引き続き、運転は甲崎(兄)である。
甲崎雫の説得に手こずるかと思ったが、割とあっさりと承諾してくれた。どうもコイツにも何か目的があるようだ。名簿は紗季さんに渡しちゃったら公開されるので、価値は一気に暴落するんだけどな。それは黙っておこう。
紗季さんが名簿を手にすると、日本中の権力者の悪事がバレてしまうので、裏社会は文字通り戦争状態に陥るだろう。首都とはいえ、東京だけで被害は済んでいる、と今の状況は言えなくもない。
これが全国に波及すると、混乱状態に陥り、下手をすると国外勢力からの侵攻を招きかねない。友好国の治安維持という善意溢れる行動だ。もちろん腹の中じゃ仮想敵国であろう国だって、表向きは立派な友好国だ。
この国に敵対国家ないし、敵対勢力は居ない。素晴らしいことに。
とはいえ、エスカンパニーの名簿にそこまでの力は無いのかもしれない。
公開したところで、局所的な影響にとどまり、ワイドショーを賑わす程度なのかも。
半年後にはそんなこともあったね程度のものに収まる可能性――
だが、カーラジオからは引っ切り無しに悲痛なニュースが流れ続けていた。
東京都は自衛隊に災害派遣を要請したそうだ。
さすがに楽観は出来ないか……。
炎の灯りが車体を舐める中、バンは首都高を下り、横須賀方面に向かっている。
災害派遣の自衛隊では苦戦するだろうな。なにせ戦闘が行われて街が壊れてるのだ。災害には違いないが、必要なのは鎮圧できるだけの火力である。警察が威信を懸けて戦ってるだろうが、どうなることやら。なにせ先程はロケット弾が夜空に消えていったのを見た。無茶苦茶だ。
氷室組とエスカンパニーの戦いは、他の勢力も盛大に巻き込んで拡大の一途を辿っている。
自衛隊の治安出動になるかもな。そうなったら首都高も検問閉鎖だ。
「甲崎の兄ちゃん、もうちょっと飛ばそうか。安全運転で」
「も、もう、結構、飛ばしてますけどね……」
潜在的敵勢力のペーパードライバーに命運を託し、俺は佐藤にモグズハード590の取り扱い方法を教えている。俺だって素人に毛が生えたようなものなのに、それ以上のド素人3人を敵の拠点に突入させるのは不安だからだ。
だが弾丸は全てゴム弾を渡した。
もし甲崎兄妹が裏切って、武器を奪っても対処できるし、できるだけ佐藤に殺しをさせたくはなかった。なんとなくだ。佐藤が人を殺してしまったなら、なんだか佐藤の命を助けた事が掠れて見えるような気がしたのだ。
1時間半ほどかけて三浦半島の海岸近くにある倉庫に向かう。その300mほど手前で降車した。
「アンタが探してるのってサーバーよね? あそこに見えるボロ倉庫がそれだっての? あり得ないでしょあそこは。海風入り放題じゃない」
甲崎雫が呆れたように言う。言い返したかったが、俺もご尤もだと思ってしまった。
そもそも紗季さんが既に、闇バイトの連中を使って探らせてはいるのだ。だが、あの倉庫は比較的新しい中二階の事務所があるだけで、他はよくある寂れた町工場というのが調査結果だった。
しかし、他の拠点をいくら探してもサーバールームは見つからなかった。
なので、もう一度検討し、どこか作為的なものが感じられるこの場所を、念の為に俺に探らせようと依頼してきたのが経緯だ。
寂れた倉庫を観察する。アルゴンガスのボンベなどが外に無造作に転がっており、確かに倉庫を改造した町工場のような雰囲気だ。少し異質なのは倉庫から海へと伸びる大きなパイプだ。
もしかすると麻薬関係のラボなのかもしれない。さすがに無処理で垂れ流したりはしないだろうが……。
「でもほら、誰か来てるみたい。めっちゃ高そうな車が止まってる」
佐藤が指差す先には、日本を代表するメーカーの高級セダンが駐車している。
誰か来ている。エスカンパニーの幹部かもしれない。
申し訳程度に存在する寂れた門をくぐり、静かに倉庫に近づく。
中を覗き込むと、確かに真新しい中二階に事務所があった。
そしてそこから光が漏れている。
