声で割れる帝国—帝都蜂起から琉球独立へ—   作:ろーむ

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灰刈り

二〇一五年八月十六日 午前〇時四〇分 帝都・霞が関 臨時統制車内

 

正規放送が戻っても、帝都はまだ“言葉”の後遺症を引きずっていた。

誰もが命令を欲しがり、同時に命令を疑っている。秩序を求める不信――それが一番燃えやすい。

 

湯川警視正は、地図の上に新しい円を描いた。戒線の外側に、もう一段の薄い輪。

 

「第二戒線を“薄く広く”張る。目的は戦闘じゃない。——内部洗いだ」

 

車内の空気が固まる。

 

「内部洗い……具体的には」

 

「移送統制、通信指令、認証符号。今日偽の符号が混じった。つまり“紙”か“手”がやられてる」

 

湯川は言い切った。

 

「紙がやられてるなら、印影がやられてる。手がやられてるなら、人がやられてる。どっちでも同じだ。——今夜から、帝都の“流れ”を止める」

 

机上に置かれた回収物。護送車のラベル片。偽の移送符号。刻印の違う薬莢。

全部、戦車より小さい。だが戦車より危険だ。

 

「警務庁に上げたところ、移送符号は“正規の台帳から抜かれて”作られた可能性が高いと」

 

部下が報告する。

 

「つまり内部の台帳閲覧権限が必要だ」

 

「閲覧権限は誰が持つ」

 

「運用課、留置移送班、通信指令室、あとは——官房系です」

 

湯川は頷いた。

 

「官房系も洗う。例外を作るな。例外があれば、そこが穴になる」

 

言いながら、湯川は自分の言葉が怖かった。

警察が官房を洗う。平時なら政治が止める。だが今は“帝都治安緊急措置令区域”。止める手続きがない。

 

「名称を付ける。現場は名前がないと動けない」

 

湯川は短く言った。

 

「作戦名『灰刈り』。灰の中に残った火種だけ刈る。——火を広げるな」

 

無線が鳴る。

 

「東京本部より現地。灰刈り、承認。留置移送は予定通り実施。なお本件、兵部省側より“照会”あり」

 

湯川の眉が動いた。

 

「兵部省?」

 

「捕虜の扱い、ならびに軍関係者の留置移送について。……つまり、皇衛派絡みの名簿が動いている」

 

湯川は舌打ちを飲み込む。

 

「照会には“形式的に”答えろ。具体の行き先も、車列も、出すな。——情報は武器だ。今夜、武器庫の鍵は渡さない」

 

 

同時刻 市ヶ谷基地 兵部省陸軍局地下 仮設連絡室

 

机の上の無線機が、短く二度鳴った。

正木彰大尉は、応答ボタンを押す前に一度だけ深呼吸した。呼吸を整えるのは、敵の前ではなく味方の前だ。味方は言葉で刺してくる。

 

「……正木だ」

 

受話器の向こうは、高橋大佐の声だった。乾いていて、怒りを隠している。

 

『聞いたぞ。市ヶ谷で内通狩りをしているそうだな』

 

「はい」

 

『誰の許可だ』

 

正木は一拍置いた。

 

「“必要”の許可です」

 

沈黙。

高橋は沈黙を命令に使う男だ。黙っている間に、相手が言い訳を始めるのを待つ。正木は言い訳をしない。

 

『正木。お前は警察の手口を知っている。それは利点だ。……だが今、桜田門の犬を近づけたという報告がある』

 

「歌川巡査部長のことですか?」

 

『捕虜だろう』

 

「捕虜です。——だからこそ利用できます」

 

『利用? お前が利用される側になっていないか』

 

高橋の声が一段低くなる。

 

『統一戦線の名が出ている。——“第三の敵”などという便利な言い訳で、我々の決起を鈍らせるつもりか』

 

正木は、そこで初めて言葉を選んだ。選び間違えれば、皇衛会の“核”がこちらを切る。

 

