声で割れる帝国—帝都蜂起から琉球独立へ—   作:ろーむ

13 / 15
影の回収

二〇一五年八月十五日 午後十時四十五分 帝都・護送襲撃現場

 

バリケードの工事車両は、まだ横倒しのままだった。

フロントガラスに弾痕。路面に散った薬莢。破れたタイヤ。焦げたアスファルトに、血が乾きかけている。

 

湯川警視正は、現場の端でしゃがみ込み、薬莢を指先でつまみ上げた。

警察の鑑識が持ってくるいつもの黄色い袋に入れる動作が、今日はやけに遅い。

 

「……九ミリじゃない」

 

呟くと、隣の銃器対策が即答した。

 

「はい。口径が違う。国内流通の多い弾とも違います」

 

湯川は薬莢の刻印を見た。

記号が、妙に整っている。整いすぎている。工業製品の冷たさだ。

 

「“陸軍が撃った”っていう筋にしたい奴がいる」

 

湯川が言うと、部下の顔が強張る。

 

「皇衛派が?」

 

「違う。皇衛派なら、もっと荒い。……これは“見せるための銃”だ」

 

現場の隅では、護送車の後部座席から引きずり出された武田軍曹が、膝をついたまま拘束を追加されていた。口のテープは剥がされ、代わりに口枷が装着される。

喋らせない。喋らせる前に、喋れないようにする。

 

「……武田は?」

 

湯川が聞く。

 

「生きてます。負傷なし。——落ち着きすぎです」

 

「落ち着いてるんじゃない。計算してる」

 

湯川は武田軍曹の目を見た。

軍曹の目は、救援に期待する目ではない。救援を“使う”目だ。

 

湯川は小さく指を動かし、部下を呼んだ。

 

「武田を“移送し直す”。今度は行き先を二重に偽装する。車列は二つ。どっちに本物を乗せるかは、俺と東京本部だけが知る」

 

「了解」

 

「それと——」

 

湯川は現場の薬莢をもう一つ拾い、掌の上で転がした。

 

「襲撃側の撤退が綺麗すぎる。煙も残さない。死体も残さない。……“回収”だ。あいつらは“物”を取りに来てる。武田か、武田の持ってる情報か、あるいは——」

 

湯川は視線を上げ、護送車の後部ドアを見た。

そこに貼られた、剥がれかけの紙片。

 

配送ラベルみたいな紙。番号。

そして、薄い赤い印。

 

「……印?」

 

鑑識が覗き込み、顔色が変わった。

 

「警視正、これ……内務省の正式な移送符号じゃないです。似せてるけど、字の癖が違う」

 

湯川は唇を結んだ。

 

偽の符号。偽の命令。偽の声。

偽物が正統の皮を被る。その皮が剥がれた瞬間に、現場は血で滑る。

 

湯川は立ち上がった。

 

「東京本部へ上げろ。——“偽の移送符号”が混じってる。内部に線がある」

 

 

同時刻 市ヶ谷基地・兵部省陸軍局地下 臨時尋問室

 

椅子の脚が床を擦る音だけが、部屋に響いていた。

手錠。目隠し。

捕らえた“偽憲兵”は、いまやただの男になっている。

 

正木彰大尉は、男の前に立ち、淡々と問いを投げた。

 

「所属」

 

男は答えない。呼吸だけが荒い。

 

歌川正輝が壁際で腕を組み、空気の揺れを見ていた。

公安の癖だ。相手が口を開く前の“気配”を拾う。

 

正木が言う。

 

「服毒は封じた。——死ねない。なら喋れ」

 

男が鼻で笑った。

 

「……喋らせる気か。皇衛派が、警察の真似事を」

 

正木の表情は動かない。

 

「真似じゃない。必要だ」

 

歌川が口を挟む。

 

「必要なのは、名だ。コードだ。担当区域だ。——お前らの国内ネットワークは、誰が“支点”だ?」

 

男の呼吸が一瞬止まる。

止まった瞬間に、歌川は確信する。

 

「……支点があるな。単独じゃない。基地内放送を噛ませるには、内部の協力者が要る。——憲兵か、通信兵か、それとも」

 

男が薄く笑う。

 

「“それとも”を言うな。……言えば、お前が死ぬ」

 

正木が机を叩いた。軽い音。威嚇ではない。リズムだ。

 

「脅しは不要だ。必要なのは事実だけだ。——南の門とは何だ」

 

男の口元が動いた。

ここで、歌川は相手が“喋る準備”をしたと読む。

 

「南は——」

 

男が言いかけた瞬間、部屋の蛍光灯が一度だけ瞬いた。

瞬いたのではない。電圧が落ちた。供給が揺れた。

 