ここで待つように3人に示す。佐藤が持つモグズハード590が異様に大きく不釣り合いに見えた。あれほど頼りにしてた武器が持つ人間によって、ここまで頼りなく思えるとは不思議だった。
エアルX-15カスタムを構えてゆっくりと進む。
中二階の事務所に続く階段は、ステンレスの縞板で作られていた。
足音が出るか? 階段で見つかるのは勘弁願いたい。
少し悩んで靴を脱ぐ。アウトソールがやや硬いアウトドア用の靴だ、音が出るかもしれない。武器はエアルX-15のままで行くことにした。
靴下で階段に触れると、その冷たさで興奮が抑えられる。
呼吸すら気を使い、ゆっくり、ゆっくりと階段を上がっていく。
階段は頑丈に作られてるのか、軋む音さえ出なかった。
ドアの前にたどり着き、張り付く。
ガラスの小窓から中を覗くと、サラリーマンが一人、ノートパソコンを操作していた。
ドアノブは――回る。
扉を一気に開け放つ。
「動くな! キーボードから手を離すんだ!」
サラリーマンは一瞬だけ、視線をこちらに寄越す。
――だが、すぐにパソコンに向き直った。
引き金を連続で引く。
モグズハード590の
事務所をすぐに出て、エアルX-15のタクティカルライトを点ける。
中二階から倉庫内を見下ろして索敵する。
敵、ナシ。
よし。
よし、だ。
「いいぞ! 上がってこい!」
3人が連なってこちらに向かってくる。大きく息を吐いた。今のはなかなか良かったぞモルグ。今までの行き当たりばったりの戦闘に比べたら遥かにスムーズだ。出来れば生け捕りが理想だったが、あの男は一瞬でパソコン操作を決断した。そこからの反射的な射撃は花丸だ。ベストではないがベターというやつだ。
「靴」
佐藤が靴を持ってきてくれた。
「ああ、すまん。助かる」
「殺したの?」
3人が恐る恐る中を覗いている。
「ノートパソコンの操作を優先させたように見えたからな。甲崎、パソコンの方を頼む」
俺は靴を履きながら、事務所内を確認していた。
特に他になにかありそうって感じでもないな。書類棚の中は空だ。生活感のあるものはノートパソコンとその机、あとはエアコンぐらいだ。
「確認してくれったって、サーバークラスのデータなんでしょ?」
「そのノーパソが超技術の可能性は否定できないだろ。世界を裏から操る組織なんだから」
「うっざ。死ねばいいのに」
ぶつくさ文句を言いながらノートパソコンを覗き込む甲崎雫、とその兄。押しのけられている。
俺は死んだサラリーマンを物色していた。持ってるものは少ない。
スマホと名刺入れ、車の鍵。ハンカチ。それしかない。
『エスカンパニー 専務
名刺は相変わらずシンプルなものだ。
しかし、ふぅん? 専務さん、ね。
佐藤が覗き込んできたので、名刺を渡してやる。
「偉い人じゃん」
「偉い人だなぁ」
「何しにこんな辺鄙な所に一人で?」
「さぁ……? 甲崎なんかあったか?」
しかし、甲崎雫から返事が来ない。
「おーい?」
甲崎雫はかなり驚いた表情でディスプレイを見てる。
「これ……これ、データセンターだ」
ああん?
「データセンターつったらアレだろ。AIとかで計算処理するやつ。デカいサーバーみたいなもんだろ?」
「違うけど、まぁそれでいいよ」
「なになに? 秘密結社の超技術見つけたの?」
佐藤が茶化す。
「うるさいよ。でも似たようなものかもね」
マジで? その小さなパソコンに超機能が? 市場がひっくり返るな。
「これは普通のノートパソコン。ここからの直通アクセスが鍵になってるの。この部屋こそがスタンドアローンでデータセンターの操作が唯一可能なアクセスポイントなんだ……!」
甲崎雫が静かに興奮している。
「どおりで、中枢に届かないわけだ。公開側にはダミーばかりで、それらしい認証系が一切なかった。完全に分離されてるんだ……!」
「この倉庫にはサーバーなんてものはないぞ。地下か?」
「海だ。海底データセンターだよ」
海? コンピューターを海に沈めるのか?
