機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼-   作:コエンマ

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お待たせしました。

幕間その2です。


幕間Ⅱ  星無き世界の慟哭

 

 世界を二分した最終決戦、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の終結から一ヶ月。停戦の合意がなされ、世界は表面上の静寂を取り戻しつつあったが、宇宙空間に存在するオーブの秘密ドックに身を寄せる「三隻同盟」の主要メンバーたちの心は、いまだあの戦場の焦土に囚われたままだった。

 

「……捜索は、依然として難航しています」

 

 マリュー・ラミアスの声は、自らの喉を削るようにして絞り出されたものだった。かつてアークエンジェルの艦長として幾多の死地を乗り越えてきた彼女の瞳には、隠しようのない疲労と、それ以上に深い、救いのない悲しみが澱のように沈んでいる。彼女がデスクに置いた報告書には短く、冷酷な一文が記されていた。

 

 

 ──【X10A フリーダム、およびそのパイロットに関する調査】

 

 

   定期報告──【進展、皆無。残骸、残留物、所持品を含め一切が検出されず】

 

 

 それはジェネシスの直撃地点、そしてフリーダムがプロヴィデンスと最後に交戦した宙域での調査結果だった。連合・ザフト双方の調査団、そしてオーブの独自調査班が出したもう何度目かになる報告。その残酷なまでに簡潔さは、ただ待つしかできない者達の心に深い影を落としていた。

 

「難航……か。言葉を選んでくれるのは有難いがね、ラミアス艦長。ハッキリと言わないのは時として残酷にしか映らないこともある。俺も奇跡を信じたいと思う性分(たち)ではあるが……これだけ時間が経って何一つ見つからないとなると、そろそろ覚悟は決めねばならんのかもしれんな……」

 

 アンドリュー・バルトフェルドが、冷めきって酸味の増したコーヒーを啜り、自嘲気味に呟いた。かつて「砂漠の虎」と恐れられた男の鋭い眼光は曇り、義手の指先がカップの縁を無機質に叩く。

 

 彼は現実主義者だ。戦場において「行方不明」という言葉が、実質的に何を意味するのかを誰よりも理解していた。かつて愛するアイシャを自らの腕の中で失ったあの日のように。

 

「そんなはずはない……そんなことがあってたまるか! 勝手なことを言うな!」

 

 カガリ・ユラ・アスハが、耐えきれなくなったようにテーブルを激しく叩いて立ち上がった。そのような言葉など受け入れられるものかと、周囲に敵意に近い視線を飛ばしながら叫ぶ。

 

「あいつが……キラが、あんなところで終わるはずがないだろう! 艦長も、バルトフェルドも見てきたじゃないか! アスランと戦って死んだと思われていた時だって、キラは……アイツは生きて帰ってきたんだぞ! あんなに強くて、あんなに……!」

 

 叩きつけられた拳に、ガシャン、と空のカップが跳ねる。彼女の金色の双眸には、今にも溢れ出しそうなほどの涙が溜まっていた。だが、彼女はそれを頑なに拭おうとはしない。

 

 もし今、この涙を拭って現実を受け入れてしまえば、その瞬間にキラという存在が、自分の半身が、この宇宙から永遠に消え去ってしまう──そんな根源的な恐怖が、彼女の華奢な肩を激しく震わせていた。

 

 痛ましい叫びが広く冷たい談話室に空虚に反響する。

 その時、ずっと黙り続け、開かれた窓の向こうにある星の見えない夜空を眺めていたアスラン・ザラが、ゆっくりと首を巡らせた。静かな、心臓を直接凍りつかせるような冷徹さ声色に帯びさせて口を開く。

 

「……カガリ……もう、やめよう」

「っ!? アスラン、お前っ……今、なんて言ったんだ!?」

 

 カガリが信じられないものを見るような目でアスランを凝視する。しかし、アスランは視線を逸らさず、自らの感情を完全に削ぎ落としたかのような無機質な口調を崩さなかった。

 

「逃げていたって、何にもならない。どんな理屈をつけても……今ここにキラはいないんだ。どんなに言い繕ったところで現実が変わるわけじゃない」

 

「アスラン……お前まで、そんな……!」

 

 視線を青い前髪の奥に隠し、淡々と事実だけを告げるように零す。カガリは目の前の彼の変わりように戸惑いを覚えるが、それはすぐに燃え上がるような怒りによって塗りつぶされていく。

