褪せた狩人、猟犬の如く禍群に潜む   作:b畜農家

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#6【仕事終わりの夜:四人のハンターたちの場合】

 その日は珍しく、褪せ人も621も狼も狩人も依頼を請けていてカムラにいなかった。

 

 褪せ人の場合、人の肉の味を知ったモンスターの退治。

 見上げるような大柄のドスファンゴである。

 デカいモンスターと言えば、と、様子を観察している間、褪せ人はクソ熊(ルーンベア)を思いだしていた。

 やたらめったら頑丈な代わりに怯まないけどえげつない技を持っていて短所として火力が高い。

 戦って楽しい相手ではない。脳味噌の血管が千切れそうだった。

 それと比べればドスファンゴはいいカモである。

 毒とニンニクを塗り込んだ香ばしい生肉でおびき寄せ、弱ったところで首をバッサリ。

 ふと思いついて肉焼き器で焼いてみる。

 とても美味しかった。

 

 621の場合、乱暴者のモンスターの捕獲。

 年若い中くらいのウルクススである。

 そんな名前なのに兎でも熊でもないそうだ。

 やけに恨みの籠った依頼文だったのは、釣りの最中にド突かれてあわや死にかけたことと、目の前で大物を食われた怒りがあってのようだ。

 まぁ今まで戦った相手(ヘリや壁やバルテウス)に比べれば鼻くそをほじりながらでも勝てる相手だった。

 音爆弾でさんざん痛めつけられた上に見知らぬ土地に連れ去られ、恥ずかしい姿を記録されてから解き放たれたその背中はどこかしょんぼりしていた。

 お礼にふるさとの味だというスモークサーモンをもらった。

 とても美味しかった。

 

 狼の場合、私有地の柿林を独占するモンスターの退治。

 よほど柿好きらしいビシュテンゴである。

 良質な柿ばかりを食い荒らすので、柿農家が困っている。

 名乗りを上げたのは、酒と言う単語に一心やエマを思いだして懐かしくなったからだ。

 御子も、たまにおはぎに酒をほんの少し混ぜて隠し味としている。

 果実ばかり食べてまるまる太っていて、動きづらそうだった。

 少しかわいそうに思ったが、害獣を見逃せば被害はもっと広がる。

 尻尾を斬って動けなくし、心臓をひと突きにした。

 業者から礼だとしてビシュテンゴ肉の柿味噌漬けをもらった。

 御子は喜んで、狼は微妙な気持ちで食べた。

 とても美味しかった。

 

 狩人の場合、密猟者に追われていたモンスターの救助。

 年老いたリオレイアである。

 捕獲のつもりだったのだが、子どもを囮におびき寄せられて、矢弾を雨あられと受けていたのを見ていられなくて助けた。

 そんな真似をしておいて、彼らは自分たちがなぜ退治されるのかよくわかっていないようだった。悪人とはそういうものだから、そこまで怒りは湧かなかった。子どもが既に殺されていることに気づくまでは。

 密猟者は合計三人。うち二人は『少しきつめのお仕置き』をし、リーダーは誰にも見られていないのをいいことに手足を縛ってリオレイアの前に放り出した。

 リオレイアが恨みを晴らしている傍で狩人は子どもをねんごろに弔い、全てが終わった彼女と血の酒を飲み交わした。

 とても愉悦(おい)しかった。

 

 

「…え~では、今日も生き延びられたこととみんなの狩りの成功を祝いまして……

かんぱぁ~いっ!」

 

 かんぱい! とジョッキが突き上がる。

 褪せ人は満面の笑みで狩人ビールを一気飲みし、ダァン! と叩きつける。

 

「カーッ! この一杯の為に生きてんなー!」

「お疲れさんだな褪せ人」

「お疲れー」

 

 集会所に集うハンターたちは各々がジョッキを呷ったり食事を食べたり、思い思いに過ごしている。

 

「ミノトちゃんもどうだね、一緒に一杯?」

「仕事に差しさわりますので」

「ちぇー」

「やーいやーい、褪せ人のフられんぼ~ ミノトさんには既に彼女がいるって知らないの~?」

「はー? フられてなんか──えっ彼女いんの?」

 