「少し前に、ヌンクロソフトが海底データセンターを実験した事があったでしょ。30mぐらい沈めて、海水で冷やそうって発想のやつ。多分それを実用化レベルにまで引き上げたんだ。凄い――そうか! だから三浦半島――相模湾だ!」
知ってる前提で会話を進めるな。一人で納得せず解説しろ。
「相模湾は1000mクラスの深海が存在してる場所だ。なっ?」
分かるだろ? みたいに言われましても。
「1000mは潰れちゃうだろ。精密機械だぞ」
「なんで直接海に沈めるのよ。水圧に耐えられる外殻の中にあるに決まってるでしょ。それも100mぐらいでいいはずよ。そこなら冷たい層が出来て10℃以下に安定してるだろうから、コストも実用範囲内になる――なにより誰にも手が出せない」
場所を知らなければな。まぁ、たまたまこうやって素人が大当たり引いてることもあるので、セキュリティ的には、あんまりよくなかったんだろうけどな。いや――もしかして。
「そこに転がってる専務さんは、この入口を閉じようとした?」
「正解。ここを閉鎖してクローズにしたら、あとは混乱が収まった後にデータセンターを引き上げるつもりだったんでしょうね。文字通り海からね」
なるほどな。エスカンパニーの上層部だけが知る情報だったのかもしれない。だからといって1人で来ることはないだろうに。
エスカンパニーにとっても想定外すぎる氷室組の猛攻だったということか。
うーん。機を見るに敏、と言うには思い切りがよすぎる紗季さんだな。
「で、名簿の回収はできそうか?」
「出来るわ。幸い、アクセスはそのまま開いてるから、操作可能よ」
うむ。やはり花丸だったようだ。タイミング間違ってたら一生アクセス出来ないんだろうけど。
スマホを取り出し、紗季さんに電話をかける。しばらくコールが続いたが、出なかったので音声ガイダンスに切り替わる。
「出ないな……」
ふむ。急がしそうだな。文面で送っておくか。
メッセージアプリを起動し『例の場所で見つけました。いま手続き中です。完了時にまた連絡します』と送っておいた。
「渡しちゃうの?」
佐藤が疑問を口にする。
「そうだな。どのみち俺にはコネがないから、氷室組の仲介は絶対だ。それに、紗季さんの仕事を引き受けたから、ここに来ている。お宝があったからといって自分のものにするのは道理が通らないだろ」
「そう……そうだね」
佐藤は頷いたが、なにか引っかかってるようだった。
「ねぇ? アンタ、雫だっけ。ミヤモトユイって女の子の行方を検索出来る?」
「誰よ。知らないわ」
「私と同じようにエスカンパニーに拉致された小学生ぐらいの女の子よ」
「……」
「作業の片手間でいいから、探して貰えないかな?」
――どうかお願いします。佐藤は勢いよく深々と頭を下げた。
「……チッ。まぁ居たらね。それより働きなさい。これを設置してきて」
甲崎雫は自分のバッグから、何か色々と取り出している。
自分のノートパソコンを置いて、板のようなものと――これはポータブル電源か? を渡される。
「外の水平な所に設置してきて。方角に遮るものがない空が見える場所よ」
なんじゃこりゃ。
「スペースリンクよ。衛星通信」
ああ、これが。へー! 初めて見た。
「ケーブル踏まないでよ!」
俺はそのまま文明の利器セットを、暇そうにオロオロしているお兄ちゃんに渡す。仕事だぞ行ってこい。
「お前、お兄ちゃん舐めてるでしょ。両手塞がって階段降りようものなら、全てぶち撒けてコケるに決まってるじゃない! 手伝いなさいよ!」
「お前が一番、お兄ちゃんを舐めてるんじゃないか? 佐藤、行ってあげなさい」
「えー」
「頼み事するなら働きなさいよアンタ等!」
手を塞ぎたくないんだよ。敵の拠点だ。ここまで来て下手を打ちたくないし、実は全く甲崎雫も信用していない。
佐藤と甲崎兄は仲良くケーブルを引っ張りながら階段を下りていく。
「一旦こっちの物理媒体にデータを落とすわ。同時に保険として衛星経由で契約してるクラウドに保存する。アクセスキーを渡すから好きにしなさい。ただいつまであるかは保証できないから、さっさとダウンロードすることをオススメしとくわ」
甲崎雫はパソコンとデカいトランクに色々と
トランクを開けると、その中はびっしりとメモリのようなものが整然と並んでいた。パソコンの中身っぽい。
「NVMeよ。電源が足りないわ。コンセントを探して」
何か言う前に簡潔に説明され、トランクから伸びてるケーブルを渡される。NVMeとやらが何かも分からない。すっかり雑用だな。エアコンがあるし明かりもついてるから、そりゃ電気は通ってるんだろうが……どこにあるかな……?