 

「傷ついたプラントも地球も、オーブの復興も、俺たちを待ってはくれない……いつまでもアイツの幻影を探し続けてなんていられない。キラがいなくても、俺たちはもう止まれないんだ」

 

「ふざけるな! お前、なんてことを言うんだ! キラは……キラはお前にとって一番の親友だったんだろ!? アイツがお前をどれだけ……なのに、なんで……なんでそんなひどいことが言えるんだ!」

 

 カガリの激昂が頂点に達し、掴みかからんばかりに詰め寄る。だが、その瞬間、アスランの表情が劇的に歪んだ。

 

「親友だからだ!!」

 

 アスランの声が、爆発したかのように談話室を震わせた。

 終戦以来、感情を鋼の檻に閉じ込めていた彼の初めての激昂だった。激しい怒気と、それ以上に深い絶望を孕んだ咆哮に、カガリは息を呑んで言葉を失う。

 

 アスランの瞳に燃え盛るような激情が宿った。口を開くたびに高ぶる悲しみの色を、力ずくで抑え込もうとする凄絶な自虐の光。彼は椅子から立ち上がり、拳を血が滲むほど固く握りしめた。

 

「生き残った俺たちが……キラのおかげで命を繋いだ俺たちが、自分たちのエゴを無理矢理通して、いつまでも泣き言を言って立ち止まるのか!? それで、あいつが命を懸けて護ったこの世界まで無責任に放り出すのか!? それこそがキラに対する最大の裏切りだろう!」

 

 アスランの瞳。そこにはどうしようもないやるせなさが、傷痕となって存在していた。溢れ出そうになる慟哭を無理やり押し殺し、自らの心を使命によって縛り付ける。その表情は悲しみを通り越し、見ている者が痛々しさを感じるほどの決然とした覚悟だった。

 

「……受け入れて、前に進まなければならない。それが残された者の……死に損なった俺や、生き残った君が果たさなきゃならない義務なんだ! キラに助けられた命を、自分の悲しみのために使うな……!」

 

 歯を食いしばる様に自らの思いをを吐露したアスランを見て、カガリも思わず口を突きかけた叫びを呑みこむ。だが愛する人を諭すために向けられたその言葉は、鋭い刃となって彼自身をも切り刻んでいた。

 

 アスランの脳裏に焼き付いて離れない、あの最終決戦時の光。プロヴィデンスの圧倒的な火線に晒されながらも決して引かなかったフリーダム。そして、守るべき平和のためにジェネシスへと突入しなければならなかった自分。

 

 思い出されるすべてがアスランを苛む。灼熱のような後悔だけがその身の内側を流れ落ち、心を焼き焦がしていくようだった。

 

(もっと早く駆けつけていれば……もっと適切に援護できていれば……俺にもっと力があればっ……キラを死なせるなんてことはなかった……! 俺の弱さが……今度こそあいつを殺してしまった……もう何も失わせないと誓ったのに……!)

 

 それは到底実現不可能な理想。あの極限の状況下、自分や仲間たちの誰一人として、キラを助ける余裕などなかった。アスランがジェネシスを破壊しなければ地球は死の星と化していたし、狂気に憑りつかれたクルーゼを止められる力を持っていたのはキラだけだった。

 

 他の者達に至っても同じだ。彼の戦いを目にしながらも援護すら叶わず、ただ必死に自身を守りながら、戦いの行く末を見つめることしかできなかった。

 

 選ばざるを得なかった最善。そんなこと、あの場にいた誰もがとうに理解している。だが、理屈だけで感情の整理がつくはずもない。

 

 それしか方法がなかったとわかってはいても、その代償に親友の命を差し出したという事実は、自らを苛む呪縛となってアスランの魂を縛り付けていた。

 

 お前がキラを殺した。お前のせいでキラは死んだ。

 

 弱い自分の代わりに彼が犠牲になったのだと。

 

 自らの内側から際限なくあふれ出す罪悪感から逃れるために、彼は自分自身を「冷徹な現実主義者」という仮面の中に幽閉し、前に進むという義務感で心を凍らせるしかなかった。それこそが報いだと。彼の魂を救えるとしたらそれしかないのだと、まるで呪いの如き禍々しさを有した想いを胸に彼は頑なに前を向こうとしていたのだ。

 