「鈍らせません」

 

きっぱり言う。

 

「ただ、純度を上げます。偽物が混じった蜂起は負けます。——負ければ、陛下の名を汚します」

 

高橋の呼吸が、ほんのわずか乱れた。

この男に効く言葉は、結局そこだ。

 

『……陛下の名、か』

 

「はい。今の混乱は、統一戦線が“陛下の名”を利用するための混乱です。偽勅令も、偽憲兵も、偽符号も、全部そうです」

 

沈黙が落ちる。

高橋がようやく言った。

 

『よい。なら証拠を持って来い。証拠があれば、我々は“内なる偽物”を排除できる』

 

正木は即答した。

 

「武田軍曹が鍵です」

 

『……武田が?』

 

「皇衛会の秘書官格。名簿と連絡線を握っています。警察が移送する。統一戦線も、回収に動いています」

 

高橋の声が硬くなる。

 

『回収? 誰がそんな言葉を』

 

「工作員です」

 

正木は言った。

 

「大佐殿。武田が“消される”前に、こちらから武田を押さえる必要があります。——警察の移送を邪魔すれば、統一戦線の思う壺です。邪魔せず、しかし奪われないようにする」

 

『……警察と手を組むつもりか』

 

「組みません。——線を共有するだけです」

 

正木は嘘をつかなかった。

手を組めば、どちらかが正統になる。正統の奪い合いは今は不要だ。今必要なのは、第三の手を叩くこと。

 

高橋は短く言った。

 

『分かった。お前に任せる。だが条件がある』

 

「はい」

 

『武田は“こちら”へ引き渡せ。警察に喋らせるな。——名簿が漏れれば、皇衛会は終わる』

 

正木は、そこで一瞬だけ黙った。

この男の条件は、統一戦線にとって最も都合のいい条件でもある。

 

正木は言った。

 

「引き渡しは、状況次第です。——まず生かす。それが最優先です」

 

高橋の声に怒りが混じる。

 

『正木——』

 

「大佐殿。生かせなければ、名簿は“闇”に行きます。闇に行った名簿は、統一戦線が好きな形に使います」

 

その一言で、高橋は黙った。

理屈が通る。理屈が通るからこそ腹立たしい。

 

『……好きにしろ。ただし、失敗するな』

 

回線が切れた。

 

正木は受話器を置き、壁際にいた歌川へ視線を投げた。

 

「今夜、もう一回来る」

 

歌川は即答した。

 

「護送だな」

 

「そうだ。統一戦線は“回収”を繰り返す。——二回目は、必ず成功させに来る」

 

歌川は、公安の目で頷く。

 

「成功させないためには、二回目に“尻尾”を掴む。……湯川警視正に繋げ」

 

正木が一瞬迷い、頷いた。

 

「繋げ」

 

午前一時三十分 帝都・某所 留置移送 第二車列

 

夜の道路は、昼より危険だった。

昼は敵が見える。夜は敵が見えない。見えない敵ほど、命令に似た声で近づいてくる。

 

護送車列は二つ。

湯川の部隊は、あえて“目立つ方”に厚く張り付いた。見せるための厚さ。囮の厚さ。

 

本命は、別のルート――第二戒線の外側をかすめる細い道を通っていた。

行き先は、運用課長ですら知らない。知っているのは、東京本部の一握りと、湯川だけ。

 

そして――湯川の耳には、市ヶ谷からの短い声が刺さっていた。

 

『二回目が来る。——回収班は、符号を使う』

 

正木の声だ。冷たい。

冷たい声は信用できる。熱い声は、だいたい誰かの正義だ。

 

歌川は、正木の無線に割り込んだ。

 

「現地。市ヶ谷情報。回収班は“符号”を使って近づく。警察のふり、憲兵のふり、何でもやる。——受け答えの癖で見抜け」

 

湯川が短く返す。

 

「了解。灰刈りの要領でいく。——符号の復唱を三段に上げる」

 