ごそごそと机の下などを探して、見つけた電源に挿す。
ピ、という静かな起動音。這い出ると甲崎雫がエアコンを操作していた。
冷風が流れ始める。3月とはいえ、先日まで雪が降ってた気温なんですが。
「趣味で作ったものだから、あんまり排熱が上手くいかないのよ。いざとなれば全員で扇ぐわよ」
マジか。マヌケすぎる光景だ。
「始めるわよ」
ノートパソコンのエンターキーを押す。
特に劇的な何かが始まるわけでもなく、静かなスタートだった。
「こちらの容量としてはギリギリね。データセンターの方は何か違う目的があったのかもしれないわ。規模に反して中身がスカスカよ」
「消されたってわけではなく?」
「ストレージ目的のデータセンターではないわね。どちらかというと、さっき言ってたAIや機械学習のための設計よこれは」
何があったのかは定かではないな。知ってそうな人間はそこに転がっているし。
佐藤たちが戻ってくる。
「団扇要員が戻ってきたぞ。俺は外で警戒してる」
「あっそ」
外に出る前に専務さんの指紋でスマホロックを解除しておく。さて、何が出るかな?
期待に反して何も出なかった。嘘だろ。俺のワクワクを返してくれ。
スマホは通話記録すら無い。停まっていた高級セダンもゴミ一つ落ちてない。ここまで徹底されると、舞台裏のハリボテのようで気味が悪い。
冷たい潮風に身を寄せながら、俺はこれからの事を考える。
まず名簿を紗季さんに渡して、その報酬として、自分の安全を保証してもらう。紗季さんが勝つことが前提だが、あの男が負ける姿が想像できない。名簿を公開するにしても、自分の有利になるように上手くやるだろう。
そこから。そこから、どうしようかな。しばらくは仕事を休もう。少し疲れた。
佐藤三がミヤモトユイを探したいというなら、まぁ手伝ってやってもいい。乗りかかった船というやつだ。猪突猛進に突っ込んでいったらまた捕まるだけだろうからな。
紗季さんが加藤組の幹部になって、色々と落ち着いたら、異世界の探索ってのもアリかもしれない。恐ろしい場所だが、銃も手に入るようになったし、一度ぐらいは本格的に探検してもいいかもしれないな。
あとは……まぁぼちぼちだ。いつも通りであればいい。ああ、映画も見よう。重さんに許可を貰わないといけない。紗季さんにオススメを聞いて――。
倉庫の中から乾いた破裂音が聞こえた。
発砲音だ。
跳ねるように倉庫に向かって走る。油断しすぎだぞモルグ……!
頭の中で敵をシミュレーションする。エスカンパニー残党、偶発的事故、氷室組――。
ドアを抜けると、中二階の事務所で争っている声が聞こえる。あれは――佐藤の声だな。
階段を駆け上がり、ドアを蹴り飛ばす。
裏切りか。
佐藤が甲崎兄に後ろから羽交い締めにされ口を塞がれてる。
モグズハード590は甲崎雫の手にあった。
状況を把握したら、すぐにドアの傍に身を隠す。
兄は必要ないな。よし。
「待ちなさい! 安堂守久! お前は私の言葉を聞く義務があるわ!」
射線を塞ぐように甲崎雫が立ちふさがる。
妹はまだ殺せない。必要だ。
「依頼を反故にするヤツは殺されても文句は言えない。バカだぜお前は。2度も裏切るとは」
「いいえ。依頼は達成するわ。名簿は完璧な状態で渡す。そのことに嘘はない」
「お前の弾はゴム弾だ。勝ち目はないぞ」
「別にいらないわよ。こんなの。ほら、置いたわよ」
「他に誰かいるのか?」
「誰も来てないわ」
覗くと、確かにテーブルに置いてある。甲崎雫は両手を上げている。
「プハッ。モルグ、この人たち――!」
「黙れ! 私が喋ってるんだ! 黙ってろ!」
なんなんだ一体。イマイチ読めないぞ。
「安堂守久。通称モルグ。死体の隠蔽を生業としてるそうね」
「そうだ。本名は名簿にでもあったのか?」
だとしたらデータを消さないとな。
「あったわ。それ以外も。見ろ」
甲崎雫がノートパソコンの画面をこちらに寄せて見せる。
写っているのは――あの場所は――。
紗季さんが所持している『刑場』だ。俺が爆破した地下の。
隠しカメラがあったのかっ……!