 静まり返った談話室に、アスランの悲壮な想いの残響が虚しく吸い込まれていく。壁に掛けられた時計の秒針が刻む音さえ、今は生存者の鼓動を急かす刺のように鈍く響いていた。カガリが拳を握りしめ、マリューが痛ましげに目を伏せる。

 

 その沈黙を切り裂いたのは、あまりにも静謐で、どこまでも異質な響きだった。

 

「…………いいえ」

 

 鈴を転がすような、僅かな艶を含んだ声。しかし、今のその響きには血の通った温度など微塵もない。宿った気配は冷たく、凍てついた極北の風が室内を吹き抜けるようだった。

 

 ラクス・クライン。

 

 アスランの隣でまるで抜け殻のようになったまま座る一人の少女。

 彼女の時間はあの日、ヤキン・ドゥーエの光の中で止まったままだった。食事は喉を通らず、誰が呼んでも反応は鈍い。

 

 彼女の心はここにはない。その瞳はひたすらに、帰ってくるはずだと信じていた少年を探しながら、今はもう何も見えなくなってしまった宇宙(そら)を見つめ続けていた。

 

 かつて民衆を魅了し、業火となった戦火を止めるために毅然と立ち上がった凛々しきプラントの歌姫……その面影はどこにもない。あるのは、ただ愛しい人を待ちわびる、あまりにも無力な少女の姿。

 

 頬はこけ、透き通るような肌は青みすら感じるほどにいっそう白さを増している。もし事情を知らない第三者が見れば、誰しも目を疑っただろう。本当にラクス・クラインなのかと。それほどまでに彼女の纏う空気は皆が知るそれとは明らかに違う。

 

 表の世界での体面を取り繕うことすらやっとの有様。だが今のラクスには、それすらも耐え難い苦行となりはじめていた。

 

「キラは……生きています……わたくしにはわかります……いえ、わからなくなってしまったからこそ、わかるのです……」

 

 ラクスは視線を上げることなく、自身の膝の上を見つめたまま呟いた。

 その指先が、かつてキラに託した「自由の鍵」の幻影を追って弱弱しく虚空をなぞる。

 

 その一途な佇まいには何の裏付けも存在してはいない。

 

 あるのは、もはや夢幻(ゆめまぼろし)に近いほどに微かな可能性。彼が本当に死んでしまっているのなら、自分がそれを感じ取れないはずはない……誰よりもキラと強く繋がっていたと自負する心から零れた、そんな縋りにも似た思いを以て信じ続けているかのようだった。

 

 ピンク色のハロも、いつもキラの傍らにあったトリィも、今はもうここにはない。その事実を再確認するたびに、胸の奥が焼けるような痛みに支配される。だが、今の彼女にはそれを嘆く余裕さえ残されてはいない。

 

「……ラクス、気持ちはわかる……だが、もう一ヶ月だ! 生命維持の限界だって、とうに過ぎているんだぞ……!」

 

 アスランの声が、悲鳴に近い響きを帯びて荒ぶった。

 

 それは彼にとって、ラクスを正気に戻そうとする必死の、そして残酷なまでの「救済」の叫びだった。幽鬼のように虚空を彷徨う彼女の瞳を見るたび、自ら現実から遊離していこうとする彼女を押しとどめるたびに、アスランは心を内側から削り取られていくような感覚を覚える。

 

 キラの代わりに自分が彼女を、彼が守りたかった人々を守らなければならない。その義務感だけがアスランを突き動かしていたが、ラクスはその救いの手を静かに、けれど頑なに拒絶し続けていた。

 

 アスランの献身を疎んでいるわけではない。しかし彼の言葉を受け入れ、その手を取ってしまえば、それは『キラがもうこの世界にいない』という事実を自分が受け入れることと同義。彼女にとって、それは死よりも恐ろしいことだった。

 

「戦いが終わってすぐ、俺たちだって全力でキラを探しただろう! だが、何も……何も見つからないんだ! 機体の破片も、救命の信号も、その気配すら何ひとつ……! 俺だって、アイツが生きていてくれればと願わなかった時はない! だが、これではっ…………!」

 

「アスラン君……」

 

 マリューがそっと、アスランの肩に手を置いて制しようとした。だが、その手もまた、小刻みに震えている。彼女自身、最愛の男であるムウ・ラ・フラガをあの戦場で失っていた。

 守るべき盾となって散った男の亡骸すら見つからなかったあの絶望。その傷口は、今も彼女の胸の内で鮮血を流し続けている。アスランの叫びは、マリュー自身の癒えない傷跡でもあった。