 驚愕した褪せ人へ、ベリオロスもかくやというほど冷たい視線を送りながら、ミノトは「違います。それと、あまり羽目を外さないでくださいね」とだけ言って事務仕事に戻った。

 

「ほらな!」

「はぁ~、ミノトさんには恋人がいるってのに褪せ人ときたら」

「だーから違うってのー!」

「ホッホ、寄ってたかってミノトを困らせたらいかんゲコよ~」

 

 珍しくテツカブラに乗らない状態でのギルドマネージャー・ゴコクが、いつのまにか宴会に紛れ込んでおつまみの枝豆を食べていた。

 テツカブラ──テッカちゃんは既に彼の自宅でお眠である。良い子は寝る時間帯だからだ。

 

「ゴコク様にはいたんスか? ガールフレンド」

「ん~? どうだろうね~、『ワシの若いころは猛き炎にそっくりだった』とだけ言っておくゲコ!」

「え、それって……」

「「「うひょ~~!」」」

 

 むくけつきハンターたちが年頃の乙女のように盛り上がる。その中には褪せ人もいた。

 ──猛き炎というのは、カムラを離れ武者修行中の若いハンターだ。

 大変に美しく、勇猛で、また人としても聡明な。

 そんな美辞麗句が本当なのだと聞くのだからとんでもない話だ。

 もともとマイペースなところがあり、放浪を好んでいた。ハンターになってもそういう人間だったので、()()()()()()()の不在にも彼らは平気な顔だ。

 

 それよりも、彼らの関心は恋バナにあるようだ。恋バナはハンターのビタミン剤と言うか、力量のある人間はやたらとそういう話題が好きなのである。

 

「いーなーいーなー、彼女欲しいなぁ俺もなぁ」

「なーなー褪せ人には彼女いるんか?」

「いないよ~。俺こんな顔だし」

「とぼけちゃってぇ。メリナちゃんがそうじゃないの?」

「メリナ? ……あの子は子どもすぎて無理だよぉ。相棒だし頼らせてもらってるけど恋人にするには若すぎるぜ」

「じゃあどんな女が好み(タイプ)なんだ?」

「うーん、肌が青くてー、マギュルシリーズみたいな帽子が似合ってー、凛々しいけどかわいくて」

 

 突如、メリメリメリッ! と家屋が軋んだ。

 ゴコクとミノト以外の全員が凍り付いた。

 集会所の出入り口に、鏖魔(おうま)ディアブロスもかくやというほどの赤黒い殺気(オーラ)が立ち込めている。

 真紅の眼光を両目に宿したメリナは集会所の中をのしのしと渡り、首をすくめて固まっている褪せ人の埋まった首根っこをむんずと掴んだ。

 

「迷惑かけてごめんなさい、すぐこいつを連れて行くから」

「イヤァ、メイワクナンテカカッテマセンヨォ」

「モリアゲヤクガイナクナッテサビシイナー」

「おい! なんでそんな今生の別れみたいな目ェすんの?! ていうか俺はこれからどうなるわけ!?」

「褪せ人、ちょっとツラを貸してもらうわ。心配しないで、効率的な折檻は知ってるから」

「効率的な折檻とか一番知りたくないんスけど!!」

 

 物凄い力で引きずられながら、褪せ人はゴコクへ縋るような目を向けた。

 しかし彼が悲しげに首を振り「…骨は拾ってやるゲコね」と声をかけたことで目の前が真っ暗になった。

 恐るべき強敵達(マルギットとか害獣とか)も恐れない褪せ人の胸中を、いま凄まじい恐怖が支配している。

 

「タスケテー……!」

 

 悲鳴に応じるものは、いない。

 

 

「ん、まだ起きていたのか」

 

 621が縁側で月を見上げるウォルターを見とめたのは、珍しく眠りから目覚めた深夜のことである。

 

「となりにすわってもいいか」

「良いぞ」

 

 ウォルターが作ったスペースに621はかけた。

 そんなことをしなくてもいい程度には縁側のスペースには余裕があったが、彼はごすの横がいいのだ。

 エアは、621の膝に頭を乗せてまた眠りだした。

 

「なにをしていた」

「寝付けなくてな。月見酒を飲んでいた」

「それだけか」

「それだけだ」

 