甲崎雫がエンターを押して、動画が再生される。
『重さん、あのオヤジなにやったんです?』
『万札の偽札の製造でRリスト入りした』
『……いや、無茶な。渋沢栄一のやつでしょ。流通の初動に混ぜてもバレるでしょ』
『そっちじゃない。福沢諭吉の方だ』
『ええ? ……いやまぁそれでも無理では?』
『銀行が廃棄する分と、すり替える計画だったらしい』
『あー……いや、んー無茶な気がする』
カーテンの奥にいる人物が、画面の俺に這ってにじり寄る。
『無理ではないッ! 移送計画は手に入ったんだ! 伝手もある……! たかが1億程度すり替えるだけだ! 偽札はすぐに処分される! 不可能ではない!』
その人物が捕まえられ、引き戻される。カーテン越しだが、あれは紗季さんだな。
『甲崎さん、それをされると我々の業界が困るのです。偽札なんて警察は血眼になって探す。痛くもない腹を探られるのは勘弁願いたいですね』
『あ、あんたらが、金を返せというから……! あんな無茶苦茶な金利でッ! 必要だから金を作ってるんだ! 勘弁してくれ! 家族がいるんだ! 母親も居ないし、俺が居なくなったら……!』
甲崎雫が再生を止める。
「なんで『刑場』にカメラがあって、それがエスカンパニーの名簿に入ってるんだ?」
「ふざけんなよ! 最初に言うことがそれかテメェ!」
そうだな。だが、俺にとってはそっちの方が疑問だ。紗季さんがエスカンパニーと繋がっていたとは思えないし、仕掛けられたものとも考えにくい。レンタル毎にチェックが入るからな。
「お前らの父親か」
「そうよ」
「Rリストは、俺達の社会に損害を与える人物が選出されるものだ。これはどの組織でも共通の認識で選ばれる」
「『死ぬべき理由』ってやつ? ハンマーを持ったイカれた男が、ありがたくも
気がつくと甲崎雫は泣いていた。
「パパは一生懸命働いてたんだ! でもお前らがいいように食い物にして! 無理やり危ない仕事をやらせて!」
思い出した。2年前の仕事だ。確か印刷業のオヤジだった気がする。
「ヤクザ連中と手を切る為に金が必要だった! だから私は、全部調べたのに!」
大胆過ぎる計画だ。普通のシノギじゃないと思ったが……。
「死ねよ! お前らが死ねよッ……!」
「雫っ……」
涙はとめどなく流れ、嗚咽の呪詛が響く。
「まぁ、色々と言いたいことはあるが、結局なんなんだ。誰が殺したか探したかったのか?」
殺意のこもった目でこちらを睨む甲崎雫。
「それは過程。目的は報いよ!」
その時、ポケットのスマホが震える。こちらに連絡出来る人間は2人しか居ない。
氷室紗季か、火口重衛だ。
甲崎雫と兄の動向に注意を向けながら、ディスプレイを見ると紗季さんからメッセージアプリでの連絡だった。
パスを入力し、開く。
『お前の映像がネットに流れてるぞ。ニュースで速報も流れてる。全ての権力組織が、急速にお前に集約し始めている。
……。
なに?
なんだって??
テロの犯人??
メッセージに添付されていたリンクを開く。NewTubeのニュースチャンネルの映像だ。
『――襲撃事件について、警視庁は先ほど、重要参考人として行方を追っていた安堂守久を、実行犯とみて指名手配したと発表しました。
捜査関係者によりますと、現場周辺の防犯カメラ映像や複数の証言、ならびに押収された物証の分析結果から、安堂守久が一連の犯行に直接関与したと判断されたということです。
現在も安堂守久は逃走中で、警視庁は顔写真および特徴を公開し、全国に指名手配をかけるとともに、住民に対して厳重な警戒を――」
続けられた『犯行声明』とやらは、俺が、なぜこの東京を燃やすのかを力強く演説している。まるでどこかで見た独裁者の自信に溢れたような顔つきだ。
「な、なんじゃこりゃ。何をしたんだお前は……!」
「
気軽そうにそう言う甲崎雫は、明らかに嘲るような笑みを浮かべている。
「ネットの情報を消すんだ」
「もう無駄よ。あっという間だったわ。信じられない速度で広がったもの」
引き金に指が掛かる。甲崎雫は笑っている。
撃つか?