 

 ラクスの細い肩がびくりと震えた。その瞳を静かに揺らし、彼女は窓の向こう側に映る暗く澄んだ宇宙空間へ目をやる。アスランの叫びに応えることなく、まるで遠い記憶の糸を手繰り寄せるようにぽつりぽつりと独白を始めた。

 

「……最後の戦いに赴く時、わたくし、言ったのです」

 

 ラクスの脳裏には、出撃直前のキラの顔が、今この瞬間も鮮明な色彩を伴って焼き付いていた。永遠に続くかのような静寂に包まれたエターナルの艦橋。自由の翼を背負い、死地へ向かおうとする彼にかけた言葉。

 

「……必ず、わたくしの元へ帰ってきてください、と」

 

 瞼の裏に鮮明に映る記憶。

 

 その言葉を聞いた時、キラは確かに頷いた。

 困ったように眉を下げながらも笑いかけてくれた。この身を案じ、優しさに充ち溢れる口づけだけを頬に残して。

 

 そのなかで、自らの心が不気味なほどざわめいたのを思い出す。まるでそれが今生の別れとなってしまうような気がして、遠ざかるその背中に思わず呼びかけたのだ。

 

 しかし不吉な予感を感じた自分の声にもキラが振り返ることはなく、そのまま彼は機上の人となった。

 

 最後に見たその表情。

 どこまでも透明で、この世の何よりも儚く、遠い微笑み。それはこれから戦場へ赴くというにはあまりにも不釣り合いで、今にも消えてしまいそうほど透き通っていた。

 

 その時、自分は気づくべきだった。

 キラのあの眼差しは、自分自身がどこか遠い、誰の手も届かない場所へ消えてしまうことを感じ取っていたのではないか。そのどうしようもない予感から齎される、あきらめにも似た慈愛だったかもしれなかったことに。

 

「わたくしは、思い上がっていました……」

 

 ラクスの声が微かに震え、膝の上で握りしめた拳が白くなる。

 平和のためにキラの力は不可欠だった。彼がいなければ戦争は終わらず、人類は滅びへと突き進んでいただろう。

 

 だが、優しい彼に戦士としての力を与え、英雄に祭り上げた挙句、その肩に世界の命運という重すぎる使命を背負わせてしまった。彼は誰より戦うことを、力を持つ自分自身を悲しい思いで見つめていたというのに。

 

 その報いがこれだというのなら、「大義」の元に多くの犠牲を払って成し遂げた『平和』に何の意味があったのだろうかと考えてしまうのだ。

 

 心にただ空虚さだけが漂う感覚……ラクスは身を焼かれるような絶望の中でそれを悟っていた。

 

 これまでも、彼女は多くの大切な人を失ってきた。父親を殺され、共に歩んだ仲間たちが散っていくのを目の当たりにしてきた。そのたびに悲しみに耐え、人々の痛みに寄り添ってきたつもりだった。

 

 彼女の脳裏に、プラントでクライン派の支持者の妻であった女性に激しく糾弾されたことがリフレインする。夫の写真を胸に抱き、護衛に押さえつけられながらも髪を振り乱して泣き叫ぶ女性。

 

『私は貴女を許さない! 貴女のせいで……貴女があんな理想を掲げたせいであの人は……! 返して! あの人を返してよぉ!』

 

 ラクスは彼女の想いを悲しみと共に受け止め、そして願った。こんなことは終わらせなければいけないと。自分たちはそのために生きねばならないと。

 

 その時に感じた心の痛みも、流した涙も、嘘ではなかったはずだ。

 

 だが、今ならわかる。あの時の自分は、本当の意味では何もわかってなどいなかったのだ。

 

 父親を失い、理想のためにすべてを投げ打ってきた自分にとって、たった一つだけ残された最後の光。

 

 

 

 彼だけは……彼さえいれば──―。

 

 

 

 そう願った唯一の存在を失うことが、一体どれほどの絶望を心に齎すのか。

 

 自分は悲しみに沈む人の気持ちに寄り添ったつもりで、しかしその実、安全な場所から「同情」という名の施しをしていたに過ぎなかったのではないか。それらが、自分にとってはどこか遠い世界の出来事でしかなかったのだと気づくこともなく。

 