車列が進む。

夜の街灯が、フロントガラスを斜めに切る。

 

そのときだった。

 

前方に、警察車両が一台止まっている。

パトランプ。制服の影。誘導灯。

 

「……検問?」

 

運転手が呟く。

 

助手席の刑事が無線を取る。

 

「こちら護送。検問配置の予定は——」

 

返答がない。ノイズ。

軽いジャミングだ。全面ではない。疑わせる程度のジャミング。

 

班長の背筋が冷える。

 

「止まるな」

 

「え?」

 

「止まるな! ——あれは“配置”じゃない、“演出”だ!」

 

運転手がアクセルを踏み込む。

護送車が速度を上げる。

 

止まっていた車両の影から、誰かが腕を上げた。

誘導灯ではない。筒だ。肩に担ぐ筒。

 

「伏せろ!」

 

班長が叫んだ瞬間、閃光。

しかし弾は車列ではなく、路肩に撃ち込まれた。爆発。土煙。破片が跳ね、道路を塞ぐ。

 

狙いは破壊ではない。分断だ。

 

「回り込め! 左!」

 

護送車が急ハンドルを切る。

その瞬間、今度は別方向からライトが照射される。目を潰すための白。

同時に、スピーカー越しの声。

 

「警務庁より命令。車列停止。移送符号を提示せよ」

 

——上手い。上手すぎる。

声の癖が“官僚”に寄っている。寄せ方が上手い。

 

班長が歯を食いしばる。

 

「復唱させろ!」

 

護送担当が無線で叫ぶ。

 

「命令発出者、認証符号を!」

 

返ってきたのは、一拍置いた声。

 

「……認証符号、ハクサン、シロカバ——」

 

班長はそこで確信した。

一拍置いた。考えた。暗記していない。つまり“拾った”符号だ。

 

「偽物だ! 撃つな、走れ! 走り抜けろ!」

 

護送車が突っ切る。

路肩から銃声。タイヤ狙い。二発、三発。

だが湯川が厚く貼った“囮の車列”が、逆方向でサイレンを鳴らして突っ込んできた。

 

「六機! 展開! 包囲!」

 

夜が、一気に明るくなる。

赤色灯。サーチライト。怒号。盾の音。

 

回収班は撤退に移った。撤退が速い。速いが、今夜は違う。

灰刈りは、火種を逃がすための作戦ではない。

 

湯川の声が無線に乗る。

 

「逃がすな。——“一人”でいい。掴め!」

 

湯川は護送車内で、窓越しに走る影を見た。

制服が違う。警察に見える。だが足運びが違う。

“帰る”足だ。現場に慣れている足ではなく、回収して帰る足。

 

その影が、ふと落としたものがあった。

紙束。風に散る。夜のアスファルトに貼り付く。

 

湯川が叫ぶ。

 

「回収物だ! 拾え! ——紙を拾え!」

 

湯川の部下が紙束を踏み、押さえ、拾い上げる。

一枚に、太い筆文字。

 

――琉球王国復古。

――南西の門を開け。

――帝都の正統は偽り。

 

湯川がその紙を見て、目を細めた。

 

「……帝都の戦いを、南に繋げる気だな」

 

湯川の胸が重くなる。

帝都編は続く。続けるほど、南が迫る。

 

無線が鳴る。

 

「回収班の一名、身柄確保!」

 

湯川が短く言う。

 

「よし。——灰刈り、成功だ。今夜は“火種”を喋らせる」

 

歌川は窓の外の夜を見た。

捕虜の奪い合いではなく、紙と符号と声の奪い合い。

それがこの戦争の本体だ。

 

そして、奪い合いの先に“別の正統”が立つ。

 




お読みいただき、ありがとうございます! 今後の帝都の物語の展開を楽しみにしていただければ嬉しいです。 作品の応援(お気に入り登録、評価、コメント、シェア)は、物語を描き続ける上での大きな力となります。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。
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