「撃ちなさいよ。殺すべき理由なら十分なんじゃない? ムカついたからとか。気温が寒いからとか。なんでもいいんでしょ? なにがルールよ。カッコ付けてんじゃないわよゴミカスの分際で」
この野郎……!
敵か? 俺にとっての不利益か?
指に力が入る。
――いや。ダメだ。殺すことに意味がない。理由がない。
敵ではあるが、確かに正当な復讐でもある。
なにより殺したところで、被害が収まるものでもない。
マジか。これは、不味いのでは。どういう事なんだ。何が起きてる……!
「モルグ大丈夫!?」
佐藤が拘束から抜け出して、こちらを伺うように見てる。
お前が、ちゃんと見張っていたら。
――いや、違うな。そんな指示もしてない。
他責になってるぞ。しっかりしろ。決断したのは、モルグお前だろう。
遠くで、低く潰れたような回転音が聞こえてくる。次第にそれは、空気ごと叩くような振動となって近づいてきた。
これは――ヘリコプターか?
慌てて階段を下り、ドアを開ける。
着地したヘリからスーツ姿の男が姿勢を低くして近付いてくる。
氷室紗季だ。表情がかなり険しい。
「紗季さんッ!」
ヘリのローターの音がうるさい。自然と大声になる。
「モルグ、名簿はどうなった!」
「えー、あー。分かりません! まだ準備中かも!」
「急げ! 状況がコントロール出来なくなった! 正直、何が起きたか分からん!」
紗季さんを倉庫へ案内しようとすると、中二階から甲崎雫が下りてきた。あのバカでかいトランクも持っている。
「名簿は全て回収したわ。ここにある。保険用のものはクラウドにまだアップロードしてる途中よ。クラウドのアクセスキーはこれ」
涙を腕で
「モルグ、誰だ?」
「あー、助っ人のハッカー。俺の犯罪記録をネットに流した犯人」
「なるほど。殺す理由には十分だと思うが?」
「それが、正当な復讐でして。ネットに流しただけで、そっからの展開は知らないみたいです」
「ふぅむ。では仕方ないか」
肩を竦める。なんか現実感がなさ過ぎて変なテンションになってきてる。
「そういえば、紗季さんの情報は流してないのか?」
「流したわよ。コイツも死ねばいいと心の底から思うわ」
……それでなんで、俺が全ての元凶みたいに祭り上げられてんの?
「モルグ、やはりこの小娘は殺すべきなのではないか?」
「紗季さんがコイツの父親を殺したんですよ!」
「……うーむ。じゃあ仕方ないか。残念だ」
そうだよな。仕方ない。
紗季さんにトランクとUSBメモリを渡す。
すると、サキさんは自分の腕時計を外し、USBメモリと一緒に渡してきた。
「モルグが持っておけ。何かの役に立つかもしれん」
そう言われてもな。これで偉い人でも脅すのか?
腕時計は羽場時計修理店の裏のマーケットに入る鍵だったな。
「一応聞くんですが、これ、俺はこっからどうにかなりますか?」
「……分からん。前代未聞だ。今までてんでバラバラに争ってた連中が、鶴の一声でモルグを生贄にすることで同意した」
「なんですそれ」
「私も本家に呼ばれている。名簿を使って、できる限りの事はするが、あまり期待するな」
ヘリから巨漢の2人が下りてくる。
「もうすぐお前に追手が掛かる。2人をつけるから身を隠せ。スマホのSIMは交換して、連絡したい場合は例の掲示板を使え。いいな」
阿形・吽形は完全装備で、特殊部隊にしか見えない。頼もしい限りだ。
ヘリのローターが加速し始める。また音が大きくなっていく。
「そういえば重さんは大丈夫ですか!」
紗季さんは、立ち止まり。しばらく固まったあと。
「火口は死んだよ! 立派な最後だった!」
そう言ってヘリに乗り込んだ。