 滑稽だった。

 他でもない自身が終わりなき地獄へ突き落され、魂を砕かれるようなその苦しみを知るまで……自分は「喪失」という名の深淵の、目を覆いたくなるほど暗く澱んだその奥底を知らずにいたのだから。

 

(何と傲慢だったのでしょう……誰かを救うなどと、どの口で……)

 

 自嘲するように表情が歪む。絶え間なく責め立てる現実は、ラクスの心に刃として突き立てられていく。だがそこにはもう自分を守ってくれる人は、いない。

 

「あの時……キラは確かに頷いてくれました。けれど、最後に見たキラは、いつもとは何かが違って見えて……わたくしが怖くなって呼び掛けても、何も言わず、振り返ることも無くて……そして、こんなことになってしまった……」

 

 虚ろな表情で言葉を続けるラクス。その独白には、誰かに聞かせるような意志は見えない。なぜそうしてしまったのかと、あの日の自分をただただ責めるような響きだけが宿っていた。

 

「……彼がいない日々のなか、わたくしは思ってしまったのです……キラはあの日、すでにこの世界から、わたくし達の手の届かない場所へ行こうとしていたのでは……わたくしの存在が、本来この世界にいるべき彼の未来を変えてしまったのでは、と……」

 

「違う! それは考えすぎだ、ラクス! アイツだってそんなこと……」

 

 アスランが反射的に否定の言葉を放つが、紡ぐごとに勢いが弱まる。彼もまた、キラが背負わされていたあまりにも過酷な重圧を知っていた。一人の少年には重すぎるその運命。戦うことを誰よりも疎みながら、誰よりも戦う力を持って生まれてしまったことで、常に力と共にあることを強いられ続けたその孤独を。

 

 それが彼の運命を変質させ、現世から切り離してしまったのではないかという疑念は、アスランの心の中にも棘のように刺さった。

 

「嫌です……」

 

 感情が抜け落ちていたラクスの口が、幼子(おさなご)のような言葉が紡がれる。それが皮切りになってしまったのか、彼女の大きな瞳から、もはや堪えることのできなくなった熱い雫が悲しみの雨となって次々と膝の上へ零れ落ちていく。

 

「嫌です……そんなのは嫌っ! わたくしは信じません……信じたくありませんっ! 誰の言葉も、キラの死を受け入れようとする自分の心もっ……! わたくしにはキラが必要なのです! ここにいないから……見つからないから……だからキラは死んだなどと……! そんな……そんな言葉だけで終わりになんてできませんわ!」

 

 未来の為という大義の元、自身に纏っていた仮面が自制心と共に剥がれ落ちる。

 

 プラントの歌姫、大戦を終わらせた旗頭、平和の女神。

 

 世界がどれほどの美辞麗句で彼女を称賛したところで意味などない。ここにいるのは、ただ愛する人の喪失に打ちのめされた、一人の無力な少女に過ぎなかったのだから。

 

「キラは……キラはどこかにいるのです……! ただ、ここではないどこか……わたくしには届かないほど遠い場所にっ……そう思わなければ、わたくしは……わたくしは……っ!」

 

 涙と共に零れ落ちる悲しき叫び。それは今ここにいない少年へ向けて、その心が届かない悲痛さ、そして祈ることしかできない自分の無力さを嘆いていた。両手で自身を強く抱きしめたまま膝をつき、しゃくりあげるように泣き崩れる。

 

「ラクス……っ! う、うぁあああ──……!!」

 

 カガリはたまらず彼女に駆け寄り、その細い肩を壊れ物を扱うように、けれど力を込めて抱きしめる。心に荒れ狂うやり場のない悲しみと苦しみが、熱い雫となって零れ落ちていった。

 

 マリューは耐えきれずに顔を背け、バルトフェルドは空になったカップを見つめたまま、自分たちを覆い尽くすやるせなさに唇を強く噛んだ。

 

 キラ・ヤマトが消えてから一ヶ月。人々の記憶の中の彼はあまりにも鮮明で、その消失が齎す悲しみは、今もなお生々しい鮮血のように流れ続けている。

 

 アスランは、泣き続けるラクスとカガリの背中を焼けるような思いで見つめた後、無言で静かに部屋を出た。

 

 誰もいない冷たい照明が灯る無機質な廊下。窓の外には、無数の命を呑み込んだ宇宙が皮肉なほど美しさを称えながら、静かに広がっている。アスランは、自分の内側に渦巻くやり場のない激情をぶつけるように、拳を壁に叩きつけた。鈍い打撃音が虚しさを帯びて木霊する。

 

「くっ……!」

 

 なぜ彼が消えなければならなかったのか。なぜ自分だけが生き残ってしまったのか。その事実が、逃れようのない罪悪感となって自らを責め立てる。

 

(キラ……何度も傷つきながら……戦いが終わることを一番に願っていたお前が、どうして……どうしてなんだ……!)