 それきり黙った。

 621は胸を探り、一枚のドッグタグを抜き出した。

 ルビコンで付けていたものと少し違う、輝くほどに真っ白く赤色のヒビが走り、黒い文字で『RAVEN621』と刻印された認識票(ドッグタグ)

 

 なぜかこれを持っていると、困ったときどこからともなく金が出てくる。

 この家もルームサービスも、その金で買ったのだ。

 何が財源なのか定かでない。ただの思い違いかもしれない。

 

 でも時々夢に見るのだ。眠るごすを取り囲む四人の影を。

 ごすを見守るその顔は曇ったようにわからないが、まるで平和な世界に引っ越した彼を守るような佇まい。

 そして夢から覚めると決まって──

 

『必ず守れ』

 

 ──そう心の中で声がする。

 あの姿を思い返すたび、もしかしたら、もしかするとと思うのだ。

 

「おっ……と」

 

 621は体を傾けて、ウォルターの膝に頭を横たえた。

 621が身じろぎしたのでエアは寝ぼけまなこで小首をかしげ、今度は彼の横腹に体をもたれさせる。

 しわがれた手が青年の頭におずおずと伸び、遠慮がちに撫でた。

 

「どうした。眠くなったなら部屋に戻れ」

「いい。ここでねる」

「我が儘を言うな、風邪を引くぞ」

「もどるならごすもいっしょだ」

「……」

 

 ウォルターは少し迷って、結局このまま月を見上げることにした。

 621も、目を空へと上向ける。

 とても穏やかな気分だった。何も知らない赤ん坊のころに戻ったように。

 そのまま二人は、しばらくの間月を見ていた。

 

 

 時間は遡って、九郎宅。

 

「やあ、柿味噌漬けとはなかなかオツな味だのう」

 

 香ばしく焼けた味噌漬け肉を食べ終わり、くちくなった腹を撫でながら九郎は上機嫌に言った。

 すかさず狼がお茶を淹れて差し出すと、九郎はありがたく受け取って美味しそうに飲む。

 狼は、美味しかったのはそうだが今日自分が狩ってきたモンスターがその日の内に夕餉に上がったことへ終始複雑な心境だ。狩ってきたモンスターが人を食ってると考えないのだろうか?

 

 その不安は当たっていて、確かにモンスターはたいがい人を食っている。だがハンターだろうと密猟者(ならずもの)だろうと食われて死ぬのはよくあることだし、そういう葛藤を乗り越えて初めて一人前なのである。

 

「漬け物に使えるほど味噌が有り余ってるとはぜいたくなことじゃ」

 

 戦乱の世では味噌は貴重品だ。

 だから自然とそんな言葉が出たが、贅沢への嫌悪感は感じない。

 それだけ社会が豊かになったということだ。

 狼は是とも非とも言えずに黙ってお茶くみ係をしている。

 九郎は苦々しく笑って言った。

 

「狼よ、茶汲みなど自力でできる。そなたは自分の時間を過ごすがよい」

「……は」

 

 狼はできればずっと九郎の傍に控えていたかったが、御子の厚意は無視できなかったのでしぶしぶ(そしてそんな内情はおくびにも出さず)下がった。

 実際、狼は空いてる時間は九郎の警護に全て費やしてて、九郎もそれをわかっていた。

 平和な時代が来たなら狼には自分が安らげるような時間を増やしてほしいと。

 

 狼にとっては九郎と過ごす時間そのものが安らぎのひと時なのだ。

 彼は思うばかりでそれを口にしないので、伝わってない。

 九郎は狼に少しでも自分を守る以外の事柄に価値を見出してほしいし、狼はそんな彼を守ることがなによりもの生きがい。

 一言喋ればそれでいいのに、なにも言わないのが彼ららしかった。

 

 狼は自室に戻り、少し考えて倉に足を向けた。

 戻ってきた狼の手には、酒の匂いがする壺が抱えられている。

 

 狼はいそいそと蓋を開き、とろりとした橙色のそれを杯に注いで一口飲んだ。

 まろやかな甘みと果実の爽やかな香りがいっぱいに広がる。

 忍びだったころは仕事中に酔っぱらうわけにはいかなかった。全てが終わってからは心の痛みを忘れようと飲んでいたので味など深く考えなかった。

 

