体の力を極限まで引き出せる。そしてその力を凝縮し、手のひらからメドラナクの頭に向かって叩き込んだ。
「全力のぉ、ゼロ距離気功弾アル!」
超破壊力の気弾の直撃で、メドラナクの頭が文字通り消し飛ばされる。そして頭を失って崩れ落ちるメドラナクの体を、イーシャの傍らに控えていた銀髪のメイドが見上げて剣を抜いた。
「後始末を忘れてはいけませんね。しばしお待ちくださいませ」
超神速の剣閃がきらめき、メドラナクの残骸はわずか瞬きひとつくらいの間に原型をまったく留めないほどに粉砕されて飛び散っていた。むろん、町にはなんの被害も無い。
「後始末どころか、一番いいところ持っていきやがったネ。シルファ」
「思ったより切りごたえの無い相手で、つい切りすぎてしまいました」
タオの憎まれ口を軽く返したのは、王家専属メイド兼剣術指南役のシルファ。ラングリス流と称される彼女の剣技は魔人さえ切り裂く。
残るはネクロマンサー一体。災厄が倒されたのを見たネクロマンサーは、慌ててありったけのスケルトンを召喚して守りを固めようとしてきた。しかし、そこに遅れて落下してきたリリアが全身にまとった炎を大剣に移し、スケルトンの群れの中心に飛び込んでいく。
「これが、勇者の力!私が、すべて断ち切る!」
リリアは自らの魔法力をすべて炎に変え、巨大な炎の剣を生み出して振り抜いた。これがリリアの勇者としての最大最強のユニークスキル。
『ザ・ブレイブ・ワン!』
聖なる炎が大地を赤く染め、スケルトンたちを飲み込んで消滅させていく。だが町や仲間たちにはなんの悪影響も及ぼさない、まさに勇者の力に仲間たちはリリアに笑みを向ける。
だが全力をひたすらに出し尽くしすぎたリリアは力尽きて、そのまま落下に戻ってしまった。危ない、頭から地面にぶつかってしまうと悲鳴が上がりかけたが、リリアは地面直前でふわりと浮いて優しく石畳の上に下ろされた。
「え? え?」
なにが起きたのかリリアもわからないが、無事だったリリアに仲間たちが駆け寄ってくる。
そして、スケルトンを全て失ったネクロマンサーは奇声をあげながら逃げ出そうと踵を返そうとした。しかし、ネクロマンサーが瞬間転移の魔法を使おうとした時、魔法の杖が手から消えていたのに気づいて悲鳴をあげた。
「ヒッ、ヒィッ!?」
「ウィヒヒヒ、ちゃんと働いたから今日のおかずはおごってね」
ネクロマンサーの傍らには、杖を奪って怪しい笑みを浮かべる青髪の少女がいた。ネクロマンサーは当然杖を奪い返そうとしたが、一瞬後には青髪の少女は金髪のエルフに抱えられて離れた場所に跳んでいた。
「やったわね。って!もう、あなたがゆっくりしてなかったらもっと早く来れたのに。べ、別にあなたのためじゃないんだからね」
ガッツポーズとツンデレな仕草を見せる二人の女の子に熱視線を向けられて、おじさんはそっと視線を逸らした。伝説の凍神剣の使い手の少女メイベルが、その力で気配を消して杖を盗み出し、古代魔道具マニアのエルフ(通称)がメイベルを連れて離脱した。二人ともおじさんにとって腐れ縁というか戦友というかの仲だが、その関係の凸凹さはリリアたちも理解しきれていない。
杖を奪われて魔法が使えなくなったネクロマンサーは、それでも逃げようと走り出そうとした。だが、それより早く、ネクロマンサーの牛の骨のような被り物を後ろから押さえつけた手があった。
「おおっと、これだけやっといて逃げようなんてムシがいいんじゃねえかぁ?」
頭にヤギのような角を生やした小さな魔物がネクロマンサーを見下ろして皮肉げに告げた。
ネクロマンサーの背後には、半ズボンを履いた小柄な少年が浮きながらネクロマンサーを押さえつけている。少年はその年齢には似つかわしくない不敵な笑みを浮かべ、リリアは彼の名前を思わず叫んだ。
「ロイド、くん!」
異世界にあるサルーム王国の第七王子。そして数いる異世界の魔法使いの中でもおじさんと並んで最強格の一人。彼も来てくれたんだ……もしかして、体が急に浮いたあのときやあのときも、彼が?
ロイドはリリアの疑問にはなにも気づいていないという風に飄々としながらネクロマンサーを恐ろしい力で押さえつけ、愉快そうに笑って告げた。
「楽しかった。いろいろなものが見れて実に有意義で充実した時間だったよ。さてお開きの前に、もうひとつ試しておこうか。こっちのやつにも『浄化』は効くのかな?」
ネクロマンサーの悲鳴と神聖魔術の輝きが、戦いの終幕を告げるベルとなった。
元凶となった災厄は消え、記憶の世界の破壊は防がれた。
リリアも改めてマインに傷を癒してもらい、一行は天界への帰還のために集まる。
「そういえば今回のクエストは……失敗だよね」
元々の転生クエストがどうとか言っていられる状況では無いのは見ればわかった。町は半壊して住民も四散している。
女神から聞いたところによると、災厄に破壊されたところを直して再度クエストを受けてもらうことになるという。そうすれば、今回のことは何事もなかったように元の通りの町で再度殺人事件の犯人捜しをすることになるだろう。
でもそうすると……と、リリアは戦いの跡の残る街並みを見て思う。
「今日、私たちが頑張ったこともみんな、無かったことになるのかな……?」
寂しいけれど、それがこの転生盤の中の記憶の世界のルールなのだ。
しかし、気落ちしかけたリリアの肩が軽く叩かれた。
「あ、おじさん……」
「あー、さっきは悪かった。お前の考えてること、少しはわかるつもりだ。好きなものが無くなるのは、つらいよな」
「いえ、いいんです。私が勇者としてまだまだ未熟だっただけですから」
「そうか。実は今、女神に聞いてみたんだが、この世界の負の記憶が災厄となって実体化するなら、その逆はあり得るのかと尋ねたら……可能性は否定できないということだ」
「え、どういうことですか?」
「つまり、この世界に向かって思いを注ぎ続ければ、いつかこの世界が『本物』になることもあり得るってことらしい。要するに……おっと、この先は女神に口止めされてるから勝手に想像してくれ」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
リリアが頭を下げると、おじさんは「らしくないことしたかなあ」という風に頭をかきながら去っていった。
向こうでは、皆を天界に戻すための魔法陣が準備されている。アズサやタオが呼んでいる声が聞こえる。駆けだそうとするリリア。そのとき、服のすそを引っ張られて立ち止まると、そこにはあのとき助けた子供が自分を見上げていた。
「おねえちゃん、ありがとう!ねえ、また会えるかな?」
「君……うん!きっとまた会えるよ」
リリアは笑顔を返し、天界へと帰っていった。この出会いは決して消えたりなんかしないという確信を胸にして。
そうして後日、再びこの世界を訪れたリリアがその子と再会してどんな言葉を紡いだのか、それはまた別の物語。
終わり