 

 叩きつけた拳の皮が破れ、血が滲む。だが、肉体の痛みなど、心に空いた傷痕から来る痛みに比べれば微々たるものでしかなかった。

 

 かつてストライクを討ち、カガリに自らの手でキラを殺めてしまったことを突きつけられたあの時、自分は地獄の奥底で嘆いた。取り返しのつかないことをしてしまったことを。誰より大切だった親友の血で染まった自分の手。その悪夢に魘され、眠ることすらできなかった日々。

 

 ラクスからキラが生きていると伝えられた時は本当に驚いて……相対したオーブで、どこか強くなった彼と共に戦って……。

 

 お互いに消えない傷を与えてしまったけれど、その先で、平和になった世界でもう一度笑い合えるとそう信じていたのに。

 

(俺たちは……何のために戦ってきたんだ……! 戦争が終わっても、お前がいなくなってしまったら、俺たちは……なんでだ……どうしてこんなことに…………キラ……!)

 

 共に生きたかった親友の姿はもう、この世界にはない。自分だけが彼の流した血で作られた道を歩いている──。

 

「……ぐ……う、うぅうう……っ!!」

 

 アスランの喉から、獣のような、掠れた慟哭が漏れ出した。壁に額を押し当て、震える肩を隠すこともできず、彼は独り、親友の名を呼んで泣き続けた。どんなに願おうとも返ってくる声はない。その背中は、かつて英雄と呼ばれた少年のものとは思えないほど弱弱しく、そして小さく見えた。

 

 廊下の曲がり角で、マリューとバルトフェルドが、その絶望に震える背中を黙って見つめていた。

 

 かけられる言葉など存在しない。彼らの胸の内にも、形を変えただけで、同じ暗い嵐が吹き荒れていたのだから。

 

「……行きましょう。私たちが止まるわけにはいかない」

 

 マリューがようやく、自分自身を鼓舞するように言った。バルトフェルドは何も答えず、ただ短く頷いた。

 

 キラ・ヤマトという名の「希望」を失った世界。

 彼が命を懸けて守ろうとした「平和」という名の脆い器を形にするために。

 

 それぞれの癒えることのない痛みを抱えたまま、明日という名の終わりのない戦場へと再び歩みを進める。

 

 もう一度会いたいと願う『彼』が、争いという呪縛に捕らわれた世界で、より苛烈な硝煙の下を独り歩み続けているなど知る由もなく──。

 




  【後書き】


今回はシーンががらりと変わり、C.E(コズミック・イラ)側でのお話となりました。

時期としてはキラが行方不明(M.I.A)になってからC.E時間で一月ほど、各主要キャラクターの動向となります。

こういった終わりのない絶望感といった描写はSEED本編には類似するシーンがほぼないので、こんな感じかなぁと思いながら探り探りといった感じでプロットを組んで作成いたしましたが、いかがでしたでしょうか。

話的に面白いという感じではないかもですが、よかったということでしたら幸いであります。

さてさて、第一章の幕間はこれにて終了となり、次回からはまた本編に戻ります。が、そのことに関しまして報告があります。

本編の内容的に区切りがいいということもあり、次の更新はこの作品でなく作者の別作品になる可能性が高いです。とはいえ、一つか二つお話を更新したらまたこちらに戻ると思いますが。ストックもありませんし、そちらはAIも使っておらずリアルでの仕事の都合もありますので更新は少し遅れるかと思います。

そんなこんなな感じになりますが、またお付き合いできる方はどうぞよろしくお願いします。

それでは次回予告です。



  [ =次回予告= ]


 見せかけの平穏。

 少しずつ崩れゆく日常のなか、翼の主は世界を渡り、硝煙に染まる空を見つめ続ける

 孤独こそが戦士の宿命というのなら、この巡り合わせ(えにし)は少年に何を齎すのか



   次回  『 落日の邂逅 』



 偶然は運命(さだめ)を宿し、必然となる

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