次の瞬間、廊下の外で爆音。

 

ドン。近い。

尋問室のドアが震える。土埃が落ちる。

 

「——ちっ」

 

正木が舌打ちした。感情が出たのは初めてだった。

 

歌川は即座に動く。

 

「妨害だ。喋らせないための妨害。——ここを狙ってる」

 

正木が扉へ向かい、憲兵に叫ぶ。

 

「警戒線を引け! この区画に入れるな! 通信室、確保しろ!」

 

廊下が騒がしくなる。

だがその騒がしさの中で、男が笑った。笑い声は小さい。だが確実に聞こえる。

 

「……ほらな。喋らせない。——帝都で、回収が始まった」

 

歌川の目が細くなる。

 

「帝都で?」

 

男は答えず、視線だけで“北”を示す。

北ではない。帝都の方角だ。

 

正木が戻ってきて男の襟首を掴んだ。

 

「回収とは何だ」

 

男はゆっくり言った。

 

「……喉を取る。声を取る。名簿を取る。——そして、島を取る」

 

島。

また島だ。

 

歌川は息を吸い、吐いた。

 

沖縄。

南西。

琉球。

 

この男の背後には、帝都の混乱を踏み台にして“別の正統”を立てる計画がある。

 

正木が低く言った。

 

「誰が命令している」

 

男は、初めて“誇る”ような声を出した。

 

「命令? 命令じゃない。——“流れ”だ。帝都が割れれば、誰でも乗れる流れだ。俺たちはそれを作る」

 

歌川が言った。

 

「作るために、偽の勅令を流した。偽の憲兵を作った。偽の移送符号を混ぜた。……全部、線で繋がってる」

 

男は黙る。

黙るが、黙り方が“肯定”に近い。

 

正木が決めた。

 

「歌川。帝都の護送を狙ってる。——お前の線で、東京本部と繋げ。襲撃の再発を潰す」

 

歌川は一瞬迷った。

自分は捕虜だ。敵側の基地で命令を受け、桜田門へ繋ぐ。

だが迷いは一瞬で終わる。

 

「……繋ぐ。ただし条件がある」

 

正木が見た。

 

「武田軍曹を生かせ。——そいつが喋れば、皇衛会の核も、統一戦線の線も、両方剥ける。殺せば、闇しか残らない」

 

正木は短く頷いた。

 

「生かす。——その代わり、俺の核も剥ぐことになる。覚悟して言ってるな」

 

歌川は笑わなかった。

 

「覚悟なんて、今日は全員がしてる。してない奴から死ぬ」

 

正木は無線機を渡した。

 

「繋げ」

 

 

午後十一時三十分 軽井沢指揮所

 

伊地知警務庁長官の前に、新しい報告が積まれる。

 

護送襲撃:偽の移送符号混入

 

市ヶ谷:尋問妨害の爆破、工作員が「回収」「島」「南の門」を示唆

 

帝都:狙撃・ジャミングの手口が組織的

 

伊地知は、紙を一枚ずつ捲り、最後に顔を上げた。

 

「……“回収”だな」

 

総理が問う。

 

「回収とは?」

 

佐々木中将が先に答えた。

 

「戦争の言葉じゃない。作戦の言葉だ。——必要な物だけ持って帰る。残りは燃やす」

 

伊地知が頷く。

 

「そして回収される“物”は、兵器ではない。人と情報だ。——国内の支点が洗われる前に、支点を移す」

 

総理が言葉を探す。

 

「……南西へ?」

 

伊地知が短く言った。

 

「そうだ。帝都が沈静するほど、南西が立つ。——だから帝都編は終わらない。帝都を治す過程が、そのまま南西の戦争の準備になる」

 

窓の外は夜。

軽井沢の夜は静かだ。だがその静けさは、帝都の血と交換に手に入れた静けさだ。

 

伊地知は命じた。

 

「帝都、統制を一段上げる。偽符号が混じった以上、内部洗いが必要だ。——同時に、南西方面の“復古”宣伝を遮断。電波を、二度と奪わせるな」

 

佐々木中将が頷いた。

 

「艦を回す。だが帝都の喉が締まらない限り、艦は動けん。——まずは東京だ」

 

伊地知は目を細めた。

 

「まず東京。——そして東京で“正統”を固定する。固定できなければ、琉球王国は旗になる」

 

旗。

旗は、人を集める。

人が集まれば、戦争になる。




お読みいただき、ありがとうございます! 今後の帝都の物語の展開を楽しみにしていただければ嬉しいです。 作品の応援(お気に入り登録、評価、コメント、シェア)は、物語を描き続ける上での大きな力となります。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。