 エマは今頃どうしているだろう。彼女がいたなら、この酒も喜んで飲んでくれたはずだ。

 思い伝わらずとも今はどうか安らかなひと時を過ごしていてくれと願いながら、狼はもう一口酒を飲んだ。

 

 

「狩人様、はい、あーん」

 

 差し伸べられた血の塊に、狩人はうっとりと舌を絡めた。

 ごくりと嚥下すると、冷えて固まった血のえぐみと生臭さが喉にこびりつく。

 ヒナが餌を欲しがるように上目遣いで催促する狩人へ、その女性は微笑みを湛えたまま次の血塊を掬い上げる。

 関節が剥き出しのその指は血の気が無く、陶器のそれ。手指のみならず、全身がそうだった。

 

「美味しいですか、狩人様」

「美味しいよぉ、人形ちゃん…… もっとちょうだい……」

「わかりました。ゆっくりとお楽しみくださいね」

 

 彼女──人形はかしずく騎士のように膝を折った狩人の口へ血の意志を運んでいく。

 耽美なかんばせに浮かぶのは、柔和な笑みという名のまったき無表情。

 対する狩人の目は、異様なほどに無邪気な光。

 人形を愛玩するはずの人間と、人間に愛玩されるはずの人形。

 もてあそばれる側であるはずの人形と、もてあそぶ側であるはずの人間。

 なのに、幼児退行したような顔の狩人へ淡々と『給餌』する人形の姿は、それらが逆転したようで──

 

 

 やがて持ち寄った血の遺志を食べ終え、狩人は立ち上がった。

 肩をぐるんぐるん回しながら、褪せ人が見たら目を丸くしそうなほど快活な笑顔を見せる。

 

「ありがとね! 人形ちゃん。ちょっと強くなった気がするわ」

「お力になれて幸いです」

「人形ちゃん、この屋敷で暮らすようになって不便とかない? 何かあったらすぐ俺に言ってね」

「わかりました」

 

 アハハと笑う狩人。

 しかしその両眼は薄闇にもわかるほど青く光っており、見つめるだけで正気が焼き切れそうだ。

 その情念はひとしおに、ツキトを滅ぼした(わざわい)なる龍へと向けられていた。

 常人なら肉体が持たないような儀式を行ってまで己を高める彼が、底抜けの、底が抜けてしまった笑顔の裏でどれほどの憎悪を抱いているか。

 その情念の総量が閾値を超えたその時が、自分たちがこの里を去る時なのだと人形は思う。

 

 りーん、ごーん。

 

 そう思っていた狩人の耳に、ドアベルの鳴る音。

 狩人は表情を一変させて、一直線に玄関へ向かった。

 その場にたたずむ人形に、知らずその会話が聞こえてきた。

 

『よっ、狩人! 飲みに行かね~?』

『行かん』

『そんなこと言わずにさ、褪せ人居なくなって寂しいんだよ』

『なぜ俺が代わりにならねばならん』

『たまにはいいじゃあないか。一人が嫌なら人形さんを連れてってもいいぜ?』

『見世物ではないわ、馬鹿者』

 

 戻って来た狩人は、うんざりした様子で人形へ、

 

「ごめん人形ちゃん。ちょっと飲み会に行ってくるわ」

 

 と言った。

 人形は、やはりにこりとして、いやにこりともせず、

 

「はい。夜道にはお気をつけて、狩人様」

 

 そう返した。

 

 

 無人になった部屋にしばらく立ち尽くしていた人形は、ふと足の向く先を変えて庭に出た。

 そこは金色のヒマワリが月へと頭を伸ばす庭。

 大輪のもの、小ぶりなもの、枯れかけから青いつぼみまで色とりどりのヒマワリが咲き狂う庭先には、小さな墓碑銘が置いてあった。

 

 丁寧に手入れされてあるそれへ両手を合わせ、人形は祈りを捧げる。

 どうか、あの狂ってもなお優しい狩人にいつの日か心の安寧あらんことを──と。

 

 

 

 




序章はこれでおしまい。
新しい話のストック書きながら追記・修正していく予定です。

褪せ人は解毒薬を飲みながら猪肉を食べました。
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